道具屋の新従業員
「アンタ、いつまで寝てるの!」
暗いうちに布団を剥がされて、ドロシーは鬼の形相で私を見下ろしていた。
「さむいよう……」
「私が起きるんだから、アンタも起きるの」
くそ、暴君を聖域に招き入れてしまったか、これは失策だったか!
「わかったよ………」
転がるようにベッドから降りて……っていうか落ちて……転がるように上からセーターを被る。ドロシーはもう、セーターを着ている。もちろん、そのセーターは、私がプレゼントしたものだ。生成りなのでファッション性皆無だけど、ちょっと大きめのセーターを女子が着るとコケティッシュで良いなぁ。春になったら薄手のセーターでも作ろうかしら。
部屋から出ると、アーサお婆ちゃんは既に起きていた。なんて早起きなんだっ!
「おはようございます」
「そう、おはよう。ドロシーちゃん、ちゃんと眠れた?」
「あ、アーサさん、ドロシー、でいいです」
ほう、アグレッシブに攻めてきたか。
「そうね、じゃあ、私も……」
「アーサさんはアーサさん、かなぁ……」
「そうねぇ……お婆ちゃん、って自分でいうのも抵抗があるし……」
ブツブツ言っているアーサお婆ちゃんの手が止まっているので、鍋からスープを皿に入れて、三人分の朝食を用意する。肉ばっかりのメニューだったことからの反動か、今日は根菜だけのスープだった。
「そうね、仕方ないわ。『アーサさん』で手を打ちましょう」
「はい、アーサさん」
二人の間で呼び名が決まったようだ。ガッチリ握手、一件落着。
簡単な朝食を摂ってから、すぐに出かける。
また寒さがぶり返した、晩冬の朝の空気と対峙することになった。
「さむい……」
「アンタ、ほんとに寒いの苦手よね」
「だからセーター編んだんじゃないか」
「私は助かってるけど」
鬼め。まあ、北風は夕焼け通りには入りにくいからまだ助かってるけど。北通りや南通りを通っている人は寒さに直面してるんだろうなぁ。
トーマス商店に着くと、トーマスが入り口で呆然と立っていた。
「おう……入れないぞ……」
「ああ、すみません、言うの忘れてました」
ドロシーが解錠をして、建物の中に入る。
「なるほど、この魔法陣か。これ、儂の声でも解錠できるようにならないのか?」
「できますよ」
「じゃあ、頼む。朝イチが終わってからな!」
全く人使いの荒い……。
適当に返事をして、開店作業に入る。暖房も入れる。あとは動いていれば店内は暖かく感じられる。
「そういえば昨日、エミーとマリアがアルバイトしていきましたけど、その話、把握してました?」
「ああ、聞いてるぞ。どうだった?」
「エミーは優秀ですね。マリアは普通? ですね」
ドロシーが答える。身も蓋もないけど、その通りだ。
「そうか。お前が以前に言っていたように、当面は二人交互に、安息日を起点にして十日間で二回ずつ来てもらうようにしてもらおうと思ってな。で、な、朝が終わったら教会に行ってくる」
「はーい」
「ああ、それとな、この水晶……って欠けてる?」
「それは昨日、コレを作る材料にしました」
私は六連ピッチャーをトーマスに渡す。
「なんだこれは…………ああ、なるほど……コーティング用に使ったのか……これは………量産可能か?」
「材料があれば」
「わかった、数は不明だが、量産してもらうことになると思う。ああ、それでな、この水晶は、フェイに頼まれていたやつだ。これでいけそうか?」
「結構大物の水晶ですよね。ちょっと透明度が低いですけど。そこに目を瞑れば使えます。これはドワーフ村鉱山の産出品ですか?」
トーマスはそうだ、と頷いてから言葉を継いだ。
「そうか……別途入手の継続努力はしてみるが、とりあえずこれでやってみてくれないか? 通信機を作るんだろう?」
「ええまあ。商業ギルドも絡むんですか?」
「ああ。面倒だけど、支部長になっちまったしな」
「え、昇進ですか?」
初耳だ。
「ワシントンの爺さんから一昨日、辞令貰ったんだ。ワシントン爺は王都の本部長も兼任してたようなもんだし。その代わりにポートマット支部は実質儂が全部やってたから、変わらないっちゃ変わらないんだが」
「へぇ、おめでとうございます」
ドロシーが掃除の手を止めて、棒読みで祝福した。
「うむ、これまで以上にドロシーに店を任せることになりそうだ。そのためにも、従業員を連れてこようと思う。春から、って言ってたけどな。ちょっと前倒ししてでも増員しないと厳しい」
「助かります。上の私の部屋、空けておきましたから」
ドロシーの本音だろう。オーバーワークにも程がある。
「お、そうなのか。助かる」
とトーマスが言ったところで、ドロシーが表に出て、看板用の魔導ランプを掲げた。
「いらっしゃいませー!」
開店と同時に朝ラッシュが始まる。
トーマスはストックが足りないだろう上級体力回復ポーション、毒消しポーションを錬成しに、工房に引っ込んだ。
私とドロシーは朝ラッシュの捌きも慣れたもので、次々に来店するお客様に応対していく。少し太陽が昇ったところで、エドワードが来店した。
「おはよう。先日は美味しい料理をありがとう」
「いえいえ。店主を祝福しに来てくれたのですから、当然のもてなしです」
後にお客様が詰まってるんだけどなぁ。だけど笑顔は崩さない。
「中級を二十本、よろしく」
ちょっとぶっきらぼうにエドワードが注文を出す。あれか、ちょっと親しくなった女の子に、男らしいところを見せつけようと、粗野に見せているという、あれか。別にエドワードのことは気にならないから、男の子を見せられてもドキドキしないよ?
