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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
グリテンの海は俺の海
733/870

イアラ海峡の三人


【王国暦124年10月10日 6:37】


「こっ! こんな小さな船で! こんなの! 船じゃ! ありませんよ!」

「いやあ、海峡っていうより内海みたいなのに波が高いなぁ!」

「何事もやってみないとわからないよね。さすがは小さい隊長だよ」


ザッ、パーン!


 今、ボクたちは、スライムのボートでイアラ海峡を横断しようとしてまーす。

「ずぶ濡ぷわっ!」

「寒っぷっわ!」

「ちちちちいいさいたいちょっぷ!」


 海峡は外洋よりは静かではあるはずなのに、そこそこ波は高く、ランド卿の形状に工夫をするにも限度というものがあり、時々こうして、っぷ。


 ウェルズ国内の案内役として随伴してきた黄緑くんを半ば拉致して、ボートの後に集まって、私は後ろ手に掌を海中に突っ込んで、風系魔法と水系魔法で勢い良く進んでいた。海峡は狭いところでは三十五キロメトル、広いところでは七十五キロメトル。ポートマットと大陸の距離よりも遠い場所があるわね。

 パープルの港から直接イアラランドに行くと、一番広いところを通ることになる。どうやらそのまま西進は難しいと判断して、やや南西に下り、海峡の距離が短い半島状になった土地に一度上陸することにした。

 イアラランドを目指していたらウェルズに上陸したでござる。これが猿の惑星プラネット・オブ・エイプス現象(フェノメノン)だッ!


「なんだ、陸路でもっと西に行けたのかぁ」

「そう言ったじゃないですか……。馬車もカディフに帰してしまって……」

 馬車を貸してくれたのはウェルズ王国ではなく、レーン家。黄緑くんは嫌そうにしていたけど、壁妹が強く希望したとのことで、黄緑くんはそれ以上何も言えなかった。ラルフが正式に壁妹の許嫁になったことで、黄緑くんがラルフに送る視線は凍てつくような鋭さがあった。

 丁度、ずぶ濡れの……今のように……。


「―――『点火』。むおう、寒い寒い」

 流木を拾い集めて焚き火を熾し、暖を取る。まさかこの焚き火にもフィルターが必要になるわけじゃないので、このくらいは勘弁してほしいところ。

 服が乾いて落ち着いたところで、黄緑くんから大まかな説明がある。

「私は行ったことはありませんが、この半島から海を真北に向かうと大きめの島があります」

 パープルの港からはやや北西、ってところね。そういう島はグリテン諸島統一のためにケアは欠かせないわね。位置的にはマン島みたいなものかしら。

「この辺りの海岸は結構ゴツゴツしてるんだねぇ」

 岩が多い。その割には磯の生き物があまりいないというか、植生が貧しいというか。氷河に覆われていた頃の名残なのかもしれない。お魚はいるみたいだからプランクトンとかの成育は問題ないのかな。


「お、フジツボ」

 岩にはフジツボが群生していた。カメノテの方が良かったけど、いやあ、食べられそうなものがあったわ。

「は? それは岩ですよ?」

「いーや、貝だね。ふんっ」

 ナイフを取り出して岩とフジツボの隙間に差し込み、空気を入れる感じでスッスッ、と軽く左右に振る。と、小さな火山のような形をした貝が取れた。

「うほほほほ」

 嬉々として採取を始める私を憐れむように黄緑くんが見ていた。ラルフは何も言わず、鍋に水を張って焚き火に掛けた。わかってるじゃん。

 フジツボを五十匹くらいゲット。

 砂抜きをした方が良さそうだけど、まあ大丈夫だろう。

「この殻を剥くと……ほら、貝でしょ」

「ほっ、本当だ……」

「小さい隊長はグリテンで二番目のゲテ食いだよ」

 ラルフが自慢気に言ったけど、誰に向かって褒めているのかサッパリわかんない。っていうか褒めてねえよ。

 フジツボは一度湯がいてから殻と身を剥がし、口にしてみる。

「んっ」

 美味い! 旨味が凝縮されたかのようで、まるで見た目と合わないわー。フジツボ養殖とかできないかしら! ま、船には付きものというか、うーん、そうか、フジツボ対策とか考えておかないとなぁ。

 ま、今は食材としてしか見られないわよね。


「貝だから……ネギに豆腐で味噌味?」

 スッとラルフは自分の『道具箱』から味噌と食材を取り出した。なんと、常備しているとは! しかも豆腐は高野豆腐……。

「これが女王陛下の薫陶というものか!」

 ラルフの料理チョイスにエミーの香りがしやがる。感化されて……いや、成長したなぁ!


