魔術師ギルドの女
「……ん…………」
「気が付きましたか?」
私が落ち着いた声で話し掛けると、ミネルヴァの目に力が戻っていく。
「……ここは……?」
あくまで善意の第三者を装ってみようか。
「王城の一つ、ウィザー城の近くの丘ですよ。貴女はここで倒れていたんですよ」
うん、嘘はついてないな。
「……そうか……。私は……」
「何があったんですか?」
うん、自分で言うのもなんだけど白々しい。
「……わからない。……魔法を撃ったら爆発して……」
あれ、この娘……誰かに話し方が似てるような……? まあいいか。
「そうなんですか……。気をつけないといけませんね」
「……あ? ……ああ……。……全くその通りだ。……汗顔の至りというやつだな」
面白い表現をするなぁ。もしかして転生者か召喚者なのかな……。ユニークスキルはなかったよな……。
「……娘……君が私を介抱してくれたのか?」
「ええ、まあ、一応そうです。採取をしていたら音がしたので見に来たんですよ」
爆発させた要因を作ったのは私だから、一応の責任はある。引き金はそっちだけどね。火系使うとは思わなかったし。
「……そうか、礼を言うぞ。……私はミネルヴァ。ミネルヴァ・キリアムという。……王都で魔術師をやっている」
「へぇ」
私は同意とも感嘆ともつかない声を出す。キリアム……名字の方は偽名か、そう名乗っているということだ。
「……娘、君は?」
「採取で日暮しの、単なる冒険者でございます」
嘘は言ってない……はず。
「……そう、なのか? ……魔力はものすごく強い気がするのだが?」
「いえいえ、多少の嗜みとしては使えますけど、まだまだです」
「……いや、高名な魔術師に教えを受けたのではないか? ……君の魔力はとても真っ直ぐだし、整えられている。……魔力を抑えているようにも見える」
さすがは魔力感知LV3といったところか。馬鹿じゃないってことか。魔力が真っ直ぐとか、表現の一つなんだろうけど、そういう風に見えるものなのか。
ああ、魔力で物事を判断する人向けの偽装に、ミネルヴァからコピーしたスキルは使えそう。
ちなみに私の攻撃魔法スキルを高めてくれた、つまりコピー元は、件の魔法使い勇者と共に、ウィートクロフトと言う、放浪の魔術師だ。一応所属は王都冒険者ギルド本部なんだけど、どこで何をしているやら。
「そんなことはありませんよ。ささ、まだ横になっていてください」
起き上がろうとしていたミネルヴァの肩を抱いて、そっと地面に戻す。ミネルヴァは少し抵抗したものの、私のドワーフ力には敵わずに従う。
「……ふう……」
「それにしても、何故こんな場所で倒れていたんですか?」
「……ここは迷宮の入り口だ」
前言撤回、馬鹿だ。それとも魔術師ギルドがここの管理をしていると公言でもするつもりだろうか?
「えっ、こんな何も無いところが、ですか?」
「……あ」
ミネルヴァはしまった、という顔をした。エルフとダークエルフのハーフっていうのは、この二種族の仲がよろしくないので、かなり珍しい部類だ。端正で怜悧な印象のあるミネルヴァだけれども、表情は割とコロコロ変わって読みやすい。
「……いや、まるでこの辺りの地形が迷宮のようで、迷ってしまってな」
嘘も下手だなぁ……。そんな嘘、ドロシーやカーラだって騙せないわよ?
「そうなんですか……大変でしたね」
見通しの良い丘しかない地形で迷ったことにしておくか。
「……あ、ああ。……そうだな」
ミネルヴァは地声が低くてハスキーなのでちょっと色っぽい。加えてちょっと馬鹿。これはモテ要素が凄いな……。男性はこういう女に弱そう。惜しいところといえば、かなり痩せている点か。ガリガリ、とは言わないまでも、いわゆる女性らしいふくよかさが圧倒的に足りない。元の世界なら……声優で大成したかもしれないが!
