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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ホムンクルスは魔導兎の夢を見るか?
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トンボ帰りの王都

新章であります。



【王国暦123年10月3日 13:52】


 朝一番の特急馬車をチャーターして、サリー、ジゼルと一緒にポートマットから王都へと移動した。

 道中の街道はガラガラで、物凄く馬車を飛ばしてもらった。


 五層に入った後、西方向へ向かう。王都の戒厳令は解除されて、検問もなくなったものの、やっぱり各所に混乱が見られた。迷宮に避難していた人は朝のうちに避難所の閉鎖を通告したから、今日中には元の住処に戻ることになる。結構な人数だったから、迷宮から五層に向けての流れはちょっとした洪水のようだった。


「結局、時間がかかっちまったなぁ!」

 特急馬車のゲテ御者ことサイモンは文句を言いつつも、ちょっと嬉しそうだった。その原因は、お土産に渡した海老だった。

「そうですねぇ。あ、海老は生で食べちゃ駄目ですよ?」

 殺虫も殺菌もしてないから、加熱して食べるのが基本。ポートマットでも夏の間は刺身が禁止されたし、お陰で酢で締めた鯖やトラウが人気に……って、それはいいか。


「そうか。実にゲテモノな感じだよなぁ、茹でると真っ赤に変わるのもなぁ! その一方で美味いときてるんだから、驚かせがいがあるっていうか、実に初心者向けだよなぁ!」

 この後、サイモンは王都にある、御者が使う宿舎で試食をするそうな。この、オガクズに包まれた海老は、今朝、養殖場から出荷されたもの。トロ箱の上に氷を載せて、貸し切りの特急馬車に満載している。ムル貝も冷却されて箱に入っている。カボチャだけは常温ね。こういう運搬は特急馬車本来の使い方ではないけれど……。

 まあ、荷物があるので、通常は冒険者ギルド本部前で降車となるんだけど、今回はロンデニオン西迷宮にある、商業ギルドの荷物集積所に先乗りすることにした。


「おお、これがポートマット産の海老……大海老ですか!」

 マールが四角い顔で大袈裟に驚いてみせた。大海老、とは言うけど、車エビくらいの体長十センチほどの大きさ。伊勢エビみたいなのはまだ知られてないのかしらね。


 サイモンが言っていたように海老はゲテ初心者向けのライト食材。

 ついでに言えばロンデニオンで食べられる海老の殆どは小型の川海老で、軽く乾煎りして食べたり、サラダのトッピングに使う。サラダと言っても温野菜だったりするんだけどさ。海老は死ぬと鮮度が著しく落ちるため、産地から遠い場所に出荷するという今回の企画は、ある意味では挑戦でもある。そんな訳で最初は試供品として、トーマス商店から王都商業ギルド本部へと納品することになっている。


 こういう交渉は通常ならトーマスかドロシーかレックスが当たる。けど、今回はジゼルが担当。サリーは、こういう交渉事には全く向かない。ジゼルだってサリーに劣らない仏頂面なんだけど、お届けをするだけなので問題はない。少なくともサリーよりはマシ、という判断らしい。

「もう、私は諦めました、姉さん」

 当のサリーは、交渉から外されたことで落ち込んでいるかと思いきや、すでに開き直っているみたいだけどさ。

「対人能力は少しは上げた方が騙されにくくなったりしてお得だよ?」

「えっ、私、騙されてますか?」

 うん、現在進行形でね。可愛いね、サリーは。


 荷物を降ろして、一部はエミーへのお土産に。海老の一箱は、『黄金虫亭』にお裾分けをしようと思って抜いておいた。残りはマールに納品した。

「ちょっと待ってて下さいね」

「おう」

 サイモンに待っていてもらい、エミーとラルフにお土産を渡すため、サリーとジゼルを連れて、迷宮に降りた。


 エミーたちは管理層で待っていた。

「お姉様、お早いお着きですね」

「そうだね、二日ぶり?」

 クスクス、と笑うエミーには、二日前の強行軍の疲れは見えない。ラルフも元気そうだし、若いって素晴らしいわね!


「で、これがお土産」

「まあ、お姉様……」

「小さい隊長、ありがとう」

「姉さん、私たちは? ここに居残りですか?」

 ジゼルが訊いてくる。

「えーとね、サリーとジゼルは冒険者ギルド本部に一度連れて行くつもりなんだ」

「じゃあ、お泊まりはどこか宿に?」

「ううん、迷宮に戻ってくるつもり。私は一泊したらウィンターかな」

「わかりました。夕食を作って待ってます」

 パアァ、と聖女オーラが展開されて、ライト・ザ・ブライトが怯んだ。



【王国暦123年10月3日 15:16】


 エミーとラルフに挨拶を終えると、三人で、馬車が待つ地上に戻った。

「というわけで、ゲテの聖地へいきましょう」

「おう!」

 サイモンは意気揚々と馬車を向けた。『黄金虫亭』は王都在住のゲテ愛好家の間では名店と評されている。知らない人はモグリ(ノーマル)とされる。どことなく元の世界の山っぽい名前のレストランを彷彿させるものがあるわね。

