パスカルの抵抗
【王国暦123年10月1日 1:42】
一刻近くも足止めされちゃったか。いやあ、話上手というか、引き留め上手というか、核心に近いことや暴露もあったし、無駄な時間ではなかったかな。
ラシーンたちにも撤収命令を出す。この四人組、短文だと饒舌で、隠密警戒中だというのに実に賑やかに会話をしていたみたい。
ただ、暗殺に特化している性能は発揮されていて、近づいてきた騎士団員数名をビリビリやって無力化していたみたい。王都騎士団は、この時間でも減ることなく、南に行くに従って数を増やしている。
「……………!」
威圧しながらも微動だにしないタロス03が、複数の『灯り』で照らされて、ちょっとした怪獣みたいで、何だか格好良くて溜息が出る。うん、ラルフくん、君は正しい。タロス03の細身のシルエットは、実に格好良い。
タロス03は最初の位置から動いておらず、エミーもラルフも、律儀に私の帰りを待っていた。
タロス03は四層と三層を隔てる門の前に立っている。その周囲にはタロス03の目線の高さに届きそうな建物もあり、屋上には何人かの騎士団員の姿も散見される。今、コックピットの扉を開けて中に入るのは得策ではない。この巨人が、人の操縦するものだと悟られない方が威圧感がある。
門の前には二十人ほど。門の上には三十人ほどの騎士団員が待機していた。ここに向かっている人たちを追い越してもいるから、時間が経てばもっと増えるだろう。
ラシーンたちには『隠蔽』を発動させて、門から離れた場所で壁登りを命じる。先行して三層内部に入ってもらい、状況を偵察してもらう。
エミーには、近くまで到着していることを伝えた。エミーとラルフは呑気にお夜食を食べていたらしい。わざわざそんなこと、短文で伝えなくてもいいのに……。これは飯テロだよ! と文句を言いそうになった。ああ、栄養バーみたいなやつを開発しておけばよかったなぁ。セガックスは妖しい気持ちになっちゃうしなぁ……。
『お姉様、いつまで待ちますか?』
本来は時間経過はマッコーを利するだけなんだけど……ちょっと思うところがあって、まだ待機と指示をする。合流したいしね……。
『大物が出てくるまで待とう』
なんて会話をしていたら、『拡声』の魔法でも使ったのか、大声が響いてきた。
《こちらは王都第二騎士団団長、パスカル・サミュエル・メイスフィールドである!》
『大物来ました!』
『こっちも名乗って、挑発していいよ。同時に聖領域を使ってほしい。その間にコックピットに戻る』
などとやり取りをしておく。
それにしてもパスカルが出てきたか。迷宮との交渉は確かに適任ではあるけれど……。
エミーはロイヤルトランスポーターに備え付けの『拡声』魔法陣を使い、外へ向かって声を出した。
《わたくしは迷宮管理者の一人、エマ・ヴィヴィアン・ミカエル・ワイアットです。先の問い合わせの回答をお聞かせ願いましょう》
こちらが納得できる理由なんて提示できるわけがない。勇者召還を邪魔されたくないので『ラーヴァ』もしくは『黒魔女』対策で迷宮を監視してました、なんて言えない。
《エマ……………! コホン。緊急事態への対処である。詳細は後ほど説明に参上する。王宮及び王都騎士団は、迷宮への攻撃意思はない》
《事後説明で納得するほど、事態は軽くありません。迷宮への明らかな監視と包囲の布陣、これは敵対行為以外の何物でもありません。攻撃意思がないのなら、そこをどきなさい。私自らが王城に赴き、スチュワート王からの弁明を聞きに行くのですから》
《! その機会を与えるわけにはいかぬ!》
ん、何だろう、パスカルが一瞬口籠もったね。
《ではおし通るだけです。おどきなさい、パスカル・メイスフィールド》
ここでエミーは『聖領域』を発動、ブライト・ユニコーンがそのフォローをする。
タロス03の周囲は厳かな光の粒で満たされている。光に紛れて聖領域に侵入しつつ、私もライト・ザ・ライトに言って体を光に包んでしまう。ある意味保護色のような形をとって、そのままシルフの力を借りてポーン、と大ジャンプ。コックピットに取り付き、中に入る。
「お帰りなさい、お姉様」
「ただいま。眩しいね」
コックピット内部も勿論、眩い光に包まれていた。
《妾も助力するぞよ?》
ライトがそう言うと、ブライト・ユニコーンが迷惑そうにするのも気にせずに、聖領域の威力を高め始めた。
このスキル、別に嘘発見器ってわけじゃないんだけど、やましい気持ちを持っている人は、自分の嘘に耐えきれずに激しく自問自答をすることになる。結果として膝を屈するのだけど――――。
《この程度のまやかし……我が第二騎士団精鋭には効かぬ!》
門前の兵は膝を突いて合掌して泣いているのに、なんと、壁の上の面々はパスカルを含めて、しっかりと立っている。連中は心にやましいものの無い漢たち………!
