夢幻のファリス
【王国暦123年10月1日 2:36】
ファリスが持つ半透明の剣はかなりの重量らしく、一回振り切ると連続では来ない。その代わり、グルン、グルンと肩を回して、曲線軌道で振るわれる。引き戻しのモーションがバックスイングになっているから、かなり理に適った剣技だと思う。
ラケットスポーツならね!
再び距離を取る。ファリスの構えは小楯で自分の体表面を隠し、その背後に剣を握っている。盾は視線誘導も兼ねている。
「…………」
ゆらゆらと揺れる盾を無視して全体像を把握するに努める。
つまるところ、全身の筋肉を使わず、肩から振ることで出所を見にくくしているわけで、それこそラケットスポーツなら「手打ち」であって、本来は威力が出るものではない。
でも、半透明の剣そのものの重量があるので、当たればかなりの威力になる。何度か短剣で受けることになったけど、その衝撃は刃物というよりは鈍器で、刃もそれほど鋭いものではない。何故なら、あまり鋭角にしてしまうと、(あの剣の素材がダイヤモンドだとしても)想定外の亀裂から割れてしまうから。あれが一つの結晶から削り出されたものでも、見えない亀裂はあったりする。じゃないと、研磨以外でダイヤモンドの加工なんてできないもんね。
短剣を主武器にする私、『ラーヴァ』からすると、この出の速い鈍器、場合によっては切れる……という半透明の剣は、相性が最悪に近いかもしれない。
「これほど剣を防がれたのは初めてだよ……」
距離を取ったついでに、ファリスが嘆息のように言葉を漏らした。
そして息を整え始める。
私は受け答えをすることが隙を見せてしまい、相手に情報を渡すだろうと判断して、黙り込んだまま。
変化に富むファリスの剣筋だけど、動きには慣れてきた。同等の剣があれば押さえ込むことは可能だろう。
あの重量を、細剣が受け止められるかどうかはわからない。短剣も、しっかり保持していても刃が欠けてしまう。
大事なことは、十分な体勢で剣を振らせないこと。
「――――」
『死角移動』を発動、瞬間移動がごとくファリスの背後に回ろうとする。
「ッ!」
も、読まれていた。ファリスは手首だけで剣を振るう。その動きを起点に半身を翻し、一歩を踏み出し、クルッと剣を小さく回して加速をつけて、横薙ぎに振るう。
その剣を細剣で受け止める。
剣の太さからすると受け止められる筈がないんだけど、ショックアブソーバー付の細剣――――高周波ソードは、少しだけ剣を引いて衝撃を柔らかく吸収して、見事に受け止めた。
そして、最適な周波数を得るために魔道具部分を稼働させる。
キイイィィィイイイイイ
「うっ?」
細い剣で大きな半透明の剣を受け止めた違和感と、その細剣が得体の知れない武器であることに危険信号を感じたのか、ファリスが一歩引く。
剣を合わせたまま、私は一歩進む。
ファリスは何と、引いたフリをしていて、もう一歩踏み出して、私の右足を踏んづけた。
「!」
踏ん張りが利かなくなる。ここでファリスは体ごと剣を押し出した。
私は死角になる下方から短剣を振り上げるも、ファリスの小楯で防がれる。
キョン、と小さな魔法陣が光るのが見えた。これは魔法盾だ。
しかし、ファリスの変幻自在の剣技――――肩を使ってるように見えて、細かな軌道修正を手首で行う――――を覚えた私は、左手の短剣をスルリとファリスの懐に入れる。
「たっ」
小さく傷付けた。感触からすると、肘の近く……籠手の隙間……を。
ファリスは盾を自分の体に引き戻し、短剣を挟んで打撃する。
「でっ」
絶妙な角度での打撃に、短剣を放して左手を引き抜く。
下方に体重がかかり、ファリスは体を押しきって剣をさらに細剣に押しつけてくる。
知ってか知らずか、衝撃吸収部はヤワだ。このままだと負荷がかかり、そこから細剣が壊れてしまう。しかし力を逃がすには下方に過重が掛かりすぎている。
ここで私は空いた左手でファリスの盾を掴むと、
「ふんっ!」
勢いよく後にブリッジした。
「なっ!?」
そのまま背後に投げ捨てる。
得物の長さを考えるとファリスは体勢を崩さざるを得ない。
ドチャッ、とファリスが着地した音を聞いてから、ブリッジの勢いを利用してバク宙をする。細剣はここで手放した。
「――――」
宙に浮きながら、両の前腕部に『光刃』を付与する。
あれ、ファリスがいない?
