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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
グリテンの海は俺の海
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イアラランドの視察


【王国暦124年10月10日 14:10】


「だってさ、鎧にウェルズの紋章が入ってたし、その髪の毛も隠したかったし」

「ううっ……」

「ほら、小さい隊長も悪いって思ってるからさ、元気出してよ」

 鎧を脱がされて、商人風のぼろい服を着せられた黄緑くんは口を尖らせたまま、涙目になっていた。頭にはアスリム風のターバンを巻いて、眉毛や睫毛(これも黄緑なんだぜ!)は『転写』で黒く染めた。黄緑くんはそのままだと、黙っていても目立つ。

 その点でラルフは凡庸な顔立ちなので助かるわ。ラルフも目立たない服に着替えさせて、ああ、私はチュニックに着替えれば町娘そのものだから大丈夫。私も凡庸な顔立ちで良かったわ……。


 一行は山中からガブリンの街へと向かうところ。途中、港が一望できる位置で、観察をする。

「船が集まってる気配はないね。物資もあんなものかな?」

 ガブリンの街、一つを見ただけで全体を見たとは言えない。それでも、イアラランド統一国家がグリテンを攻めるのであれば、一番近いこの港に集結するはずだし、動きがあるなら、それと察知できるはず。察知してから防衛が間に合うかどうかは……別問題として。


「船の状況はパープルの商人たちに訊いてもわかるんじゃないか?」

「そうだねぇ」

 ウェルズでは商業ギルドがあるのはカディフだけで、他の街は互助組織になっていない。つまり商人たちを一網打尽にして迷宮大好きにはできず、インプラント完了には時間がかかりそう。理想としてはウェルズ国民全員が迷宮を大好きになったまま、高レベル管理権限を持った女王の政権移行に、誰一人疑問を持たない……という状況なわけだけど。国丸ごと、っていうのはそれなりに仕込みが必要ではある。それでも、ウェルズでやれたのなら、そのノウハウは他の場所(イアラランド)でも生かせるはず。

「街に行ってみようよ。何か美味しいものがあるかもしれないし」

「美味しいもの……?」

 これまで困惑しきりだった黄緑くんが、ニヤリと笑ったので、私とラルフは怪訝そうに、その笑みを見つめた。



【王国暦124年10月10日 14:56】


「なっ……なにこれ……」

 何気なく入ったレストランで何気なく料理を注文した私たちは、唖然としていた。

「立ってるな……」

「うん、立ってるね」

「どうして立ってるんだ?」

「どうしてと言われてもイアラランドの料理は、とりあえず立ってるらしい」

「そっかぁ……」

 ホントかよ、黄緑くん、意趣返しで嘘を教えてるんじゃ? と思ったけれど、根が素直なラルフはもう信じている。

 確かに、スターゲイジーパイは普通にあるし、プディングにアスパラみたいのが並んで刺さって立っているし、シチューの肉やら野菜やらがわざわざ立つように切られていて、しっかり立っている。

