支部長の引き継ぎ
【王国暦123年10月4日 15:37】
さすがは本職というところか、キャベツ農家の皆さんは、冬キャベツの種蒔きをちゃんと覚えていてくれた。元々は夏に一回作って終わりだったところを、冬に収穫するタイミングで蒔くようにお願いしていたのだ。
ああ、今際の際に走馬燈として走った懸念が一つ解消されてよかったなぁ。
「支部長さんの言うことだからナァ」
「ああ、宿屋が良い値段で買い取ってくれてナァ」
三つの宿屋に、キャベツ料理を名物にせよ、という指示を出したのは私だ。いいんだよ、キャベツはどう料理しても美味しいんだから。
「ただ、一つ問題があってナァ」
「虫食いが酷くてナァ」
何でも、モンシロチョウが大発生したそうで、総出で、しかも人力で駆除したんだという。
「あれね、幼虫を茹でて天日干しにすると食べられるよ?」
「美味しいのかナァ」
それについては言及を避けておく。大きな芋虫は美味しいんだけど、小さいのは内臓ごと食べることになるから好き好きなのよね。
「イノシシもやってきてナァ」
「そっちは騎士様がどうにかしてくれたがナァ」
イノシシに限らず、鹿やら野ウサギやら、草食動物が虎視眈々とキャベツを狙いに来ているそうな。
早急に対策が必要でもあるので、畑の周囲に石ブロックを置きながら歩いて、簡易の動物避けとした。これは、交雑対策でもあるんだけどさ。
サービスし過ぎだとは思うんだけど、畑からの収益は領主の収益でもある。農民には売り上げに応じて報奨金は出るものの、基本的には領主の総取り。小麦、大麦は村の南側に拡大中なので、今を凌げば後々、大領地になる可能性がある。だからこのサービスは将来の領主への贈り物でもある。
いやまあ、大した手間じゃないというか、ポートマットで石材を積み直してきたのがちょっと多すぎたというか。
余った石材を集積所に下ろしにいったところで、カーヴ・スクエアに出会った。
「お、おう」
「あら。ギルドの方は? 調子はどうですか?」
「悪くねえな」
カーヴは私と積み上げられた石材とを交互に見て、ニヤッと笑った。
建設ギルドは私が出張に出る前から、猛スピードで村の建物を作っていた。日雇いで男手を募集していたりするから、ガンガン村にお金が落ちている。それもあって村の経済はインフレ成長していた。けどまあ、許容範囲かしらね。タイニーさんとカーヴのタッグは意外にも強力みたいなのよね。
「慎重派のタイニーさんと強硬派のカーヴさんが、何故か気が合ってるのが不思議ですね」
「それはタイニーも言ってたな。お互いに無いモノを求めているからじゃないか、なんて結論になったけどな」
「なるほどねぇ」
カーヴは、ポートマットで燻っている時よりもずっと快活に見えた。気を遣う相手が少ないという単純な環境に、石工技術に長けたカーヴが異動してきたわけで、頼られることも多くなったんだと思う。そのうちに責任も押しつけられていくだろうけど、余裕のある精神状態なら自身の成長と共に解決していくだろう。その兆しが見えるようになったことだけでも、ウィンター村に強引に連れてきて良かった、と思える。素直になったきっかけは確かにインプラントかもしれないけど、それだけがカーヴを変えたわけじゃない、と思う。
「困った時はタイニーに相談してるしな。はっ、オレも丸くなったもんだ」
四角い家名の親方が、曲がるようにと名付けてくれたんだから、それは正しいかもしれないなぁ。
カーヴは石材の選定作業をしていたようなので、手を振ってその場を離れた。
十分ほど歩いて村の中心部へと戻ってきた。狭い村だよねぇ。
私が立ち上げた三軒の宿屋を順番に回り、経営状況を聞いていく。
「うん、上等上等」
いずれもそこそこ順調な経営が続いている。意外にも売り上げは想定よりもずっといい。資金投入直後は回収を諦めてたのに、この分なら一年と経たずに建設コストは回収できそう。
様子を見に行った宿屋の主人たち、三人は、三軒目の宿屋に集結して、意外な申し出をしてきた。
「支部長さん、我々で互助組織を作れないかと思いまして……」
もう支部長じゃなくなるんだけど、ということは一応話しておいた。私がオーナーであることは変わりないんだけどさ。
「宿屋ギルド、ねぇ……」
何でもギルドにすればいい、ってもんじゃないと思うんだけど……。同じ地域の別宿屋なんて普通は商売敵と捉えるだろうに、この三人は、『新規立ち上げに必要な資金を貸すことで、新興の宿の参入を促しつつも足元を見てコントロールする』という、なるほど、先に幹部になって有利な仕組みを作っちゃおう、と考えたみたい。
この村の新規宿屋は、元々は三つの宿屋が、一見ライバル心剥き出し……なのに、裏側ではオーナーが同一人物という、トーマスの手法を真似たものだ。トーマスのやり方とは違って、三つの宿屋はオーナーが誰だか知ってるから、それが談合の図式に変わっても、私は文句を言えない。ここは立ち上げを焦った弊害で、失敗した点とも言えるかしら。
結局、『宿屋ギルド』なるものの設立は許可した。今のところは外部に向けて喧伝しないで、各々の宿屋の拡充、サービス向上に努めること、そのための話し合いの場、とした。ウィンター村内部では需要が読めないので積極的には動かないけど、仮に他の地域に進出する場合には、宿屋ギルドで最大の支援を行うこと、とした。
