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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
グリテンの海は俺の海
723/870

トーマス商店の王都支店


【王国暦124年8月26日 9:24】


 五日後の九月一日には、エミーの戴冠式が行われる。

 グリテン史上初の、女王の誕生には、国民も祝賀ムードに満ちているようで、仕掛けた本人である私もご満悦というところ。

 この一ヶ月は建設作業よりは、女王用のドレスばかりを作っていた。っていうか今も作っている。

「姉さん、そこ、やります。貸してください」

「あ、うん、頼むね」

 と、私から製作途中のドレスを奪ったのは、トーマス商店ロンデニオン支店の店長……レックス・テルミーだ。


 トーマス商店は王都三層にできた空き地に、隣り合わせに二店舗を構えた。雑貨屋と服飾店にわざわざ分けての出店で、レックスは今年十二歳のくせに、二店舗を任された。雑貨屋の方は体力回復錠剤(タブレット)と布地を主力商品にした、本当に万屋。服飾の方は下着と……既製服のお店。


 既製服のお店とは随分と先取りした話を持ち出してきたなぁ、とレックスの慧眼にちょっと感心してしまう。

 何のことはない、女王の衣装を全て提供する代わりに広告塔になってもらう……という話になっているんだとか。

 エミーも弟分であるレックスに言われると弱いし、下着は私謹製のものか、レックス謹製のものか、どちらかだし。


「コルセットを無くしたいんです」

 とレックスが言うドレスには、本当に締め付ける部分がない。こう言っちゃなんだけど、女性には惰肉が多いのだ。特に背中にはどんだけあるんだと叫びたくなるほどに惰肉がある。この部分をどうにかするのはブラジャーだ。ドレスには肩紐(ストラップ)が見えるといけないわけで、当然ストラップレスブラになるわけで……。


「良くできてるわー、これ」

「皆さんが開発に協力してくれたんですよ」

「ほう……」

「ドレス用のブラジャーは大きくわけて三系統を開発しました」

 何という情熱だろう。姉さんは涙が出てきたわ。

 レックスの言う三系統とは以下。


① 肩紐を透明なスライム素材で作る

② 弾力のあるスライム素材でワイヤーを作って補強

③ 保持力を高めるために背中側(バック)の幅を広げる


 それぞれ一長一短あるそうで、①はレックスによれば美しくないそう。②は保持力に限度があり、巨乳な人だと不安定になるそう。③はバック側 (サイドベルト)がドレスのデザインによっては見えてしまうので、いっそ見せることを前提に総レースにしてみたそうな。

 エミーの琴線に触れたのは③らしく、まあ、背中がバックリ開いたデザインのドレスはセクシー過ぎることもあって、女王向きにはあまり採用されなかったという事情もあるんだけど。


「長時間の着用はあまり考えていないというかですね、やはり肩紐で乳房を支えないと、形は保てないと思うんです。普通のブラジャーが一番、女性を美しくします」

 とかしたり顔で言ってるけど、この少年、本当はチラッと見える肩紐に萌える性的嗜好を持ってるだけ。だから見えてちゃいけない、それが見えるからドキドキする、とポロッと漏らしてたっけ。

 エミーは体格からすると超巨乳ちゃんなので、この変態さんは、②と③を併用した、女王専用ブラジャーさえ開発していた。女王専用ブラ! 何てロイヤルでワクワクする響きだろう!


「元々はベッキーさんのために作ろうと思ってたんです。どうして加齢と共に乳房が垂れるのか……ずっと疑問に思っていたんです」

「ふ、ふうん……」

 レックスは運針を止めて話し出した。


 ああ、言い忘れていたけど、ここは、そのトーマス商店ロンデニオン支店の服飾店……その三階にある作業場ね。ポートマットから連れてきたお針子さんは全部で十名、従業員で連れてきたのは……。

「ペネロペとダフネは下?」

「はい、お店番をしてもらってます。ここのところは注文も落ち着いたみたいです」

 そう、双子店員が王都支店の従業員に選抜された。人選に関しては選に漏れたジゼルが相当荒れたという話だったけど、ドロシー曰く、攻めるだけが男女関係じゃない、と諭したそうだ。深い言葉だと思うけど、真意については訊くまい、と誓った。

