※カディフ東迷宮への川下り
【王国暦123年12月21日 15:22】
招待したサール伯爵や、ウッズに訊いたところ、やはりミンガムに林業を根付かせたのは、千年以上も前のミンガム北迷宮なのだという。
魔物が伐採をする姿を神々しいと思ったかどうかわからないけれど、伐採用の魔物が愛らしい姿だった可能性もある。
恐らくは……『風刃』が使えるラバーロッド辺りだったんじゃなかろうか。アレなら魔物ではあるけれど、黒い精霊に見えなくもないものね。
「ギギ…………」
ギギ、ガガ、ググの三体が、帰途についた招待客たちを見送っていた。
今日の招待客は、今頃迷宮が大好きになっていることだろう。私自らが施術したので物凄く面倒だったけど、領主一族と係累、樵夫ギルド、街の有力商人などで合計百名ほど。明日、また五十名ほどが送り込まれてくる予定になっている。
こういう洗脳作業は、なるべく短期間かつ広範囲にやってしまうべきだ。時間が経てば、適用者と非適用者と意識にズレが出て、インプラントの正体が露見してしまう。
堂々と晒していいのは、もっと広まってから。それも、機能を勘違いさせておかなければ、非適用者に違和感を覚えさせてしまう原因になる。不要な警戒をさせないのも大事よね。
さて、残るカディフ東迷宮は本格的にアバターで戦闘をしなきゃならない。アチソン本部長は槍斧使いだと言うし、アマゾンみたいな格闘戦タイプだとちょっと向かないのよね。アチソンとアマゾン、名前も似てるし混同しちゃうかもしれないし。
というわけで、残り一体になった戦闘用アバターの外装を工夫しておこうと思う。明日まで暇だから丁度いいわね。
「ガガ……」
「ああ、そうそう。ヒューマン語の訓練もしようね」
「ググ……」
たくさんの人間に出会って、閣下素体が興味を持ったみたいだ。パープル北迷宮のキ○ーダインとは違って、ここのアマゾン軍団は実際の戦闘経験がないものだから、人間を戦う対象として見ていないのかもしれないわね。全面的に人間を信じると魔物が痛い目を見そうで、過剰に仲良くするのは勧められないけれど、人間をよく知る魔物がいる、というのは迷宮にとって武器になる。学習意欲があるうちにやらせてみようかしら。
「めいちゃん」
『はい、マスター』
「全迷宮に配置されている、ヒューマン語スキルを獲得できる可能性がある魔物をピックアップ、上位から学習をさせてちょうだい」
『………………………………了解しました、マスター』
学習の雛形は人魚の時にやってるし、今現在パープル迷宮でキョーダイ○がやってるところだから、すぐにコピーが出回るだろう。こういう時に全部の迷宮がネットワークで繋がってるのは便利だと思う。
それはそれとして、また物作りに励むとしますかね。
【王国暦123年12月22日 10:19】
ミンガムの街に常駐する騎士団員、領主の館で働く使用人、冒険者ギルド支部員、商業ギルド支部員……などなど、五十人とか言ってたのに、全部で二百人も来たものだから、先にインプラントさせた人間に手伝わせて、有無をいわさず迷宮を大好きにさせた。
ちょっと不思議に思ったんだけど、ミンガムの人間は、表層的には他者に迎合する気質があるような気がする。理由まではわからないけれど、『魔物のマネをして』発展したことと関係があるのかも。
まあ、今後も迷宮内部でインプラントは続けてもらう。ここの領主、サール伯爵にはカリスマも覇気もないけれど一定の統治能力はある。樵夫ギルドのギルドマスター、ウッズはカリスマはあれど騙されやすい。単純に二人で補完しあえば上手くいくような気がして、サール伯爵には、ウッズを騙す一切を、迷宮の名で禁止させた。協力して植樹と林業、領地の発展に努めるようにお願いしておいた。
政治には首を突っ込まない予定だったけど、これくらいはやっておかないと、ね。
【王国暦123年12月22日 18:58】
