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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
君の迷宮ボクのもの、ボクの迷宮ボクのもの
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森の精霊様


【王国暦123年12月20日 9:26】


「俺達を騙したな!」

 樵夫ギルドの人とおぼしき、大柄で二の腕が発達したヒューマンが怒りながら叫んだ。

「いいえ、騙してませんよ。倒せというので出てこいと言ったら門が開いた。貴方も、私も、何も間違っていません。ですよね?」

「あっ? ああ? そうなのか……?」

 一気に勢いが削がれる。駄目だこの人、ぼったくりバーの方から『ごめんなさい、ぼったくりでした、もう勘弁してください、来ないで下さい』と泣きが入るまで通い詰める漫画家みたいにいい人だ。

「そうです。それよりも、私の話を聞いてください! 私は森の方……迷宮から来ました」

「森の……神様?」

 その場にいた樵夫っぽい……斧を持っている人たちは全部で二十人ほど。その後に、弓を持った狩人らしき人たちが十人ほど。

「神様ではありませんが、森の方から来ました」

 嘘はついていない。

「森の……精霊様か!」

「そうではありませんが、似たようなものです」

 うん、嘘はついていない。

「森の精霊様が、一体どうして、街を攻めてくるんだ!」

「そうだそうだ!」

 団結力はありそう。流されやすそうだけど。

「ちょっとよく考えて下さい。私は、この町を、一度でも攻撃しましたか?」

「魔物が出たって言ってたぞ!」

「そうだそうだ!」

「お待ち下さい。その魔物は、何かしましたか? 何か、皆さんに危害を加えましたか?」

「魔物は食害もある。何もしなくても悪だ!」

「そうだそうだ!」

「それはリスやネズミ、イノシシと変わりはありません。なのに、魔物だけは討伐対象なんですか?」

「まっ、魔物に言われてもなぁ……」

「そうだ、そうだ……」

「何故、ご自分の目で、善悪を判断しないのですか? 誰かに言われたから、それは悪ですか? そんな馬鹿なことはありません。領主様が言ったら、それは全て正しいのですか?」

「正しい……かなぁ……」

「では、騎士団が街の皆さんを見捨てて退却したのも、正しい判断だと?」

「そんなわけはねえな」

「そうだそうだ」

「では、魔物も悪くないかもしれない。まずは皆さん自身が、一人一人、見て、感じて、判断する。話はそれからではありませんか?」

「う……」

「…………」

「私は迷宮管理人です。森の方から来ました。同じ森に生きる者として、この街の皆さんと話し合いたいことがあります。そのために、私はここにいるのです。逃げ帰った騎士団に守られている、このミンガムの街を支配する、領主様にお会いしたいのですが」

「おおう、そういうことだったのかい、森の管理人様よ」

 その呼ばれ方も、きっと間違っていない。嘘はついていない。勘違いを否定もしないでおく。

「どこにいるのか、ご存じですか?」

「おう、じゃあ、俺が案内してやる」

「ギルマス! いいのか?」

「森の管理人様は、嘘はついてねえ。俺は信じることにしたぜ」

 チョロいなぁ……。この分だと、樵夫ギルドって、物凄く搾取されている団体なんじゃないかい?

「ありがとうございます。皆さんに、森の恵みのあらんことを」

 お辞儀をして合掌した。

 たったそれだけで、聖教徒だと示し、自らが同じコミュニティの参加者であると表明する。

 さらにガードが柔らかくなった樵夫ギルドの皆さんは、率先して案内を始めた。


「こっちだ、森の管理人様!」

 何だか知らないけども、場の雰囲気に流されやすい人たちなのか、総勢三十人ほどで、ぞろぞろと領主の館へ練り歩くことになった。



【王国暦123年12月20日 9:36】


 領主の館は、さすがは林業の街、木造の二階建てだった。いわゆるハーフティンバーで、これはアーサお婆ちゃんの家と同じ。ただ、かなり大きい建物だ。手前に立派な、これも木製の門があり、そこから建物に向かって長い小道(アプローチ)がある。


「領主様! 門を開けろ!」

「腑抜けの騎士団め!」

「腑抜けならどけ!」

「森の管理人様が文句を言いに来たらしいぞ!」

「開けろ開けろ!」

 などと大勢で囃し立てるものだから、無視を決め込んでいた領主側も、門を乗り越えて中に入ろうとする輩の対応に苦慮することになり、結局、半刻ほどしてから、諦めたかのように門を開けた。

 領主側から見れば、これはミンガムの主産業である樵夫ギルドの反乱であり、暴動だろう。

 別に扇動する意図があったわけじゃないけど、何だか流れがそうなっているのは、元々、樵夫ギルドの面々の根底には、領主への不満があったということに他ならない。騙されているんじゃないか、搾取されてるんじゃないか……という感覚があったのだろう。


「森の管理人様だと!? そんなものはサール伯爵様以外には……」

「あ、ども。私が管理人です。森から言いたいことがありまして、参上した次第です。伯爵様にお取り次ぎをして頂けないでしょうか?」

 執事っぽい人が対応に出てきて、私が名乗ると、一気に顔が青くなった。


「本当に森の管理人様……?」

「ええ、まあ、そのようなものです」

 微妙に誤魔化してるけど、嘘はついてないわよね。

「しょっ、少々お待ち下さいっ!」

 何だろう、樵夫ギルドの人もそうだったし、森から来た、っていうと、この街の人たちは血相を変えるよねぇ?

