表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ホムンクルスは魔導兎の夢を見るか?
674/870

支部長のお土産


【王国暦123年10月4日 8:17】


「あらぁ……可愛い男の子ね」

 エイダは出迎えに来たラルフを見るなり、好色そうな視線を投げつけた。ラルフの方は褒められ慣れていないので、それが世辞の類だったとは気付かずに、ストレートに返した。

「あっ、ありがとぅ……ございます」

 いかにも不器用そうな少年が、ぶっきらぼうに答えると、エイダのゴージャス魂に存在する、よくわかんない場所を刺激したらしく、エルフらしくない肉感的な胸を手で押さえて、ゴクリと唾を飲んだ。


 妹のレダの方はもう少し世間慣れしているからか、エイダ姉さん何やってんの、みたいな冷めた目で見ている。

 エイダはレダの方を振り返り、顔を紅潮させて目は潤み、口はだらしなく笑っていた。

 えー? 気に入ったのかなぁ。男として?


「エイダ姉さんは大男専門だと思っていたのに……」

 ほうほう、ゴージャス姉の方はそんな趣味が……。まあ、本人たちに任せようっと。エルフは長寿だし、心が少女なら実年齢はどうでもいい。リアルにそんな人を見ると痛々しい気もするけど。


「コホン。黒魔女殿、ウィルソン(ゴージャス)姉妹も連れてきましたよ。黒魔女……殿? ですよね?」

 ブリジット姉さんが訊いてきたのは、私がグラスアバターの状態だから。

 今、私の本体は、ウィンター村に向かう隊商のゴーレムで運ばれているところ。昨晩、サリーとアバターについての検討を行い、迷宮にインプラント製造の指示を出して、遅便のゴーレムキャラバンに飛び乗った。


「ありがとうございます。サリーも喜びます」

「二人は……下ですか?」

「はい、聖女様も下で待っています。お料理の仕込みもしていましたよ?」

「それは楽しみです」

 ブリジット姉さんはあまり楽しみではなさそうな顔で社交辞令を読み上げるように言った。


 ブリジット姉さんの琴線に触れるためにはゲテは必須。

 そのためにエミーは、朝も早くから迷宮内部の魔物食材を採取して回っていた。ちゃんとした魔物料理……ジビエとは違う次元の料理が出てきそうで、こちらも楽しみではある。残念なことは、私本人がこの場にいないことで……。まあ、ブリジット姉さんが驚くのであれば、その顔を見られるだけで良しとしよう。


 ブリジット姉さんとジゼルの組み合わせと、エイダ、レダ姉妹とサリーの組み合わせ。それぞれ、空きエリアでの修行となる。魔法組の方は早ければ今日にも終わると思うけど、物理組の方はそうもいかないはず。ブリジット姉さんがどのくらいの期間、修行をつけてくれるのか、一任しているのでどうとも言えない。例によって第七階層でアンデッドと共生するような修行をするなら一ヶ月は見たいところだし。


 二人の修行については、私自身がやるよりも……多分厳しくやってくれると思う。私は身内には甘いという自覚があるから、どうしても死の淵に追い込むような修行はやらせにくい。

「では、本日より、よろしくお願いいたします」

「お任せ下さい。フフフ……」

「よろしくてよ、ウフフフフ」

「ああ……エイダ姉さんが暴走しないように見張るわ……」

 修行は楽しいことになりそうで、よかったね、サリー、ジゼル。それと……年齢差が酷いけど、アプローチを受けそうなラルフか。進展が面白そうなので、めいちゃんに記録しておくように指示を出しておこう。



【王国暦123年10月4日 13:09】


 隊商のゴーレムがウィンター村に到着して、すぐ飛び降りると、その足で冒険者ギルド、ウィンター支部へと向かった。

「くそう、美味しそうだったな……」

 ロンデニオン西迷宮ではエミーが用意していた昼食が振る舞われているところだった。


・エレクトリックサンダーもも肉のトマト煮

・タンポポの葉っぱ練り込みパン

・ステルスウナギ骨出汁のスープ

・巨大蜜蜂の蜂の子、蜂蜜煮


 蜂の子はデザート代わりなんだけど、ラルフによれば、空を飛び回るくらい美味しいんだという。どこから学んだ食レポ表現なのか、問いただしたいところではあるわね。


「くう……」

 悔しさを爆発させながら冒険者ギルドの扉を開くと、ラーラが出迎えてくれた。

「むむ……お帰りなさい、支部長」

「ただいま、ラーラ。副支部長は?」

「代官様……のところに。今さっき出たところです」

 代官の館は、冒険者ギルド支部の建物の斜向かいにある。本当にタッチの差だったのかしら。

「そっか。うーん、どうしようかな」

「むむ……?」

 辞令を持っている身なので、冒険者ギルド以外で渡すのはちょっとどうよ……と思っただけなんだけど、まあ、周知する意味でも同席している人がいるのは悪くないかな。


「私も代官の館に行ってくるよ。ああ、ポートマット土産は生モノばっかりで……」

「むむ……虫とか出されても困ります」

「うーん、ああ、(カプ)って食べるもの?」

「鯉っ? むむ…………食べますよ? あんまり美味しいものじゃないですけど?」

 あれ、そうなんだ。ちょっと残念。

「ちょっと大型の鯉を入手したからさ。その場で締めたやつだから、普通に泥臭いと思う。お酢を入れて茹でて、臭みを取ってから調理してみてよ。頭と内臓は取って、醤油と蜂蜜で煮込んだら美味しいかも」

