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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
王都で奇食巡り
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道具屋のアルバイト2


「あの揚げイモが卑怯だったのよ。食べてしばらくすると、猛烈にお腹が膨れて」

 と、トーマス商店のカウンターで、少しまだぽっこりしているお腹を押さえながらドロシーは文句を言った。

「あー、うん、ごめん?」

 私が謝ることないんだけど、一応謝っておこう。

「謝ることはありませんわ。いらっしゃいませ」

 ドロシーに文句を言いながら、やはりお腹をさすりつつ、エミーが聖女オーラ(半減中)を出して、接客をする。器用だなぁ。

 半減中とはいえ、聖女オーラは単なる道具屋を聖域に変えてしまうようで、敬虔なお客様が崇めるような表情で、ありがたく品物を購入しているようだ。

 彼女が本従業員だったら、『(セント)トーマス商店』に名義変更だな。


「いらっしゃい~ませ~」

 一方のマリアはグッタリしている。

 今現在、四人でトーマス商店のカウンターで接客作業をしているのだけれども、これには訳があって―――――。


 ドロシーが動けるようになった時間は、すでに普段起床している時間で、寝ないでこのまま店を開ける、と言い出した。

 私が手伝う、と言ったら、エミーとマリアも手伝う、と言い出して、傍らでまだお腹を押さえていたユリアンが、息も絶え絶えになりつつも、手伝ってきなさい、と承諾したため、このような事態になった、というわけだ。

 元々、エミーとマリアがアルバイトとしてトーマス商店で働く、という内示は受けていたから、予定が少々早まった、ってだけなんだけどさ。


「ええ、そうですよ。私もマリアさんも、見習いです。修行中の身なんですよ」

「ああ、修行の一環という扱いで、市井の中で働く経験をしておきなさい、ってことね」

 そうなんです、と言いながらカウンター内部のストッカーの整理をするエミーは、大まかな道具屋の店員の仕事、というものをすでに覚えてしまったようだ。話しながらも手を止めないし、どこか掃除してたり、整理したり、それでも入り口の動向から目を離さない。すごいなー、元の世界の某ファーストフードの()()()みたいだ。


 私も半日もしないで道具屋の仕事は覚えちゃったけど、エミーは普通の人間としては規格外に優秀ではなかろうか。『鑑定』で見て知っているけども、エミーは本名ではない。もの凄く訳ありの存在だ。想像するに教会に保護された貴族、または王族……?


 似たような立場だろうエドワードと昨日は出会っているわけだけど、特に二人の間に何か微妙な空気が流れていたり、なんてことはなかったし、知己ではないのかも。

 まあ、それにしたって、生まれに曰くがあるのに、エミーも、エドワードも日々充実してそうで何より。楽しいかどうかは別だけどね。


「じゃあ、エミーも休んできなよ。少し寝るといいよ?」

 先にダウンしたマリアと一緒に、ドロシーも屋根裏で仮眠している。朝ラッシュさえ終わってしまえば、あとは一人でも回せる規模なわけだし。

「はい、わかりました……」

 緊張が緩んだのか、欠伸をかみ殺したエミーも屋根裏部屋へと向かった。


 カウンターに一人になった私は、工房のコンロに点火をして、昨日の宴の余り物である、熊肉のスープを温め始める。コンロをもう一つ用意して、お湯を沸かしておく。イモとパスタでも茹でますかね。パスタは十キログラム以上作ってあったんだけど、それでも七割以上消費されていたから、見た目に珍しい料理は人気になる、ってことなのかな。


 お昼過ぎになるとドロシーとマリアが起きてきた。

「エミーはもう少し寝かせておいてあげましょう」

 ドロシーらしくない優しい思いやりに胸が温かくなる。

「フフフ、いまの時間寝ちゃったら、体内時計が狂って後が辛いのよね」

 なんだ、やっぱりドロシーらしいや。仲悪いなぁ……。

「大体ね、覚えるの早すぎるのよ。アンタもそうだけどさ、エミーは出来が違うわ」

「あー、そうだねぇ」

 やっぱり同年代の娘からも、そう思われてるのか。元の世界なら、『優等生がお高くとまってんじゃねーよ!』みたいに、イジメに遭ってるかもしれない。でも、生来の気高さと聖女オーラで跳ね返していき、いじめっ子が改心していく物語……。

 という妄想をした。私も疲れてるのかな……。


「アンタも少し休みなさいよ」

 ドロシーが腕を組んでフン、と屋根裏を顎で指す。見ようによっては『ちょっとアンタこっち来なさいよ。礼儀ってやつを教えてあげるわ』みたいな、上級生の呼び出しみたいな。でも、最初の戦いを経て、ライバルとしてお互いを高め合っていく物語……。

