※樵夫の街
【王国暦123年12月16日 5:11】
パープルの街が落ち着いているかどうかを確認がてら、一日待機をした。ついでに『ウィングス』の容態も安定したのを確認しながら。
もちろん、ただ待っているだけではなく、幾つか装備を作った。自分用、迷宮防衛用……。一番作ったのは陶器の剣と槍、そして盾。
《今回は妙に酷使されるのう……?》
「気のせいよ」
苦笑しながら宥める。
作業を終えた後、夜の間にミンガムへと移動をした。
ミンガム北迷宮の周囲には、騎士団と思われる部隊が展開されていた。街の方向は特に多く人員が配置されていて、全体的な印象としては迷宮に攻め入る、というよりは魔物が入らないように街を防御している感じ。
そんな防御陣は、迷宮内から漏らすまいと気を張っている反面、街の外から入るには注意力が向いていないので楽々突破できた。
《おかえりなさい、マスター》
「ただいま、めいちゃん」
ここのめいちゃんは勿論、パープル北やカディフ東のめいちゃんとは違う。今のところはほぼ同質ではあるけれど、何百年も経過するうちに、独自の経験を積み、現地に適した仕様になっていくんだろうね。ネットワークを介して、他の迷宮にアクセスすることで、根幹部分は同質になろうとするけれども、結果として余計に地域差を自覚するようになっている。
そういった差分に相当するデータは隔離されて、ネットワーク間でも同期の対象から外れる。
私はすぐに管理層に降りて、復旧後からの接敵データを参照する。
「うん……ほとんど戦闘してないね」
わざと漏らしたゴブリンを討伐しただけで、それらは迷宮の感知外に出たため、正確には消息はわからない。普通に考えたら殺されているだろう、と推測できる。
それ以外はほぼ手付かずで、第一階層も突破されていない。拍子抜けはしたものの、復旧初期の迷宮としてはありがたい。このミンガム北迷宮は、まだ一般公開するほどに魔物レベルが熟成していない。魔物同士で戦って魔核を吸収したり、やってきた冒険者を餌にしたり、戦闘経験を積んだり。一種作業的な共食いの結果、強い迷宮となっていく。
閣下素体を利用して、外装を用意することで、お手軽に強者を作るシステム……。私のウィルスに感染させるのもお手軽ではあるけど、迷宮システムの一部ではないから、エミーの言うことは聞きにくい。だから、迷宮の枠組みでどうにかする工夫をしていかないといけない。
閣下素体は合計で二十体作り、お互いを戦わせた。その結果、知性よりも野生の本能が発達しちゃった。
「ギギギギギ……」
「ガガガガガ……」
「グググググ……」
生き残った三体は第十階層の格闘場で、未だお互いを警戒していた。
「やめ」
「ギ……」
私が格闘場に入り、戦闘を止めると、三体はフッと肩の力を抜いた。
「めいちゃん、この素体たちに、読み書きを教えてくれる?」
『了解しました、マスター』
「ギギギッ!?」
「いいから。ちゃんと会話できるようになったら、良い物をあげるから」
「ガガガッ!」
うん、この野性的な動き……。
閃いたぞ!
「外装にはアレを作るしかないな……」
うん、私ってば冴えてるぅ!
パープル迷宮で作っていたものもあるんだけど、それは一旦置いておいて、アレを作ろう。
【王国暦123年12月17日 10:26】
まずは自分用に一つ作り、それを雛形に別途三色、つまり合計四色作ることにした。
ということで出来上がったのがコレ。
「むおう……密林の香りがするぜぇ……」
ちなみにピンクは、ロンデニオン西迷宮用ね。
早速、緑のヘルメット部分だけを被って鏡を見ると……。
「こ、これはっ!?」
頭身が低い……。これじゃあSDキャラか、伊藤淳史みたいじゃないか……!