 めいちゃんのデータに何かが残っていないか、ザッピングの要領でチェンジをしながら、意識を半分だけ、迷宮内にいる本体に戻す。


「休眠状態に入る前に、この迷宮は何か街の人たちと何かあったの?」

『迷宮が現地住民と敵対以外の接触があった記録はありません』

「ということは、外部に出た魔物が何かをした可能性はあるんだね?」

『否定できません』

 たとえば、パープル北、ブリスト南迷宮なんかは、鉱脈の真上にあったりするわけで、建設立地に意図が見える。

 このミンガム迷宮はどうかと言うと、一見何もない場所に立っている……と思いきや、現在のミンガムの主産業である林業、つまり木材の伐採と運搬のために作られたっぽい。パープル北とカディフ東迷宮への木材供給が目的だと。


 迷宮建設当時――――千二百年以上前――――にも、ちゃんとカディフはあったみたい。ところが、ミンガムとパープルは当時は村レベルだったそうな。ということは、迷宮があったから発展して、迷宮が休眠したのでパープルは衰退して……。一方のミンガムは順調に発展していることから見ると、林業が産業として確立したから、という推測ができる。


 つまり、ミンガムの発展には、過去の迷宮が深く関わっている可能性がある。迷宮が伐採などを始めたのを現地住民が見て、マネをした…………なんてことがあったのかもしれない。

 どちらにしても、今はそれを確かめる術はない。


 ザッピングを止める。執事風の男が戻ってきたのだ。

「中へどうぞ。主がお会いになります」

「俺も話がある! 入らせてもらうぜ!」

 樵夫ギルドのギルマスさんも、二の腕の筋肉をピクピク言わせた。

 執事さんは私を見た。許可するのは私じゃないと思うんだけどなぁ。

「何らかの形で証人は必要でしょう。街の住民代表として、樵夫ギルドの構成員であれば適当だと考えます」

 私がそう言うと、執事さんは素直に受け入れた。

「わかりました。ではウッズさんも中へどうぞ」

 へえ、樵夫さんはそういう名前……家名? なのか。


 ヒューマン語スキルが直訳しなかったので名前だと判断したけど、単に『木材屋さん』のニュアンスで言ってるだけかもしれない。元の世界の日本語だと、林と森って明確に違うけど、英語だとどっちも『forest』よね。森を『woods』と訳するケースもあるし、木材を指すケースもあるし、単に『木』だと『tree』だったりするし。


 ヒューマン語スキルはその辺り空気を読んで超訳してくれるんだけど、これって、魔物に対して繋がる念話の要領で、魔力を媒介にして意思が伝わっているから相当する単語に翻訳できて、理解できるようになってるんじゃないかしら。

 これって、もっと突き詰めてしまえば、言語そのものが不要になっていくのかもしれない。それはそれで味気ない気がするし、意思だけを突きつけ合うのは、お互いが妥協できなければ喧嘩にしかならない気もする。翻訳という意思疎通には邪魔な手順があることで、冷静になれる部分はきっとある。


 そう考えると、『通信端末』に念話や音声じゃなく、文章を使うように仕向けた私は、手前味噌ながら慧眼だったんじゃないかと。


 まあ、そんなことは置いておいて、ウッズさんは多分、元の世界の日本語で言うと『森』さんになるのかしら。フレデリカや、エルフに多い名字(家名というニュアンスではなく、識別子みたいなイメージ)である『フォレスト』は、恐らく『林』さんに相当するのかも。ちなみに、この『フォレスト』姓は、フレデリカによれば、『佐藤』に相当するんじゃないかと言っていた。私は『山田』だと主張し、フェイは『鈴木』だと強弁していた。三人とも『林』が出てこない辺り、とても性格が曲がっているなぁと思ったものだ。