 という妄想をした。私、疲れてるのかな……。


 そんな会話をしている間にも、マリアが工房のコンロから流れる匂いを嗅いでいるのか、クンクンしている。

「ん、先に食べちゃってよ。パスタ茹であがるし」

「昨日のあのパスタよね~?」

 マリアの顔がだらしなくなる。気に入ったならよかった。


 ドロシーとマリアの食事が終わる頃、エミーも仮眠から戻ってきた。ドロシーの思い通りにはならないみたい。

「おはようござい……ます?」

「あはは、お昼食べちゃってよ」

「あ……はい」

 夕方には教会に戻らなければならないらしく、エミーは急いでパスタと熊肉を口に入れていった。

「これはっ、悪魔の組み合わせですっ」

 そうだねー、クセがある匂い、ザックリとした食感、ほぐれる繊維、溢れる旨み、脂の甘さ。獣肉としては最上位に入るだろうねー。アールクマーは、クマーが魔物化したもので、魔核とスキル(熊パンチ)の有無以外、ほとんど同一種と言っていい。両方食べた感触からすれば、アールクマーの方が美味しいけど、差はそれほどじゃないと思う。

 パスタのツルツルした食感は熊肉と対極にあるもので、お互いを高め合う。

 ささ、たんとお食べ。

 あ、これがアーサお婆ちゃんの心境なんだろうか。



 食べ終わって落ち着いたエミーをカウンターに戻して、私も残りの熊肉を……ないんですけど。じゃあパスタを……ないんですけど。


「…………」


 干し肉でいいか…………。なんか寂しい……。

 やさぐれた気分でカウンターを見れば、ドロシーがマリアに仕事を教えている。エミーは時々くる客に応対しつつ、ドロシーが説明していることを聞いている。


 今日はトーマスはベッキーと一緒に新居(もとの借家ね)の方にでかけていて、戻ってくんな、という従業員一同の愛情を受けて、『今日はもどらん!』と言い放ったので、そのしわ寄せが私に来ていると。


「ポーションでも錬成するか…………」

 昨日は半休でストックは少し残っている。けど、二日間は作らなくていいように大量に錬成しよう。

「素材は……あるね……んっ?」

 不純物を含んでいそうだけど水晶……いや石英か……の塊が作業台に置いてあった。簡単なガラスができるか。しかし、うーん。使ってもいいよね?


「うん」

 私は石英の使い道を考えてから、ポーションの材料を揃えて錬成を始める。


 体力回復ポーションの錬成とは、要するに変質するまで継続して魔力を送り続ければいいだけの話。これを全自動でやろうとすれば、魔力の注入、そのものは可能だろう。だけども材料である日光草の品質にはばらつきがあって、微調整が必要な職人技だったりもする。工業化に於いて、その辺りも自動判別できないと実用化にはほど遠い。

 日光草の品質のばらつきは、野生種なので安定した植生が見られないのと、採取者に対しての教育不足に起因する。

 教育はいいとしても、野生種のばらつきを解消するには、栽培にシフトさせる方向が正しいのかもしれない。

 うーん、これは一株持ってきて、育ててみるしかないかなぁ。肥料入れても薬効がそのままになるかどうかも試してみないとわからないし。


 モチはモチ屋、とはいうけど、その辺に繁っている草である日光草を、わざわざ栽培してる、変わり者の農家なんていないだろうしなぁ。

 安定した品質を求めているのは錬金術師だけだもんね。

 でも、そこに暴利をむさぼるチャンスがあるというもの。

 最悪、遺伝子をいじるユニークスキルを使えばいいのだけど、恣意的に使っていいものやら、判断に迷うケースではある。


 大鍋を満たす量の体力回復ポーション(三倍濃縮)が完成したので、計量して小鍋に移して、純水(つまり『飲料水』スキルで得られる水だ)を混ぜて希釈。


 陶製の小分け容器に入れる前に、今回はちょっと一工夫しようと、魔力炉に火を入れる。


 薄い鉄板を切り出して、丸い底の部分と、胴体になる、少しカーブした長方形の二パーツを切り出す。これらは溶接しながら接合。元の世界にあった、コーヒー用ミルクの容器―――ミルクピッチャー―――のような形状に加工する。フタの部分は不要なので作らない。胴体には焼き入れの際に注ぎ口を作っておく。これを六個製作。