「女王陛下が……料理なんて」

「するよ?」

「するね。病的なくらい」

「そんなまさか……」

「女王陛下だって一人の料理人よ?」

 そのうち、エミーのガス抜きを兼ねて、料理番組を配信しようと思ってるくらいだから。いずれ料理対決の番組を作りたいところ。アーサお婆ちゃんが試食の後に『おいしゅうございます』とか言うの。

「ま、それはともかく、食べてみんさい」

 と、フジツボの味噌汁を黄緑くんに差し出す。

「こんなものが………んっ!?」

 グリテンとは違って、ウェルズにはあんまり味噌が広まってないもんね。美味しさに目を丸くしたね?

「この調味料は海産物と特に合うのよね」

「グリテンでは味噌を普通に使ってるよな」

「ミソ……というのか」

「うん、作り方は簡単」

 黄緑くんに製法を教えておくけど、これにはちょっと嫌らしい意味合いがある。実はヴィクター国王隠居後、ウェルズの代官として内示を受けているのはブレンダンだったりする。黄緑くんは親子だから、というより単に有望な若者、という扱いでブレンダンの副官に指名される。指名の件は黄緑くんには伝わっていない。だけど、何となくそうなんじゃないか、というのは本人が感じてると思う。お見合いの付き添いから視察まで同行させているものね。

 ということで、グリテン王国の食文化をウェルズにも宣伝してもらう尖兵になってもらうわよ!

 文化的な侵略の方がより嫌らしいもんね。



【王国暦124年10月10日 9:24】


 食事を終えて暖まった私たちは半島を西へ歩いた。

 パープルの港周辺は湾になっていて、いきなり水深が深くなる。これさえも氷河が削り取った跡なんだろうけど、そうなると、一体高さがどのくらいの氷河だったのか……想像を絶するわね。

 西岸に出ると、断崖絶壁だった。うん、これも思った通り。二時間ドラマのラストシーン撮影にも相応しい感じがする、いいロケーションね。自首しろ! とか無条件に叫びたくなるわね。


「よし、いくよ」

 私は目をキラキラさせて、二人に語りかけた。

「えっ、ええ~?」

「まあまあ、小さい隊長に任せてみようよ」

 言葉では信用してるぜ、なんて言ってるけど、ラルフの表情は硬い。


 ランド卿を細長く変形させて、三人が縦列に掴み、頭上に掲げる。

「―――『風走』『風走』『風走』っと。じゃあ、海に向かって! いくよー!」

 いかにも嫌そうに、後の二人の走る速度は遅い。私も普通に走る速度はあんまり速くない。『風走』で無理矢理に速度を上げて…………。

 崖からダイブ!


「アイ、キャン、フラーイ!」

「フラーイ!」

「ひええええええ」


 落ちざまにランド卿が幅広に展開、揚力を生む。けども……!

「重いぞ」

「ふっ、体重が問題だったようね」

 徐々に高度が下がっていく。もう海面スレスレ。

「ランド卿、もう少し横幅を広く、前後は短くていいから」

「うむ」

「誰とっ、喋って……うわっ」

 シルフに言って後方に向けて推力を高める。ランド卿の調整も上手くいって、再び高度が上がる。

 ふわり、と浮いて、北風に乗り、一路イアラランドへ向かった。



【王国暦124年10月10日 9:56】


「はっ、はっ、はっ、死ぬかと思った……」

「いやあ、空の旅は楽しかったねぇ」

「足元が心許ないのはちょっと嫌だな」

 無事にイアラランド東岸に到着した。海峡を挟んでこちら側も岩のある断崖だった。砂浜があるって聞いてたけど、南北方向、見えるのは全部岩。フジツボは……まあいいや。

「ふむー」

 全体を俯瞰してみないと正確なところは不明ながら、イアラランド東岸はあまり農業に適した環境とは言えなさそう。内陸は低いながらも山を越えて行かねばならないため、西風が吹いているのなら余計に東部は乾燥してるんじゃなかろうか。その西風は、海峡で再び水を吸って、グリテン島に雨をもたらす。ああ、こうやって一つの風が乾燥と湿潤を繰り返すから、グリテンは天気が不安定なんだわ。


