奥義の発動
【王国暦123年12月23日 12:14】
アンセルムは槍先についた小剣を、冗談みたいな速度で振り回した。
ガゴンッ!
こちらもドリル剣で受け止める。ハッキリ言って剣と剣が打ち合う音ではなく、鈍器と鈍器がぶつかり合う爆音が響く。
戦闘用アバターの全身に施された感覚器官は、それが剣豪の『気』のような、曖昧で捉えにくいものも、魔力に変換して中央制御ユニットに伝えてくる。
某龍の玉マンガのスカウターみたいな、魔力換算ではあるものの、戦闘力みたいなものが数値化されていく。ただし、530000とか、そういうハッキリした数字じゃなくて、上下幅もあるから、これが何かの指標になるわけじゃない。
外装に包まれていても、感覚器官は魔力の流れを伝えてくる。
たとえば右から左に斧槍を薙ぐのであれば、右足を踏ん張り、次いで左足に重心が移動する。アンセルムに限らず、『筋力強化』を自身に付与していれば、魔力の移動として感覚器官に捉えられて、なおさらに動作の『おこり』がわかる。
このアバターには光学観測装置こそついているものの、魔力感知で場を捉えた方が精度がいい。つまり見ているのではなく、感じているのだ。盲目の剣の達人……というわけじゃないけど、結局は波長の違いを視覚化すれば済むこと。実際に視覚化しているのは、本体の私の脳……ということになるだろうけど。
「人形め……」
アンセルムが怨嗟の呟きを漏らす。
ここまでの攻撃は全て、ドリル剣で受け止めた。この剣には刃がない。要するに尖った鈍器で、剣撃を受け止める剣としては非常に優秀だと言えた。
戦闘開始の序盤では、長大な斧槍が高速で振るわれるのに驚愕したものの、さすがは精度の高い操作というべきか、私もすぐに対応して、ドリル剣で攻撃を受け止め続けている。
こちらから攻撃するでもなく、余裕を持って機会を窺っている――――とアンセルムは見ているのか、はたまた疲労が蓄積してきたのか、焦りの色が浮かんできている。
「むうっ!」
アンセルムが斧槍のスピードに緩急を付け始めた。しかしそれも事前に、魔力的な動きとして察知していたため、難なく受け止める。
このまま受け止め続けて、半日もすれば、さすがにアンセルムも体力を切らすだろう。
しかし、さすがは強者の本部長、虚勢を張った。
「やるな! しかし、俺はまだ実力の半分しか出していない!」
「こっちは四割だ」
対抗してみる。
「いいや、実は三割だ! いや、二割!」
「一割だな」
「!?」
アンセルム本部長は子供のようなやり取りに敗北を感じたのか、黙り込み、スッと後に下がって距離を取った。
「ふんっ!」
そこから、『加速』LV3を利用した―――――突きが来た。
はやっ!
繰り出される突きは僅かな角度調整でどこまでも刃が追ってくる。
これは! 来るのがわかっていても避けられない! ドリル剣で防御しようとしても、アンセルムは正面の面積を小さくしての突撃で、タイミングが取れない。
だがしかし!
上で観察している本体が、アンセルムを観察し、そのタイミングを計る……。
今!
アバターを斜に構えさせて突きを回避する。ドリル剣で、アンセルムの斧槍の柄を叩く。
アンセルムはこちらの攻撃を反動に利用して、斧槍を素早く引き戻し、そこから横に薙いだ。
「ぬおおおお!」
斧槍の刃先がやや下方に向かう。これはドリル剣を持つ手を狙っている。アバターは、下がって空間を作るわけにもいかず、そのまま斧槍に対抗するため体重を掛けた。
が、これが誘いだった。
スッと斧槍から力が抜け、体重の掛かる方向へアバターは走らされた。
しまった、と思った時は再度の予備動作を終えた斧槍が、足元に向かう。
アバターは剣を床に突き刺し――――実際には突き刺さらなかったけど――――身を屈めて剣を保持した。
ガッィイイイイイン
力に逆らわず、そのまま後に飛ぶ。と同時にカードデッキから一枚のカードを引き、ドリル剣に挿入した。
『降臨』
蛇ゴーレムを召喚…………っていうか『簡易道具箱』から出す。
「シャアアアアアアア」
蛇ゴーレムは体をうねらせて、アンセルムを威嚇する。
「ゴーレムがゴーレムを使役だと……?」
驚く間もなく、アンセルムは斧槍を振るう。蛇は体を持ち上げて回避、尻尾を回してアンセルムの左側から攻撃を始めた。この尻尾は、アバターが持つドリル剣と同じもの。つまり、この剣って二本作ってあったわけね。
予想外の方向から攻撃され、アンセルムは斧槍を引っ込めて、石突きで尻尾剣を打ち払う。そこを蛇ゴーレムの頭部が襲う。
「ちっ!」
返す刀を頭部に向ける。しかし頭部は引いて、口を開けたまま、
「プッシャアアアア」
と、毒液を吐いた。
「むあっ!?」
驚いて回避をしたところで、背後からアバターが突きを入れる。
これを間一髪回避したアンセルムは、疲労が溜まってきたのか、毒液で濡れた床に足をもつれさせ、滑ってしまう。体勢を整えようとしたところで転んでしまった。
チャンスだ!