仮眠をしてから起床して、陽が落ちてからミンガム北迷宮を出発した。
カディフからミンガムへ北上する場合は普通にミンガム街道を通るしかない。道も曲がっていて狭く、徒歩でも速度を出せないので、『隠蔽』をしながらだと、私の足でも丸々一日かかる。
ところが、逆に南下する場合は三刻ほどでカディフに到着できる。
何故かというと――――――。
《…………………?》
《楽しいわ、これは楽しいわ》
これはテーテュースとシルフの合わせ技に依るものだけど、私は丸太の上に乗って、バランスを取りながら、セバン川の川下りをしている。
いやあ、我ながら曲芸師みたいだけど、自分から丸太を回しながら進めば安定するものなのね。
シルフが方向を強制的に決めて、テーテュースは周囲の水を集めて変形させて鏃のような形に成形し続けている。乗るものがあれば、ウォータースライダーの出来上がり。
波しぶきも立っている。『隠蔽』をしても物質を透過するわけじゃないので、よくよく見れば、人型の、水を通さない何かが丸太に乗っている、とわかるかも。暗がりで、光学的にそれを見られる人がいるとは思えないけどさ。
頭の中ではビーチボーイズが鳴り響いている。ここはグリテンで、しかも川下りだけどさ。なるほど、直進性だけを考えたら、こういう丸太みたいな細長い船体は有効なのね。
水は冷たいけれど、風を切る感覚が心地よい。
ふふっ、ライダーっていうのはこういうもんだろ?
河床に引っかかることもなく、河口近くに到着して、乗ってきた丸太はカディフ新港への方角へ流しておく。
カディフ街道を横断、少し北上して森の中……カディフ東迷宮へと向かう。
「…………」
森の中を『魔力感知』で見ると……。もう少しで日付が変わる深夜だというのに、迷宮の周辺には人間がいるわいるわ、数えるのも馬鹿らしいくらいにいる。
大雑把には三百程度か。この全員が騎士団だとすれば、国の維持に必要な人数を超えている。となると、騎士団員ではない者が、かなりの割合で混じっていることになる。
ウェルズ王国に多数の冒険者を雇用するお金はないだろうから、徴兵された一般市民かしら? 中級冒険者クラスが五十ほど……これが多いのか少ないのかは判断に迷う。こういった集団の常として、実力者は隊長クラスに任命されるから、この五十人が徒党を組むのなら話は別だけど、恐らくそういう事態にはならない。
展開されている軍勢は、迷宮に近づくほどに密になっていて、野営をしているものと思われた。交代で迷宮を監視、中に入って魔物を駆除しつづけているんだろう。
迷宮の出現に対応して、ほぼ全力防衛、みたいな形になっているけど、ウェルズ王国に訪れた最大の危機には間違いないから、この行動は大正解だ。
ただし、この防御体制が長期間に渡って維持されるとは思えない。ウェルズ王国にしてみれば比較的短距離とはいうものの、遠征軍を派遣しているのと変わりない。
魔核が採取できるとはいえ、今は量を絞っているし、得られるもの以上に消費が上回っているはず。
迷宮の立ち上げから一ヶ月、プレオープンからは十日。判断も行動も早いのは賞賛に値する反面、過剰な体制ではなかろうか、と多すぎる配置人数に思わず舌打ちする。
こちらはどんなに頑張っても一人だから、インプラントでこちらの手駒にするにしても、ちょっと手法を捻らないと一網打尽にはできない。
厳重すぎる警戒網を慎重に突破して、私は一月ぶりにカディフ東迷宮へと入った。
【王国暦123年12月23日 1:17】
アマゾン軍団に味を占めた私は、戦闘用アバターと、その汎用外装に更なる工夫を加えることにした。
パープル北、ミンガム北迷宮内部に籠もっていた時もちょこちょこと作っていたので、現段階でも稼働レベルにはある。
しかし、可能な限り精度の高い再現をするのは、私の矜恃だ。キョーダインに武装を付けてあげられなかったこと、アマゾン軍団にバイクを与えられなかった……。ギギの腕輪とガガの腕輪の設定は弱点が露出しているようなものだからやらなかったけど。ベルトの再現も芸が細かすぎて無理だったしなぁ……。