 やんわり、それでいて細かい調理方法を指定しつつ、大型の鯉を一匹、ドデーンと受付カウンターに出すと、空気が一気に淡水魚臭くなる。ここはどこの漁協だよみたいな。


「むむむむ……やってみます」

 受付カウンターにいたサイラスとメーガンも、期待薄だな、なんて顔をしていた。私もそう思うけど、食べてみないとわからないこともあるじゃない? 鱗は付けたまま調理しないと、海原雄山に怒られるわよ?


 迷惑そうなお土産を押しつけてご満悦の私は、建物の奥には行かず、冒険者ギルドを出て、斜向かいの代官の館へと徒歩で向かった。


 私が赴任した三ヶ月前とは違って、街の目抜き通りの交通量は激増して、馬車の往来も増えた。商業ギルドが持つ宿泊施設だけでは賄えなくなり、新規に建てた宿屋も程々に混雑しているようだ。


 これは私がどうにかした――――というよりは、商業ギルドが軟化して、代官側に協力的になったから、ここまで賑わってるんだと思う。両者をまとめたのは確かに冒険者ギルド――――私だけど、それほど凄いことをしたわけじゃない。私は迷宮を復旧させたかっただけで、キャベツ畑を拡張したのはその余録にしては大袈裟だったかもなぁ。ロールキャベツが広まると面白いんだけど。ま、主に食い気のせいで話が広がっちゃってるのは自覚がある。ああ~、エミーの作ったトマト煮、食べたかったなぁ。


 一分もかからずに代官の館の正門へ到着して、若い門番に声を掛けると、ビシッと直立不動の状態になってから、案内の者を呼んできますっ! と猛ダッシュをしてくれた。

「そんなに慌てなくてもいいのに……」

 そんな若者の行動を見て微笑ましく思う。エイダがラルフを見て、そんな気持ちになったんじゃないか、なんて想像もする。


「お待たせした」

 軽く息を整えながら代官の息子、ウィンター村騎士団(仮称)の団長になる予定のベンがやってきた。急いで走ってきたのに、私から見える場所にきたら、歩みを緩めた。いかにもゆっくり歩いてきたみたいな顔で合掌をしてお辞儀をしてきた。

「お久しぶりです」

「ふ……ふん、そうか……そうだな。うん、久しぶりだ」


 ベンのそんな表情さえ微笑ましく感じる。ちょっと素直になったベンは可愛いね。ベンはラルフよりは二つ三つ年上の筈だけど、精神年齢はそう変わらないみたい。むしろ辛い恋をしてきたラルフの方が男性としてタフかも。うーん、今後、エイダの魔の手が伸びて、恋仲になったら、さらにタフにならざるを得ないだろうなぁ……。っていうか、曾孫くらい年齢が離れている気がするんだけど、それも今更かなぁ。


「何を笑っている?」

 自分のことを笑われたようだと勘違いしたベンは、急に不機嫌になった。

「いえ、知り合いに恋の予兆があったもので、それを思い出していたんですよ」

「恋っ?」

 さっきは鯉の話をしてたんだけど……。ベンの顔を見て恋の話を思い出した、っていうのをどう受け取ったのか、ベンはそれきり赤くなった顔を下に向けて、私を代官執務室へと案内してくれた。


「戻ったか。久しいな、黒魔女……いや、支部長」

 代官――――エリファレットは息子のベンとは違って、緊張した面持ちだった。

「お帰りなさい、支部長。出迎えも出来ずに申し訳ありませんでしたな」

「戻っていたのかの。嬢ちゃんがおらんで不安な夜を過ごしておったぞ」

 冒険者ギルドウィンター支部の副支部長、エリファレットと、商業ギルド本部長のワシントン爺さんも、同じ部屋にいた。本来の商業ギルド、ウィンター支部長のマールはワシントン爺さんから本部長代行の任を受けて王都にいる。役職と常駐場所を交換しているようなものなんだけど、四角い顔のマールはその能力があるし、ワシントン爺さんは半隠居みたいなものなので、これで上手く行ってるんだろうね。


