調査行の精算
朝昼兼用のスープとパンをかき込むように食べて、慌ただしく私とベッキーは冒険者ギルドに向かった。
私とトーマスは正式な親子ではないけれど、世間一般的な年齢差と、トーマスが雇用側として保護者的な立場であり――――その婚約者であるという立場を併せて考えれば、親子、としても間違いではない。だから、これは親子での出勤だ。
その―――結婚式は明後日だっけ? いや明日?
「あの、教会に行くのは明日? ですか?」
歩きながらスケジュールを確認する。
「明後日ね。明日と明後日、明明後日はお休みを貰ってるから。明後日は夕方に、親しい人を招いて、祝い事のまねごとをするつもりよ」
「アーサさんが張り切ってそうですねぇ」
明日は料理大会になるか。アーサお婆ちゃんの体調が心配になりそう。
「私も料理するわよ。お世話になってる人に振る舞うのは常識ね」
やや疲れ気味のベッキーだけど、力強く宣言した。
冒険者ギルドに到着すると、大部屋に通される。
精算すべき素材の量が多いだろうと想定されるためで、普段は集会などを行うホールらしい。大人数の結団式や壮行会、祝勝会のために、こういう多目的に使える大部屋は必要なのだ、とベッキーから説明を受ける。さらに大人数になれば演習場を使うけど、と補足もされる。
「じゃあ、出しますね」
魔核(小)が、ゴブリン百四十二、ワーウルフ二百三十三。
小と中の間くらいの(ワーウルフリーダー)魔核が八。
魔核(中)が三十五。中サイズの魔物は二十五匹狩ったのだけど、そのうち十体で魔核を二つ内包していた。
ワーウルフの毛皮美品が百五十五、同じく微ダメージ品が五十二。リーダーの毛皮五。
カコの繭が九十八個。
ラバーロッドの腕、外皮、内皮、樹液の入った壺、芯材がそれぞれ五。
アールクマーの毛皮が五、肉が四頭分、肝が五。
ハイドロフォームの身が四体分。触手十本。
フラワーサースのイノシシ部分の毛皮が五、肉が五頭分、花、葉、茎、根が五セット。
ジャイアントセンチペドの毒腺五つ、肉を含む外骨格五体分……ものすごい量になっている……。
なお、アールクマーの肉半頭分、ハイドロフォームの身の半分は、途中で消費した残り。丁度良いからトーマス、ベッキーの祝宴に回させてもらおう。
蚤とかの小昆虫は、『道具箱』の中に入れると死滅してしまう。ので、この圧倒的な毛皮の山からピンピン跳ねることはない。跳ねたら、それはそれですごい光景だったろう。
「あわわわ………」
ベッキーが絶句して素材の山を見上げている。精算にどのくらいかかるんだか、見当もつかないわよね……。それ以前に、私の中にこれだけ収納できてたのも驚きだろうなぁ。本人もビックリだもんなぁ……。
「うーん、これは……。数が多いやつから行きましょう」
小さい魔核は五百ゴルド、リーダーの魔核は千ゴルド、中くらいの魔核は十万ゴルド。用途が違うとはいえ、価格差がすごい。合計で三百六十九万五千五百ゴルド。
ワーウルフの毛皮美品は一万ゴルド、微ダメージ品は五千ゴルド。わかりやすい。リーダーは希少種なのでプレミアがついて、五万ゴルド。合計で二百六万ゴルド。
カコの繭はちょっと問題で、希少素材とのこと。ベッキーと話し合って、魔物ではない普通のシルクの倍、と換算することになった。多分これでも激安だろうけど。絹の値段については紡績の専門家であるアーサお婆ちゃんに助言をお願いすることにした。こういう時に手鏡で連絡が取れるのは便利。
『そう。お仕事中なの? え? 繭一つのお値段? そうね……百ゴルドくらいかしら。品質にも依ると思うわ』
と、そのまま解答を貰う。案外安いものだなぁ。加工で費用を取られてるってことなのかな。