ということは、これを被って私本人が戦うと、正体が露見する可能性大。
やはり、戦闘に耐えうる高精度アバターを調整するしかないか……。
戦闘用アバターは、以前にサリーと作ったのが役だって、ハカ○ダーの上を行き、それでいて人間の細かい動作が可能という、強化人造人間の素体とも言えるもの。
この世界の強者の条件っていうのは魔力の多寡だったり使い方に秀でることだったりするので、体内に人工魔核を埋め込んである。そのため、基本的な構造はカッパアバターというよりは魔力タンクであり、完全外部チャージ式の、可搬、可動、人型迷宮とも言える。
感覚器官は殆ど全身に施したので実質人工皮膚のようなもので、特に目に相当する部分は念入りに作ってある。実際に光学観測する仕組みも作ってみたけど、恐らくは、魔力感知だけで、モノの形状、距離、温度、動き……諸々は把握できる。そっか、じゃあ、この遠視用メガネじゃなくて、将来的に視力が悪化しても、ゴーグルみたいな増幅器で事足りるわけね。
反面、表情を作る機能はまるきりオミットした。これ、意外に魔力が必要だということと、表情筋を配置、連動させるデータがあまりなかったから。どうせ被り物をするから、ということもある。
稼働時間は、全力だと二刻、省力モードだと十刻程度。迷宮と魔力の融通も可能。待機状態のときは迷宮から魔力供給を受けて人工魔核に貯めておく、という方式にした。
ちょっと面倒だけど、パスワードを別途設けて、迷宮が承認しても、単独では立ち上がらないように設定。単純に『召喚』スキル持ちがリンクできないようにした。グラスアバターでも事足りると思うんだけど、何となく妥協できないから。
アマゾン外装をアバター用に調整して、プロテクターも作って、着用させると、緑色の密林戦士が出来上がった。
「よし、君たちも着用。一応ね、着用するときには、このポーズと掛け声が必要」
別に瞬時に着替えが完了するわけじゃないので、のそのそと着替えることになる。ちなみにア○ゾンポーズは、腰を低く落として、右手を上前方に、左手を下後方に、引っ掻く仕草を野性的に行う。
「ギギギ、アーマー○ーン! ギギギ……」
「グググググ……アー、ググググ、○ー、ゾーン、ググガガガ」
酷く格好悪いけど、儀式として必要ってことにしておこう。
三体の色違い○マゾンが出来上がり、私もアバターにチェンジする。
「よし、慣熟訓練しよう。まず腕はこう!」
一般的な騎士や冒険者に対応するためには、剣とか槍、盾持ちの存在が不可欠。そのため、育っていたミノさん、オクさんを選抜、盾、剣、槍の使い方から教えて、アマゾ○軍団は剣と槍と盾への対応を学ぶ。ついでにヒューマン語の学習も始めていた。
今までの経験上、ミノさん、オクさんは教えればしっかりヒューマン語を覚えるので、共通語としての意味合いもある。
一つの迷宮を立ち上げるのは、本当に面倒だけど、愚かな人たちに恣意的に使われる事態を想像すると寒気がする。それを避けるためにも、これらは私がやらなきゃいけないことなんだろうなぁ……。
【王国暦123年12月20日 8:15】
閣下素体三体には名前を付けた。ギギ、ガガ、ググ。その三体を伴って、私もアバターで迷宮を出る。
向かうのは街の方向で封鎖している騎士団。
「何者だっ!」
「こんにちは、おはようございます、ミンガム騎士団の皆さん。初めまして。私は迷宮管理人です」
「うううう、嘘をつけえっ!」
「嘘はついていませんが……」
盛大に怯えられて、懐疑的に捉えられてしまった。この場にいる騎士団員は十五人。
「まっ、ままま魔物かっ? 魔族かっ?」
「ですから、そのう、迷宮管理人です」
何で恐縮して下手に出ているのかが自分でもサッパリわからないけど、理解されないのも悲しいので、頑張ってみる。
何となく、この魔物然としたコスチュームがいけないらしいとわかってはいるんだけど、認めたくない私がいる。
「どう見たってカエルの魔物じゃないか!」
「いえ、ですから、これはカエルではなく……」
何と言うことだろう、穏便に済ませようと思っていたのに、脅威を見せつけないと、人間というやつは理解できない動物なのだろうか!