「アンタ、何してるの?」

「ん。ちょっと危ないかも。離れて」

 ドロシーが近づいてきていたので、ちょっときつめの言葉で退避を促す。

「――『風刃』」

 石英をちょっぴり頂く。切り取った石英を掌に握る。

「――『粉砕』」

 粉砕を繰り返して細かい粉状にする。出来た粉は魔法炉に入れて加熱。六百℃くらいかな? 中温にすればいいか。ドロドロに溶けた石英を、『ピッチャー』の内部に注ぎ入れてコーティング、余分な石英は、ピッチャーを逆さにして口を下にすることで切る。石英がガラス化して固くなったところで、六個のピッチャーを一本の鉄棒に溶接。手に持つところにタマスの皮(の切れ端)を付けて完成。いや、仮の製作物なんだけどね。


「えーとね、これでね」

 静かに見ていたドロシーに説明がてら話し掛ける。

「六個分を一度の手間で小分けできないかな、って」

「へぇ?」

 普段なら『下らないこと考えるわね、アンタ』と一蹴されてそうなんだけど。今日は素直に感心されたみたいだ。


 先に小分け容器を収納用の木枠にセットして、ピッチャーに入れるポーション液の量をスポイト(木製の棒。透明じゃない)で調節して。


 一気に注ぎ込む。

 六本の小分け容器が、一度で満たされる。

「お~」

 マリアも見に来ていて、驚きの声をあげた。いや、見た目ほど効率上がってないんですけどね……。

 この『六連ピッチャー』(と命名)の本領は、複数人で作業を進めた場合に発揮されそう。つまり、計量する人とピッチャーから流し込む人を別にすれば効率が上がる。単純な作業なので、誰にでもできる。特許を申請したいくらいです!


「あの、私たち、今日はこれで戻ります」

 小分けに夢中になっていると、もう夕方を過ぎていたようだった。

「うん、今日はありがとうね。またね」

「はい!」

 エミーは元気いっぱいに、ピカピカッと眩しい笑顔を向けてきた。半減していた聖なるオーラは午後には復活していたっけ。本当に聖トーマス商店になってたもんなぁ。

 マリアはテンション下向きではあったものの、やり遂げた表情を見せていた。

「面白かった~」

「フン。また来てよね!」

 ドロシーはツンデレ爆発だ。代わり映えのしない道具屋の従業員の生活に変化が出て、刺激になったんじゃなかろうか。

 楽しそうだったものね。まあ、エミーとは仲良くしてほしいけど、私が原因かもしれないので、看過できないレベルにならなければ放置ということで。いずれライバルは巨悪に対して共に戦うようになるものだからね。


 エミーとマリアが教会に戻ると、トーマス商店は静けさに包まれた。


「静かになっちゃった」

 ドロシーが寂しそうに言う。寂しそうだね、なんて言ってみたら、返ってくる答えが想像できて、逆に突っ込めない。老年夫婦みたいだ。

 仕方なく、小分け作業に勤しむ。


『そうね、これでいいのかしら? もしもし(ハロー)?』

 そこに、アーサお婆ちゃんから連絡が入った。

「あ、アーサさん。まだトーマスさんが戻ってきていなくて」

『そう、昨日の味噌漬けがまだ余っているのよ。ドロシーちゃんも連れてきなさい』

「はいー。作業が終わったら……一刻したら家に戻ります」

 一刻、という言い方は一時間程度、みたいなニュアンス。時間の区切りがいい加減なので、アバウトにアバウトを重ねているから、時間にキッチリ、という感覚はお互いにないのが救いかも。

