トーマスの結婚式
深夜に読むと飯テロになる……かも?
この世界の結婚式では、別に指輪の交換みたいな儀式はない。すでに指輪はお互いの指に填ってるし。
「病める時も健やかなる時も……お互いを信頼しあい、愛し合い、それを貫くと誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
「では、誓いのキスを」
で、中年二人のキス、冷やかしの歓声。この辺りは元の世界と一緒ね。
ご祝儀を贈り合う風習があるわけでもない。これは田舎に行くとあるらしく、地域によっても違うみたい。
じゃあ、この会は何か、と言えば、要するに、これは親しい人への報告会に過ぎないみたいだ。だから、結婚式自体は十分も経ってない。集まったり雑談したりする時間の方が遙かに長い。
すごく簡素。
というのが私の印象だった。
教会関係者はここで退出して、残った来賓がトーマスに挨拶したりされたり、商売の話をしたり、と夫婦で応対をしている。
アーサお婆ちゃんが小声で話し掛けてきて、料理の仕上げを頼む、盛りつけもよろしく、サースの脇腹焼いて……などと細かい指示を出される。
「了解しました」
と返答して、手持ち無沙汰なドロシーも拉致してしまう。
「私も手伝うのね。いいわ、喜んで」
と、おめかししたドロシーと手を繋いで礼拝堂を出る。
しかし!
そこにはエミーが待ち構えていた。
本妻との逢瀬を見せつけられた愛人のような登場の仕方にも関わらず、エミーは聖女オーラを全開にして、ドロシーにぶつけた。
ブオン!
擬音が聞こえるかのようだ!
ドロシーも負けじと、ツンデレオーラを全開にして、聖女オーラを鼻で笑う。
フン!
うわー、これはあれかな、天地が入れ替わっちゃう闘気のぶつかり合いなのかな。
竹内○りあの、あの曲が脳内でリピートする。
ドロシーとエミー、二人の継承者の戦いは、体力と気力が尽きるまで終わりそうになかったので、
「エミーも一緒に行こう?」
と、またまた駄目男の選択をした。
なに、アンタ、あの子の味方をする気? とドロシーが睨んでくる。ので、ドロシーの頭を抱えて、次いでエミーの頭を抱える。
わー、二人ともいい匂いだなぁ……。
「二人とも友達。ね?」
百合的な感情は私にはない……はず。正直迫られたらわかんないけど……。
「わかったわよ」
「わかりました……」
エミーとマリアには事前に手鏡で、お食事会へのお誘いを出していて、参加の了承はユリアンに貰っているらしい。
「あれ、マリアは」
「後に~」
あ、いたのね。ごめん、扱いが酷くて。でもいいの。凹んでるマリアがいいんだ。
「あは、行こう。手伝ってほしいんだ」
軽い調子で言って、女子四人、そのうち二名がシスターという不思議構成で、アーサ宅に戻ることになった。
「ベッキーさん綺麗だったわ」
「うん~」
「そうですね」
「私も早く……」
「うん~」
「いやそれはどうでしょう」
チッ、という舌打ちがドロシーの口から発せられた。いけない、夕焼け通りが血に染まってしまう。
「あ、着いた着いた。―――『術式解除』」
アーサ宅に到着すると、犬猿の仲の二人を見ないフリをして、簡易結界を解除する。
「ささ、中へどうぞ」
扉を開けっ放しにして、三人を招き入れる。というか、ドロシーはここの住人になる予定なんだけど。
さあ、立食パーティーの準備、総仕上げだっ!