「うがああああ」
ファリスは剣を支えにして、そこで踏みとどまり、腹筋を使ってエビのように反り、盾も手放して、両腕で半透明の剣を握り――――まるでバレーボールのアタッカーのように――――私の真上から振り下ろした。
咄嗟に両腕を交差させて頭の上に置く。
ギン!
いでえええええ!
『光刃』で保護されているとはいえ、半透明の剣は威力があった。
ダン!
私の体が石畳に叩き付けられる。
幸いにも足から着地できて、膝を使って多少は衝撃を和らげることができた。
手首の上の骨―――尺骨? が折れてるかも。しかし神経は繋がっている。こいつ……動くぞ!
半透明の剣が鈍い刃なのを利用して、交差させた手をさらに剣に絡める。
ガッチリと剣を掴み、ジンジンする足に涙しながら中腰で立ち上がる。
「ぐぬぬぬ……」
真剣白刃取り……ってほど格好良いものじゃないけど……!
グルッと剣を捻って、私も体を捻り、後ろ足でファリスをキック。
ファリスは蹴られる前に自分で剣を放して後に飛んでいた。
いい反応だ!
軽く吹っ飛ばすくらいの攻撃しか加えられなかったけど、厄介な剣は取り上げた。
ここは攻め時、と追撃をかける。折れた骨は後でくっつけよう。今は、このイケメン騎士を戦闘不能にすることに注力よっ!
半透明の剣を後に投げ捨て、左腕を前に出して振りかぶる。前腕部を手刀として使う。
膝を突いたファリスは腰をグッと溜めた後、シュン、と右手を振り抜いた。
スパッ、と擬音が見えるくらいに見事な居合い斬りだった。
なるほど、元々ファリスは居合い斬りが得意で、半透明の剣の技は、その延長線上だったのか。
妙に納得した私だったけれど、スパッと切れたのは私の左腕だ。
前腕部からスッパリと、肘の先がなくなっていた。
いい狙いだ。腕も見事、必殺のタイミングだった。直剣でやる技じゃないから、速度なんか出ないだろうに、ここまでの成果を得るためには修練が必要だったに違いない。
しかし、私が斜に構えていたのが災いした。その剣はいつか使うんじゃないかと思って、長さを測っていたのだ。
一度鞘から抜いた居合いの剣は、もはや脅威ではない。
容赦なく右手を貫手にして、ファリスの左肩を貫いた。
「ぐあっ!」
激痛に声を上げながらも、ファリスはまだ諦めていない。振り抜いてしまった剣を逆手に持ち替えて、懐の私を、自分もろとも突こうとしてくる。
「――――」
ファリスの右腕が振るわれるのを、二の腕だけになった左腕で――――。
「――――」
『強打』を発動。殴るようにして止める。
スキル『強打』は肉弾戦であっても適用される。ただの拳が凶器になるほどに。骨がファリスの二の腕――――あら意外と逞しい――――に突き刺さり、剣が突かれることはなかった。
腕部分には鎖帷子があったけれど、それさえも突き破る威力。美しい切り口だった私の腕はグチャグチャ。ファリスの右腕もグチャグチャ。
ファリスの肩に突き刺したままの右腕を折ってファリスの体を引き、私は体を反転させて、腰で腰を持ち上げる。さっきは巴投げっぽかったけど、今度は綺麗な一本背負い。
「ウオオオオオ」
観衆から歓声があがる。
美しく舞うファリスの体躯。
密着する体からは、血と…………ちょっと男の……良い匂いがした。
私の女の部分を刺激してやまない匂いを振り切りつつ…………無慈悲にも石畳に向かって、勢いよく投げた。
バン!
「かっはっ」
如何にミスリル銀の鎧が頑強でも、中の人間は水分の塊。
石畳に叩き付けられたファリスは、肺から空気が抜ける音を発して、その体で石畳に人型の刻印を作った。
ふっ、兜を被っていなかったら即死だったわね!