一つ誤算があって、この宿屋ギルドの本部長は私がやることになった。三人がやりたいって言うから認めたのに、『お金を借りている身分ですから』と、オーナーの私にお鉢が回ってきた。どちらにせよ、初期のコントロールはしなきゃいけないし、オレはホテル王になる! つもりはサラサラないけど、周囲とのバランスは考えておきたい。今のところは王都を安定させることに注力したいから、目立った活動はできないかもしれないけど。
運営について幾つか伝えた後、私はお隣の建物――――冒険者ギルド支部へと戻った。
【王国暦123年10月4日 19:36】
「むむ……しぶ……しぶちょ……元支部長、お食事ができましたよ」
冒険者ギルドの支部長室で、引き継ぎ作業を進めていた私とティボールドを、ラーラが呼びにきた。引き継ぎ作業は、三ヶ月前に、目の前のティボールドとやったこと。……なんだけど、今回は引き継ぎ事項がとんでもなく多い。体感で三倍くらいある。
「うん、すぐ行くよ」
支部長が交代することは既に支部内部に広まっていて、それに伴って副支部長に任命されたサイラスは、奥さんと子供に報告するんだ、とスキップして帰宅していった。確か、サイラスの奥さんも冒険者で、引退した訳ではないらしい。お子さんが大きくなれば、復帰してくれるかしら。託児所……があれば……いいんだけどなぁ。
ラーラに催促されて食堂へ向かう。
この食堂は本当に小さく、厨房と同じ部屋にある。三ヶ月前はティボールドとラーラが寂しく食べていたんだと思うと、今は多少賑やかに感じる。
「うまっ、美味いですよ、これっ!」
メーガンが口の周りに黒いソースをつけたまま、料理を褒めた。
「むむ……鯉なのに美味しかった」
「なにっ、鯉っ?」
「そうなんですよ、副しぶ……いや支部長!」
ジネブラもテンションが高い。メーガンとジネブラは冒険者ギルドの建物に住んでいる。いずれ仮眠室みたいな使われ方をするだろうけど、今のところは従業員寮ね。三人で交代で食事を作っているらしいけど、エミーの薫陶を受けたラーラが一番料理上手だ。
あれ、事務員の全員が食堂にいるんじゃ?
「ギネオスさんが受付に待機していますよ」
「ギネオス……現地雇用の人か。準職員は何人になったの?」
「十名……くらい、ですか?」
あら、結構増えてるねぇ。そのくらいいないと業務が回らなくなってきたのかしらね。出張に出る前からそうだったけど、迷宮が稼働し始めて、そこから生まれる経済効果は、冒険者ギルドを中心に回っていると言っても過言ではない。迷宮内部の魔物については依頼が出ているわけじゃないけど、最底辺のゴブリンの魔核でさえ有用な使い道がある。それを鑑定して買い取るのも冒険者ギルドの業務の一つだ。魔物――――から産出する魔核なしには、この世界は回らないように出来ているから。
これもまた『使徒』が誘導しているからなのかしら……などと考えながら席に着き、メーガンが絶賛していた鯉の煮物を口にする。
「むっ!!」
「むむむむ……どうでしょう?」
言われた通りにウロコを付けたまま、醤油と蜂蜜で煮込まれている。あらら、ウロコがネットリして良い具合! ってやつだっ!
「うまいっ」
もっ、最高っ! などと食べる前に言うのが荒岩流だっ。いや、食べてから言ったし、真面目に美味しかった。ハーブと酢水で一度煮込んで臭みを取ったらしい。身は案外淡白なのよね。
「しぶ……いえ、黒魔女殿、鯉の養殖は……」
支部長、と言い慣れていたティボールドは慌てて言い直す。
「ナマズより簡単でしょうけど、一緒の水槽では飼えませんよ?」
ウィンター村でやらないのなら、王城の生き残った鯉を使って、あっちの名物料理にしてみようか……なんて考える。
「それにしても、出張から帰ってきたばっかりなのに、支部長がいなくなるなんて……」
メーガンもジネブラも、揃って嘆息する。元に戻っただけなんだけどなぁ。
「まあまあ。そうだ、視力はどう?」
「以前より全然いいです! 変なところで転ばなくなりました!」
メーガンがパアァ、と目を輝かせた。
「ジネブラの方は体力もついてきたみたいね」
「はい、し……黒魔女さん……?」
言い慣れない様子で、ジネブラが言い直す。
こんな短い期間だけど、二人とも逞しくなったなぁ、なんて、これも老成したような感慨を持つ。
「むむ……」
うん、一番成長したのはラーラかもしれない。色々と連れ回したし、なにより喋るようになった。自分の意思をちゃんと表明するようになった。
にこやかに頷いていると、ティボールドは鯉を口に入れるのを止めて、少し考えた素振りを見せてから、スッと立ち上がった。
「支部長が来てくれて……足が治ったのもそうですが……支部に、自分たちに、道筋をつけてくれました。本当に…………ありがとうございました」
そして合掌して、お辞儀をした。副支部長に降格、なんて、屈辱的な人事を受け入れた人だけど、目標を与えられない環境で暮らしていては、どんな人材も腐ってしまう。この人が腐りきる前に事件が起こり、赴任できて良かった。今はそう思おう。
「こそばゆいなぁ……。そこまでのことをしたつもりはありません。私は私のやりたいこと、やらなきゃいけないことをやっただけで……」
事実、迷宮を復旧して、円滑に利用してもらうための基盤作り――――という認識でしかなかったのに、ここまで感謝されるなんて、今日は何かの記念日なんだろうか。もしくは誰かの誕生日なんだろうか。
「むむむ……支部長は立派。神様が寄越してくれた奇蹟かもしれない」
やめてー!
「そうかもしれないです! 支部長万歳!」
やーめーてー!
その後、夕食が終わるまで、ずっと褒められて、私のライフはゼロになった。
――――褒められ慣れてないという弱点が露呈した!




