黒魔女驚異のマギニズム
【王国暦124年11月3日 7:36】
昨日は主砲と『氷弾』の一通りの試射をした後、ブリスト~ポートマット~ロンデニオンと、空中機動で領主たちと女王陛下を送り届けた。
ドレッドノート級に関する実験は、お披露目も終わったことだし、地上走行と海中走行を終えて、一応これで終了。細かい艤装を施し、運用ノウハウは、ロンデニオン西迷宮とポートマット西迷宮を往復しながら乗組員の習熟と共に蓄積されていくだろう。
エミーやマッコーたちには運用方法を考えてくれ、とは言ってあるものの、腹案はあったりする。拠点に設定した場所をグルグルと巡回させる――――。あたかも、元の世界の冷戦時代に核ミサイルを搭載した航空機を常時展開させていたように。
こうなってくると、私一人の頭だけではどうにも回らなくなるのは明白で、半自動システムで判断してくれる何かがあった方がいい。
曰く、考える専門の迷宮。というか大規模魔導コンピュータ、ってことになるのかなぁ。
現行の魔導コンピュータであっても並列で処理することで高速化は図れると思うんだけど……。迷宮システムが魔導コンピュータを維持するための施設である、という本質を考えると、何十台も繋げられるものではない。
一つの迷宮が得る魔力でまかなえる魔導コンピュータの数が限られてしまう――――ことを解消するには、消費魔力が少ない魔導コンピュータを作ればいい。
答えの一つとしては集積化だろうと思う。
この世界の魔法技術で量子コンピュータみたいなものが作れるかどうかは別にして、使用に大量のエネルギーが必要なものは、この場合は論外ということになる。かといって処理能力が犠牲になっては意味がない。
「使える魔力は、と……」
ロンデニオン西迷宮の工房で、目を瞑り、腕を組んで右足を折り、左足を伸ばしながら独り言を呟く。
「うーん」
左足を曲げて、右足を伸ばす。
「ロンデニオン城迷宮の球体殻に回していた魔力が余剰になるから……市内の魔力吸収魔法陣で得られる魔力を使うとして……通常の魔導コンピュータ三~四台分?」
独り言が長くなってきた。足をリズミカルに、交互に曲げ伸ばしする。
《……想定される、必要な処理能力は現行の魔導コンピュータ、十~十二台分です》
しかし、優しい迷宮管理用OSは、ちゃんと応えてくれた。そして答えもくれた。めいちゃんの基幹プログラムを作った人は、とってもいい人だったに違いない。
「ということは、単に集積化をしただけでは駄目か……」
四倍の集積度で四倍の性能アップとは限らない。赤い彗星だって三倍の速度で動いたとしても三倍強いわけじゃない。ウォーズマンなら両手にベアクローの百万パワーと百万パワーに、二倍のジャンプと三倍の回転が加わって(どういうわけか)千二百万パワーの超人強度だーッ! うぉおおおおお! ってなるけどさ。算数として計算上合ってるからいいだろって問題じゃなくて、二倍のジャンプって何だとか、三倍の回転ってどんな基準だよとか……まあ、どうでもいいか。
うーん、もっとこう、ゆで先生以外の新機軸が必要よね。
《主よ、お悩みのようじゃのう?》
《妾に手伝えることがあるかえ?》
《私には無理そうね?》
《儂にも無理そうだな?》
《む……り……?》
と、悩める主に最上位精霊たちが声をかけてきた。シュプレヒコール、いや、小学校の|卒業式の呼びかけ《そつぎょうせいのおにいさん、おねえさん》みたいだなぁと思ったり。ランド卿はいつものように精霊たちとは遅れて震えるだけだったのが微笑ましい。
うん? 光精霊……光……光子コンピュータ? 光量子コンピュータとか?
うーん、今のところは大規模魔導コンピュータの建造を目指しているけど、最終目的は私自身の置き換えなのだから……超高速の電卓だけがあっても意味はない。記憶、もしくは知識、加えて……意識も転写できなければ。
「ふう……」
眼鏡を外して目を擦る。
ガラス……。
「あ」
ふと、ウィザー城西迷宮にあったガラスの群れを思い出した。
あのガラスに記述されていた文字列は、一定の規則に沿っていて、最終的に魔法陣として扱われる、というものだった。あれだけの大規模な施設を作りながらも、総合的には低性能な魔導コンピュータでしかなかった。しかし、逆に言うと、ガラスに文字を書いただけで魔導コンピュータの機能を持たせられたのだ――――と考えると、偉業かもしれない。あたかも歯車だけで作った機械式コンピュータのようでもあり、原始的な手段であっても高みに至る可能性を示唆する。
もちろん、あのガラスの群れは、単に記述されていただけではなく、暗号化によって、文字数以上の情報量を持たされていた。
発見した時にガラスの透明度がそれなりにあったことを考慮すると、比較的新しい物品だったと思われた。ガラス製品は当然劣化する。他の迷宮の魔導コンピュータはミスリル銀に魔法陣を刻んでいたから、千年どころか二千年、いや三千年は保つだろう。それなのに何故ガラスだったのだろう?