 ただまあ、普通に料理は美味しいのよね。時々チャレンジ精神に溢れた食材を使うってだけで。


「おや、久しぶりだね。今日は泊まっていくのかい?」

『黄金虫亭』の名物店員、赤毛のグリーンさんが私たちを迎えてくれた。

「いえ、いつもお世話になっているので。食材の試供品を持ってきたというわけです」

 要するに押しつけなんだけどさ。

「ふうん? これは……デカい海老だね!」

「ポートマットで養殖した、海の海老です。加熱調理が基本ですけど、あまり長時間加熱しない方が美味しいかも。殻は旨味が出るのでソースの材料になります」

「活用させてもらうよ!」

「一つ注意点としましては……。王都の商業ギルドにも卸すことになると思うんです。注文があればそちらにお願いすることになるかと」

「おや……じゃあ、この大海老がゲテじゃなく、一般に広まる食材になる可能性があるのかい?」

「その通りです。まあ、最初は絶対にゲテモノ扱いされますから!」

 私が確信を持って言うと、グリーンさんは満足気に笑みを浮かべた。



【王国暦123年10月3日 16:02】


 ゲテ食を堪能した後、そのまま馬車で冒険者ギルド本部へと向かう。サリーもジゼルも虫食に忌避感がなさそうなので、私とサイモンは同志が増えそうな気配に、内心でほくそ笑んでいたりする。


「本当に人が多いんですね……」

 ジゼルは、ウンザリした表情で言った。

「解除されたとはいえ、戒厳令の影響はあるよ。これでも普段よりは人が少ないもの」

「そうなんですかっ?」

 うんうん、と私とサリーが頷いた。

「そうか、細い嬢ちゃんは王都は初めてなのか?」

「私、そんなに細くないです。来たことくらいあります」

 サイモンの言に、ジゼルはぷぅ、と頬を膨らませた。事実、私の血液に感染しているから、見た目よりもずっと体重があるはず。


 四層に入る門には門番が二人いたものの、入市税を徴収するわけでもなく、門は開け放たれていて、事実上のフリーパスだった。実際にはこういう時こそセキュリティを上げなきゃいけないんだろうけど、混乱している騎士団にあって、門番担当を捻出出来ているだけでも褒めなきゃいけないかしら。


 三層に入ると、人通りはがくん、と減った。こちらの門番はちゃんと普段通りに機能しており、妙に職務に忠実な騎士団員が、固い表情で入門を管理していた。

「何も起こらなかったなぁ!」

 冒険者ギルド前の馬車乗り場に到着すると、サイモンが戯けながら言った。

「いえ、それが普通じゃないですか?」

 いつもと立場を変えた台詞を言うので、思わずツッコミを入れた。

「はははっ、特急馬車をご利用頂きましてありがとうございました。ほっほー、海老楽しみだなぁ!」

 私たちを降ろすと、ご機嫌なまま、サイモンは駐車場へと馬車を回していった。

 私とサリーはゲテ御者を毎回利用しているから慣れてるけど、ジゼルは目が点になっていた。いいね、呆気に取られる(体重の重い)細身少女って。



【王国暦123年10月3日 16:34】


 冒険者ギルド本部に到着すると、すぐに応接室に通された。

「皆さんお久しぶりですね」

 ブリジット姉さんは、私たち三人を見渡して言った。私はまあ、いいとして、サリーとジゼルは、以前初心者講習という名のブートキャンプに押し込んだ。その際の教官がブリジット姉さんだったわけで、二人ともビシッと直立したまま、なかなか椅子に座らなかった。

 一体、どんな講習だったのか気になるわね……。

 ちなみに、その時一緒に講習を受けた本部所属の冒険者たちは、同じく初心者ながら期待の星なんだってさ。

 硬直したサリーっていうのも新鮮だなぁ。ジゼルはよくレックスを見て硬直してる姿を見かけるから珍しくはないか。


「ククク……」

 キャロル副本部長は相変わらず私を視線で舐め回している。飽きないなぁ……。私の同型って色んなところで色んな影響をもたらして、色んな残滓があるんだなぁ。

「むう……」

 もう一人、ザン本部長は唸りながら私を正面から凝視していた。睨むとまではいかなかったけど、一昨日までの王都で起こった事件の殆どに関係している私が飄々としているのを見て、その心根を疑っている――――そんな視線だった。


「で、こちらがフェイ支部長からのお手紙です」

 ザンにフェイからの手紙を渡す。短文でやり取りせず、手書きの便りを渡してくるとは、フェイも古風だなぁと思う。でも、こういうのは書状の方がインパクトがあるものね。


 正面にいたザンがまず手紙を読み、隣にいる副本部長キャロル、本部長秘書のブリジットが、それぞれ回し読みをした。

「ドワーフの娘よ。お前としてはどうしたいんだ?」

「ウィンター支部長を辞任したく思います。暫くは王都に常駐しなければなりませんし、兼務は不可能です」

「常駐か。フェイの手紙には、可能な限り協力してくれ、と書かれているが……」

 私はフェイの手紙を見ていない。何が書かれているのかは知らないけど、まあ、悪いことは書いてないと思う。


「ククク……後任はどうするつもりですかねぇ?」

「ティボールド・ヤング副支部長の――――元鞘でいいと思います。サイラスさんもいますし、あと四~五名は一般職員が必要でしょうけど」

「そうだな……。あいわかった。ウィンター支部長から解任する。正式な辞令は後で届ける。それを自身で持参してウィンター支部へ行き、ティボールドにも辞令を渡してくれ」

「はい、了解しました」


 支部長なんて面倒な役職はやりたい人にやらせればいい。

 ティボールドは人望もあるし能力もある。意欲だけが足りなかったけど、これから発展する村と支部の長ともなれば、モチベーションを保てるというもの。懸念を取り除き、ウィンター村発展の足がかりを作った今となっては、私が支部長でなくとも運営は上手くいくだろうし。

 どこかそれは言い訳めいているのは自覚している。私は他にやりたいことがあるのだ。だから支部長とかやってらんないしー。



――――こうして、無事、私はウィンター支部長を解任された。





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