ズボッ、と右手を抜くと、前腕が真っ赤に染まっていた。まだ『光刃』は付与されたまま。
貫手を手刀に変えて、ファリスの首元に添える。
「う……うう……」
あら、意外にタフですこと。一瞬の気絶から意識を回復したファリスは、ボンヤリとした顔で私を見上げた。アンニュイでそそる表情ね。
「私の勝ちだ」
ちょっと尊大な言い方をしておく。
「そ……のようだ……」
おお、弱ったイケメン……。美味しそうだなぁ。
止めを刺すポーズをしたところで、騎士団員たちが叫んだ。
「どうか、どうか団長を!」
「お助け下さい!」
「団長を殺さないでくれ!」
「団長の代わりなどおらん!」
「自分が代わりになる!」
おおう、良く訓練された部下達ですこと。助命嘆願を、当のファリスはどう思うのかしら?
「敗者はどうしたい? 死にたい? 逝きたい?」
「……………貴女様のお心のままに」
私の質問にファリスは殊勝な事を言い、熱っぽい瞳で見つめてきた。
やべ、何だ、フェロモンでも撒き散らしてるのか、この騎士団長は……。
私は体を離した。
「治癒魔法を持つ者は手当てをしてやるがいい」
そう言いつつ周囲に気を配る。こういう時に狙撃とかされるのはお約束だもんね。ファリスが意図していない善意の他者が攻撃してくるかもしれないし。
「恩に着る」
これまで多くの騎士団員たちを屠ってきた私に、彼らは矜恃を曲げて懇願し、受け入れた私に謝意まで述べた。ファリスに全てを託し、それによって蟠りはない、と納得しているってことかしら。
駆け寄ってきた騎士団員たちが治癒魔法を使い始めた様子を確認してから、私も落ちていた左の前腕を見つけて繋げる。
「――――」
こうも頻繁に落としたり繋げたりしてるものだから、左右の腕の長さが安定しないわね。革鎧も肘の部分から落ちちゃってるから直さないとなぁ。
「団長、持参しました!」
門の奥から、一人の騎士団員が………花束を抱えてきた。夜なのに萎れずに……? なんて違和感を持ちつつも、騎士団員は軽く治療を受けて立ち上がれるようになったファリスへと花束を渡した。
ファリスはボロボロになった体で跪き、片膝を突いて、その花束を私に捧げるように掲げた。
ナニコレ……?
「勝っても負けても、求婚するつもりでおりました! どうか、私、ファリス・ニコライ・ブノアと結婚して下さい! 私だけの姫になって下さい!」
この結婚してくれ兄弟め………。
今まで死闘を繰り広げていた相手にプロポーズするっていうのはどういう感性なんだろうか。この世界だと当たり前なの? 男一匹ガキ大将的な? さわやか万太郎的な?
パスカルはグラスアバター状態の私に、ファリスは『ラーヴァ』の私に、それぞれ求婚している。それが何となく私の外側だけを見ての好意じゃなかろうか、と訝しみ、不機嫌にもなる。その意味ではオースティンだけが黒魔女の私に求婚しているわけだけど、それも一面だけを見てのことだろうし、あの人は自分より強ければ何でもいいような気もする。
「………………」
ジッと見つめる私。
「………………」
ジッと見つめ返すファリス。
「………………」
ゴクリ、と息を呑んで見守る騎士団員たち。
「………………!?」
その静寂を打ち破るかのように、タロス03の周囲に展開していた『聖領域』の強度が高まった。
エミー様がお怒りでいらっしゃるようだ。
何となく、これが私の結婚できる、最後のチャンスのような気もする。モテ期はそんなに長くないのだと自覚がある……。
ファリスは私を見つめたまま、ポーズを崩さない。
花束は、見れば丁寧に布で作られた造花だった。深夜に花束なんておかしいと思ってたのよね。こう言う時に造花を贈るっていうのはどうなんだろうか、と思いつつ、私は花束を受け取った。
「おお………」
「おおお………」
ファリスの感激した顔、騎士団員たちの安堵の声。
しかし!
私は花束でファリスを打ち付けた!
これはお約束というやつだから!
「あうっ」
その恍惚の表情を、私は忘れないわ。
――――自分、悪役ですから……。