 まあ、真面目な話、ポートマットのトーマス商店下着部は、レックスを抜いてしまった場合、ジゼルがいないと回らないという事情があったりするから納得ではある。

 こちら王都の服飾店に関しては、もう一人、怪力店員ことエステラちゃんも連れてきているので、基本はそちらに任せているそうな。


 レックスは基本、服飾店で下着を売りまくり、言葉巧みに既製服を売りつけるのが日課で、雑貨屋の方は双子姉妹にお任せしてるみたい。閉店後に売り上げデータから改善点を指示してるくらい。雑貨屋の売り上げの半分以上は体力回復錠剤のまとめ買い注文だし、営業時間も短いから、何とか回っている。十日に一度の安息日は定休日なんてものも設けているから、案外殿様商売をしている。


 ところで本来、王都での体力回復錠剤の販売利権は冒険者ギルド本部にある。これまでは直接、ロンデニオン西迷宮産の商品を迷宮支部に卸していたんだけど、ここにトーマス商店支部を噛ませた格好にした。

 これも、素材販売と同様に、迷宮と私だけが儲かってもしょうがないし、お金を市場に戻すために、冒険者ギルドへの卸価格を変えないまま、トーマス商店を窓口に変更した。

 冒険者ギルドはそもそもが販売組織ではないこともあって、販売量に限界が来ていたから、扱う店が増えただけ、とも言える。

 そんな経緯があるので、トーマス商店支部で売れた体力回復錠剤の売り上げの半分は冒険者ギルドに渡すことになっている。見た目よりも薄利ではあるけど、扱う数が膨大でもあり、卸も兼ねているから、開店して一ヶ月ちょっとでも、利益は天文学的な数字になりつつある。

 レックスは、それらの資金を使って、王都での足固めをしなければならない。だから下着や服ばかりを作っているわけにもいかず、ヘルプとして呼ばれたのが私だったという。

 ああ、これがブーメランなのか……!


 内心で文句を言いながらも、チマチマとした服作りは実に楽しい。

「ふう、明日中には納品できそうです。本当にありがとうございます、姉さん」

 そりゃ、ミシンみたいな私がいれば作業は早いだろうよ……。無心になれるからいいんだけどさ……。


「これで二十着? 毎回これだけ作るわけ?」

「いえいえ、まさか。以降は女王陛下にデザイン画を見せて、指定された服を作るだけです」

「んー、エミーの性格なら、全部作りなさい、って言いそう」

「それがですね、お伺いしたところ、普段の生活や外交、式典に必要なものを除けば、そう数は必要ないみたいです。最低、一年に数着、ドレスの新作をお届けすれば事足りる、そうですよ」

 確かに、ここ一年くらいの生活はそうだろうけどさ……。足りない服って、本当はめいちゃんにオーダーすれば、無料で素早く出来ちゃうからなぁ。めいちゃんのデータベースにあるデザインや型紙は、割と近代的(何を指して近代的なのかはさておき)なものが多いし、この時代ならではのデザインを求めるなら、レックスへの注文、というのは納得できるものがある。


 レックスが才気に溢れていると思わせるのは、エミーに掛け合って、次期女王御用達の箔を付けただけではなく、同じデザインで素材とサイズを変えて、量産し、調整代も含めて格安で販売したこと。


 それらは全部ドレスなわけだけど、買う人って貴族だったり、平民でもお金持ちだったりするから、作ったそばから売れちゃうそうで、それだったら注文生産(オートクチュール)にすればいいのに、とも思うけど、レックス曰く、既製服(プレタポルテ)にする意味があるんだと。


「女王と同じドレス……本当は素材と細部も違いますけど……を売るからいいんですよ」

「なるほどなぁ……」


 たとえば普通の絹は高級品で、カコ繭の絹なんかもっと高級品で、エミー用のドレスにはそれらがふんだんに使われている。一方の既製品は、絹は使っていてもスライム繊維との混紡だったりする。丈夫だし長持ちするんだけどね。

 綿製品も、綿花が需要に追いついてないのでかなりお高い。それを補うスライム繊維は、これまたトーマス商店が格安に売ってるので、ここのところ、一般の服の価格は下落傾向ではあるんだけどさ。もちろん、購入者たちは、それがスライムの死骸を原料にしているとは知らない。そのスライムが何を餌にしているのかも……。