情報を記録するには新しい媒体に(この場合、ガラスかミスリル銀)刻むわけで、ガラスの方が柔らかかったから、刻みやすかったのかしら……?
「いや、それだけじゃないわね」
ガラスが透明だということを生かして、積層にしても読み取りが可能なんだわ。案外良くできたシステムってことか。
あれって純粋な魔術師ギルド由来の技術ではなく、これはロンデニオン東迷宮から得られたものだとマッコーは言っていた。マッコーの父親が中心になって組んだものらしく、マッコーも、ウィートクロフト爺も詳細は不明とのことで、どうにも再現はできなかったのだという。確かに、マッコーとウィートクロフト爺に再現が可能なら、もっと魔術師ギルド絡みの迷宮は増えていたはずよね。
とまあ、魔導コンピュータを作る技術としてはそれほど高度なものではないのだけど、暗号化による情報の圧縮というのは素晴らしいアイデアだと思う。というか、暗号も、物凄く複雑なものではなく、特定の文字列を短縮語に置き換えるもの。置き換えは四つの符丁を基にしていて、螺旋構造のブロック……総数は不明……を一つの単位にしていた。螺旋構造は任意に増減していて、書き込み頻度が多いため、記述が容易なガラスを使っていたのかもしれない。
つまりこれはDNAを模したもので、ロンデニオン東迷宮のどこかにあったものなのか、もしくは提供されたのか。提供されたものなら、それを供与した存在がある。ロンデニオン東迷宮には迷宮管理人が不在、という説が濃厚ながら、否定しきれないのは、この辺りに理由がある。
DNA利用、とするなら、コンピュータの機能を持たせた生体を作ったらどうだろう? その発想に行き着くのは自明の理というやつで、そうなると脳組織の培養をすることになるわよね。馬鹿デカイ脳味噌を作ったとしたら、そこに意識が生まれるかもしれない。当然だけれど、そこに生まれる意識は私とは別人格。でも『憑依』なんてスキルもあるし、最終的に私自身と同質化する術はある。
だけれども完全に一致、とするならば、私自身が一人しかいない状況を作るべき。また、矛盾する話ではあるものの、一体の生体コンピュータが暴走した場合、理性を持った他の個体が防止できる状況にしたい。
つまり、私と同じモノを最低でも三つ作る――――という方向性で間違いないはず。
生体コンピュータ案の懸念は、それ自身が生き物である、ということで、死亡する、というリスクがあること。もちろん、それは無機物のコンピュータでさえ破損する可能性があることを考えると、リスクとしては同等かもしれないけど。
可能なら千年間のテストを実施してから合否を確認したいなぁ。培養槽で時間を進めることは可能かしら?
ということで――――。
実験専用の大型培養槽を二つ作ることにした。脳細胞だけだと制御できないので、脳幹と脳髄、脊椎、眼球まで作る。細胞は勿論私自身を元にする。スキルやら魔力やらの影響がない場合の、素の寿命も判明するかもしれない。眼球を作ったのは、意識があるかどうかの確認。
二つ作ったのは二種類の実験を並行して行うため。一つは『いのちだいじに』で、加減しながらバランスを取り、長生きを目指す。もう一つは『ガンガンいこうぜ』で生き急ぎをさせ、細胞分裂のスパンを短く、擬似的に時間を早回しする。
ああ、自分自身を検体にするとか、良い感じにマッドだなぁ。実験対象が私の細胞ということもあり、事故が怖かったので、ロンデニオン西迷宮に併設する形ではあるものの、独立した迷宮を別途作り、培養槽はそこに設置した。
「これでよし、と。培養開始」
アバターの状態でスイッチを押して、培養槽のある部屋の扉を外から閉めてしまう。この部屋への出入りは私以外は不可能で、更に言えば内部から解錠はできない。っていうか開けられない。完全に密封した状態で実験に臨む。
万が一暴走した場合、実験迷宮にとっては管理者本人が暴走したと判断するので単純なパスワードがないと、本人だと認めないことにしてある。
アバターを閉じ込めたまま、本体に戻り、外部から封をする。
「――――『施錠』『サクラ』」
《確認しました。施錠を実施します》
これでロックが完了。ちなみにこのパスワードは次回の解錠では不正解。次に施錠もしくは解錠する場合は『ハヤブサ』、その次が『ミズホ』ね。案外、こういうアナログなパスワードの方がわかりにくいものよね。
「ん……」
通信端末を確認すると、いくつも短文が来ていた。その中でも優先度の高そうなものが三つ。
そのうちの一通の表題を見て、思わず苦笑してしまう。
生体コンピュータの実験は経過観察が必要だし、内部に置いて来たアバターや、外部装置を通じて監視もできる。万全のセキュリティは確保したつもりだけど、何が起こるのかはわかんない。
ま、なるようになるさ。どっちにしても延命、もしくは魔道具化をしなければ私が、エミーを、この国に住む私の大切な人たちを、見守り続けることなんてできないんだから。
「試練……というには自業自得のような気もするけどさ」
自嘲気味に呟いて、意識をユリアンからの短文に向けた。それは暗号化された文章で――――。
――――神託アリ。連絡請う。だってさ。
次話より次章となります。




