※五つめの最上級精霊
【王国暦123年10月1日 7:32】
《面倒だけど頼むわ。彼を助けてほしいの。お願いよ?》
そういえばファリスを倒した時も助命を懇願されたっけ。よくよく他人の命を預かることの多い一日だねぇ。
ウンディーネは人間っぽく――――土下座をして、マッコーを殺さないようにと、恐らく精霊として最上級の懇願をしてきた。
本来、精霊に性別はない。だけどノームは明確に爺さんだし、ライト・ザ・ブライトは妾だし、ウォールト卿は元領主だし、シルフはオカマだ。ウンディーネは水姫の元ネタになっているくらいなので、これも女性型をしている。
「うん、そうしたいのは山々なんだけど、ウンディーネを分離したい。敵性人物が最上級精霊を侍らせているとか、恐ろしくて夜も眠れないわ」
《最上級精霊を四つも使役するなんて面倒なことをする貴女に、怖いモノなどないでしょうに?》
「ううん。天井から計画通り水が落ちてきていたら、もっと苦戦していたと思うよ。怪鳥じゃなくて最初に水攻めをやっておけばよかったのに。というか、海神もこの空間で出すべきだったんじゃないの?」
《貴女がくるのが早すぎたの。ううん、時間がなくて面倒だったのよ?》
要するに後手後手に回っていて、結局戦力の逐次投入だなんて愚策を採らざるを得なかったんだとさ。ハードウェアだけは準備できたけど、作戦なんかを立てる余裕はなかったらしい。
「ふうん。だけど精霊と契約者を切り離すには殺すしかない、って聞いてるよ。不死者にしちゃった方が管理が楽なんだけど?」
《彼は面倒だけど……離れたくないの。離れたら私も存在が消えてしまうわ?》
「それはつまり、自由契約となったウンディーネは、私と契約するつもりはないと?」
《契約主を変えるのは面倒だわ。彼と添い遂げるつもりなのよ?》
いやまあ、確かにさ、ウンディーネってそういう伝説あるけどさ……。浮気すると殺しにくるとか。それでマッコーが独身とかなら浮かばれない話だなぁ……。精霊とは性交渉できないもんな……。
いや、可能か。
ぶっちゃけ、そういうアバターを作ればいい。そのことをウンディーネに伝えると、露骨に食い付いた。主が昏倒している間に精霊を懐柔しちゃう私ってゲスいわよね~。
《なら、少し面倒だけど……他の精霊が最上級になればいいわ》
「そういうこと出来るの?」
ウンディーネも、私の中にいる精霊たちも、可能だ、と言った。要するに他の水精霊に立候補してもらって、それに委譲してしまえばいいんだとさ。ブライト・ユニコーンが聞いたら小躍りしそう。
私は『道具箱』から海神を取り出す。石槍ごと飲み込んでいたから動けないまま。一緒に取り込んでいた水精霊たちも活性化を始めた。
《面倒だけど、後継者を募るわ~?》
《……ざわ…………》
《…………ざわ……》
ウンディーネが宣言すると、水精霊たちがざわざわ言い始めた。分裂、合体を繰り返し、一つの意思が伝わってくる。
《……………………?》
名前を付けてくれ、と言われたので、安直に『ネプチューン』を提案する。ちなみにネプチューンがローマ神話で、ポセイドンはギリシア神話ね。聖闘士星矢的に言えばポセイドンは正しいけど、ネプチューンは微妙に違うかなぁ? どっちも海神で同一存在だけどさ。
《……………………?》
どうやらこの世界にもちゃんと海の神様の神話っていうのはあるらしく、男神の名前だと知るや、精霊に拒否された。ってことはトリートーンも駄目か。
「ではアムピトリーテーは?」
《……………………?》
長すぎるらしい。トリトンの妹、ロデーだと、黒豹に名前が似ちゃうなぁ。
「テーテュース、はどう?」
《………………!?》
何か喜んでる。いまだ意思の疎通は念話しかできないけど、そのうちに饒舌に話し出すわよね。テーテュースは六千人の水関係神様のお母さんだっけか。この世界に、そういう神話があるのかどうかは怪しいけれど、名前が出す音の響きにはきっと意味があるに違いない。
「よし、じゃあ、それに決めよう」
――――水精霊テーテュースと契約しました
――――スキル:精霊魔法(水)LV10を習得しました
「うん、よろしく」
テーテュースが実体化する。少女を模したウンディーネとは違って、豊満な女性の姿だ。半透明なのは同じだけど、包容力がありそう。わざわざ年増の格好なのはどの年代をターゲットにしているのか……。
《………………!?》
怒った。やはり女性に年齢のことを訊くのはタブーなのね!
