帰郷の黒魔女1
【王国暦124年10月18日 7:15】
タロス01と02を呼び、夜明けになる前にドックに屋根と巨大クレーン型ゴーレムを据え付け終えた。
屋根の骨組はカーボンファイバーを陶器で被覆したもので、耐久性と難燃性に重きを置いた。事前に部材を用意してきたからでもあるんだけど、我ながら慣れたものだなぁ。
屋根は開閉式で上部からの出入りを可能にした。益々、秘密基地っぽい。むう、ロマンが一杯ね!
クレーンの方は屋根よりも低い位置に支柱を取り付けた。支柱もクレーン型ゴーレムも、例のニッケル含みの半魔鉄鋼で作った。通常の鉄鋼でもカーボンファイバーでもゴーレムの生成には向かないので、この金属を使った。段違いにして二台分を取り付け、動力は迷宮から取る、まあ、可動部分の少ない、大きな滑車型のゴーレムってことね。
鎖も半魔鉄鋼、ワイヤーはこれから作る予定。そこまで時間はなかったんだもん。
朝一番にロック製鉄所、ロール工房に移動して、注文していたテスト用砲身四本と、錨を二つ受け取る。工業地区は迷宮の南東側、つまり海老池を挟んでドックと正対している場所に引っ越ししていた。ルーサー工房もこっちに引っ越しが終わっているみたい。
「全く、いきなりの注文だから何事かと思ったよ」
「たまには大型注文しないといけないかな、なんて思って」
久しぶりのロールは、相変わらず口が滑らかだった。
「良く言うぜ! これを見越しての生産規模拡大だろ?」
と、荒っぽい口調なのは、兄のロックさん。元々二人の工場と工房は隣り合わせだったのが、さらに仕切りも取っ払って、ついに合併しちゃった。兄弟が仲良しなのはいいことね。
「まあ、そうとも言います。注文時にも言いましたけど、今回の生産物は守秘義務が生じます」
「わかってるよ。いかにもヤバそうだもんな」
当然ながら、二人とも、この砲身が何なのか、ということはわからずとも、武器の類だということは直感で理解できているようだった。
「そうです、ヤバいです。類するものは、女王陛下の承認がなければ注文を受けないで頂きたいです。未承認で作ると死にます」
首を薙ぐ仕草をすると、二人とも豪胆なことにニヤリと笑った。
「俺は鉄を溶かせればいい」
「俺は鉄を固められればいい」
「それは理解していますけど、お二人ほどの職人は得難いですので、死なないでほしいですね」
私もニヤリと笑った。
「それは……褒めてないよね?」
「どっちでしょうね?」
よし、意趣返し成功。
【王国暦124年10月18日 7:48】
以前からポートマット西迷宮にもゴーレム生成施設を作った方がいい、ということで、駐機場を掘削して魔法陣を描き、駐機場はその上に作ることにした。格好としては駐機場の下を正式に迷宮にする、ということ。
元々の形じゃないけれど、際限なく広がっていく様は、やっぱり、これが迷宮なんだな、と自嘲しちゃう。
「――――『掘削』」
まずは大まかに位置決めをしてから、ノーム爺さんに本掘削をお願いする。何かちょっと嬉しそう。
《久しぶりの本業だからのう?》
「そうかな?」
《そうじゃよ?》
そうか、土精霊は土を掘るのが本業か……。それもそうか。
大量の土精霊たちが集まり、先に掘削した場所を深く掘り下げていく。うーん、私の『掘削』は掘った土が『道具箱』に入っていくんだけど、土精霊たちが掘ったものはどこへ行ってるんだろう?