「かしこまりました」
二十本をカウンターの上に出す。『道具箱』持ちの人にはそのまま提供。
「はい、こちら商品です。あれ、今日はお一人で狩りですか?」
ああ、やっと気付いてくれた、と顔に書いてあるエドワードは、顔を紅潮させて、
「今日は修行さ。ちょっと一人で特訓しようと思って」
「あら、頑張ってくださいね。ありがとうございました。いらっしゃいませ」
ごめん、忙しくて聞いてらんない。空気読めないと私はおろか、ドロシーにまで嫌われるよ?
数秒の間、エドワードは何かを言いたそうにしていたけれど、それほど広くない店内に溢れる人の波に、諦めた様子で店を出て行った。
「ちょっと、いいの? あんなに冷たくして」
ドロシーが小声で囁く。
「明日にでもドロシーが優しくしてあげてよ」
お坊ちゃまに興味はないので。これがキッカケでドロシーと仲良くなればそれでよし。しかしあれか、エドワードも中級冒険者の中堅どころになってきたっぽいし、同業の女の子とかに人気があったりしないのかな?
「出かけてくるぞ」
上級ポーションの錬成を終えて、決死の表情を浮かべたトーマスが教会に出かけていった。いい人材がいるといいなぁ。まあ、ドロシーの例もあるし、教会も下手な子は送り出してこないと思うけど。
朝ラッシュが終わって、ドロシーは昼食替わりの軽食を作りに二階へ上がっていった。私がカウンターでボーッとしていると、カーラがやってきた。
「いらっしゃいませ」
「あー、うん、違うの。客じゃなくて」
私に用事があったみたいだ。
「うん、どうしたの?」
カーラも見る度に背が伸びているような……。くそっ、成長期が憎い! でもでも、少女が大人になっていく様はドキドキするわね……。
「お父さんにね、あのパスタの事を伝えたらね、レシピを知りたいっていうんだ」
「いいよ? ちょっと待ってね」
羊皮紙の切れ端に、小さくメモを書く。オリーブオイルはメラーズ商店で売っていたけれど、恐らくは安定した入手が難しい、とも追記しておく。魚介にはもっと細い麺の方が合う、と、私の好みも付け足しておく。
「いいの? ありがとう!」
「このくらいの用事なら、手鏡で言ってくれればいいのに」
「あっ」
カーラは小さく声をあげる。
「あの鏡ね、大事にしまってあるんだ……」
「そっかぁ。でも、あの鏡はさ、緊急の時に連絡を取るためのものでもあるからさ、毎日触ってあげてほしいんだ」
じゃないと、魔核が魔力を吸い取れないじゃないか。
「うん、わかった」
アーサお婆ちゃんなんて、夕飯のお買い物まで私に連絡してくるほどに活用しているというのに。
「はい、これ、レシピ。無限のレパートリーがあるから、最初はサフラン抜きの塩味の魚介スープに合わせるのを試した方がいいと思うよ」
「ありがとう! 試食には呼ぶからね!」
「うん、最近、夜はアーサさんのところで食べてるからさ。お昼過ぎとかの時間がありがたいかも」
アーサお婆ちゃんは、晩ご飯を私に食べさせることに執着しているからな……。いかに健啖家とはいえ、夕食二回は時間的にもきついし、お婆ちゃんを悲しませたくないというか。
「うん、わかった。ありがとう! またね!」
振り向いて背中を見せるカーラの青い髪がふわっと靡く。動きを伴う肉体は凹凸が目立って、少女というよりは女っぽい。
チリンチリン、と入り口扉のベルを鳴らしたカーラを見送ると、後から刺すような視線が感じられた。殺気!?