【王国暦123年10月1日 7:40】
マッコーの意思がどうなのかを確認しないままコトが進んでるけど、この流れを黙認している辺りが、私のお人好しなところなんじゃないかと思う。何だかんだと本気で頼まれると断れないわよねぇ。
ウンディーネの意志は直接私に伝わってくるわけで、異種族どころか人間を愛する『意思を持った魔力』の気持ちが本物だと感じられるから。
それがいわゆる男と女なのか、子供や孫を見守る気分なのか……そこまではわからないけど。
昏倒したままのマッコーを見ると、確かに精霊魔法のLVが9に下がっている。自己レベルダウンが可能だっていうのが面白いけど、精霊は自由な存在なのかもしれない。それこそ、愛を語るほどに。
マッコーにも耳の後にインプラントは挿入済みで、インプラントに記述された魔法陣も発動済み。これで『私が復帰させた迷宮』を大好きになってくれたわね。即席で作った割には高性能インプラントだと思う。
他にもセーフティー機能を付与しておいたけど、これは保険みたいなものね。
さっき、さりげなく頬に触れたのは母親の優しさを見せたわけじゃなくて、その指先はじんわりと耳の後に穴を空けて、挿入後に光系『治癒』も施していたのよね。わざわざ発動キーワードを宣言した『魔力吸収』で昏倒させたマッコーを支えたようにしか見えなかったはず。
何で、そんな面倒な演技までしているのかというと、『使徒』は実際に見たり、聞いたりしたことじゃないと、地上? のことを調べられないだろうから。つまり、内心で思っていることや、見えていないだろうことにはまるで反応しない。そして、恐らくは、インプラントの内容を額面通りに受け取っている。もっと言えば、既に私が何をしようとしているのか、理解できていないのかも。
まあ、今のところは『使徒』も五月蠅く言ってこないから、ここで私がマッコーを処理するのかどうか、それだけを注視しているのかも。見逃されたかどうかは油断はしない方向で考えたいけどさ。
元々、『使徒』同士の陰険な内輪もめを処理してるだけなんだから、私に責任を押しつけるなって話よね。喧嘩するなら雲の上でやってほしいわ。
ところで『迷宮を大好き』になってもらうインプラントの効力自体はあまり強くしていない。『使徒』の目を盗んでの計画だということもあるけど、施された人間の言動が激変してしまえば、違和感から周囲に気付かれてしまう。『魅了』というよりは誘導に近いのよね。
それに、こういうのは個人に崇拝が向けられるより、概念として存在するものに向けられた方がいい。私が王族とかなら王宮をそういう対象にするんだろうけど、人が人を管理するために作ったシステムよりは、明らかに人智を越えた存在に向けた方がいい気がしている。
これが最適解じゃないのはわかってるんだけど、上手くいけば百年二百年は継続できるんじゃないかと思うから。
もう一度マッコーを見下ろす。
二人の聖者と共にマッコーは政変を企てた。
その端緒であるスチュワートの暗殺は失敗して、まだ死んでいない。だけど第一継承権を持つデイヴィットは死亡、末弟のシャロンはラルフの腹の中。アベルは醜態を晒し、ダニエルは傍観を決めている。政変が成功したのか失敗したのかは判然としないところだけど…………。それも私がスチュワート、アベル、ダニエルを救助しちゃったからで、これはマッコーたちが望んだ結果とは言えないと思う。
つまり、彼らの目標達成には道半ばであるわけで、どうせなら進めてもらおうかと。
元々、マッコーたちはエミーを立てようとしていたフシがあるし、それは私の目的でもある。もちろん、女王様になれば身の安全が確保できると断言できるわけじゃないけど、周囲を固めた上での戴冠なら歓迎したい。
エミーが隠遁生活を送っているのは暗殺の危険性があるからだし、その対応に私が常時付き添うには――――私には時間がない可能性があるから――――どうにかして私抜きで回るような仕組みを作っておきたい。
次世代を考えて行動しなきゃならないなんて思うのは、私の心にある枷みたいなものだけどさ。
「ウンディーネ、この二人に伝言をお願い。『企てていることが完遂出来ていないのであれば、まずそれを遂げるように。今回のことで関係者になった人たちが何人かいるから、そのものたちの不利益にならないようにしてほしい』と」
《面倒だけど承るわ?》
「うん、じゃあ、いこっか。海神は置いておくよ。怪鳥の方は修理してまた持ってくる」
管理階層はこの地面の下――――建物があった場所の地下にあるらしい。ハッキング対策にセキュリティレベルも上げるには、携帯サーバと接続して、最新バージョンの『めいちゃん』にアップデートしておかなければならない。最低限の整備は必要だろうし、人工魔核に魔力の補給も必要になる。