『そう、わかったわ』

 手鏡通信を切ると、ドロシーが反応した。

「私もいくの?」

「うん、『帰る』んだよ。小分け容器に蓋するの、手伝って―?」

「わかったわよ……」

 ドロシーにコルク蓋の入った麻袋を手渡して、一緒に蓋をしていく。

 一体何万個あるんだ……作り過ぎた……って、容器のストックがあるのがすごいな……。

「これ、全部中級だからさ。上級はまだ在庫あるから、トーマスさんが戻ってからで間に合うと思う」

「うん」


 お互いに無口になりながら蓋をしていく。手だけがやたらに素速く動いている気がする。

 うん? ドロシーの様子が……って進化するんじゃなくて……。

「ドロシー?」

「なによ?」

 顎を上げたドロシーの顔は、不安に染まっているように見えた。

「アーサさんの家に行くの、嫌?」

 中腰で作業をしていたので、私が見上げる形になる。しばらくの沈黙の後、

「……ううん、そうじゃないの」

「うん」

「昨日さ、結婚式でトーマスさんと手を繋いでさ」

「うん」

「父親って、こんなのだっけなぁ、って」

「うん」

「で、ベッキーさん見てさ。これがお母さんなのかなぁ、って」

「うん」

「正式には親子じゃないじゃない? ただ、保護者だ、ってだけで」

 それは私も同じ立場だ。

「うん」

「それがいきなりさ、親も同然、子も同然、って言われて」

「戸惑ってると?」

「そう……かな」

 当たり前だけどドロシーは女の子、それもナイーブなんだなぁ。


「ドロシーはさ、仮にだよ? 正式な親子になったとして。嬉しい? それとも嫌?」

 ドロシーは考え込んで、

「わかんない……」

 答えを出せなかった。困った顔のドロシーに、私は笑いかける。


「うん、別にさ、家族になんてならなくていいと思うんだ」

「え?」

「だってさ、明日からお父さんです、わかりました、で納得できるものじゃないしさ? それにさ、そんなのは形だけじゃない?」

「家族の形? ってこと?」

「そうそう。そんなのは家族の数だけあるんだからさ。無理に家族ごっこしなくてもいいと思うのよ」

 ごっこ、は言い過ぎだとは思うけど、私の言いたいことは伝わったみたいだ。

「うん……」

「周囲の状況に流されてさ、たまたま居場所がここだった、ってだけなんだし。その保護者が面倒見てくれるっていうなら、甘えちゃえばいいじゃない?」

「あ………」

 ドロシーの口元が、あまえる、と動いた。

「うん、甘えるのが苦手なら、段々甘えていけばいいよ。甘える、甘えられる関係になるだけでいいじゃない? それが家族って名前や縛りの元じゃなくていいんじゃない?」

「そっか……考え方次第ということね……」

「そうね」

 私はアーサお婆ちゃん風に言ってみた。ドロシーがクスリと笑う。

「わかった。とりあえず行ってみる」

「うん」

 ドロシーは立ち上がって、閉店準備に入った。


 私は銀の板を二枚取り出して、『施錠』と『障壁』の魔法陣を一枚ずつ転写した。魔法陣にはワーウルフリーダーが内包していた魔核をセットする。

「これさ、ちょっと手に持って?」

 作業中のドロシーを捕まえて、キーワード設定をさせる。

「そうだなぁ……『きんこまもれ』って言ってみて?」

「きんこまもれ」

「うん、成功。『きんこあけろ』」

「きんこあけろ」

「うん、成功ね。もう一枚いくからね。『錠を閉めろ』」

「じょうをしめろ」

「うん、『錠を開けろ』」

「じょうをあけろ」

「うん、成功。魔力は溜めといたから、時々触って魔力補給してね。金庫のは金庫内部の引き出しの中ね。勝手口のは勝手口の扉にくっつけておくから。解除しないとトーマスさんでも入れなくなるからね」

「へぇ………」

 金庫の方は前作の仮設置、羊皮紙の魔法陣ではなく、金属板による常設で、ドロシーにしか権限を与えていない。

 トーマスではなく、ドロシーが店の施錠をするケースが殆どだということ、『施錠』に関してはトーマス専用のものも作っておけば事足りるということ。

 この魔法陣剥きだしの簡易魔道具は、閉めてしまえば、一定のセキリュティが確保される。ドロシーに自由な時間が増えるということでもある。

「じゃ、早速発動して、アーサさん家にいこう?」

「慌てるんじゃないわよ」

 ドロシーはゴソゴソ、と屋根裏部屋でやっていたかと思うと、鞄を手にしていた。

「いくわよ!」

「うん」

 ドロシーがキーワードを言うと、魔法陣から魔法が発動された。正常動作、今日も完璧な魔法陣ね。


 当然ながら私が鞄を持つことになり、並んで夕焼け通りを西へ向かう。

「ところでさ」

「うん?」

「アンタはどうなのよ。アーサさんと、家族っていうの」

「うーん、違和感ないかなぁ。アーサさんはお婆ちゃんって認識だし。歳の離れたお友達兼師匠みたいな?」

 ベッキーに関してはお母さんっていう実感はないし、別にお母さんじゃなくてもいいというか。お姉さんって感じかなぁ。

「なるほどねぇ」


 私の立ち位置や接し方が、ドロシーに役立つとは思わないけど、考え方をまとめるきっかけにはなるんじゃないか、と思う。

 ちょっと話してる間に、もうアーサ宅に到着した。前に済んでいた借家よりは西にあるはずだから、時間はかかってるはずなんだけど、二人で話しながらだと早く感じる。

「ただいまー」

「そう、おかえり」

「こんばんは。ただいま」

「そう……おかえり」

 皺が増えちゃうよ、お婆ちゃん! と言いたくなるような満面の笑みでアーサお婆ちゃんは応える。

 派手な出迎えもないけれど、私が持たされた鞄の中にはドロシーの数少ない私物一式が入っていて、これが引っ越しだった、と気付くのは、ドロシーに割り当てられた自室で、ドロシーが荷物を広げてからだった。