ちょっと悔いが残るので、その分の思いを新型に賭けることにしたわけ。
新型装備の製作、その最後の仕上げとして、調度品が何もない管理室の床にまな板を置いて……私は小麦粉を練ることにした。
小麦粉と塩水、それに以前作ったかん水を少量混ぜて練り、寝かせてから切り分け、広げて折りたたみ、細切りにする。
細麺は揉みながら一食分にまとめ、一度茹でてから亜麻油で和えて、また揉みながら冷やす。
《全く……何をやっておるんじゃ……?》
と、文句を言うノーム爺さんにお願いして作ってもらっているのは、肉厚の遮熱壁を持つ、一見すると冷蔵庫みたいなもの。実際に高さは半メトルくらい。上部に穴が二つ空いていて、管を付けられるようになっている。扉のパッキンには柔らかめの微発泡スライム製。
上部の穴に魔法陣をつけて、それを管に繋ぐ。
出来上がった麺を、箱の中に入れて扉を閉める。
「むん」
軽く魔力を注ぐと、きゅぃぃん、と空気の抜ける音が響く。
暫く待って、管から水滴が落ちなくなったころを見計らい、魔力を止める。
「…………」
上部の穴の一つを開放する。というかシャッター状になっている棒を横にする。
きゅぽん
と可愛い音が響いて空気が抜ける。
扉を開くと…………。
「フッ」
思わず笑みがこぼれた。フリーズドライ麺の出来上がり。
しかし、麺だけではいけない。
キャベツと肉片も細かくしてフリーズドライをかける。
「ふむ……」
次はソース。
根菜とトマトを水から煮込み、醤油とお酢、スパイスで味付けしていく。本当に、この世界に醤油が既にあったのは助かるわね。
野菜を煮込んでいる間に乾燥麺を量産していく。麺は全部で五十セットできた。
野菜が煮崩れたところで裏濾し。さらに布で濾す。
真っ黒いソースができた。
「濾した野菜カスも後で何かに使おうっと」
荒岩課長のお母さんも言ってたしね!
あとは容器……。使い捨てにするのは、この世界的には宜しくない。
そこで、発泡スライムを柔らかくしてシート状にしたものを、木の型でプレスしてみた。
丸形の簡易容器が出来たところで、乾燥麺を入れて、乾燥野菜と肉を入れて、お湯を差してフタをする。
「ふっふっふ、千葉麗○が出てきても驚かないぜ……」
三分間待ったところでお湯を切る。
「あっ」
哀れ、お湯と一緒に、麺が流れた。
これは――――デーブ・スペクターの呪いに違いない。
【王国暦123年12月23日 7:56】
「よおおし!」
お湯切りに適した内張を施してみたのが成功した。
しかし、その結果、丸形ではなく、群馬県民もビックリ、四角い顔になった。ついでに覚えている文面、レイアウトを『転写』してみる。こういうのは気分だと思うの。
商業ギルドの本部長になったマールの顔を思い出す。乾燥麺くらいは商業ギルドで売って貰おうかしら……。ポートマットに施設もあるし。
おっと、出来たてのソースを麺に絡めて…………。
「焼きそばっていうのはゾクゾクする…………」
蒸れたソースの匂いが鼻孔をくすぐる。
ああっ、うおおっ、これはっ!
ズッ、ズッ、ズッ
う、うまい……。
ジャンクフードって、どうしてこんなに美味しいんだろう!
申し訳程度の具材なんか味付けに全く関わらないなんて思ってたけど、捨てたお湯に案外塩気が出ているので、このまま飲めなくはない。干し肉を放り込んでみるか。
「うーん?」
干し肉だと、もっと煮込まないとだめだなぁ。専用のスープの素がないと、元の世界の北海道ではポピュラーな、焼きそば弁当として完成しない。青のりと紅しょうがもどうにかしないと!
「ふうっ」
思わず二食分(大盛りだからね!)を食べて、炭水化物九十九パーセントの栄養補給が終わった。
元気も出たことだし、そろそろ迷宮の逆襲、といきますか。
――――お前も食うか?