空への一歩1
【王国暦124年8月27日 13:26】
「命名、『キング・スチュワート』」
力強く直立していたスチュワート国王が厳かに宣言すると、屈強な男がシャンパンの瓶を船首に向かって放り投げた。
関係者が見守る中、カチャーン、と小気味よい音を立ててシャンパンの瓶が割れる。予め瓶に傷を付けておいたからだけど、ちゃんと綺麗に割れて良かった、だなんて感想を持つ。
この大型の帆船――――魔導船――――は、エミーが指示して作らせた船で、同型が既に二隻、就航している。一番艦だけど今まで命名式を待っていたこの船は、四日後に退位するスチュワートの名を冠する。ちなみに二番艦は『グレート・ロンデニオン』、三番艦は『グランド・ブリスト』と命名された。一番艦は、実は進水も艤装まで終えているから、本当にセレモニーだけ。
乾ドックには注水がされていて、水門が開くと、船長が号令をかけた。
「キング・スチュワート、試験航海に出港します。微速、直進」
「スロウ、ステディ、アイ・サー!」
何人かの魔術師が、甲板上から、帆に向けて、追い風になるように風系魔法を撃ち出した。
主帆が風を受けて膨らみ、音もなく、キング・スチュワート号は出航した。
拍手はなく、造船関係者、参列の貴族に向けて、船員たちが合掌した姿を見せて、船はターム川へと入った。
ターム川の川幅は広いとはいえ、曲がるのが大変そう……。まあ、命名されていない状態でも訓練は重ねていたみたいだし、選ばれた人たちだから大丈夫だろう。ま、壊れたら壊れたですぐに直すしね!
ちなみに、この参列者には女性は私だけ。グリテンの慣習で、船の処女航海に女性がいちゃいけないんだってさ。私はどうも女性枠に入っていないらしいし、実質は処女航海でもない……。
一応、その辺りを気にして、今日の私はスカートじゃなくてパンツスーツ姿。この日のために男装用の服を作ったんだけど、何だかキッザニアの子供運転士(東京メトロ)みたいだなぁと自分で思ったり。
「国王陛下、お疲れ様です」
「ふうむ……。大役をこなせたようだ」
そういうものかね? 船の名前を叫んだだけじゃん、と思うけど、軍艦の建造とお披露目は国の一大イベントなんだろうね。
リアムたち近衛騎士団がスチュワートを護衛して、馬車に乗せて、残された人たちは合掌してお辞儀をしたまま見送った。
【王国暦124年8月27日 14:13】
国王一行が進行した後を追う形で、私もゴーレムに箱乗りして、ロンデニオン城へと戻った。
町は四日後の戴冠式に向けて色々準備中で、人々もどこか浮き立っていた。
私もちょっとルンルン? フワフワ? した気分で、ロンデニオン城迷宮……の球体殻へと降り立つ。
「ルンルン、ではなくフワフワかな?」
「フワフワとはルンルンではないのですな?」
「ルンルンは楽しそうな感じ、フワフワは足が地に着いていない感じ」
と、私が説明している相手は人型だけど人間じゃない。進化型オークと進化型ミノタウロス。ノーブルオーク、ノーブルミノタウロスと名付けた、ヒューマン語を解する魔物だ。
元々、オーク語、ミノタウロス語での会話はされていたし、保有する知能も高かったので、こういった個体の出現は予見されていた。それにちょっとだけ……遺伝子に手を加えただけ。
流暢なヒューマン語で私と喋っているのは、イチ・オク・ロンデニオン・ウェスト・カーペンターと名付けた、土木作業に特化した個体。つまり最初期に迷宮の壁を作る作業をしていた力持ち魔物の一群で、ヒューマン語を継続して学ばせていた。
オーク、ミノ、併せて四十体くらいがここにいる。彼らはロンデニオン西迷宮から持って来た魔物で、ここで私の実験……というか建造作業を手伝っているというわけ。
本迷宮にも数十体のノーブル個体がいて、一定のLVになったところでヒューマン語の勉強を解禁している。
どうでもいいことながら、覚えたてのヒューマン語を使って、迷宮を攻略中の冒険者に話し掛ける連中もいて、語学学習は勇気が必要なんだな、と切に思ったりした。そのうち、魔物と冒険者の間で恋が芽生え……ないよなぁ。
「この船での実験が上手くいけば、世の中の船は全部飛ぶね!」
「飛ぶのですな? 飛ぶとはフワフワではないのですな?」
「フワフワではなくてブンブンかな」
「ブンブンですな!」
イチは言葉通り、首をブンブン、と振った。とにかく語意を知ることに貪欲なのは面白い。これはミノタウロスにも見られる傾向で、両種族とも、他種族とのコミュニケーションに飢えていたことが窺える。