「乳房の話でしたね」

 レックスが話を戻す。嬉々として女体について話す様は、お針子さんからはもう諦められているのか、皆、集中しているから聞いていないのか、誰からも反応がない。

「ああ、うん」

「実は、サリーに言って、献体された方の死体を検分する機会に立ち会わせてもらったんです」

「…………」

「ボク、本当に感動しました。女性は、どんな状態になっても神秘でした。その……姉さんの言う『筋肉』の付き方を実際に見て、たくさんのことを学ばせてもらいました」

「うん」

 レックスはこういう話を始めると止まらない。以前より悪化してる気がする。


「その方、冒険者さんだったんです。剣を振るう生活をされていたそうで、筋肉も発達していたんです。でも…………」

 レックスは悲しそうな顔になった。

「乳房が下垂気味だったんです」

 オッパイが垂れていたと。垂れていたことに悲しい気持ちになったのではなく、生きている間、自分の下着を着ていれば、垂れずに済んだんじゃないか、という後悔の念に苛んでいる表情ね。


「胸の筋肉が発達していたのに、垂れていた。相反する事象を説明できたの?」

「はい、姉さん。実は、乳房をささえる網紐みたいなのを発見したんです」

「な、なんだってぇー!」

 クーパー靭帯のことか。そんなことまで調べ上げているとは……! サーの称号でも貰うつもりかっ?


「つまり、過度の運動で、その網が伸びてしまって、元に戻らなくなっていたんです。せめてボクの下着を着けてくれていれば…………!」

「哀しみは理解するよ……」

「それで、筋肉や網の補助をする――――と発想を変えて、ブラジャーの造形をしてみたんです。その結果、肩紐がなくても、ある程度の時間は形を保てるようになりました」

「おお……」

 パチパチ……。思わず拍手する。

「いいえ、これも献体してくれた冒険者さんに感謝です。その網の名前にもしてもらいました」

「そうかぁ……」

 国中の女性を美しくしようとする野望がレックスからは感じられて、私も涙ぐむ。ちなみに、その女冒険者さんの名前がクーパーだったりしたので、偶然の一致は怖いと戦慄したものだ。


「もう一つ、ボクが調べたことがあってですね」

「うんうん」

「聖教会で働いているシスターと、他の教会のシスターさんを比べる機会があったんです」

「どういう機会よ、それは……」

 シスターだらけの水泳大会でもあったのかね? グリテンでは聖教会の勢力が強いから、他の宗教が目立たないけど、実はちゃんとある。アスリムのモスク風教会も、ロンデニオン西迷宮の迷宮都市にあったりするし、新教、旧教の教会も、大きな町には一つはある。


「まあ、それは信仰心の発露というやつですよ、姉さん」

 嘘つけ……。良い話が台無しになりそうな展開よね、これは。

「うん、それで、シスターたちの何を、どう比べたの?」

「実は……聖教のシスターの方が、カップが大きかったんです……!」

「な、なんだってぇー!」

 おい、どうやって調べたんだ! 思わずツッコミを入れそうになる。


「ほら、聖教徒は合掌してお辞儀するじゃないですか。あの格好が、どうやら乳房を支える筋肉を鍛えるようで……」

「眉唾な話だなぁ」

 私が否定的に言うと、レックスは冷静に首を横に振った。


「いいえ、姉さん。聖教のシスター八十二名、新教のシスター二十五名、旧教のシスター二十三名を調べました。年齢は様々ですが……。年代別にしても違いは明らかでした」

 聖教のシスターの平均カップ数はD、他はBなんだってさ。ホントかしら?

「じゃあ、世の中のオッパイに悩む人は、聖教に入信するとイイネ」

 投げ槍に言うと、レックスは真面目な顔で頷いた。

「女性を美しくする宗教なんて、本当に素晴らしいです!」

 レックスはそういうけど、思い人のサリーは、その聖教の孤児院にいたんじゃないかねぇ……。まあ、信じる者は救われる……はず。多分。


 その後、レックスによる乳房談義が続き、暗くなってからトーマス商店支部を出る頃には、何だか自分のオッパイが大きくなったような錯覚に陥っていた。

 ヤクザ映画を見た後に気が大きくなっちゃう現象のようなものかしら。



――――しかし現実には貧乳のままだった。





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[一言] >合掌の効能 信心深い人のほうが大きかったりするんですかね こう、祈りに力が籠もって……!
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