「あれ、いまのカーラちゃん?」
平坦な口調でいうドロシーだけど、気付いて見てたよね。ええい、どこかの家政婦か!
「うん、パスタのレシピを教えてほしいってさ。試作品ができたら食べに来てって」
「へぇ……お昼ご飯できたわよ」
最近、私の周囲では一日三食のパターンが増えてきている。アーサお婆ちゃんがそうだし、私もお昼には何か(干し肉とか……干し肉とか……)をクチャクチャやったりしてるし、お昼休憩のついでに何かを口にする機会が増えてきたから、かもしれない。
「ありがとう。もう済んだの?」
「もう食べたわ。アンタも食べてきてよ」
「うん、行ってくる」
私は二階に上がって、ドロシー作の昼食を頂く。サンドイッチだ。白パンに挟んであるのはアーサお婆ちゃん自家製の生ハム。スープは昨日の残り物で、具材はグチャグチャだけど、野菜が蕩けていて、これはこれで美味しい。
味わって食べたつもりだけど、十分もしないうちに完食。休んでるのも勿体ないので下に降りる。
「あれ、もう食べたの?」
「うん、美味しかったよ」
「相変わらず早食いね。アンタ、味わって食べたの?」
「もちろん」
深く深く頷く。ドロシーはフン、と満足そうに鼻を鳴らす。ああ、このフンがあったから、ルーサー師匠のフンを即座に理解できたのか。って、どのフンだとか、フン。
「じゃあ、私はちょっと買い物に行ってくるわ。配達が来ると思うから、応対お願いね」
ドロシーは普段、お店を離れられないから、パン屋と八百屋が、毎日ではないけれど配達に来てくれる。だけど生活雑貨や肉類やお魚とかはどうしても買い足さなければならなくなる。
それに従業員が増えるのなら、その分も買いにいったんじゃなかろうか。
ドロシーを見送ると、午後の気怠い日射し(曇ってるけど)に包まれる。
この時間、道具屋はヒマになるので、堂々と内職を始めることにする。
「ふむー」
今現在、依頼されているのは、王都冒険者ギルド本部と、ポートマット支部との通信を可能にする装置。及び、付随する携帯端末。
つまり、大型の通信装置兼、サーバの役割をする装置が二台。端末は四十台程度だろうか。サーバ二台の仕様はかなり複雑な物になりそう。加えてあれですか、暗号機能も付けた方がよさそうか。
「うーん。いらっしゃいませ」
考え込んでいたらお客様がやってきたわ。素早く接客モードにスイッチ。
お昼くらいに来るお客様というのは翌日の準備だとか、夕方に出発する商隊の護衛だとかで希少な部類だ。まとめ買いが多くなる傾向がある。往々にしてこちらから配達、とかの事が多いのだけど、配達先は目の前の冒険者ギルドが殆どなので、それだったらむしろ買いに来ちゃった方が早い、と思うせっかちな人が、こっちに来る。
「はい、こちらが商品です、どうぞ」
今回のお客様も割と大量買い。少なくとも一人で消費するものじゃないだろう。『道具箱』スキルを持っていたようで、それもあって買い出し要員に指名されたわけね。
「………はい、お代確かに。ありがとうございました!」
接客を終えて、また本格的な思索に戻る。
まずは共通の仕組みから考えていきますか。
入力装置、表示装置、出力装置。これらは密接に関わるから一つのパッケージにした方がよさそう。短文を保管しておく領域も作るか。この仕組みに一番労力が必要そうだなぁ。
通信可能範囲は発信する側の魔力に比例する。冒険者が使うのであれば、それなりに魔力量は多いわけだから、魔法陣をふんだんに使ってもいい。とはいえ個人差もあるだろうし、そういう人のためのフォローの仕組みも考えておくか。
あとは登録制にして、使用者以外が使えなくなる仕組み、サーバ側から端末管理ができるようにする仕組み。
ということは、一旦サーバに情報溜めるようにした方がいいかな。
暗号はまあ、後でもっと複雑な仕組みに変えられるようにすれば将来的にも完璧。今は短文にヘッダを付けて、それを暗号として読み込むようにしよう。
「ただいま。アンタなに、ボーッとしてるの?」
「あ? うん、おかえり」
ドロシーが手に一杯の荷物を抱えてもどってきた。
「ドロシーも『道具箱』覚えてくれればなぁ」
「え? あれって覚えられるの?」
「え? 冒険者ギルドでの中級昇格時に、覚えてない人は覚えさせられるんだよ?」
「え? そうなの?」
疑問符で会話が埋まったところで、後日教えることになった。ドロシー魔法使い化の第一歩であります。
ドロシーが買い物した品物の整理をしている間にも、時々やってくるお客様に応対する。ホントに疎らだけど。
端末の筐体の素材をどうしようかなぁ、と考えていたところで、トーマスが戻ってきた。
というかエミーとマリア、その後に男の子と女の子がいる。この子たちは、当たり前だけど孤児院で見たことがある。
「戻ったぞ!」
勝ち誇った表情のトーマスを、思わずドロシーと拍手で迎える。やってる事は人攫いのようなものだけどね!