他にも色々な魔物に語学を学ばせてみたんだけど、元が人間だったりするアンデッド系統を除くと、一番修得度が早かったのは人魚さんたち。継いでデーモン閣下、次点がミノさん、オクさん、以下略。
ミノさん、オクさんの繁殖速度はゴブリンやワーウルフには劣るものの、ヒューマンよりは早い。大凡妊娠期間は平均して八ヶ月、といったところで、知能が高くなるようにいじったこともあって、かなり魔物寄りではあるものの……オークでいえば緑色の肌を持つ豚鼻の人間、ミノタウロスでいえば角が生えていて毛深くて黒い肌の顎が立派な人間、と強弁できなくはない。
んー、やっぱり人間と言い張るには厳しいかな……。
ゴブリンとは違って、両種族は人間との混血がしにくい。出来なくはないけど、かなりの割合で奇形児になる。これは実質NGと言ってもいい。じゃあゴブリンはどうなんだ、と言うと、ヒューマンとの混血をしても、ゴブリンが産まれる不思議現象から、これはウィルス感染に近いもので、強制的に遺伝子をいじっているのでは、との推測が立つ。
つまり、『ゴブリン病』に感染した子供が産まれてくるのだと。ブリスト南迷宮で得た資料から、そもそも、そういうデザインで作られた魔物なんじゃないかと邪推したりする。
さて、ロンデニオン城……は、今いる場所の直上にあって、エミーたちが毎日通っている場所。
彼女たちは通勤していることになるんだけど、この状況がいいのか悪いのかはわかんない。エミーとしてはペースを乱したくないらしく、たまに迷宮都市で売っている雑な食べ物が食べたくなるらしいし、自分でも料理しないと駄目らしい。エミーの興味って割と食に向いてるのよね。これでグリテンが食の王国になれば、それは素晴らしいことだと思うの。
ああ、話がズレまくるわね……。
ロンデニオン城迷宮は、正確にはロンデニオン城の構造物も含むので、改築しようにもなかなかいい案がなく、去年の戦いでの傷跡を修復したきりになっている。
その修復の際に、水堀も直して、この球体殻に落ちた水も戻している。
以前の調査で、この球体殻は内側を大地にして建物が林立する…………ぶっちゃけ宇宙ステーションとかスペースコロニーに近いものだということがわかっている。それがどうして、こんな場所に眠っているのかは謎なのよね。
宇宙船じゃね? と思われるのは、ロンデニオン西迷宮の地下にもあるし、どうも宇宙から何かがやってきた……という遺構なのは間違いない。
何かオーバーテクノロジーが得られるんじゃないかと期待してたんだけど、年代が古いのか、保存状況が悪いのか、そもそもそんなものはなかったのか……ここでは何も得られていない。
その代わりに得られたものは、球体殻内部にあった建物の残骸から得られた謎の金属で、上手く使えば巨大戦艦の一つや二つや三つは造れそうなほどの量を得ている。
まあ、今はその準備段階というところで……。
新型船が就役するので、代わりに退役する古い船を一隻譲ってもらって、ここで改造し、実験をしていたというわけ。
この古い木造船には、不釣り合いに見える、小さな翼が船腹についている。元の世界の人間なら違和感を覚えるだろう。
球体殻内部には巨大な乾ドックと、小さなドックが併設されている。脇には作業員詰め所と、海神待機場所がある。
海神は実質クレーン代わりになっていて、操作するのはウンディーネではなくテーテュース。だから面倒臭がらずに嬉々として作業してくれる。
この乾ドックは底面に巨大な転送魔法陣があって、繋がっているのは上のお堀。
「本当はボロボロに朽ちた戦艦から現れる演出をしたいんだけど……」
「ボロボロとはカサカサですか?」
「ううん、グチャグチャだね」
「なるほど、ボロボロとはグチャグチャですか」
オチのない会話をイチとしながら、作業を見守る。
木造の帆船の後部、その底部に穴を空けて、そこに『空力機関』なる魔道具を設置してある。
怪鳥の飛行システムが、まるで航空機だったため、『使徒』チェックは問題ないと思いきや、私がそれ以外の航空機を作ろうとしたらNGが出た。
物凄く理不尽に感じたけど、どちらにせよ物体を宙に浮かべて進ませる、という目的には合致しなかったから、結局新しい仕組みを考えることになった。
『空力機関』は幾つかの管と円形パーツで構成されていて、これ全体も回転する。楕円部分を地面に対して平行になるように回転させて、その位置で固定する。