アバターは一旦距離を取り、カードを取り出し、ドリル剣に挿し入れた。
『奥義・降臨』
アバターが蛇ゴーレムに向かってジャンプをする。
蛇ゴーレムがアバターを受け止め、頭に乗せたまま疾走。
「シャアアアアアア!」
毒液を吐きながら、アバターを前方に向かって、勢いを付けて放り出す!
「なっ!」
転んでいたアンセルムが、体勢を立て直して起き上がったところに、アバターの連続キックが襲う!
アバターがやっていることなので蹴り技を出しても声は出さない。
逆に声を出したのはアンセルムだった。
「キエエエエエエエ」
何とか向き直って斧槍の刃先をアバターに向けて、迎撃しようとしている。
ダン
蹴りの一撃目が斧槍を蹴り上げ、
ダダン!
持ち手を狙って斧槍を落とし、
ダダダン!
何とかガードを試みたアンセルムの肩と腕を狙ってガードを下げさせて、
ダン!
アンセルムのアゴを、キックが撃ち抜いた。
「っ」
声も上げられずに倒れ、床を滑って、白目を剥いて、アンセルムが止まった。
倒した敵を見下ろして、私は勝ち誇った。
「ははっ、いいもんだな……!」
なりきっている私は、アバターにそう言わせると、部屋の外で見守っていた冒険者(仮)に向き直る。
「もっと楽しませろ……!」
もう完全になりきっている私は、アバターにそう言わせて恍惚の仕草をさせた。
【王国暦123年12月23日 12:31】
事前にそう言われていたのかもしれないけれど、冒険者(仮)たちは倒れたアンセルム本部長を助けず、一目散に出口へと向かった。薄情といえば薄情、だけど地上に連絡を取る役目も重要に違いない。
しかし、今回は逃すつもりはない。迷宮の入り口を閉めて中に閉じ込めると、ドリル剣でぶっ叩いて昏倒させた。冒険者(仮)は全部で四人だった。
「他、内部に人はいないね?」
『肯定です、マスター』
四人の体を蛇ゴーレムと一緒に引きずって、アンセルムが寝ている場所へと移動させた。
アバターでアンセルムの四肢を押さえるようにしてから、本体に戻る。
天井から忍者……。
ドスン
……のようにはいかなかったけど、飛び降りて、ちょっと足がジンジンしているのに耐えながらアンセルムに近づき、頬に触れて、魔力吸収を行い、『洗浄』と『解毒』をした後、インプラントを施してから、砕けた顎の修復を行った。
他の四人も同様に処置して、蛇ゴーレムをアバターに収納、チェンジを繰り返しながら第一階層最奥にある転送魔法陣で管理層へと戻った。
「めいちゃん、迷宮の外部にアナウンス。文面は……『ハハハハハ、我が迷宮に仇為す者どもよ、愚かな冒険者は無力化した。早々に引き取りに来るが良い! 我が迷宮は節度ある攻略を望む。三日以内に軍隊を撤退させねば、こちらから討って出ることになる。死にたい者はここに残るがいい!』でいこう」
『了解しました、マスター』
「じゃ、最初の笑い声だけやってみて?」
『了解しました、マスター。ハハハハハ』
「ちがう、ハハハハハ」
『ハハハハハ……』
「うん、悪くない」
フフフ、実に悪役っぽいぜ……。
【王国暦123年12月23日 19:51】
ついに、というとおかしいんだけども、アンセルムが倒れたことで次席の副本部長がグリテンの冒険者ギルドにヘルプ要請を出したらしい。
時期が半端だなぁと思っていたら、カディフの冒険者ギルドから馬でブリストの冒険者ギルドに行き、その場で依頼したんだという。
ブリスト支部長であるカアルからザン本部長に連絡がいって、ザンから短文が来たと。
ちょっと興味深いのは、これがアンセルム本部長でもなく、ウェルズ王国側からでもなく、あくまで副本部長の独断ということ。
本来、冒険者ギルドは政体側とはなるべく関わりを持たずに傍観する――――という姿勢を明言している。乱世にあって冒険者の互助組織が生き残り、存続するためには、強引なまでの割り切りが必要で、それを実現できたのは、冒険者に武力を持つものが多いからだ。集団としてはまだしも、個人の武威であれば高名な冒険者の方が領地騎士団を上回ることが多い。
黄緑くんが、かの『ウィングス』に依頼をかけてパープルに呼び出していた事実を考えると、ウェルズ王国では、高位冒険者の方が騎士団よりも勝る、と見ていい。
そして、今までは冒険者ギルドが王国に協力していたのに、アンセルムが倒れた途端に掌を返した…………。極論で言えば、冒険者ギルドは、組織が存続するのであれば国がどうなろうと知ったことではない。個人の感情ではなく、組織としてはそう動くだろう。
ハシゴを外された格好のウェルズ王国、そしてカディフ騎士団はどう動くのかしらね?
――――ふう、悪役を堪能した……。
やりすぎた……しかし後悔はしていない……っ!