私はウンディーネに手を振って、管理階層を目指した。
【王国暦123年10月1日 7:51】
通常の迷宮といえば階層がちゃんとあって、その階層ごとに特色のある魔物が配置されていて、冒険者などから余剰魔力を吸いとって運営をしていくもの。
だけど、この迷宮は些か趣が異なるようで……。
球体の内壁を、中央から北方向、つまり外側に向かって歩いた。建物に入ってすぐ、違和感に襲われた。
「なんか変……」
デジャブというか、経験したことのある、この違和感は……。ビックリハウス? いや、ロンデニオン西迷宮の『殻』で最近経験した……。
ああ、そっか。天地が九十度ずれてるんだわ。
建物を入ったところはどうやら屋上で、奥に入ってみると、そこは階下だったと。
何でこんなことになってるのかは不明だけど、三つめの部屋が管理層になっていて、すぐに人工魔核には触れることができた。ちなみに設備そのものはちゃんと天地が合っているから、ますます違和感が増している。
「何となく……例の宇宙船関連のような気がする」
これも要調査だけど、とりあえず携帯サーバと繋いで、アップデートを実行することにした。
その間に、この迷宮について調べてみたものの、殆どの期間を休止していたようなもので、得られる情報は余りない。せいぜいが全体図くらいかしら、判明したのは。
「外殻が先にあって、元からあったシステムを上書きして迷宮で稼働するように調整した……って想像は出来るけど……」
どうにもわかんないことだらけで、きっと――――これは永遠にわからないままなのかも。もう一つ想像できたのは、建物の天地がずれていることから、元々、建物は球の内壁に沿って建てられていたのではないか、と。
これで大型の砲でも設置されているのなら、某アルテミスの首飾りとかイゼルローン要塞とか、そういう衛星軌道上に配置されていた……だなんて銀河の歴史が一ページ増えちゃいそうな防衛施設だったんだろうけど、特にそんなこともないので、単に宇宙ステーションかスペースコロニー的なモノだったんじゃないかと。
それがどうしてロンデニオンの地下にあるんだ、というツッコミに対しては、解答なんか出ない。
「謎よね……」
この構造物の由来については、ちょっと置いておこう。
アップデート完了後、紛らわしいので、ここのシステムは『キュウちゃん』と名付けることにした。
「スライムたちは球の中に降下、そこで待機。お城の外壁は最低限の防御魔法に変更、迷宮は省力モードへ移行せよ」
『リョウカイシマシタ、ますた』
うーん、スペックの低いパソコンに高機能OSを入れちゃったような、機能を制限しないとちょっと使えなさそう。
いずれにせよ、一度戻って、『黒魔女』として魔導コンピュータの入れ替えを念頭に準備してこないと駄目かしらね。元々、ノックスとロンデニオンに何をしにきたのか……といえば召喚勇者の暗殺が目的だったんだけど――――。
「何故か迷宮を整備するハメになっているでござる……」
もう、各地の迷宮を復旧させるために、私はここにいる……んじゃないかと達観するくらい、既にベテランの域よね。
【王国暦123年10月1日 8:33】
迷宮から出ると、エミーに連絡を取った。
エミーの方は、スチュワートとアベル、重篤患者をファリスに預けて、一度ロンデニオン西迷宮へと帰還途中だそうな。
で、重要なことがスチュワートから王令が宣言されたんだと。
「うーん……」
『スチュワート王が、私を王位継承者第二位として認定、略式ながらその場にいる面々によって承認されました』
うん、これはマッコーたちの計画に沿ってるわよね。ちなみに継承権一位はアベル。第三位がノクスフォド公になるんだと。ずいぶんスッキリしちゃったわねぇ。それでもスチュワートの実子はまだ残ってるのよね。
アベル以外では、大陸に嫁いだとされる第一王女マティルダ、ポートマットで庭園造りに勤しむ第二王女オーガスタ、ポートマット領主に嫁いだヴェロニカ。
第三騎士団団長のダニエル、ポートマット西迷宮冒険者ギルド出張所、副所長のエドワード。
この五名が生き残って、それぞれ王位継承権を放棄している。王位に興味を示す人物が少なかったということもあるだろうけど、死にたくないだけだったりするのかもね。
継承権二位というのが貧乏くじである可能性もあるけど、エミーを永遠に迷宮に閉じ込めておく訳にもいかないし、これはエミーの望みでもある。
せめて、最大限のサポートをしようと思う。
――――エミー戴冠まであと一歩。
 