 ノーム爺さんに荒れ地対応のキャリーゴーレムを一体生成してもらい、それに乗って山の頂上を目指す。ヘベレケ山よりも低い山ではあるけども、ちょっと急峻。足裏の爪を活用しながら登坂していく。

 ラルフは最初の頃よりもゴーレムに慣れたみたい。っていうか自分でもアバターを操作するようになって、スピード感に付いてこられるようになった。

 不慣れな黄緑くんは白目になってなすがまま、ゴーレムで運ばれている。憔悴する役目が黄緑くんに移ったことで、ラルフが意地の悪い笑みを浮かべていた。

「ちょっとそこ、柔らかい」

《うむ》

 ゴーレム操作はノーム爺さんにお任せ。柔らかい箇所は強制的に固めて足場を作り、どんどん登っていく。


 稜線に出ると、視界が広がった。

「おー、絶景」

 一望出来るほどイアラランドは小さくはない。面積的にはグリテン島南部と同じくらいかな? ここを政治的、文化的、軍事的に制圧して恭順させなければならない。元々属国だったウェルズとは違って、潜在的には敵性国家。ウェルズがグリテンに対してそうしたように、王族の血を混ぜてしまうのが正しい気がする。ウェルズの場合は逆に制圧されちゃった訳だから、これは重要な教訓として学ぶべきものの一つではあるけど。


 山から東側、中央部を見渡すと畑があるみたいで、季節からすると小麦か。

「となると、ウィスキーもあるか。北部に行けばブドウも穫れそうだね」

 いわゆる(ニャック)は蒸留酒の総称で、蒸留酒(スピリッツ)と言い換えてもいいぐらい。それよりもワインの方が重要で、こちらは戦争時の水に相当する。国が戦争好きかどうか、意欲旺盛かどうかは、ワインが多く生産されるかどうか――――なんじゃないかと。その意味では元の世界のフランスやドイツ、イタリア? この世界だとプロセア帝国が該当するのかしら。まー、アホみたいに版図を広げてるしなぁ。そのプロセア帝国も、先の敗戦から宜しくない噂ばかり聞こえてくる。敗戦を誤魔化すために他のところに攻め入るだとか、それに反対した勢力が内乱を企図しているとかなんとか。プロセアの王子様たち、がんばってねー!(超他人事)


「我がウェルズ産よりも美味いと評判のワインは、確かにイアラ北部産だと聞いたことがあります」

「んー、グリテン島で作った作物は大体他の地域に負けるからなぁ。せいぜい蕎麦くらいじゃない?」

「そういうものか?」

「そういうもの。土地が痩せてるからね。しっかり肥料を入れないと育たないもの」

 近代農法万歳としか言いようがないわね。スライム肥料が果たす役割は思ったより重要なのかも。

「黒魔女殿の感想としては、イアラランド統一国家は、グリテン島に野望アリ、と?」

「そこまでは言ってないよ。先方にとってみてもグリテンは仮想敵国で、ウェルズを飲み込んだら次にどうするのか、って想像くらいはつくよね、だから備えようね、って話で、その発露がウェルズへの内政干渉だったわけでしょ。現段階ではわざわざ仕掛けようだなんて酔狂には至らないと思うよ。まあ、それも見てみないとわかんないよ」

「だからこその覆面調査だもんな」

「なるほど……」

 黄緑くんはやっと密入国の意味を悟ったようだった。鈍いのも可愛いわね。

「ま、そういうわけだから、ちょっとその鎧脱いで。ふっふふふふ」

「なっ?」

「小さい隊長に任せておけば大丈夫だよ……フフフフフ」

「やめっ、やめてく……ああっ」



――――危うし、黄緑の子羊ちゃん!(デジャブ)





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