「ええと…………、普通の大きさの繭が千個くらい取れると思いますので、単純に千個分の価格二倍ということで、繭一つが二十万ゴルド。それが九十八個で……千九百六十万ゴルド……」
思わずベッキーと顔を見合わせる。げぇっ、とお互いの顔に書いてあることだろう。驚きを鎮めつつ、計算を進める。
ラバーロッドの腕、外皮、内皮、樹液の壺、芯材。少し心が麻痺していたのと、この素材に有用性を見つけているのは私だけなので、これは丸ごと一匹が十万ゴルド。合計で五十万ゴルドで引き取り。
アールクマーの毛皮、これは案外安くて十万ゴルド。肉が一万ゴルド、肝はやはり薬になるらしく、貴重品で五万ゴルド。合計で八十万ゴルド。
ハイドロフォームの身は価値がわからず、私が引き取る前提で一匹一万ゴルド。触手も含めてもらったので合計五万ゴルド。
フラワーサースのイノシシ部分の毛皮は五万ゴルド。肉が五千ゴルドでこれはお安い。植物部分は何らかの薬効がありそうなのだけど、利用法が不明で価値の判定ができず。これも私が引き取る恰好になって一セット一万ゴルドで、合計三十二万五千ゴルド。
「うーん…………」
黒くて固そうで長い大百足を前にして、ちょっと唸った。
「……やってるな。……進行状況はどうだ?」
フェイが入ってくる。
「……ほう、ジャイアントセンチペドか。……大物だな」
「支部長、この魔物の利用法ってご存じですか?」
「……安価でそこそこの性能の防具になる。……加工に難点があるが。……身は不味くはないがスジが多くてな。……乾燥させて煎じて胃腸薬だな。……しかしすごい量だな」
フェイはホールを見渡して呆れ顔になる。
「これ、全部市場に出したら、大混乱になると思います」
「……同感だな。……センチペドを素材に防具を作れる職人は……王都に一人いるかどうか。……ああ、お前ならできるな」
「もう、身も含めて安値で引き取ってもらいましょう」
ベッキーがサラッと提案した。
「……うむ。一体一万だな。……防具に加工して売れば千倍、いや一万倍になるかもしれん」
「わかりました。引き取ります」
私の『道具箱』だって無限じゃないんだけどなぁ。まあ、入る入る。
「合計でこんな感じなんですけど、どうでしょうか?」
ベッキーが計算の根拠も一緒に説明して、フェイの了承を得る。
「……いいだろう。……妥当だと思う。……わからん素材もあるが」
「合計で、二千七百八万五百ゴルドになりました」
「……まあまあだな。……ふむ……。カコ繭の占める割合が大きいな。……これもあれだ、引き取ってくれ」
コイツ……。簡単に市場に流せないと思って……。使うアテのない、勇者殺しの報酬の使い道としては間違ってないけどさ。
「はい……」
「……防具に加工して売ればいいのだ。……うむ、それがいい」
したり顔でそう言うフェイに、苦み走った顔を向けたとき、ノックの音があった。
「こっちだと聞いたので、来たっす」
セドリック、クリストファーとエドワード組がホールに入ってきた。
「丁度今、計算が終わって了承を得たところなんですよ」
ベッキーが頑張りましたよ、と計算メモが書かれた羊皮紙を皆に見せる。
「了承するっす」
「―――了承する」
セドリック、クリストファーが頷き、続いてエドワード組も了承した。
「はい、了承ありがとうございます。素材は一度冒険者ギルドが買い取る形にして、合計金額を分配します。最初の説明通り、ギルド四、調査隊六の割合で分けまして、その後、調査隊内部で分けて下さい」
「了解したっす」
ベッキーは六割の金額、千六百二十四万八千三百ゴルドをセドリックに渡す。セドリックは、それをさらに六等分して、調査隊で分けた。約二百七十万ゴルド。悪くない金額だ。エドワードたちは、セドリックやクリストファー、私と同じ金額を貰うことに一瞬躊躇したけれど、セドリックが笑顔で押しつけてしまえば、黙るしかなかった。