スープ関係は全て再加熱開始。魚を蒸す鍋もお湯を沸かして準備。
一度地下室に降りて、チーズとお酒を取りに行く。
「飲み物の容器を準備しましょうか?」
エミーの声が上から聞こえる。
「うん、ありがとうーおねがいー」
ワインとニャック、最初は十本ずつでいいか。こういう時にエールは家庭では飲まれないんだよね。保管方法に難のあるお酒だから、その辺を解決したら、一気に広まると思うんだけど。
「ドロシー、お酒を適当に配置してくれるかしらー」
「わかったわ」
「わたしは~どうしたら~」
「グリルの火、熾せる?」
マリアに細かい作業は駄目だ、大雑把なことをやらせないと。調理LV4のくせに失敗してる未来しか見えない。
「できる~」
「じゃあね、こっち来てくれる?」
外に引っ張り出して、木炭を設置して、『点火』を頼む。
「えーとね、木炭のどれかが熱を持つまで、点火し続けてほしいんだ。十数えて一回ずつ点火を使う感じ」
マリアには、具体的な指示を出しておいた方が安心。
「わかった~」
台所に戻り、蒸し鍋に魚投入。大きさからして一時間は蒸さないとだめかな。蒸し魚ということは、アーサお婆ちゃん新作の甘酢ソースを作るつもりだろうから、そこは残しておくとして。
「エミー、このお肉、薄切りにしてくれる?」
ドン、と取り出したのは茹で豚、いや茹でサースの塊。
「わかりました」
エミーは素早く、それでいて丁寧に茹でサースをスライスしていく。切るの上手いなぁ。
エミーの作業を見ながら、大皿に付け合わせを並べていく。茹でジャガイモ、ニンジンのグラッセを交互に並べる。
チーズも一口大にカット、別皿に並べる。
「できました」
はやーい。茹で豚は、後でラーメンの具にするので半分はキープ。
切られた半分でも薄切りにすると凄い量だ。これは甘辛いタレをかけて完成。
チーズと一緒にテーブルに持っていく。
次。
キャベツの葉っぱを剥いて、お湯で軽く茹でる。
「それは? 何にするの?」
ドロシーが興味深そうに見ている。
「うん、これはね、キャベツで肉を包むんだ。キャベツ茹でるの、手伝ってくれる? しんなりすればいいから」
「わかったわ」
クマーとサースの余り肉を、『風切り』でミンチにしていく。余り料理だし、肉は多くなくていい。
「茹で上がったわよ」
どんどん葉っぱが茹で上がる。大きな芯は削ってみじん切りに。風切り便利。深夜のショッピング番組で、申し訳なさそうに値段言っちゃいそうなくらい。
ミンチにした肉に、みじん切りにしたキャベツの芯、塩、挽いた黒コショウ、鶏卵、力任せにボロボロにした白パン、を混ぜて練る。練るのは『泥沼』が活躍。
「このお肉をね、このくらいとって、こんな風に、巻くの」
「へぇ……この料理って、アーサさんから習ったの?」
「ううん」
それだけを言って、ニヤリと笑う。トーマス商店の屋根裏で暮らしていた時は、ドロシーに任せきりで、私が料理をする機会があまりなかったから、意外に思われているのだろう。
ドロシーと二人でキャベツが巻き終わると、鍋にギュウギュウに詰めて、鶏スープの残りを注いで煮込む。
魚が蒸し上がったので、蒸し鍋から降ろして、代わりにイモを蒸す。
「火、ついたよ~」
マリアがグリルの点火に成功!
「ありがとう、いまいくねー」
漬け込んでいたサースの脇腹肉、左右の二枚を持って、カマドへ移動。格子を載せて、亜麻油を塗って、温度を確認。
うん、丁度良い温度かな。
肉を置いて、焼き開始。
「マリア、二十数えたら、こういう風に……ひっくり返すのを繰り返してほしいの」
「うん、わかった~」
「ちわーす。ダルトン製パンでーす」
「ご苦労様ーありがとうー」
私はパンを受け取って、台所へ持っていく。
ロールキャベツの煮込みはスープにとろみを付けて完成。火から下ろしておく。
アーサたちが戻る前に、深い鍋にお湯を沸かしておこう。
というところで、アーサお婆ちゃんたちが、ゾロゾロゾロ~と戻ってきた。
フェイ、セドリック、クリストファー、エドワード組、ユリアン、ギルバートに、何故かワシントン爺とアイザイアもいる。
「あ、おかえりなさーい」
「そう、ありがとうね。ただいま」