「ただいま戻りました。王都の状況については色々と情報が欲しいところだと思いますので、まずはそちらを説明します――――」

 同じ報告をするのも面倒だなぁ、なんて思いつつ、これも最後なのかな、とちょっと感傷的になったりする。



【王国暦123年10月4日 13:21】


 ウィンター村に常駐している騎士団は、正式には王都騎士団の分隊。だというのに、王都からの情報は遮断された状態だったんだとさ。

「状況が全く掴めなくてな。商業ギルドの方からは、戒厳令で出るに出られないという話だったしな」

「その辺りは、今話した通りです。デイヴィット王子が反乱を起こしたものの、首謀者として処分されました」

 シャロンの死亡とノックスの話は、今のところウィンター村には関わりが薄いので、情報として与えなかった。


「愚息めが愚王に、何かを仕掛ける用意がある……という噂は聞いていたがの。まさかそんな直接的に事を進めるとはのう……人的被害はどうじゃ?」

「うーん、どうでしょうねぇ。デイヴィット王子以外では騎士団に若干名、というところじゃないでしょうか。五層の人間の大半はロンデニオン西迷宮に避難していましたし、四層以内の人間に被害があったという報告もなかったですね」


「報告……とな?」

「はい、ロンデニオン西迷宮管理者の一人、エマ・ヴィヴィアン・ミカエル・ワイアット嬢が、王宮混乱の最中、第二継承権を得ました。王都騎士団は現在、エマ嬢の管理下にあります」

「なんだ……と」

 同席していたベンが言葉を失う。政変の結果として、あの王都騎士団が一個人に管理されるなどという話は、普通に考えたら眉唾物だもんね。

「そのエマ嬢とは、何者ですかな?」

「支部長は会ったことはないか……マール本部長代理なら日常的に会っていると思いますが、私の連れです。『ポートマットの聖女様』ですよ」

「ああ……! ええ……?」


 その場の全員が頷いた後に疑問符を顔に浮かべた。『ポートマットの聖女様』『迷宮の管理者』『第二継承権を持つ女性』『黒魔女の連れ』のキーワードを同時に持つ人物像が想像できなかったんだろうね。


「それでですね、彼女の手伝いをするので、私は王都に常駐しなければなりません。グリテン王国と周辺国家、それに冒険者ギルドの存続に大きな影響を与えますので……」

「それは……支部長を辞めるということか?」

「そうです、エリファレット準男爵閣下。私がエマ嬢――――もう王女様と呼んだ方がいいのかな――――の手伝いを(強引に)することは、(迷惑にも)国政に絡むことになります。(しなくてもいいのに)そちらに注力せざるを得ません」

「この村は発展を始めたばかりだ。そんな、いきなり……」


「ベン・ブリットン、いきなりじゃありませんよ。元々、私はウィンター村で起こっていた不和を解消するために送り込まれてきたんです。商業ギルドと代官側が和議を結び、発展の道筋をつけたことで、私の支部長としての仕事は終わりです。今後は、ウィンター村の独立性を脅かしていた王宮を恣意的に動かすつもりです。衛星都市が発展するのは必要なことですし、長い目で見れば王都の利益になります。共存共栄の道を歩みましょう」

「なんと……お嬢ちゃん……」

「後任は……どうなるのだ?」

「ティボールド・ヤングに辞令が出ています。副支部長はサイラスさんですね。はい、こちらが辞令です」

 淡々と言って、ティボールドに辞令が書かれた羊皮紙を渡す。ティボールドにしてみたら返り咲きの人事であって、意気揚々としてもいいところだけど、本人からはあまり喜んでいる表情は読み取れなかった。それどころか急に不安な表情を見せた。


「大丈夫、私がいなくてもやっていけますよ。赴任中の三ヶ月、その半分くらいはいなかったようなものですから」

 出張多すぎだったもんね。それを思い描いたのか、ティボールドの表情は落ち着きを見せた。


「なに、困った時は迷宮の入り口ホールで叫んで下さい。可能な限り助けに来ますから」

「何と言って叫べばいいんだ?」

 ベンの言葉に、私はワシントン爺さん、エリファレット、ティボールドの三人に、それぞれキーワードを伝えた。

「歴代の代官または領主、商業ギルド支部長、冒険者ギルド支部長として()()()登録されている三名が、同時に叫んで頂ければ呼応するようにしておきます」


「将来、黒魔女殿……を呼ぶ機会がある……と?」

「ない、と思いたいですね。しかし備えがあるのは……頼るものがあるのは……余裕に繋がります。無論、そんなものはなくても、お三方が協力してコトに当たれば、どんな難題も解消できるでしょう」

「枷、いや約定かのう」

 その通りです、と私は頷いた。

「王宮という外敵が存在したからこそ、三者はまとまりを見せました。その脅威が実質的に去った今後も、まとまりを見せる象徴は必要でしょう」


 私がそう言うと、ワシントン爺さんは苦笑した。釣られてエリファレットも、ティボールドも、この仕組みを知らせたことの意味を知ったようだった。

 三者は自己主張をしている分には本質的に相容れない。それを嫌でも実感させるシステムだもんね。性悪説で成り立っている世の中で、他者を信じることで円滑に運用されるものがあるなら、そうしたいじゃん?


「時々はこの村に来ますし、永遠の別れじゃありませんから」

「あ……」

 ベンが何かを言いたそうだったけど、それには助け船を出さなかった。

 こうして、冒険者ギルド、ウィンター支部長は、円滑に交代がなされた。



――――あとは宿屋とキャベツと電気兎かな。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