はじめての蘇生
はじソセ。
【王国暦123年9月30日 13:58】
意識が途絶えたのはほんの一瞬で、すぐに意識が覚醒した。スッキリ爽やか、グリテンの秋晴れのような気分! あんなに短時間に色んな人に謝ることが出来るなんて……。走馬燈って本当にあるのねぇ……。あはははー、ビックリよね。
意識こそ覚醒しているものの、体を動かすことはできない。首と胴体と両腕が離れているのに、逆に意識がある方がおかしいのか。流れた血が首元に溜まっていて、その血液を通じて電気信号的なものがやり取りされているのかも。
周囲にはドングリだとか予備の鎧だとか、剣だとか、保存食とか……『道具箱』に入っていたものがぶちまけられている。今回、殆どの物を置いてきたのは正解だったわねぇ。虫の知らせとでもいうのかな、虫ばっかり食べてるから、恨まれていても仕方がないんだけどなぁ。
自分でフラグ立てちゃってた部分はあれど、『黒魔女』を示すものが発見されなかったのは僥倖というもの。
ん。
何か神経っぽいものが繋がったみたい。
――――破損した肉体の修復を開始します
おー、ニョロニョロと筋肉? 神経? 骨? が頭部と胴体と両方から静かに伸びて、ジワジワ修復が始まった。オダの時は一刻とか二刻とかかかっていたときもあったから、私の場合は早めに開始されたと見るべきかしら。
流れるログは、元の世界でいうコンピュータの、BIOSチェック――――を見せられているような感覚。F8キーを押したらBIOS設定に入れるかしら?
――――スキル:身体活性化LV10を実行します
――――ユニークスキル:限界突破が発動しました
――――スキル:身体活性化LV15を習得しました(LV10>LV15)
――――スキル:身体活性化LV15を実行します
――――スキル:身体活性化LV15が適用されました。損傷した肉体の修復が開始されました
――――スキル:魔力総量向上LV10を実行します
――――ユニークスキル:限界突破が発動しました
――――スキル:魔力総量向上LV20を習得しました(LV10>LV20)
――――スキル:魔力総量向上LV20を実行します
――――スキル:魔力総量向上LV20が適用されました。魔力総量が生前比200%増加しました
たとえばこんな風に、延々とスキル適用と限界突破でスキルレベルアップのログが続いた。寿命云々以前に、これ、普通に暮らせるのかと首を捻りたくなるほどにレベルが上がっている。死んでパワーアップとか、どういうこっちゃと。
この復活の要であるスキル、『不死』LVが2になった時に、『不死』のレベルが上がる要件も確認できた。以前にオダで実験し、想定した通り、復活時に魔力が足りていればレベルは上がらないらしい。上がっていくとどうなるのか、っていうのはよくわからないけど、普通に考えたらペナルティの数字が増えていくということかもしれない。
まだ心臓が動いている感覚はないけど、意識はこうして戻ってきた。これが臨死体験ってやつかしらねぇ……。死ぬ前は、あれほど死にたいとか思ったのに、今は生きる喜びに満ちているのがとても不思議。
流れるログを確認しつつ、周囲の様子も窺う。どうも思考速度と外界の速度というのは齟齬があるみたい。死んでから初めて気付いたわよ。
私の死体の側では、マッコーとシャロン、最上級精霊たちがゴニョゴニョ言っている。何て言ってるのかは聞き取れない。
「何と言うことだ。首と胴体が切り離されているのに、まだ認識阻害が継続されているというのか……!」
マッコーの声だ。これは聞こえた。大袈裟に驚いているのを聞いて、質の悪いミュージカルみたいだと辟易する。『認識阻害』のスキルは、カツラと仮面に付与されているんだけど、革鎧の気付かない場所にも付与されてるのかしら? 革鎧の本体を作ったのは王都の職人さんらしいけど、魔法陣部分を作ったのはウィートクロフト爺だと聞いている。カツラと仮面はアマンダが使っていたものを譲り受けている。付け耳はよくわかんない。
「この者はどう見てもエルフの小娘だ。『黒魔女』ではないのか? お前はそう言っていたではないか!」
シャロンの声だ。少々の苛立ちが含まれている。
「『黒魔女』は何故か誰も本名を語りませんのでな。この者の正体は私の『鑑定』でも見抜けませぬ。まあ、後でその鎧を剥いてみればわかること。ドワーフに間違いないはず」
「ふん。ならばボクが手間を省いてやるぞ」
「王子殿下。それはなりません。……私自らが皮も剥いで剥製にして、一生私の側にいてもらうのですから。殿下といえども、これ以上は許せません」