「アンタらイアラランドは初めてだな? そうさ、イアラの料理は男らしいのさ!」

 だから立ってるのかよ、と誇らしげに説明してくれる店主らしきおっさんにツッコミを入れたくなる。

「そっかぁ、男らしさがイアラ料理……」

 ラルフは信じてるし。

「立ってない、女らしいイアラ料理はないんですか?」

 店主に訊いてみると、キッと目つきが鋭くなった。

「ンなもんはねえな! イアラは立ってる!」

 店主さんは拳を突き上げた。

「うおおおお! なんだ嬢ちゃん、イアラが立ってるって知らなかったのか!」

「おおおおお!」

「うおおおおおっ!」

 店内にいる人たちも全員拳を突き上げた。何だ、このノリは……。


 よく見れば、全員がウィスキーを飲んでいる。鼻の赤い人たちばっかりだ。

「よおし、飲め!」

 流石に私には注がれなかったけど、ラルフと黄緑くんは店主から、客から、カップを渡されて、ガンガンに飲まされ始めた。

「頂きます!」

 ラルフは毒耐性が高いから、普通の人よりもアルコールには強いはず。問題は黄緑くんだけど……。

「嗜み程度しか飲んだことはないが……断るのも無粋というもの。厚意はありがたく頂く!」


 案外ノリがいいみたい。

 そこで酒盛りが始まった。周囲がアルコールに染まっていく中、ちょっと傍観者の気分でカウンターへとトコトコ歩き、寂しくお茶を注文した。

「茶だとぉ! これでも飲んでおきな!」

 店主さんはそれでもとっておき、という紅茶を出してくれた。茶柱が立っていたので、ちょっとほっこりした。



【王国暦124年10月10日 20:47】


「うっ、うう、ううう~」

「…………」

 レストランの二階が宿屋になっていたので、そこに部屋を取り、アルコール漬けになったラルフと黄緑くんを寝かす。

 ラルフは体内で発動している『解毒』でアルコールを分解しているはずだけど、それでも解毒しきれていない。半端に酔った状態で苦悶の表情のまま唸っている。

 黄緑くんは途中から白目を剥いていたのに口に注がれてた。仕方がないので外部から『解毒』をしておいたけど、こりゃ明日まで起きないだろうねぇ。毎回ハラスメントを受けて、ご苦労さんとしか言えないけど、新鮮な体験が出来ているようで何よりだわ。

 それにしても、このノリでアルコールを飲まされたことが、私たちに諜報活動をさせないための足止め攻撃だったとしたら、発案者はいい趣味してると思う。まあ、そんなわけないよね。


「ラルフも休んでていいよ。トリスタンを看ていてくれると嬉しい」

「外に行くのか?」

「うん、目立たないように行くつもり。『隠蔽』や『不可視』はバレた時に怪しいからやらないけど」

「わかった。ここで待機する」

 頷くラルフと黄緑くんを置いて、私は夜の街へ繰り出した。



【王国暦124年10月10日 21:36】


 ガブリンの街は良くある港町の風情に加えて、あちこちで酒盛りをしているような、喧噪が目立つ感じがする。娼館もちゃんとあったけど、どっちかと言えば道路の左側に立って、同意した客と近くのレストランで食事込み……みたいなパターンが多いみたい。裏通りを歩いていて、そんな即席カップルを見るのは五回目だから、普遍的な出来事だと判断していいかしら。

 ちなみに左側に立ってるのは、この島もグリテン島と同じく左側通行だから。下水道は一部にはあるものの、十全に機能しているとは言い難い。ちゃんと糞尿……馬糞臭い。


 冒険者ギルドの建物も発見した。イアラ島内にだって魔物くらいはいるはずだから、冒険者のニーズがあるのは間違いない。騎士団の討伐で間に合ってる……なんてことがない限り。

 ただ、その想像は間違ってないんじゃないか、と思えるのは、いかにも小さい建物だったこと。

 ガブリンの街の規模としてはカディフよりちょっとコンパクトかな……くらいなのに、冒険者ギルドの建物はウィンター村並だった。この時間にもう店終いしているのも、流行ってない証拠かも。


 で、こんな時間に裏通りを歩いているのに、私の体躯からするといかにも迷い込んできたお使いの女の子……みたいに見えるのか、客待ちのお姉様方から心配そうな声が掛かる。

「どうしたの? 迷ったの?」

「あ、はい、大丈夫です」

 公衆衛生の現状を観察してるんです、だなんて言えないので、ニッコリ笑って立ち去ろうとする。でも、同業者だと思われたらしい。

「この辺は私たちの縄張り(シマ)だからね」

 ヒューマン語スキルが余計な意訳をしてくれる。お姉様の顔は真剣で、それは私の心配をしてくれてるんじゃなくて、縄張りに入って来た侵入者を警戒する声色だったわけね。

「はい、ごめんなさい。通りがかっただけなんです」

 これは嘘じゃなくて、騎士っぽい人たちが多そうなところをうろついていたら、色街に出ちゃった、ってだけ。

 拳を上げてイアラ風? の挨拶をしたら、お姉様も笑って拳を突き上げてくれた。本当にコレが挨拶なのかなぁ? 男女ともこんなテンションで暮らしているのなら、それはまるで修羅の国、一筋縄には制圧なんてできないな、と思い直す。イアラランド、侮り難し!