そう思って、アマゾンポーズを取って、威嚇のポーズ。
「ひっ、ひえっ、ひええええ! てっ、撤退っ! 撤退だっ!」
「いや、ちょっと、あの、まだ何もしてない……」
と言い切る前に、ミンガム騎士団員と思われる集団は、慌てふためいて一目散に逃げていった。
「ギギギ……マスター……」
この格好がいけないんですか? とギギたちが訊いてくる。
「うん……いや、格好良いよ、君たち。私だって……」
ぶっちゃけ、デーモンそのままより威圧感は少ないけど……格好良いともベクトルは違うけど、こんなに逃げられるほどじゃないと思うんだけどなぁ。
「ま、良い経験だと割り切って、このまま街に行こうか。反撃は指示を待ってね」
「ガガガ、リョウカイ、マスター」
ヒューマン語の学習が進んでいることを窺わせる反応に、私はほくそ笑んで街への進路をとった。
【王国暦123年12月20日 8:55】
迷宮から街までの距離は馬で一刻弱。半刻ほど騎士団を追い回したことになる。
遠目に街が見えてくると、鐘の音が響いていた。
カンカンカンカンカン…………
ああ、プロセア軍が来た時のポートマットを思い出すなぁ。
今の私たち、災害並なんだなぁ。しかし、迷宮管理人だと信じてなさそうなのに、脅威には感じてくれてるのかな? うーん、ここの騎士団のメンタリティがよくわかんない。騎士が戦わないで最初から逃げるっていうのも初めて見たかも。
軟弱に過ぎる……。民を守らないで何が騎士か!
矛先のわからない怒りが込み上げてくる。
騎士たちは完全に街の中に入ってしまう。ミンガムの街の防壁は、どこから見ても柵でしかなく、イノシシの突進でさえ防げるかどうか怪しい。
「おや?」
騎士の態度に落胆していたところ、柵の内側から、キラリと光るものが見えた。
「てぇー!」
野太い号令が響いた。と同時に弓矢の発射音が響く。
「防御を」
「ギギ……」
私とギギが正面に、ガガとググが上方に、それぞれ『障壁』を展開した。
カカカカカカカン
弓を使っての狩りで生計を立てている人がいるのか、連射速度は遅いものの、狙いはかなり正確。こちらは歩みを止めないため、徐々に射線が直線に近づいていく。
有効射程が短く、防御されやすく、致命傷にもなりにくい。その意味で、弓はいずれ廃れていく武器なんだろうと思う。だけど、ペティが上方から散弾をぶちまけたり………。
カンッ
「グググ、被弾」
「ガガッ、被弾、二」
こんな風に、どこから射ってきているのかわかりにくい、など、まだ可能性があるんじゃないか。
刺さってもいないし、傷もついていないけど、『障壁』の隙間からこうも当たっているようだと侮れないものがある。
門に近づく。
姿を晒し、ゆっくり歩いてここまでやってきた私たちアマゾ○軍団は、けばけばしい配色で、正しく魔物。ギギ、ガガ、ググは魔物が魔物の皮を被っているから全面的に正解なんだけどさ。
「開けてくださいー」
「開けんぞ!」
「あーけーてー!」
「駄目だ! どうしても通りたいのなら……。俺達樵夫ギルドを倒してからいけ!」
「きこりギルド!」
「そうだっ! 騎士団の連中はあてにならん! 俺達が! 街を守る!」
「わかりました。では、樵夫ギルドを倒しましょう。掛かってきなさい!」
「くっ、樵夫をなめんなよ!」
「まずは扉を開けてくれないと倒せません」
「よしわかった、いま開けるぞ! ちょっと待ってろ!」
ギィィィィ…………
あれ、本当に門が開いちゃったぞ?
――――樵夫ギルドの皆さんがいい人過ぎて涙が出てきた。
 




