鎧の押し売り
【王国暦123年10月26日 9:15】
今、目の前には四人の黄金聖○士……いや、騎士団長がいる。
「何と美しい鎧だ……しかも軽い……!」
男子たるもの武具には拘りがあるようで、ファリス、パスカル、ダニエル、リアムは満面の笑みでクルクルとその場で回ってみせたりと、実に嬉しそう。
うーん、こんなに喜んでくれるとは……。ジゼルはあんまり表情に出さないし、エミーは何でも喜んでくれるし……素直な感情表現もたまにはいいわね。
ファリスは、例の半透明の剣から発想を得たことに気付いているみたいで、何度も感嘆の溜息をついていた。
「この鎧はもちろん実用に向きます。所有権設定をしてあるので……本人が申請した場合は、任意の相手に所有権を譲れます。本人以外であれば、黄金鎧所持者が二名の同席が必要になります。いずれも迷宮にきて申請をお願いします。いいかしら?」
「はっ、ありがとうございます!」
「あと、この表に名前のある者は、明日早朝に迷宮に来るように通達。遠隔地で来られない者は要連絡」
スキル、実力的に上位だった者が三十四名。全員が騎士団で、所属部隊はバラバラ。
「その者たちにも鎧を頂けるということですか?」
「うん、こういうの」
と、出したのは、白銀に光るように調整したダイヤモンド鎧。黄金鎧と殆ど仕様は同じ。隔絶したセブンセンシズの差があるとかじゃない。
「これはまた……美しいですな……」
パスカルは頬ずりしそうなほど、まじまじと鎧を見て破顔した。
「実際問題としてはさ、個人の武勇が必要なのかどうかわかんないのよね」
「と仰いますと?」
ファリスの問いに、私は鼻を鳴らす。
「本人が強いのと、指揮能力が優れているのは別個の話だということ。この選抜された面子は両方、もしくはどちらかの資質を持っている者」
四人の騎士団長は改めて表を見直して、唸った。
「確かに、この中の何人かは、武威が強いとは言えない」
「指揮能力と仰いますと『統率』スキルですか」
その通り、と私は頷く。
「これも再考してほしいところなんだけど、『統率』スキルのレベルが高いかどうかと、指揮能力の高さも、また微妙に意味合いが違う。それを踏まえて、この表の中に不適格な人はいる?」
表を眺めていた四人は、しばらくしてから首を横に振った。
「なら、その者たちには通達をよろしく。『白銀鎧』着用者は組織改革の際に、各所の長に据えるといいかも。ただし、事務能力と戦闘能力はまた別の才能だったりもするから、そこは注意」
「はい、留意致します」
海軍創設の流れから、騎士団全体が再編成の流れになっている。無論、これはエミーとマッコーから指示されたことでもある。
余談ながら、この四名の中でスチュワートの実子であるダニエルは、騎士団長としては有能な人物なのよね。ただ、本人も言っていたけれど、上に誰かがいないと動けないんだと。そんなのは立場が人を作っちゃうんだから、気にすることはないのに、と反論してみたら、自分は良くも悪くも太子の予備の、さらに予備なのだと。その立場とやらに慣らされてしまったのだと。
まあ、性格や気質は置いておくとして、中間管理職としてはこれ以上ない能力の持ち主。奥さんは十二歳らしいけどね。この世界ならきっと普通だよね……。
「それで、警察用装備がコレね。ポートマット騎士団で使っているものと同じもの。登録はこの迷宮……『塔』エリア地上第一層を騎士団に開放するから、そこで行うこと」
「おお……」
雷棒は久しぶりに作った。こういう、数を揃える工作をするときは、手拭いを頭巾にして作業するのが最近のマイトレンド。
なお、『塔』エリアの地上部第一階層は、事務処理に特化して、騎士団駐屯地は迷宮の南東側に新設することになった。何でこの位置なのかといえば、エミーがリクエストしていた下水処理場の予定地で、その直上を利用しよう、ということ。演習場も併設する予定で、こちらは地下構造物がないように配慮する。
それに伴って王都二層にある騎士団駐屯地はかなり縮小、三層にある官庁街が移動して増強されることになる。空いた三層の土地、その使用権はお高く売るらしい。
うーん、まるで新工場を郊外に建設して跡地を売り払う家電メーカーみたい……。