おいおい、どこの機械伯爵だよ……。死体愛好家に人形愛好家? コレクター魂にも満ちているとなると、パスカルも丸め込まれている可能性があるなぁ。同好の士って惹かれ合うからねぇ……。じゃあ何か、私の造形を元にして、いたいけな青少年を機械の部品にする旅に引きずり込む青春の幻影が……。どっちにしても歪んでるなぁ。
「ボクと同じ、お前は母親に捨てられたんだ!」
「殿下とは違いますな。私は死別ですし、こうして母を手に入れたのですから。殿下の母上は、もうこの世にはおりますまい?」
「マッコォォォ。母を侮辱するのかぁ!」
「とんでもない。だからこそ、殿下はエマ嬢を欲しているのでしょう? 母上の面影を残した妹君を」
「くっ……ふんっ」
シャロンが悔しさを滲ませている。っていうか何? え? マッコーキンデールの母親? あたしゃこんな大きな息子を産んだ覚えはないわよ?
ん?
そういえばマッコーの種族の欄には、ドワーフ五十パーセント、とか書かれてたっけ。じゃあ、私じゃなくても、私の同型が産んだ子なのかな? 私に生理が来てるくらいだから、他の個体が子供を作れないわけじゃないと思うけど……。
マッコーの父親とホムンクルスの間に、恋があったのか、なかったのか。私なら体外受精とか人工授精とか思いつくけど、普通に肉の交わりがあったと思った方がいいわね。そのくらいは自然であってほしいし。
「死体の処理は後ほど。それより殿下、急ぎ、次の段階に進みましょう」
「ふん、わかっている」
マッコーに窘められて、シャロンは大人しくなった。口では威張っていても、シャロンはマッコーに逆らえない、という雰囲気ね。
それから暫く、マッコーは何かの作業をしていて、シャロンは黙ってそれを見守っていた。
その作業が終わると、マッコーが何かの魔道具――――魔法陣――――に魔力を込めるのがわかった。
「『――――』」
すると、周囲にあった幾つかの魔力の供給源(おそらく、人工魔核だと思われる)から魔力が流れ、中央に集まっていった。何かに吸収させているみたいで、ただ魔力の移動だけが感じられる。
「始めます。殿下、下がって下さい」
マッコーが違う魔法陣を起動させた。
暫くすると、何やら大きな魔力が満ちていくのが感じ取れた。魔法陣は円形なので、魔力も円形、筒状に感じられる。
一分ほど、その状態を維持し、魔法陣に魔力が行き渡ったようだ。
そして、マッコーは、呟くような小さい、けれど渋い声で発動キーワードを詠唱した。
「――――『勇者召喚』」
筒状の太い魔力がさらに密度を増して、一度上空へ昇っていき、そして降りてきた。
ドーーーーーーーーーーーーン
空気が震え、得体の知れない何かが落ちてきた。
大きな落下音。
そうか、これが勇者召喚なのか。っていうか落ちてきたけど大丈夫なのかな、勇者。
魔法陣を起動したのはマッコー、最終的なキーワードを唱えたのもマッコー。しかし、本人からはそれほど大量の魔力を感じない。では、魔法陣に魔力を供給したのは何者か。
なるほど、それが『召喚の珠』なわけか。あれは勇者を召喚する装置じゃなくて、単に魔力を貯蓄するもの、つまり人工魔核と殆ど同じものなわけね。
しかし一日に二回も勇者召喚をやるとなると、使用する魔力も膨大な量が必要となるはず。『召喚の珠』に魔力を補充する装置、それがこの聖堂みたい。聖堂は周囲からも魔力を吸い取り……。
最初の勇者召喚に魔力を使って、空になった人工魔核(召喚の珠)に急速チャージをしたと。
確かにそれなら短期間で二度の勇者召喚はできるか。
以前見た、オダに使われていた数珠みたいな魔道具も使われていたかもしれないわね。
どんな勇者が来たのかは、まだ体が動かせないので見ることができない。私ってば、まだ、生物学的には死んだままだもんね。
あ、死んだら契約していた精霊たちはどうなっちゃうのかなぁ? 契約が切れるとか言ってたけど……。
《いるぞい?》
《いるわよ?》
《いるいる》
おや……そっか、スキルの保全って、これかぁ。ごめんごめん、なかなか離れられないねぇ。
《ほっほっほ、全くじゃよ?》
《居心地は悪くないわよ?》
《むう……》
一人、ウォールト卿だけが唸った。不満なのかと思ったら、そうじゃなかった。
《む……これは……?》
《あら……これは……?》
《同族だな。闇精霊だ》
ああ、精霊って属性で種族が分かれてるものなの……? いや、そうじゃなくて、つまり、今召喚された勇者のユニークスキルが、最上級闇精霊だってこと?