アーサお婆ちゃんに料理の進行状況を知らせる。
「そう、じゃあ、乾杯はいけるわね」
「はい。お湯、沸かしてあります」
「そう……さすがね」
アーサお婆ちゃんは勝手口にぶら下がっている、干したプディングを手にすると、布を取り去って、容器ごとお湯で温め始める。
「おーう、きたぞー、というか戻ったぞ?」
トーマスとベッキーがお酌をするそうで、エミーとドロシーには、お酒の補給係としてついてもらった。
「こんにちは、本日はおめでとうございます」
と、そこにアーロンとフレデリカが登場した。フレデリカには『来い、でなければ後悔することになる』という短い通信をしておいた。副団長を呼んで団長を呼ばないのもバランスが悪いだろう、とアーロンにも声をかけさせておいた。案外、律儀に来るものだなぁ。
一緒に来たのか、カーラもいた。
「本日はお招き頂きありがとうございます。おめでとうございます」
と、スカートを摘んで、ちょこん、と挨拶した。青い髪が揺れて、年相応の可愛らしさが溢れる。
ちなみに、ルーサー師匠にも声は掛けておいたのだけど……。
「フン」
あ、来た。酒……小さいけど樽で持ってきたか。ドワーフ的にはこれがお祝いの品なんだね。
「師匠、本日はありがとうございます。さ、どうぞ、料理は色々ありますので、食べていってください」
「フン」
わかった、存分に食うぞ。と、機嫌良く言っている(ように見えた)ので、安心して放置することに。
「焼けた~かも~?」
外からマリアの声が聞こえたので、乾杯に参加してもらうためにも中に入ってもらう。焼きは完璧、やるじゃないか、マリア。律儀に肉をひっくり返すのを繰り返していたからか、疲れたみたい。
ありがとうマリア。あとはガッツリ食べてください。
「今日はありがとう! これからもよろしく!」
「かんぱーい」
トーマスの音頭が響いて、宴会が始まる。
ドロシーとエミーにも、宴会に参加するように言って、私は残りのメニューの仕上げを手伝う。
パスタを茹で始める。
茹でていたイモは引き上げて放置。
脇バラ肉を切り分けて、すでに茹でサースが消費されて消えていた場所に置く。
水差しに水を追加。
ワインとニャックの追加。
「そう。プディングいくわ」
「あ、はい、持っていきます」
生クリームはここで使う。砂糖を加えた生クリームを泡立てる。これも『風切り』の魔法で、細かく調整して三十秒ほど。
ピン、と角の立つ生クリームが出来上がる。
「これ、のせますね」
「そう、綺麗ね」
ドライフルーツをふんだんに使ったプディングは、手間暇の掛かった、アーサお婆ちゃん渾身の一品だ。
「プディング欲しいかたー、切り分けますよー」
「ください!」
「食べたい!」
「わたしも!」
「わたしもー」
「わたしもだ!」
と、女性陣の食いつきがすごく、あっという間に完食されてしまう。
ま、ベッキーも食べてたからよかった。
プディングの皿を引き上げて台所に戻ると、アーサは熊肉の味噌漬けを焼いていた。
私は亜麻油を鍋に入れて、揚げ物の準備。同時に中華麺も茹で始める。
風切りで切った、茹でたイモを揚げていく。表面がぱりっとすればよし。熱いうちに塩をぱらり、コショウをぱらり。うん、二十キログラムはあるな、このフライドポテト。元の世界だと、アメリカ人しか食わないだろうな。
「どうぞー揚げイモですー」
なんだこれは! とどよめきが。台所に戻るとパスタも茹で上がっていたので仕上げて提供。
「どうぞーパスタですー」
おおーと歓声が上がる。麺類が欲しくなる時ってあるものね。
ここでフェイ、フレデリカ、セドリック、クリストファー、エドワード組には、二名ずつ順番に台所に来るように小声で囁く。
中華麺が茹で上がり、エレ骨スープ、鶏スープ少々、醤油少々でスープを作り、刻んだ長ネギ、エレ肉塩漬けの薄切りを焼いたもの、茹でサースの薄切りをトッピングして、『エレ骨ラーメン』が完成。
「へい、お待ち」
「………………………!」
「ウマイ、ウマイ、ううううう」
異世界出身のフェイとフレデリカは涙を流して、替え玉まで要求した。フレデリカは肉マシマシとかいいやがったので、肉だらけにしてやった。