《儂にもわからんのう?》
ということは、土精霊たちの『掘削』には闇系魔法が混じっていて、よくわかんない空間に飛ばされているとか……なのかなぁ。
こういうことはよくあることで、たとえば精霊魔法の『火球』で言うと、燃やして温度を高めるのが火精霊、周囲の空気を集めるのが水精霊、燃える空気を選別するのが土精霊、飛ばす方向を決めるのが風精霊だったりするので、火精霊だけがいればいい、というわけではない。行使している魔法の中で、中心的な存在が何なのか、という分類で、それが火系だ、と断じることは可能でも、断じることそのものはナンセンスなんだろうね。
生成魔法陣は第一階層に作り、外へ向けてスロープを設置。大型のゴーレムを作る都合上、かなり深い階層になった。そのため、フロアの半分くらいがスロープだったりする。
天井を張ったら、その上に土を盛る。さらに大きな石で石畳として均す。
「よし、百人乗っても大丈夫ね」
普段は迷宮任せのことが多いフロア拡張だけど、特殊な階層は、こうやって自分が作った方が早いし意図に沿ったものができる。
気持ちのいい仕事をしたなぁ、だなんて建築ジャンキーみたいなことを思いながら、迷宮広場へと向かう。
冒険者の始業時間……みたいなものがあるなら、今の時間は社長出勤みたいな時間だけど、迷宮での狩りであれば日照時間は関係ないので、この時間でも割と人通りがある。
ロンデニオン西迷宮と比較すると、一日の入場数はほぼ同等。ポートマット西迷宮は浅い階層で引き返す人が多く、ロンデニオン西迷宮は日を跨いでの入場がままある。
これは何を示しているのか、というと、ポートマットの方が低レベル冒険者が多く、パーティー人数も少ない、ということ。どうしてこういう傾向になってしまうのか、については考察がされている。
彼らはインプラント及び新型ギルドカードを発行して間もない人たちであり、所属に関してはポートマット以外の人が多い……つまり、大陸やウェルズの冒険者ギルドに本所属を持つ人が多いということ。
難易度で迷宮を選んでいるのではなく、大陸からのアクセスが良いポートマット西迷宮をお選び頂いた……ということね。
ログを追っていくと、ポートマットでインプラントされて、ポートマット西迷宮に潜っていた人たちが、一定の期間を空けてからロンデニオン西に移動してたりもする。それでいてポートマット西迷宮の入場者はずっと右肩上がり。周知の結果、そうなるってだけじゃなく、大陸から冒険者を引き抜いている格好になっている。
グリテンの冒険者ギルドとしてはそれで問題ないんだけど、大陸の方はいずれ冒険者という職業に就く人が枯渇してしまうのではないか、なんて危惧も抱く。まあ、魔物を狩るニーズがあるうちは、そうはならないと思うけど。
軽食堂の前を通り過ぎる。今は浴場の二階にあった方は単なる休憩室になっていて、広場前の飲食店街の一角に軽食堂……フィッシュ&チップスの店がある。妙に混雑しているから今日はスルー。新メニューが出来たのも影響しているのかしら。そういえば(カップ焼きそばの)ソースのレシピを伝授したから、ポートマットでもいずれ流行るのかしら。そうなったら、ここにいる人が全員、群馬県民にしか見えなくなるわー。ガリガリくんも作らなきゃいけなくなっちゃうわー。
「うーん、製氷装置をどうにかすれば作れるだろうか……」
「あ、小さい親方。こっちにいたんだ?」
ブツブツ呟いていた私に声を掛けてきたのは勇者オダだった。日に焼けて行李を背負った姿はまるで農民で、心なしか筋肉もついている。
「あれ、お使い?」
「うん、ハーブを納品して回ってるんだ。姫が作ったハーブ、って触れ込みで」
「へぇ? 誰のアイデア?」
「半分はサリーちゃんかな。もう半分は俺。結構評判なんだぜ?」
ちょっとオダは偉そうに胸を張った。
「そっかぁ。元気で何よりだよ」
「うん。おっと、配達の続きしてくる。またな」
快活に手を振って、オダは走り去っていった。
忙しないねぇ。
でもなんか嬉しいかも。色んなお節介の結果、オダとオーガスタが幸せに暮らしているなら、やった甲斐があるというもの。私の偽善者ぶりだって役に立つ時がある。
自画自賛をしながらニヤニヤして歩いていると、トーマス商店迷宮支店に到着した。
「あら……」
つまらなさそうに声をあげた店番はフローレンスだ。相変わらずのツンツンに身悶えしそうになる。
「うん。サリーはいる?」
迷宮にも、この支店の中にもいないのはわかっていたので、所在を訊いてみる。
「王都に出張……って言ってたわ」
「え、そうなの?」
「昨日のお昼頃に出発したんじゃないかしら」
なんと入れ違いかぁ。サリーも一言言ってくれれば良かったのに。
「うーん、そっかぁ」
スライム繊維製造装置を独占して使えるからいいことだと思おう。あれって、サリーかレックスが見てないと使えないもんね。