その下水処理場だけど、エミーの指定は、迷宮に依らない下水処理場を一つ作ってほしい、という提案だったのよね。これは迷宮の下水処理能力が将来的に限界を超えて、飽和するだろうという前提に立っている。私の計算上では、百万人都市になっても余裕で処理できるはずなんだけど、その場合、ポンプを増やさないと排水に支障が出そう。あとはスライム粉の保管庫も必要になる。
今のところスライム粉関連製品は便利だからガンガン使っているけれど、世の中に代替素材が出てきてしまえば自ずと使用量は減って、在庫が増えすぎてしまう。
代替素材っていうのは勿論石油とか石炭だけど、迷宮システムが不全になってしまえば、着目されるに違いない。そうならないためには可能な限りの長期間、迷宮を維持しなければならない。
それは利用する側、される側、双方の努力がなければ成しえないこと。
「そこで騎士団にもう一つ提案があるの。遠回しに採用しろと言ってるんだけど、黄金鎧、白銀鎧の超廉価版がコレね」
ふふふ、残念、青銅じゃないのよ。
「この鎧は……光ってはいませんね?」
濃紺に染められた発泡スライム鎧を見て、ファリスが少し残念そうに言う。この鎧は言うなれば『素』の状態であり、ここから魔道具的な機構を加えて黄金、白銀鎧が出来上がる。
「あんまり格好良くはない……と自分でも思うけど、これでも頑張ったのよ? 一般的な金属鎧よりも遥かに耐久性があり、防刃性能があり、水に浮く」
「水に浮く鎧ですと?」
パスカルが喜色満面で振り向く。
「そそ、だからこれは海軍用ってことになるわね。海上戦闘を考慮して視認性を敢えて悪くしてある。一応ね、首筋のガード部分に、とあるものが乾燥状態で入っていてね。水を含むと急激に膨張する。それはオレンジ色に染色してあるから、水に落ちた時の救助がしやすいかなと」
「もちろん、海軍で採用決定ですな」
パスカルが頷いたのを確認して、私は解説を続ける。
「この鎧の原価はね、一般的なフルプレート鎧のお値段からするとね、馬鹿らしくなるくらい安いのよ。製作代金を含めても、そうだなぁ、値崩れを考えると1/3くらいに販売価格を設定した方がいいかしら」
それでも、とんでもなく安価。
革鎧と比較してもちょっと安価なくらいに設定して、海軍への導入はこの場で決定させた。
「で、ダニエル騎士団長、第二騎士団向けに、この鎧、欲しくない? 柔軟性もあるから、着用者への調整加工は容易よ?」
「欲しいですな!」
ダニエルは大柄な体躯を震わせた。
「では第二騎士団も採用決定で。第一騎士団と近衛も導入しちゃう?」
ファリスは少し考えてから、
「もう少し全身を覆うように、追加部位が欲しいですね。加えて、馬用の防具もあれば嬉しいところです」
と、イケメンスマイルでわがままを言った。
「近衛用も第一騎士団に準拠したものが欲しいです。第一騎士団では大きな盾が必要でしょうが、近衛用には取り回しの良い、小型の盾があれば」
リアムは期待に満ちた表情でわがままを言った。
彼らが欲しているのは、見せる防御力ということ。
「わかった。要求する仕様書を早急に上げてちょうだいな」
今まで鎧を作っていた鍛冶職人たちには、新しい盾と武器に当面は注力してもらうとして、それでも仕事は減ってしまうだろう。そこは別の救済策を提示する予定だけど、長期的に見れば鎧職人は減ることになると思う。
「了解しました」
ファリスとリアムは頷いた。
これで、騎士団は防具の供給のために、迷宮なしでは動けなくなる。
その将来を想像して、私は口角を上げた。
【王国暦123年10月26日 10:23】
ファリスに例の曲刀を三本渡すと、他の三人は羨望と嫉妬を隠さず、私を注視して、おねだりオーラを発散し始めた。部隊用には色々提供しているので、個人的に欲しい、とその顔に書いてあった。
「メイスフィールド卿には、別の物を製作中だし……黄金鎧だけじゃ満足できない?」
「いえ、そんなことは……」
「ブノア卿に渡した剣は特殊なもの。そういう訓練をした者にしか扱えないよ?」
「三本を賜ったということは、あと二人に、この技を伝授せよ、という指示を頂いた。そう考えております」
ファリスは恭しく礼をした。
「その辺りはお任せするよ。私の腕を切り落とした剣技だし、継承者を作るべき」
「はい、黒魔女様」
この呼ばれ方は、紆余曲折があって……。彼ら眷属が最初に呼んだ私の名は、母親に類する言葉だった。そこからご主人様だとか色々言われて、最終的に『様』付けに落ち着いた。普通に名前を呼んでほしいんだけど、そうならないように強力な呪いが掛けられているみたい……。