さすがパスカル、己の趣味には、心に一点の曇りもないのだろう。ということは、あの精鋭三十人とやらも、心の真っ白な人たちなのかな。
タロス03が移動を再開し、壁に近づいていく。
《止まれっ! くっ、仕方がない》
壁の上の面々は、弓か魔法杖を持っていた。どれほどの攻撃ができるのか、それは未知数だけど……。念には念を入れよう。
《……てぇー!》
各々、弓スキルによる攻撃と、魔法による攻撃が始まる。
散発的な攻撃ではあったものの、それは王都騎士団から迷宮への、明確な攻撃には違いない。以前、第二騎士団は迷宮に侵攻して大きな痛手を被っている。その反省からか、パスカルは親迷宮というべき存在だった。その彼が攻撃を命じたことは重要視せざるを得ない。
弓攻撃、魔法攻撃がそれぞれ着弾するも、それらはタロスの前面に展開された、黒く薄い膜によってかき消えていく。闇精霊を並べて作ったバリアフィールドは、どの魔法スキルでも再現ができない。吸収された魔力や運動エネルギーがどこに消えているのか、それは私にも、当の闇精霊にもわからない。往々にして、精霊たちは本能で行動しているに過ぎず、それについて自らを深く考察することもない。
威力はないけど攻撃を受けた。これで迷宮からも攻撃をする口実が出来てしまった。シルフがうずうずしていたので風刃相当の攻撃をしようか――――というところで、
《我々は降伏する!》
パスカルは白旗を揚げた。
ガクッと肩の力が抜けた。
「なんで?」
「ええっ?」
「え……?」
思わず、操縦していたラルフも声を上げてリンクが切れた。
《門を開けよ!》
妙に力強く、威張りながらパスカルが指示を出している。パスカルは攻撃が通用しないと最初からわかっていたのだろう。
《攻撃を指示した責めは受けよう。可能ならば殺すのは私だけにしてほしい》
まだ『拡声』による影響があり、それはコックピットにいる私たちにも伝わった。
どうするんですか、お姉様、とエミーが振り向く。
「パスカル・メイスフィールド卿と、真っ白い心の人たちが攻撃したことは記憶に留めておこう。今は先を急ごう」
「はい、お姉様。私も同感です。真っ白い人たち?」
疑問を口にしながらも、エミーはそのまま『拡声』に乗せた。
《メイスフィールド卿と白い隊が攻撃をしたことは記憶に留めておきましょう。汝らを拘束することはしませんが、現時点をもって汝らは我々迷宮の捕虜である。王国の法によって裁くことは許可しません》
要は勝手に自害するな、と言っている。一見優しいけど、後で迷宮の役に立ってもらうわよ、と言っているから、エミーも案外意地悪だったりする。
《了解した、エマ・ワイアット殿。………………白い隊?》
パスカルがそう言っている間に、四層の門が開いた。この門が開いたところでタロス03は装備しているファンネルもどきが引っかかって入れないんだけど。自ら開門した、ということに意味がある。
意味がある、といえば、パスカルが攻撃をして、すぐに降伏したことにも意味があるんだろうね。最初から敵わないと判断していた――――けども対外的には攻撃をした実績を作りたかった。それはわからなくはないけどさ。
タロス03の足元に風の精霊たちを集める。さすがに浮上させるまでの力は発揮できない。これは『風走』を模したもの。それが十分に集まったところで、タロス03が助走を開始、精霊たちは上方向へ力を揃えてもらうと………巨体が門の前で飛んだ。
力強いジャンプではなく、ふわり、と浮き上がった。外から王都騎士団員の「おお~」という感嘆の声が聞こえた。
門の向こう――――第三層に着地する。軽く衝撃を感じる。これも風の精霊たちがクッションの代わりをしてくれた。普段使っている魔法は『疑似魔法』なわけで、精霊たちが行う動作がオリジナルよね。精霊たちがざわつく……こと以外は、魔力消費、魔力効率、威力とも精霊魔法の方が高い。
《これは結構……キツイわっ……?》
シルフが頑張ってくれている。風精霊さんたちが足元に集まり、「ふんがー」と気合いを入れているのが伝わってくる。人型という形状もよろしくないのかもしれない。ちゃんと集束させて、予め風精霊に声をかけておけば、大型艦船でも『風走』で移動できるんじゃなかろうか。むう、ホバークラフトか……。近いうちに実験してみようかしら。今はタロス03をホバー移動させるに留めるということで。
門を後にして、タロス03が三層を滑るように歩き出す。足音がしないので、脅しにはなりにくいのが難点かしら。聖領域は維持しているから、僅かに発光していて、逆に神々しいかもしれないわね。
「お姉様、教会は如何でしたか?」
エミーが微笑を浮かべながら訊いてくる。
「マッコーは取り逃がしたけど、マザー・ウィロメラとネイハム司教に会ってきたよ。エミーの言った通り、マザー・ウィロメラが『神託』の受け手だった」
「まあ…………やっぱり。独り言の多い方だと子供心に思っていたんです」
え、根拠ってそれなの? エミーは探偵の素質もあるんじゃ……?