《うむ。そう感じる》
ウォールト卿が断言した。
「実体化したか……」
《………………………?》
マッコーが残念そうに言うと、反応した精霊は、黙ってジッとマッコーたちを警戒している素振りを見せた。闇精霊が敵意を持っているのは、先に敵意を見せていた存在がいるから。
「フー、フー」
荒い息を吐いて、今まさに何かを攻撃しようとしているのはシャロンだ。
《……………!?》
やめろ、という意思が周囲に伝播した。なるほど、自衛のために精霊が現界、実体化するまではいい。だけど精霊は命令を受けていないから宿主を守れないのだ。それが精霊の攻撃であれば防げるけど、か細く弱い一本のナイフに対して無力なのね。
「キャハ、キャハハハハ……!」
狂人度がさらに向上したシャロンが、ナイフを何かに突き刺している。
その何か、とは、未だ目覚めぬ、そして永遠に目覚めることはない、たった今、召喚したばかりの勇者だ。周囲の血の臭いが更に濃くなった。嗅覚も元に戻ってきたのかしらね。それにしても、今回の勇者は『鑑定』も『人物解析』も使わなかったから名前さえわかんないや。
「死にましたな…………。殿下、精霊と契約を」
「キャハハ、光と闇、両方の精霊を得られれば、ボクがグリテンの王になっても誰も文句を言わないぞ! そうだな? マッコーキンデール!」
「その通りです、殿下」
マッコーが肯定するけど、心の中で舌を出しているのがまるわかり。口調とは裏腹に、マッコーはシャロンに傅いているわけでも敬っているわけでもない。それなりにシビアな人間関係に揉まれてきただろうシャロンが、マッコーの機微を察知していないわけはないと思うんだけど、気にしてる素振りがない。興奮していて気づけないでいるのか、単に感性が鈍いのか、薬で操縦されているのか。
「おい、闇精霊! このまま存在が消えてしまうのは嫌だろう? ボクが契約してやる! ボクに従え!」
《………………?》
闇精霊は、『バカじゃねーの?』と一蹴した。呆れたぜ、と周囲の精霊を介して伝わってくるのが面白い。
《ダークよ、妾は契約したぞよ?》
《……………………?》
光精霊よ、お前バカだろ? と闇精霊が意思を伝えた。どうも最上級闇精霊は寡黙で皮肉屋っぽいわね。でもまあ、シャロンの物言いには普通に呆れると思うし、バカにされても仕方がない。
《面倒だわ。面倒だけどウチの主が命令を出すから仕方なく貴方を攻撃するわよ?》
そう伝わってくるのは水の最上級精霊。これもまた格が違うなぁ。良く探ってみれば、水精霊は、建物の外、プールみたいになっていたところから、ケーブルみたいな紐が繋がってる。お水が必要なのかなぁ?