フローレンスの他に販売窓口の担当の子は二人いたんだけど、知らない子だった。フローレンスが何やら背後から教えていたので、新人さんなのかしら。こういうところ、ちょっと浦島だなぁと思ったりする。
【王国暦124年10月18日 12:32】
工場でスライム繊維による布を延々作る指示を出し、スライム粉を補充し続けながら、今現在ポートマットにいることを関係者に伝える。
「夕方までに領主の館へ来い、ね」
親睦を深めようって話かなぁ。本体では一年ぶりだけど、アバターでは一ヶ月に一度は必ず会ってるのに。裏会議が終わったらアーサお婆ちゃんがお料理を作って待ってるそうなので、今宵は実家にお泊まり、ってことになりそう。
あー、レックスもサリーもいないとなると、お婆ちゃんが寂しがるよなぁ。そりゃ張り切っちゃうか。張り切っちゃうといえば、スライム布を作りすぎた。せっかくなのでこれで乗組員の服でも作ろうかな。
服、って言えば、目の前の新人さんはトーマス商店の制服であるエプロンドレスを着てないのよね。ただエプロンだけをしているから、何となく販売員だってわかるだけで。
「ああ、サリーは制服の予備を作りに行ったんですよ」
フローレンスがつまらなさそうに補足してくれた。そういうフローレンスは、この一年、見ないうちに背が伸びていて、美少女と美女の中間くらいになっている。
「ああ、なるほど……。フローレンスやジゼルに合うサイズがなくなってきてるのか……」
「ついでに年齢相応の色にしてもらおうと思っています」
薄青のストライプを恥ずかしいと思う年齢になってしまった……。とまあ、ドロシーもちょっと厳しくなってきたしなぁ。
「でもさ、そういう色彩センスをサリーに求めるのはどうかと思うんだけど?」
「そこはドロシー姉さんが指定してくれました」
ふふん、とフローレンスは不敵に笑った。良い感じのツンツンにゾクゾクしてくる。
ちなみに濃い青がジゼル、濃い緑がフローレンス、濃い赤がドロシーの指定だそうな。紺一色はメイドさんみたいなので忌避されたらしい。サリー本人は色に迷って、生成りになりそう……だってさ。白金だからいいんじゃないかな。
「そっかぁ。でもなぁ、ずっと少女のまま、みたいで良いと思うんだけど」
「小さい姉さん。人は育っていくものですよ。いつまでも少女のままじゃいられません」
小馬鹿にされた。いいね、萌えるね。
「え、じゃあ、大人の階段昇っちゃったの……?」
「そんな相手はいません」
「んー? だって、フローレンスはモテモテだって聞いてるよ?」
フローレンスはぷい、と横を向いた。
「冒険者の皆さんは良くして下さってますが……個人的に誘われたことはありません」
「ポートマットに来る冒険者だけが草食系ってことはないと思うんだけど……そうなの?」
「そうなんですよ」
フローレンスは舌打ちして目を逸らした。
「じゃあ、気になる人がいるとか?」
「そんな人はいません」
「セロンさんとかは?」
セロンは所属していたチームを抜けて、冒険者の肩書きはそのままだけど、ポートマットに引っ越してきた。実家からは独立していたってこともあって、アーサ宅には戻らず、迷宮都市で一人暮らしをしていると聞いた。結構いい年なんだけど、独身なのよね。
「チラチラは見てきますけどね、覇気が足りなくて。年齢も釣り合わないでしょう?」
フローレンスは何だかんだと恋バナに乗り気よね。ジゼルにはこういう話をできないでいるんだろうか。もしかしたら、王都支店に異動したダフネとペネロペには話せていたのかもしれないから、鬱屈したストレスがあるのかもしれない。
「年齢ねぇ……。フローレンス的にはどのくらいがいいわけ?」
「そっ、それは……」
口籠もったのでツッコミを入れてみると、下は二歳差、上は五歳差までらしい。下の二歳差っていうのはレックスのことだろうから、どうやら五歳上にも気になる人がいるんだね。
しかしなぁ、レックスってばあんなナリなのにモテるんだよね。お触り上手だからかもしれないけど、女性側が意識していないのに性的な衝動を植え付けてしまうから、ある種の擦り込みに近いものなんじゃないかと思う。通常は父親や男きょうだいにその役割が回ってきたりするんだろうけど、フローレンスたちは孤児だから、余計に身近な男性として年下なのにレックスを意識してしまう……。そんなところだと思う。
「なるほどねぇ」
私が聞くだけ聞いて立ち去ろうとすると、フローレンスががっし、と私の腕を掴んだ。
「小さい姉さんの恋バナも聞かせてもらいましょうか……」
見下ろされてプレッシャーを与えられたので、私は思いっきり狼狽した。
――――『ラーヴァ』時も含めて、名前こそ伏せたものの、求愛された時のことを色々吐かされた。