「じゃあ、さっきの音は魔法だったのですね」
「……え? ……あ? ……ああ」
魔法を使って爆発を起こした、というのは起きがけに混乱しているミネルヴァ本人が言っていた。思考誘導(そんな大袈裟なものじゃないけど)のために私から確認する。
「あんな大きな音を立てるなんて。ミネルヴァさんはすごい魔術師さんなんですね!」
ニッコリ。
「……え? ……ああ、そう……。……そんなことはない」
一瞬褒められて頬が緩み、上には上がいることを思い出して自戒して謙遜。うわ、わかりやすいなぁ。
「そんなすごい魔術師さんのミネルヴァさんにも、いまは休息が必要なように見えます。魔力回復ポーションがありますが、飲みますか?」
さ、グイっと一本いっとけ。
「……今は手持ちはないが……」
「困っている人からお金なんて受け取れません。さ、どうぞ」
そう言っておいた方が後のバックは多くなるもの。恩は売れる時に売れ。トーマスの薫陶の賜だ。
「……ありがとう。……いただくよ」
ミネルヴァを支えて起こし、紫色の妖しい液体を飲ませていく。すぐに魔力が戻るわけではないけど、しばらくすれば行動に支障がないくらいには動けるようになるだろう。
言質を取ったわけじゃないから確証としては曖昧だけど、このミネルヴァは迷宮の様子を見てこいと指示されてやってきたのは間違いない。入り口を掘られたかどうかは、ミネルヴァ自身が破壊したので証拠はない。それも修復済みとなれば、調査隊を非難する理由も薄くなる。確かに調査隊は侵略者ではあるけれど、先に攻めてきたのは魔術師ギルドの方なわけで、痛み分けと言えなくもない。迷宮に勝手に侵入されて素材を持ち出されることも黙認せよ、それでポートマット側は我慢してやるぞ、と上から目線ではあるけど。
すでにこの迷宮の存在は冒険者ギルドの支部長クラスには周知されているわけだし、有用な素材が採れると判断できれば、魔術師ギルドの思惑など無視して、各支部から攻略隊が押し寄せるだろう。
ここで魔術師ギルドからポートマット支部への過剰な接触や抗議は、迷宮が有用だと吹聴してしまうことになる。だから―――魔術師ギルド側としては、調査隊を黙認しなければならない。
とまあ、そう上手くいくかどうかはわからないけど。
「……ありがとう、もう大丈夫だ。……歩いて戻れる」
ミネルヴァは緩慢な動作で起き上がる。だけどふらつく。大丈夫じゃなさそうだなぁ。
「どこまで戻るんですか?」
転移魔法陣が近くにあるのかもしれない。内心を隠しながら、心配そうな顔をミネルヴァに向ける。
「……ウィザー城」
ん? そっちに戻っちゃうのか。ということは、迷宮から外部への転移魔法陣は全て潰したと見ていいのかな? ウィザー城と迷宮下層の直通の転移魔法陣しかないとか?
「それなら途中まで送りますよ」
「……君は本当に親切だな……」
「弱ってる人を放ってはおけませんよ。お城にお知り合いでも?」
殊勝なフリをしてさりげなく質問する。
「……ああ、そこから来たんだ」
ふむ、つまり、ウィザー城と迷宮下層には直通の転移魔法陣があるのね。確定ね。それに、迷って倒れてたっていうミネルヴァの言い訳と齟齬が出来てるんだけど、気付いてるんだろうか。方向わかってるなら迷わないだろうに。
しかしなぁ、魔術師ギルドも、こんなヌケ作を調査隊の監視に送らなくてもいいものを。もの凄く情報漏洩してるんですけど……。
「そうなんですか。あ、肩貸しますよ」
すまない、と肩を貸して歩き出す。私が迷わずウィザー城の方向へ向かったことも気付いていないようだ。
「……いつかこの礼はする。……どこに行けば君に会えるだろうか?」
「礼など不要です。困っている人を助けた。ただそれだけでいいんですよ」
合掌する仕草を見せる。肩を貸しているのでフリだけ。
「……聖教徒か。……立派なのだな」
善意が身に染みるのか、ミネルヴァは少し涙ぐんでいる。騙されやすいなぁ……。エイプリルフールとか大丈夫かね。ツチノコ出たって毎年スネ夫に騙されてるんじゃないかね? って、こっちの世界にもあるのかなぁ。
しばらく歩くと、ミネルヴァの足取りも戻ってきて、身体を離す。小さな丘を越えると、ウィザー城のシルエットが見えた。
「じゃ、私はここで失礼します。もう大丈夫ですね」
「……せめてお城で……」
「いえ、実は人を待たせているもので。急ぎ帰らなければならないのです」
少し困り顔でウィンクをしてみせた。ウィンクが通用するかどうかはわからないけども、ミネルヴァは頷いてくれた。っていうか、ミネルヴァはウィザー城の主でも何でもないのだから、もてなす事態になっても何もできまいて。そんなところに連れ込んでどうするつもりなんだか。