《不本意じゃ。妾に逆らうとは。滅びよ、ダーク?》
契約主がいない精霊は、ただ、そこにあるだけの精霊。魔力が意思を持った存在が精霊だけど、その有り様は不安定で、何かしらの方向性を示さないと動けないことが多い。
水精霊は闇精霊に魔力を与えないように、周囲の魔力を集めている。
光精霊は闇精霊を追い込むように照らし、逃げ場所を無くそうとしている。
防戦一方で、逃げ回っている闇精霊はジリジリと、周囲にいる数少ない仲間を、さらに減らしている。
ノーム爺さんによれば、力関係としては同じでも、主の存在の有無は大きなアドバンテージなんだと。加えて、この聖堂の内部が光精霊によって明るくなっている、ということも影響しているそうな。そう言われてみれば、『灯り』の魔道具さえないのに妙に明るいわよね。
柱の影に逃げ込んできた闇精霊は、私の死体(まだ死んでます)の側までやってきた。
《……………!?》
あ、気付かれた。
《気付かれたな。助けを求めているが……》
ウォールト卿が精霊っぽくなく口籠もった。
《儂にも聞こえたぞい。助けるかの?》
《偏屈そうねぇ。私が言うのもなんだけどねぇ?》
えーと、同種で上位の精霊を取り込むとどうなるのかしら? 引っ込み思案な子煩悩の元貴族の性質を持った精霊と、寡黙で偏屈で皮肉屋の精霊が合体するだけ?
《うむ、二つの精霊として残すことも可能じゃが、概ねその通りじゃの。引っ込み思案な子煩悩の元貴族で、寡黙で偏屈で皮肉屋の精霊になるだけじゃの?》
《足して二で割るみたいなこともあるかもしれないわ?》
ノーム爺さんとシルフは最上級だから、そういう経験もあるわけ?
《そうじゃの。儂は幾つかの意識の集合体じゃよ。精霊そのものがそうじゃからの?》
なるほどねー。じゃあ、ウォールト卿がいなくなるわけじゃないのね?
《ウォールト卿の意識は残るわね。そのうちに一つの意識として統合されるわ。ウォールト・ザ・ダークになるか、ダーク・ザ・ウォールトになるわね?》
暗いウォールト卿か……明るいウォールト卿を見たことがないしなぁ。
っていうかさ、倒した相手とは強制契約じゃないの?
《あれは倒したとはいわんぞい?》
《同意するわ?》
ああ、そういうものなのね。
んじゃー、ウォールト卿、吸収、合体することでいい?
《構わん。同種の精霊同士は助け合わねばならん。それが主の助けにもなろう》
わかった。普通のおじさんみたいで話しやすかったウォールト卿が皮肉屋になるのは残念だけど、これも流れというもの。
《大丈夫だ。普通の皮肉屋の精霊になるだけだ》
逃げ込んできた方の闇精霊は、私の周囲をグルグル、と回る動きを見せて、己を構成する闇精霊たちの結合を解いていった。
「いけない! 殿下! すぐに『ラーヴァ』を!」
「何だ? ボクに指図をするなと……!」
マッコーが気付いたみたい。シャロンが文句を言っている間に、闇精霊は完全に分解され、私の周囲を覆い、やがて私の中のウォールト卿が、それを吸収し出した。
――――闇精霊ダークネス・ザ・ダークと契約しました
――――スキル:精霊魔法(闇)LV10を習得しました(LV7>LV10)
――――闇精霊ウォールトと闇精霊ダークネス・ザ・ダークが、闇精霊ウォールト・ザ・ダークに統合されました
おお、ウォールト卿を主体にしてくれたのか。寡黙な皮肉屋とか言ってごめん。空気読めるじゃないか。
《私の方が空気が読めるわよ!?》
シルフが文句を言ってくる。うん、そうだね、シルフは空気を読む本職だもんね。とりあえず謝っておこう。
おおっと、肉体の修復が完了したみたい。首は繋がったけど血液が足りないからまだ無理は出来ない。両腕も繋がってないから、これは再起動後かしらね。
もう、自重しなくていいよね。また死ぬの嫌だし。
――――復活。