「なお―――途中で消費した食材については不問とします」
まあ、一応ギルドに丸々納入しなきゃいけない品だったからなぁ。アールクマーは半身が、ハイドロフォームも試食に使った以外のほぼ丸々が残っている。その余った分に関しては、私が提案した。
「あの、明後日にベッキーさんが結婚されるということで……軽い祝い事をやると思いますので、その席で振る舞う形にしてもよろしいでしょうか?」
「……そうしてくれ」
フェイが頷くと、調査隊全員が頷いた。
「ありがとうございます。皆さん、是非来て下さいね」
一同の歓声がホールに響いて、これにて調査隊は解散となった。
「じゃあ、『銀の暴れ牛亭』で打ち上げやるっす」
「おおー!」
私も釣られて雄叫びを上げるけれど、フェイの手が頭に乗せられた。
「……精算の二回戦目だ」
「…………はい……」
精算が終わった後に合流する、とセドリックたちには告げて、今度はギルドとの買い取り交渉となる。
魔核は小さな物も含めて、私が全量買い取り。
毛皮関係は保存がきくのでギルドが買い取って、細々と市場に流していくことになった。安価ではあるものの、需要もあるので早々に現金化が可能らしい。
肉関係は、クマーとサース、それぞれ一体分を私が買い取り、あとはマイケルに卸すという。口も固く、貴族辺りに割高に売りつけてくれるだろう、とのこと。クマーの肝は、フェイが近いうちに王都に出張なので、その時に薬屋に売りつけにいくことになった。
カコの繭も私の全量引き取り。うはっ、大幅マイナスだっ。これはいずれ服に仕立てて暴利で売りさばこうと思う。
ラバーロッド、クラゲ、花、ムカデは、私しか有用に使える人間がポートマットにいないというのもあり、私の全量買い取り。毎日クラゲとか食べられないんですけど……。
私の買い取り作業と今後の販売計画がまとまったところで、フェイが口を開いた。
「……で、だ。……私に話があるとか言っていたな」
「ああ……」
ベッキーが部屋から出て行ったのを確認して、フェイに向き直り、『遮音』を発動する。
「例のですね、魔術師ギルドのギルド員なんですが」
「……ああ、情報を漏らしたという馬鹿な……」
「彼女、ミネルヴァさんって言いましてね」
「……なにっ」
「名字、偽名で過ごしているようですが。よく出自がばれないものだと思いまして」
「……まさか……そんなところにいたとは。……全く汗顔の至りだ」
父娘だなぁ……。
「……あの娘は、私とアマンダの娘だ」
「えっ」
今度は私が驚く番だった。
アマンダに娘がいたのか。まあエルフだから年齢わかりにくいしなぁ。一人や二人、いても不思議じゃないか。っていうかやっぱりフェイと恋仲だったのか。仲は悪くないとは思ってたけど、腐れ縁的なものかと思ってたら、既に枯れた後だったとは。
「……ミネルヴァは不器用な娘でな。……しかし、大陸にいたはず……。……グリテンに来ていたのか。……しかも魔術師ギルドに所属しているとは……。……馬鹿め」
「でも上級範囲魔法を覚えてましたよ。召喚魔法まで」
「……なにっ」
フェイは嬉しいような悲しいような、複雑な笑みを浮かべた。
「……そうか……。頑張ってたんだな……」
それは父親の表情だった。
「特に彼女に思うところはありませんけど、今後、攻撃してきたら問答無用でやっちゃいます。いいですか?」
「……うむ。……思い知らされた方が、あの娘も楽になるだろう。……いや殺せという意味ではなく……魔術師の才能がないのだと諦めさせてほしい」
ん? 上級範囲覚えてるような魔術師に才能がない? スーパースリー辺りにそれ言ったら泣いちゃうよ?