 色街を抜けたところで空き地のような場所に出た。少し離れたところには、それなりの大きさの魔力を持った存在が複数感じ取れた。どうも……それが騎士団駐屯地っぽい。精霊は……集まってないわね。精霊魔法使いがいると面倒だけど、その点の脅威はないかしらね。イアラランドは『妖精の島』だなんて言われているみたいだけど、『妖精=精霊』ではないのかしら。それともここにいないだけ?


「うーん」

 光学迷彩系のスキルを使っても、何人かには看破されそう。詳しい数までは把握できなかったけど、この時間に駐屯している騎士団が二十人ほど。グリテンの冒険者ギルド基準で中級から上級くらいの実力者が三名ほど。

 今の私がそうしているように、『魔力制御』で抑えている可能性が高いので、最低でも中級から上級の間、ということだから、案外実力者が揃っている。イアラランド、侮り難し!


 とは言うものの、今の私の状況みたいに、敵地に潜入して大規模魔法の一発でも撃っておけば全滅させられはしないだろうけど痛手は負わせられるレベル。あ、まだ敵じゃないし、何もやってきてない相手ではあるんだった。いや、何もやってない、という訳でもないのか。既にウェルズに対して内政干渉を仕掛けてきているから、グリテンとしては座視できない状況ではあるか。じゃあ一発やっとくか? いやいや、エミーから指示されている内容ではない。独断専行の結果として、一気に開戦まで行っちゃうし、どちらかというとグリテンの方が体制を整えているとは言えない。しかし後手を踏んでいるのなら差を詰める良い機会じゃないか――――。


「うーん」

 腕を組んで考えていると、駐屯地周辺を巡回していると思われる騎士がこちらに気付いたようだった。ここで逃げ出すのも逆に怪しい。なので夜道で迷った女の子……のフリをすることにした。

「おい! そこの! 止まれ!」

「えっ、あっ、はいっ?」

 どこから声が聞こえたのかわからない、とキョロキョロ周囲を見渡すフリをする。軽装備の騎士が一人、ゆっくり近づいてくる。そっと、ランド卿を肩から逃がしておく。

「そこで何をしている!」

「えっ、あのっ、みちにまよって……」

 まあ、嘘はついていないわね。

「ふーむ……?」

 怪訝そうな顔の騎士。まあ、こんな時間にここにいる人間が怪しくないわけがない。

「まちは……どっち……?」

「ふむ……」


 暗闇に騎士の白目だけが光って見える。その目には好色が溢れていた。普通の女の子なら、ここで叫んでも駐屯地まで距離があるから、聞こえるかどうか微妙。

 しかしなぁ、こんなチンチクリンに欲情してくれるなんて……暗闇補正なのか、この騎士の守備範囲が広いのか。女としてはちょっぴり嬉しく思ったりもするけど、こんな得体も知れない異国の騎士に、むざむざと散らされるのも癪に障る。

「ちょっとお前、こっちに来い!」

 野卑な笑みがここから見える。排除するのは簡単だけど、それは隠密行動をしてきた意味がなくなってしまう。何よりガブリン中の騎士を警戒させて、良い事は一つもない。

 私が迷っている間にも、ケダモノの目をした騎士はジリジリ近づいてくる。

 これは……貞操の危機かしら!



――――危うし、黒い子羊ちゃん!(因果応報(ブーメラン)





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