「そうね、あのキャベツの煮物が危険物だったのよ」

 熊肉ステーキの夕食が終わったあと、アーサお婆ちゃん、ドロシーと私は、昨日の宴のメニューについて批評をしていた。

「そうか……揚げイモじゃなくて、黒幕はそっち……」

 キャベツが胃の消化を促し、さらなる飲食を可能にした―――。ゆえに、ドロシーが力説する、フライドポテトによる胃の膨張が、真の膨満感の原因ではない、と。あのロールキャベツの味のベースは、大量にあった残りの鶏スープなのだから、責任の一端はアーサお婆ちゃんにもある!

 とはいえ、まあ、みんな食べ過ぎだよね、なんて思ってたので、料理を作ったアーサお婆ちゃんと私にしてみれば大成功と言ったところなのだけど。


「そういえば、ベッキーさんは?」

 私が周囲を見渡すフリをすると、アーサお婆ちゃんはニヤリと笑った。

「そうね、借家にいるわ。今朝の行きがけに解錠していったのでしょう?」

「まあ、確かに」

 ハーブティーを飲みながら、アーサお婆ちゃんに釣られてドロシーと私もニヤリと笑う。

「そう、明日はどうするの?」

「私はいつもの時間です」

 ドロシーに実質休日はない。従業員が増えれば、いずれ休日を取る日も来るかもしれないけれど……。

「そう、わかったわ。貴女は?」

「朝からドロシーの手伝いにいきます」

「そう、わかったわ。じゃあ、明日も早いし、寝ましょうか」

「あ、はい――――」

 ドロシーが立ち上がって、恥ずかしそうに私を見て、それから袖を摘んだ。それを見たアーサお婆ちゃんは、穏やかに言った。

「そう、一緒に寝るといいわ」

 えー、まあ、うん、恥ずかしいけど、おっけーよー?

「うん、一緒に寝よ?」

 ドロシーがデレると凄い破壊力だな……。あんまり恥ずかしがらないでよね。初夜迎える新婚さんみたいじゃないか。


 私の自室にドロシーを案内すると、

「何だ、何もないじゃないの」

 と、ツンを取り戻した。

「こっちに持ってきたのはクローゼットくらいでさ。それも中身あんまり無いし。工房で使ってたのは、地下室に入れちゃった」

「へぇ、地下室があるの?」

「うん、掘った」

 えっ、とドロシーが呆れ顔になる。

「明日、お店から戻ったら見てみる?」

「見たくないけど興味はあるわ」

「まあ……工房だから……見て面白いものじゃないと思うけどさ」

 工房での作業なんて、いつも見てるじゃないか。

「いいのよ。わけのわからない物を作ってるのは、見てて飽きないわ」

 褒めてるのかなぁ……。まあいいや。

「うん、寝よ。明日も早いしさ?」

「わかったわよ……」


 女子トークなんて、毎日出来るじゃないか。そう言おうと思ったけれど、今日の女子トークは今日しかできない! なんて考えると、軽々しく言えなかった。

 少なくとも、種族的には私の方が遙かに長寿で、ドロシーは先に死んでいくだろう。私から見れば、まるで生き急いでいるようにも見えるけれど、そっちの方が普通で、長寿種族の方がこの町では希少なのだ。だから、出来る限りのことをドロシーにしてあげたい。それと同じ気持ちは、アーサお婆ちゃんにだって持っている。愛すべきお婆ちゃんに、後は何をあげられるだろうか。


「なんか……アンタ、小さくなった?」

 チッ。抱き枕風に頭を抱えられた私に、ドロシーは言葉攻めをしてきた。

「ううん…………ドロシーが大きくなったんだよ……」

 チッ。思わず内心で舌打ちを繰り返す。好きで小さいんじゃないんだけど!

「そっかぁ……。アンタ、温かいなぁ……。今日はさ……」

「うん」

「今日はありがとね」

 そう言って、ドロシーはキュッと私を強く抱いて、力が抜けたかな、と思った時には寝息を立てていた。

 苦しいんですけど…………。

 まあ、少女とはいえ、女性の胸に抱かれて眠るのは悪い気分じゃない。別に私が百合だとか、元が男だったんじゃないかと、性的なことじゃなくて。

 根源的に、女性の胸で抱かれることは、きっと母親に抱かれている気分になる……。

 だよね、きっと。

 うん、ドロシー、おやすみなさい。



―――これから荷物を増やしていこうね、ドロシー。





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