ラーメンというものに特に思い入れのないセドリック、クリストファー用には、鶏スープの割合を増やして調整してみる。
「変わった食感っすけど、ウマイっす」
「―――ああ、初めて食べた」
うん、感動が薄い。あれか、鶏スープが多いからか。何となく納得いかない気分になって、私のチャレンジ魂が刺激された。
「もう一杯いかがですか。ちょっと味を変えてみますが」
「えっ? 頂くっす」
「―――ああ」
よし、鶏スープなし。百パーセントエレ骨ラーメンだ。
「ぐあっ、臭いっす!」
「―――臭い、だが!」
あ、クセになったか? 麺を啜る目は、狂信者の目だ。おめでとう、ラーメン教に入信されたようですね。
エドワード、ルイス、シドもやってきたので、同じように、先に鶏スープ多めを先に提供して、続けてエレ骨百パーセントを出してみると、似たような反応になった。
「いまのでスープ打ち切りでーす。完売ありがとうございましたー」
「……紅ショウガ……があれば最高だったんだが……」
フェイ(三杯完食)が、無い物ねだりをする。
「いえ、支部長、それでも至高の味でしたよ」
感謝します、とフレデリカ(三杯完食)は膝を折って涙を流した。
「お嬢ちゃん、もうないっすか、ないっすか」
「――――もう一杯……」
こちらは禁断症状になっているようだ(それぞれ二杯完食)。
「珍しい味ではあったけれど……涙を流すほどのものじゃ……」
すまし顔でいうエドワード(二杯完食)には、水の入ったコップを渡す。エドワードは何も疑わずに水を飲む。
「あれ……?」
ふ、スープをもう一啜りしたくなるだろう。もう一滴も残ってないけどね。
ふふふ、苦しむがいい。
ちなみに、ルイスとシドは、それまでにかなり食べていたらしく、二杯目を完食したところで、動けなくなった。
料理の減りが悪くなってきた。アーサお婆ちゃんは熊肉ステーキを焼くのを止めて、生ハムのスライスに入った。
私はリンゴをカット。食後のフルーツ兼おつまみ。
テーブルに持っていくと、お腹を押さえてグッタリしている人が多数。あまり酔っぱらっている感じではないな。
あれ、ルーサー師匠さえお腹を押さえている?
ドロシーとエミーはフードファイトでもしていたのか、肩を掴み合って、苦しそうな笑顔を見せながら、うーうー唸っている。マリアはソファに横になっていた。
トーマスとワシントン、アイザイア、アーロン、ユリアンはお酒を片手になにやら真面目な顔で話している。こんな時くらい防衛話は忘れろと言いたいけど、そういうわけにもいかないのかな。フェイ支部長は、この輪にいなくていいんですかね?
ベッキーの姿が見えなかったので少し探してみる。と、元自室のベッドに腰掛けていた。
「ベッキーさん? 体調悪いんですか?」
「え? ああ、ちょっと疲れたから休んでただけよ?」
努めて明るく言うベッキーに、気になったことがあったので訊いてみることにした。
「あの、ベッキーさん、息子さんたちは?」
ベッキーは他の人から、何度かその質問に答えていたのだろう。苦笑しながらもスムーズに話し出した。
「それがねぇ。上の息子からは返事が来たのね。軽く、いいんじゃないか、だけだったわ。下の息子からは連絡がなかったわ。どこで何をしてるのやら」
「上の息子さんは……今日は来られなかったんですね」
「二人とも冒険者だからね。上の息子は王都とドワーフ村鉱山の間を往復してる馬車の護衛任務みたいよ?」
「ああ、定期便の護衛なら、確かに……。でも、母親の再婚だっていうのに」
「再婚だからじゃない? 手が離れてるし、あの子たちからしたら、トーマスさんに会いたくないんじゃないかな?」
トーマスに大きな息子が出来る日はまだ遠いらしい。
「元気でやってるなら、きっと、それはどうでもいいことなのよ」
明るく言うベッキーは、本当に眩しく見えた。
お腹を押さえた人たちが復活して、怪しい話し合いも終わると、いい時間になっていたようだ。
三々五々、来客は家路へとついていく。
そして、お目出度い一日が終わった。
―――結婚するのも(料理を作るのが)大変なんだなぁ……。
手作りパスタ最高です。