「レックス、です」
「サリーです」
男の子はレックスと名乗った。レックスはヒューマンの九歳、茶色い天然パーマの髪にソバカス。唇が厚く、目はぱっちり。濃い顔と言えるけど、誠実そう。
女の子はサリー、同じく九歳。二十五パーセントのエルフ、だけど耳は普通の人間と変わらないか。少し金髪っぽいストレートの髪。全体の印象は同じ教会のカミラ女史を思い出させる。利発さが前面に出ている。
二人とも痩せてる。ガリガリじゃないけど、教会の孤児院で生活するには最低限のカロリーしか採れなかったのかな。
まあ、ドロシーがトーマス商店に来たのも同じくらいの年齢だったから、いずれ、あのような逞しい人間になるのだろう。
「サリー、大きくなったね」
「はい、ドロシー姉さんも元気そうで」
あれ、レックスとサリーは違和感なく会話してる。そっか、孤児院にいた時期が重なってるのか。
「ドロシーは住む場所などを説明してやってくれ」
トーマスに言われて、ドロシーはレックスとサリーを二階に連れていく。
「エミーとマリアは、安息日起点で、十日のうち最初の四日間、交互にきてくれる。一人あたり二日間だな。時間は開店から昼前まで。無論、教会の方を優先することで双方が納得できた。ウチには上等すぎる従業員だが」
上等過ぎるのはわかる。エミーなんて存在がすでに癒しだ。悪いことなんて出来そうにないから強盗対策になりそう。マリアは……黙ってると呆けた女だし、喋ると苛つくしゃべり方だけど、彼女の歌は凄い。接客中にミュージカル風に動いたら、躍動感で店が踊り出しそうだ。でもまあ、この店では歌わないでいいです。
「本当はもっと労働日を増やしたかったのですが……」
「司教様が~それでも~頑張ってくれた~」
どうも教会内部で反対があったらしい。それをユリアンが説得して、その妥協の結果が、この労働パターンなのだそうだ。
「コイツもヒマな時には手伝ってくれるし、賑やかになるな!」
はっはっは、とトーマスは快活に笑うけども、連日イベントがあったりで疲れているのか、笑い方にもキレがない。
エミーとマリアは労働条件の確認と、顔合わせが済んだところで、教会に戻っていった。明日はエミーの番、明後日がマリア。一昨日が一回目で、今日は色々あってお休み、ということか。エミーが、レックスとサリーをよろしくお願いします、と何度も頭を下げていたのが印象的だった。
「ああ、そうだ、あとで借家、じゃなくて新居に来て欲しいんだが。ベッキーと一緒にいるから、魔法錠を設定してほしいんだが」
トーマスは単なるポーション錬成が得意な錬金術師であって、魔道具作りに長けているわけではない。なので、こういう仕事は私に回ってくる。
「はい、わかりました」
「うむ、頼んだぞ」
トーマスはそう言って、冒険者ギルドの方へ走っていった。ベッキーに伝えにいくか、待ち合わせで一緒に新居へ向かうのだろう。ギルバート組が内装と増築もやっている、と結婚式当日の宴で言っていたから、作業のチェックに行ったわけだね。
「あれ、トーマスさんは?」
二階からドロシーが降りてくる。
「新居に向かったよ? また買い物?」
「そっか。うん、悪いけどアンタ、店番お願い。二人を連れてちょっと買い物行ってくるわ」
「はーい、いってらっしゃーい」
店内が静寂に包まれる。
――――再び一人、店番なぅ。