動力を繋げると、『空力機関』全体が魔力を帯び始める。
「よし、短浮上」
「ショート、アップ、アイ・サー」
上に向けて進め、っていう操船用語は変だなぁと思いつつも指示を出す。
中央の管から魔力が放出され、魔法陣が反応すると、ブィ~ン、と円形部分が回転を始めた。
軸の下部、楕円部分から薄く青い光が満ちる。
それに対して反発するように円形部分が黄色く光った。ちょうど、黄緑色になった箇所から力が発生して、グン、と船体が持ち上がる。
この機関、元の世界にあった某空戦アニメのアレっぽいんだけど、飛空石みたいなものはなかったので、形を似せているだけ。仕組みも全然違うし。
青く光ってるのが力場で、これが足場になる。管全体から放出されている余剰で足場を組んでいる感じね。案外幅広なのは、進行方向に対して先に足場を組んでおかないといけないから。その理屈からすると後進ではあまり速度が出せない。
で、円形の魔法陣は『風走』のLV4魔法陣で、足場に対して無理矢理に浮いていると。
微速前進の状態では、反発の方向は斜め上になるようにしてあるので、理屈ではこれで空に向かう。このときの足場は地面に対して平行を保つ。速度を出そうと思ったら、足場の向きも『風走』の向きに対して垂直に近く当たるように調整され、ロスを少なくしていく。
船を横方向に動かす場合は、左右の空力機関の出力に差をつける。今のところ、急旋回は、船体の傾きに応じて空力機関も傾ければいいんだけど、挙動が不安定になるので、今後の課題になりそう。
これまでの実験では、船自体の強度不足で、浮かんだは良いけれど船体が真っ二つに折れたりした。そこで竜骨を丈夫なモノに取り替えて、空力機関も出力を上げた。機関の取り付け位置に関しては、船体強度さえあれば後方がいいみたい。この船の大きさ(大体十メトルくらい)なら、左右後方に一箇所ずつ、がベストだとわかった。
実験を繰り返すうちに、空力機関をどのくらいの大きさにして、どのくらいの荷重に耐えればいいのか、の経験則もわかってきた。船体の揺れや傾きを調整するためのジャイロも必要だったし、整流板としての翼も、小面積ながらあった方がいい、ともわかった。
「魔力接続を切って」
「パワー、オフ、アイ・サー」
イチが復唱すると、周囲にいた作業員のノーブルオークがさらに復唱して、魔力接続を切った。力場が先に消失し、その後に『風走』が消える。
これで、船体がゆっくりと懸架台に降りてくる。
ゴ、ゴン
船が着地……字面が変だけど……した。この後は速度試験を行い、水上航行の試験を行う予定。
水上航行用機関は元ネタがあって、ミセス・エメラルドの娼館用に作ったポンプと、そこでクレーン代わりをしている海神に積まれていたウォータージェットの仕組みを参考にしてみた。
魔法的には簡単な仕組みであっても、実際に再現するとなると、技術的な基礎がまるでないこともあって難しい。
造船技術そのものも、そう。
そこで、『キング・スチュワート』級の建造が一段落した明日から、こちらの乾ドックで、普通の新造船……の建造が始まる予定。
まずは木造船の技術を魔物たちに学ばせて、その後に甲鉄艦を建造する。そこでノウハウを蓄積して、さらに新造艦を魔物だけで建造する。
何故、そんな面倒なことををするのかと言えば、その船は空を飛ばすことになるから。
なので、『空力機関』に関しては、テストを今日で一度打ち切り、全てを隠蔽し、外部には漏らさない。
甲鉄艦も、『空力機関』も、一見、『使徒』チェックに引っかかりそうなんだけど、実は大穴がある。
というのは『空力機関』が、その機能を十全に発揮するためには相応の魔力量が必要であり、先ほどの実験で言えば、魔物から得られる中級魔核を使ったとしても、数十秒しか浮遊できない。
甲鉄艦に至っては帆で推進するには重量がありすぎる。蒸気機関があれば別だけど、要するに動力が開発されていないから、鉄で出来た大きなオブジェでしかない。
「フフフ……」
しかし、『使徒』には黙ってるけど、秘策がちゃんとあるのだ。
「フフフとはハハハではないのですな?」
「うん、フフフとはニヤニヤだね」
「おお、ニヤニヤでしたか!」
ヒューマン語は難解ですな! とイチは大袈裟な表情で笑った。
私も釣られて、野望に向けて進んでいることに、わかりやすくニヤリ、いや、ニヤニヤと笑った。
――――問題は戦争に間に合うかどうか、だけど……どうかしらね?
 