「私も……人形道を他者に伝授しようと思います!」
パスカルが対抗心も顕わに、拳を握って声高々に宣言したので、とりあえず止めておいた。
【王国暦123年10月26日 10:32】
装備の相談を終えると、近衛騎士団長、リアムが一つ重要な議題を出してきた。
「管理責任を問われても仕方のない事態なのですが、三日前より行方をくらましている近衛騎士団員が一名おります」
姿が消えているのを確認したのが二日前、逃亡ではないか、と捜索を開始したのが昨日のことだという。
「はて……。インプラントを施してるから、今更離反なんて出来ないはずなんだけど……」
当然ながら近衛騎士団員の全員がインプラント施術済み。そこから導き出されるのは、インプラントを無効化する手段を知られたということかしら。
うーん、外部から実施するには、局所的に耳裏か、こめかみ周辺の魔力を遮断、もしくは中和する魔道具でもあれば可能だろうけど。
この世界で魔力が影響を与えている生物にとって、それを遮断することは、当然……脳に影響を与えることになるから、その状態では魔法が使えなくなる。それどころか脳機能を一部止めることになるから、記憶障害やらも起こす可能性がある。
加えて……。誰にも言ってないけど………………。機密保持のために、インプラントへの魔力供給が止まった場合、小さな爆発を起こすようになっている。本来は死亡時や、望まない摘出手術への対策だけど、外部からそのような操作を行った場合にも当然発動する。
その兆候はめいちゃんから報告されてない。ということは魔力が遮断されるような場所にいる、と推測はできる。それならば本人は生きている。騎士団として問題なのは、所在が確認できないという一点のみ。
「名前は把握してるね?」
「はい。バルバラ・クネヒトです」
「バルバラ……女魔術師さんか」
リアムが頷いた。
エミーの迷宮入りの際、川岸での戦闘時、防御魔法を使った魔術師。ノックスでの戦闘時に、激昂していたノックス騎士団を諫めて戦闘を止めた……あの魔術師だ。
そのバルバラは、聞いた話では大陸からの移住者とのことだった。
確かに毛色が違ってはいたけど、しっかりインプラントも施した記憶があるし、自分からどうこうした、ということはありえない。
「めいちゃん、対象の波形が検出された最後はいつ?」
『……十月二十四日、四時十二分、ウィザー城西迷宮に設置の中継器と定時の通信が行われました。五時十二分の通信は不正が検出されています』
「まさか、ウィザー城西迷宮に入って死亡……?」
「死亡は確認されてないね」
ウィザー城西迷宮に設置されている中継器から、真東に行って大陸へ渡れば、通信を途絶させる位置に移動できるかもしれない。一時間、いや一刻以内に行ければの話だけど。
それならば、ウィザー城西迷宮に入った可能性の方が高いわね。迷宮の魔力シールドは強力だから、下の階層に行けば、敵性迷宮――――この場合はロンデニオン西迷宮からの魔力通信を妨害するだろう。
ミネルヴァが副管理人だということから後回しにしていたけれど……。バルバラ一人がいなくなっただけだから、一見、早急な対処が必要な事態には思えない。でも、管理側からすれば、インプラントシステムの綻びを指摘されたも同じ。
「第一騎士団の方で人を出して、ポートマットとの境まで東海岸を捜索。手こぎ船程度じゃ流石に大陸まで行くのは難しいから、漁港を中心に調べた方がいいかも。あとは迷宮だね」
「捜索範囲を広げます。ウィザー城西迷宮はマッコーキンデール卿に言えば……」
ファリスは指示を了解して、既に視界の端で短文を書いているようで、目をススス……と動かしている。
「宰相殿はあの迷宮には直接的な管理権を持たないのよね。含むモノがある人物だし、この事態を傍観しようと思ってるはず。ミネルヴァは連れて行くとして……近衛を何人か貸してくれるかしら?」
「了解であります。指名はありますか?」
二枚盾、小剣短剣二刀、ギヒヒ魔物使いの三名を指名した。もっと火力があってもいいんだけど、迷宮内部では小回りが利く方がいい。
「黒魔女様、これは戦闘になる、とお考えですか?」
ファリスの問いに、私は頷いた。
「すぐ出るよ。一時間後にロンデニオン西迷宮南門に集合」
「はっ!」
四人が合掌してお辞儀をした。
――――これは、ウィートクロフト爺からの挑戦状だわ。
タイトルを見て、鰺の押し寿司を食べたくなった作者です。