「ネイハム司教は……美形だね」
「あの方が、私の母、と言われているヴィヴィアン妃を匿って下さったそうです。私にはあまり面識はないんですよ」
あまり表情を動かさないエミーだけど、恐らく、ネイハム司教は意識的にエミーと会っていない。他人から見ると、どうにも目鼻顔立ちや髪の色、所作……二人が親子だと言われたら納得しちゃう。まあ、真相は絶対に明るみにならないとは思うし、本人が吐露しても信じちゃいけない類の話だけど。
意識的に会わない、で思い出したけど、マッコーは私に『勇者召喚』スキルを覚えさせたくなかったんだと思う。今なら迷宮の魔力を使うことで、特定のスキルを保持させた状態で勇者召喚が可能。これが何を意味しているかというと、召喚直後に殺す、を繰り返すことで、私のスキル構成に弱点がなくなっていく。もしくは、殺さずに懐柔、またはインプラントによって私の意志通りに動く勇者軍団が出来上がる。そんな戦略兵器みたいな集団が国内に存在するのは、グリテン王国にとっては悪夢だろうねぇ。
今のところは面倒だし、『使徒』の思惑にも合致しないし……って、もう、それはあまり考えなくてもいいかなぁ。逆らいまくってるもんなぁ……。
現に、今はマッコーを殺しに行こうとしているわけで……。でも、マッコー殺害と、マッコーを守るっていうのは、場合によっては両立できるかもしれない。自分でも矛盾してると思うけどさ。
「そっか。マッコーを処理したら、今度は教会の二人も処理しなきゃいけないかもね」
「え、じゃあ、ネイハム司教もお仲間なんですか?」
「うん。彼らが今回の政変を企てた、とか言ってたけど、そんなの証明できないもんね?」
私は肩を竦めた。
「そうですか……。聖教会を敵に回す覚悟も必要になるんですね」
聡明なエミーは嘆息してそう言った。エミーにとっては家であり、家族も同然だものね。
「そうならないためには生かしておいた方がいいんだけどさ。マッコー次第よ」
「それなんですけどお姉様。次はどちらへ向かうんですか?」
ちょっと考えたくないのかもしれない。エミーは本題へと話題を戻した。
「魔術師ギルド本部っていうのは二層にあるらしいんだけど、とりあえずそこに行ってみようか。そこじゃなければ予定通りに王城かな」
そう言ってみるけども、あんまり自信はない。本気で隠れられたらどうしようもない。でも、マッコーはそうしないだろう、と思っている。根拠は曖昧なんだけど、クーデターが動き出してるから、計画したマッコー本人にも、もう止められないんじゃないかと。ついでに言えば、今、マッコーが私から逃げているのは、まだやることがあるから、と見ている。つまりクーデターの後始末をしてるんじゃないかと。
それに、私に対して三重、四重の罠を仕掛けていたから、まだ隠し球があるんじゃないかと。それなら受けて立ちましょう、と不動の心境に至っているのかも。
私一人を殺すのに、何ともご苦労なことだけどさ、せっかくだから何が起こるのか見てみたいしねぇ。
私なんて放っておけば、いずれ寿命で死ぬんだから、躍起になって殺しに来ることないのにね。でもなぁ、今回の『不死』発動もあるし、遺伝子も変質しているだろうし、その辺りの状況も変わってきてるかも。やっぱり殺さないと死なないのかなぁ……。
こうなってくると、生きるのも、死ぬのも……面倒な存在になっちゃったってことか。
そういえば聖者お二人も言ってたっけ。何者なんですか、って。
うーん、主体性のある行動じゃなくて、受け身に徹していた結果、こうなっちゃっただけなのよね。ちょっかい出さなければ、私は普通に採取だけで過ごしていた気もするし。となると、ワーウルフを嗾けてきたダグラス元宰相、そしてマッコーが私を肥大化させたとも言えるのか。加えて、私の素地を作ったのはアマンダであり、その彼女が『使徒』になっているわけで、遠大な話の一部が、この私なんだと考えると何だか感慨深いわね。なるほど、自分自身を世界の一部だと感じること、それこそが全能感ってやつなのかもね。
「よーし、二層に向けていくぞー!」
「おー」
「ぉー」
ラルフがリンクを切らさないまま喋った。頑張れ、このタロス03を一番上手く使えるのは君だ!
――――甘ったれるな! とかやってみたい。