 なお、王国暦百二十三年、議論は決着をみていない……………。



【王国暦123年12月20日 10:10】


 木造の領主の館っていうのは初めて見た。内部はあまり木の香りはせず、どちらかと言えば暖房に使っている薪が燃えた臭いの方が強い。

「こちらです。どうぞ」

「おお、森の精霊様でいらっしゃいますか! (わたくし)めがジーク・メサイア・サール、このサール領地の領主を務めさせて頂いております!」

 何だこの低姿勢は。高いテンションで、まるでミュージカル役者みたい。目が必死なのを見ると、無理をして演じているのは的外れじゃないみたい。

 このサール伯爵は若い。三十代になるかどうか、じゃないかな。


「えー……。私は、この度復旧しました、迷宮の管理人です。森の精霊ではありません」

「は?」

「へ?」

「ほ?」

 何て騙されやすい人たちなんだ、とアバターの状態ながら涙が出そうになる。むしろ涙を流す機能を付けていない私が悪いような気にさえなってきた。

「ただし、千年以上も前の記録を見ますと、迷宮は周辺の木材を伐採していたそうです。その意味では、森に少しは関わっていることになりますか」

「それでは、やはり森の精霊様!」

 違うって言ってるのに……。もうそれでいいような気がしてきた。

「話が進むのであれば、森の精霊という扱いで構いません」

「ほっ、本当に森の精霊様……!」

 ウッズが感激して涙を流す。


「それで、本日はどのような御用向きで?」

 サール伯爵は、全然伯爵の威厳などない。立場に不慣れな感じがする。パープルのマブット伯爵なんて、精一杯虚勢を張っていたのに。

「まずは先日、こちらの不手際がありまして、魔物を流出させてしまったこと、深くお詫び申し上げます。不慮の事故ということで、そちら様にもご了承頂ければ幸いです」

 ビジネスマンの謝罪文みたいだなぁ……。


「事故、と仰いましたな?」

「その通りです、サール伯爵。迷宮は街を害そうとは思っていません。ですが、幾つか約束事を決めておきましょう」

 この辺り、発電所を建てる自治体(電源立地)に通す話に似ているなぁ、なんて思う。

「ほう……」

「迷宮が管理する地域内に於いて、領地軍、国軍、共に、軍隊としての活動を許容しません」

「それは、どの規模までが軍隊、と判断されるのですかな?」

「一定規模の軍勢、とだけ答えておきます。詳細は伝えられません。ですから、騎士団を練兵のために送り込むのであれば、かなり小規模にならざるを得ないでしょう」

 騎士は一定規模の軍勢が動かなければ真価を発揮しない。馬上戦闘だったり、重装備だったりするから。迷宮では軽装備以外は動きづらいだろうことは想像に難くない。


「冒険者が魔核を採取するような活動は問題ない、ということですか?」

「その通りです、サール伯爵。それは自由にやってください。活用して下さることは迷宮にとっても有意義なのです。また、もう一つ提案があります。現在、このミンガム近辺は無計画に樹木の伐採がされております。これを、植樹を含めて計画的な伐採に移行して頂きたい」

 サール伯爵はこれには眉根を寄せた。

「詳細をお聞かせ願えますか?」

 私は頷いた。アバターだとちゃんと体ごと動かさないと意思が伝わりにくい。

「今のままですと、遠からず……二十年もすれば森林資源が枯渇します。伐採後に保全を何もしていないからです。将来伐採する資源としての植樹、そして山の保水力を維持するためです」

「ほすいりょく……?」

「そうです。山崩れが頻発している箇所が複数ありますね? その防止のために、植物に根を張らせて対策とするのです」

「あ…………」

 まあ、普通そうなるわな。何も対策してないんだもん。


「山林資源は無料ではありません。相応のお金をかけて保全することが重要です。人員に関しては、この樵夫ギルドに一任するといいでしょう」

 コスト増になるけど、領主の儲けが減るだけの話。当方の知ったことではない。

「材木の出荷量が減っちまう!」

 ウッズが悲嘆の声をあげる。

「仕事量としては増えると思いますよ。それに、いま出荷量を減らしておかないと、二十年とは言いません、数年で禿げ山になり、林業などできない環境になります。人間はそれでいいかもしれませんが、自然と調和する迷宮としては、その行為は受け入れがたい。迷宮が植樹をしても構いませんが、その場合は迷宮は一定の地域を支配エリアとして主張させて頂くことになります。私たちが育てたものを無為に奪われることになりますからね」

 これは放置するなら迷宮が周辺地域を飲み込んでいくぞ、という話。


「やります、やりますとも」

「以上の二点を守っていただけるのであれば、迷宮はミンガムの街と共存していきたいと考えています」

「守ります、守りますとも!」

 その場に合わせて調子よく言ってるだけにも見えるサール伯爵に、私はもう一つ提言をした。

「受け入れて頂いたこと、感謝の念に堪えません。明日にでも迷宮内部をご案内したく存じます。招待を受けて頂けますか?」

「う、受けますとも!」



――――明日は大量のインプラントを用意しなきゃなぁ。





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