「……そうか……。……本当にありがとう。……君がいなかったら死んでいたかもしれない」
まあ、火傷を顔に負ったまま、将来的には皮膚移植をして医者を目指していたかもしれないね。モグリだがね(ニヤリ)。
「……では、またどこかで」
本当にお礼をしたいのならしつこく所属先を聞いてくるものだけど、ミネルヴァにしたら、近隣の冒険者ギルドに問い合わせれば済むことだろうから、敢えて聞かなかったのかもしれない。それに、お礼とか、ミネルヴァが漏らした情報だけで十分元を取っているのだから、私には不要なのだ。
ミネルヴァは合掌はせずにお辞儀をした。聖教とは違う宗教なのかな。それとも単に、元の世界の日本式? ま、どっちでもいいか。
ミネルヴァと別れて、やや急ぎ足で合流地点へ向かう。
冬の太陽は傾くのが早い。夕方になろうとしている。
「―――『風走』」
十分距離を取ったところで風走。速度アップで更に急ぐ。ほぼ一日、調査隊から離れてしまったから、セドリックたちが心配しているだろう。
心配させて悪いことしたな、と思っていたところで、ベッキーから連絡が入った。
『大丈夫? 想定外の事態があったと聞いたんだけど?』
「大丈夫です。今は合流地点に向かっています」
ベッキーによると、エドワード組三人は先にポートマットに戻っているとのこと。セドリックとクリストファーが元ワーウルフの巣で待機していると。
「そこに支部長、いますか?」
『いるわよ。かわる?』
「いえ、どうせ後で報告しますので」
走りながら、ニヤリと笑う。手鏡の向こうにも表情は伝わったようだ。
『わかったわ。とにかく無事なのね』
「はい、セドリックさんたちと合流して、ただちに帰還します」
『了解、待ってるわ。母も毎日心配してるわ』
ううっ、老婆が心配して、家の中と玄関前を往復する様を想像すると、罪悪感で涙が出そうに……。
「わかりました。なるべく急ぎます」
そう言って通信を切り、さらに加速した。
太陽が西に沈む直前に、私はセドリックたちと合流した。
「お嬢ちゃん! 心配したっす!」
「―――俺は心配していなかったぞ」
そう言って、セドリックとクリストファーは、私の左右の手を、一人ずつ強く握った。
「すみませんでした。ちょっと看病してたんです。入り口も崩壊していたので埋め戻しておきました」
私ははにかんでから合掌した。二人は、しょうがないなぁ、という顔をして、私の頭に手を添えて、髪をグシャグシャ、とやった。二人同時にやらなくてもいいと思うのだけど……。甘んじて受け入れる。
「―――我々にも連絡手段があれば、ここまで待機しなくてもよかったかもしれんが」
暗に『手鏡』相当アイテムをくれ、と言っているのかな。
「今回は無くてよかったかもしれません。看病していたのは、魔術師ギルド所属の人間だったので。魔道具を見せずに済んでよかったかも」
なるほど、そういう見方もあるか、と二人は納得したのか頷いた。
二人が『加速』を発動したので、私も『風走』を上書きする。
「さ、帰還するっす」
セドリックが言うと、クリストファーも私もニヤリと笑って、普段よりも早い速度で歩き、ポートマットへの帰路についた。
会話をする速度には落とさず、セドリックもクリストファーも、到着を最優先しているみたいだった。
その甲斐あって、深夜の手前くらいの時間にポートマットに到着する。一週間ぶりの町は、ただ人恋しいというだけではなく、安全圏に帰ってきたのだと思うと、肩から力が抜けていくのがわかった。
故郷とは違う。ホームグラウンド。
そんな言葉が頭をよぎる。
北門には、エドワード、ルイス、シド、それに何故かフレデリカの姿が見えた。直前に会っていたミネルヴァと比べると、フレデリカの佇まいは美しい。ミネルヴァはもう少し粗野というか、貪欲に生きている感じがする。フレデリカは―――私と同じ、異世界人で、流されて生きているからね……。
「ただいま」
手を振って、出迎えに応える。
「心配かけちゃいました。ごめんなさい」
門番にいた騎士団員も、何事か? と寄ってくる。
「すげー心配したぞー」
「戦闘になったのかと思った心配した」
「ああ。ああ」
フレデリカは調査隊の輪に入れず、私を人形のような目で見ておろおろしている。コミュ障っぽい……。
「あー、うん、ただいま」
フレデリカにも微笑みかけると、ボソボソ、と呟くように、おかえり、と言った。
―――エルフみんなめんどくさい……。