「……あの娘の魔力総量は少なくてな。……とても上級魔法など撃てる量ではないのだよ」
「ああ……じゃあ、魔力総量を増やす魔道具みたいなのを使ってるんですか」
「……恐らくはそうだろうな。……十五年前に別れた時にはもう、魔力総量の伸びは止まっていた。……あれから伸びたとしても微々たるものだろう」
「んー、でもでも、魔術師の強さって、魔法の組み合わせだとか、タイミングだとか、そういう経験に依るものだと思ってましたけど? 魔力総量だけが魔法使いの実力を示す物差しじゃないように思うんですけど?」
うーむ、とフェイは腕を組んで考え込む。
「……あの娘が目指しているのは、アマンダだ。……アマンダと行動を共にできる魔術師は、私の知る限りでは、勇者以外では三人しか知らん。……確かに、そのうちの一人は魔術師ギルドにいるが」
はぁ、その偉い人に弟子入りでもしたわけか。
「なんでしたっけ、ヒンデンブルグ? ロッテンマイヤー?」
「……惜しい。……マッコーキンデール」
「ああ、それそれ。その人ですか」
「……んむ。……人格はどうあれ、一流の魔術師なのは間違いないな。……私でも下手をすると危うい」
「え、そんなに強いんですか?」
フェイからそんな弱気な言葉が出てくるとは意外だ。
「……うむ、私なら接近する前に色々やられてしまうだろうな。……接近してしまえば、後は普通の魔術師だろうけどな」
「まあ、そうでしょうねぇ。あとの二人というのは?」
「……ウィートクロフト爺と、あとはお前だな」
ウィートクロフト爺さんのイタズラ好きな目を思い出す。
「なるほど……」
「……爺はすでに墓の下だ」
「え、亡くなったんですか?」
「……という笑いを取りたいがために、墓を表札替わりにして、その下に住んでいるらしい。……故郷の大陸に戻ったはずだが……。……ミネルヴァの件は爺の差し金か?」
相変わらず迷惑なことする爺だなぁ。魔術師って変人しかいないのかしら。
「しかし、ミネルヴァさんが、爺様の進言でこっちに来た可能性はありますね。ミネルヴァさんは、私の存在は知らなかったわけですよね?」
「……知らないはずだが、爺から聞いているかもしれんな。……その可能性は否定できない」
「火ダネ作って油を撒いて放置ですか。爺らしいですが……」
「……うむ。……あの娘には父親らしいことはできなかった。……後悔しているよ。……アマンダはどうだか知らないが」
「あの、アマンダと支部長に、そんな素振りは全然なかったんですけど、恋仲だったんですか?」
「……若かった……としか……」
ああ、『……試しにやってみるか?』『ばっかじゃないの?』『……怖いんだな?』『怖くなんかないわ!』みたいな、売り言葉と買い言葉で子供が出来ちゃったとか? うーん、目に浮かぶようだ。
まあ、勢いがあるのはいいことだよね!
私から『フェイの娘』の存在を周囲にばらすことはしないけど、魔術師ギルドが狡猾な連中なら、いずれ、その線からもアプローチを仕掛けてくるだろう。問題は当事者にあるわけで、嫉妬絡みで私に接触してくる可能性はなくはない。また面倒な関係を知ってしまったか……。
「じゃ、私は調査隊の打ち上げに行きますが」
「……うむ。……いってこい」
ナーバスになっているフェイを誘ってみるか。
「支部長も一緒にいきましょう。賑やかにお酒を飲むのも、時には必要です」
「……まだ仕事が」
「うるさいですよ」
フェイの胴体を抱えて拉致すると、私はギルドの受付陣たちに奇異な目で見られたものの、『銀の暴れ牛亭』にフェイを連れ出すことに成功した。
フェイは大人しく私に抱えられて、嘆息が聞こえてきたけど無視。
その姿を見た調査隊の面々から歓声が上がる。
「……何と強引な……」
「なんと、支部長登場っすか! ささ、飲むっす」
「――――ヒッヒヒヒヒ」
「しーぶーちょー!」
「オレだって、まだ頑張れる!」
「酒がウマイウマイ」
すでに出来上がっていた五人の勢いに押されつつ、フェイは差し出されたニャックを一気飲みした。
「……ぷぅ」
「支部長凄いっす! 良い飲みっぷりっす!」
「……うむ。……こういうのも久しぶりだ。……悪くない」
微笑を湛えたフェイが潰れるのは、それから三十分後のことだった。
ちなみに一番先にフェイがダウンした。他の五人は全員が酔ってフラフラしていたので誰かを介抱できる状態じゃなかった。そうなると、ノンアルコールな私が背負うのは当然らしく…………ギルドにトンボ帰りをすることになった。
この後、私には、『フェイを拉致して潰した』という、新たな称号が追加されるのだけど、それは、別の、お話。
――――トーマスは出てきません。




