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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ホームタウンは潮の香り
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老馬の葬儀


【王国暦123年9月24日 16:37】


「――――『風走』」

 私は周囲の迷惑を顧みずに、迷宮から東へ向かって、『加速』は使わず、魔術師的に全力疾走を開始した。建設ギルドへの道のりが遠く感じた。私が熱心に世話をしたわけじゃないけど、縁のある飼い馬が死の淵にある、と知らされた私の心は、切迫感で一杯になっていた。

 対向馬車に注意しながら併走する馬車を追い抜き、走りながらも、これが身近な人の死だったら、どんな気持ちになっちゃうのか……案外私のメンタルは豆腐じゃないか……などなど……不安になる。


「来たかっ、小さい親方っ!」

 建設ギルドにある厩に行くと、『ビルダーズ』の連中が集まっていた。

「容態は?」

「馬医者に言わせると、老衰だとよ……」

「そっか……」

 厩の中に入ると、干し草の上に力なく横たわった老馬、二頭が寄り添っていた。寝ているようでもあり、既に死んでいると言われても驚かないほどに静かだった。

「グラーヴェ、ラルゴ」

 呼びかけると、ゆっくり、少しだけ、二頭は首を傾けた。

 私に続いて、『ビルダーズ』の面々も厩に入り、私との邂逅を遠巻きに見守る姿勢になった。

 馬でも老齢になるとシワシワになるんだね。皮膚に弾力がなく、色もくすみ、その目はどこも見ていないかのように茫洋としていた。実際に、もう見えていないのかもしれない。

 壊れ物に触れるようにグラーヴェを撫でる。馬の体温ってどうなんだろう。人間に比べて、普段の体温が高いのか低いのかわからない。でもこれは明らかに低い。活動的になれる体温じゃない。

「ヒヒ……」

 小さく、グラーヴェが啼いた。何か言ってるみたいだ。

「うん」

 よくわかんないけど頷いておく。

 ラルゴにも触れる。こちらも体温が低い。


「…………」

 ラルゴも口を開いたけれど、それは声にならなかった。

「うん」

 何か言ったつもりだったんだろう。これもよくわかんないけど頷いておいた。

「どうするんだ、小さい親方」

「うん、訊いてみる。どうしたい? 生きたい?」

 グラーヴェもラルゴも、それには答えなかった。だけど意思は伝わってきた。このまま逝かせてほしい、という。この状態の二頭に水系、光系『治癒』を施しても効果はなさそうだった。生きる意思が見えない以上、光系『治癒』は生きたくない状態に戻すだけ。そうか、水系、光系に限らず、『治癒』は、生きる意思を手助けするものなのか。


 不死者を作れる私なら、この馬たちを半永久的に生かすことが出来るかもしれない。それを二頭が望むのなら―――――。

「…………」

「…………」

 いや、拒否された。

「このまま、寝かせてくれ、って言ってる」

「ああ、人間が勝手に想像してることだろうけど……それくらいは伝わってくる」

 長く二頭の世話をしていたサディアスも同意してくれた。オークやミノタウロスは下手をすると人間並の知能があるけど、馬はゴブリン程度には知能がある。喜怒哀楽を解釈する、頭の良い動物だ。


 そして、暫く見ているうちに、グラーヴェの躰がピクッ、と小さく震えたかと思ったら、そのまま力が抜けて、完全に首を藁の上に投げ出した。


「あ……」


 続けてラルゴも同じように震えた後、グッタリと力を抜いた。

 馬の魂は何グラムなんだろうか、なんて、馬鹿な――――馬だから馬馬な――――ことを考えつつ、力の抜けた二頭の周囲を見渡す。

「グラーヴェ……」

「ラルゴぉ……」

 二頭が死んだことがわかって、『ビルダーズ』の面々は男泣きを始めた。最初は耐えながら、徐々に耐えきれずに大粒の涙で。


 確かに、傍目には二頭の生は尽きた。

 だけど、『魔力感知』に優れた人なら、二頭の死骸の側に、ピン! と力強く立脚した馬の姿を感じることが出来ただろう。ただ、その姿は半透明で、生物の息吹を感じさせないものだった。

「このまま、逝くかい?」

《………………》

《………………》

 驚いたことに、二頭の霊体は、大きく首を振った。頷いたのだ。


「そっか。じゃあ、元気で。っていうのも変だね。お疲れ様。またどこかで会おうね」

《………………》

《………………》

 臭いを嗅ぐことなんてもうないのに、グラーヴェもラルゴも、霊体のくせに、ニヤッと笑った。馬的に笑ってるわけじゃないのは知ってるけど、賢い二頭のことだから、これが人間の感情を和らげるものだと学習していたのかも。


「さ、笑って挨拶しよ? お疲れ様、グラーヴェ、ラルゴ」

 努めて冷静に、笑って周囲を見渡す。

「ぐらあああう゛ぇえ」

「らるごおおおおお」


 ああ、愛されていたね、老馬がさらに歳を重ねて、超老馬だったもんね。『ビルダーズ』は元々、根無し草の冒険者、親の死に目に会えなかった人が殆どだったから、もしかしたら、この老馬に重ねる心情があったのかもしれないわね。

 二頭の霊体は、少しの間、『ビルダーズ』の間をウロウロして、何やら挨拶をしているかのような動きを見せた。ガッドも、サディアスも、何事かと厩にやってきたマテオも、ギルバート親方も、霊体は見えていないようだった。

 でも、これでいいんだと思う。もう、二頭の生は終わり、死だけが遺り、それは見送る人たちのものになったのだから。

《………………》

《………………》


 声はしなかったけれど、ヒヒン、と聞こえた。それが最後の挨拶だったのか、二頭の霊体は死骸の側に滞留することなく、厩の天井に向けて顔を上げた。

 今まで半透明の馬の姿を構成していた霊体が形を崩し、蒸発するように、上に向かって消えていく。魂との接着剤だった霊体が力を失いつつあるのだ。この間、三分ほど……。冷静に観察している自分にちょっと自己嫌悪を感じる。

 霊体が蒸発しきると、これも半透明の球のような――――鈍く光っている――――が姿を現した。


 その球はフワフワ……と昇り始め、まだ僅かに繋がっていたと思われる、魂と死骸とを繋ぐ、細い糸のようなものが切れると、勢いを増して、天井から厩の外へと消えていった。

 ああ、実際には天に昇るわけじゃなくて、途中で霧散するのか……だなんて、これも冷静に観察しながら、それを見送った。


「逝ったよ。みんなに挨拶してた」

「ちいさいおやかたぁ……」

「うん、うん。看取ることができたんだから、これで良かったんだよ。馬らしく生きられたことを喜んでいたよ」

 だなんて勝手な解釈を披露する。

 馬らしい生き方を全うした彼らを見て、ふと、人間らしく生きることって何だろうか、だなんて考えてみた。



【王国暦123年9月24日 17:52】


 死んだ馬は、地域の風習によっては食べて供養する、というところもあるそうで、作業が終わって本部に集合している建設ギルド員たちで、グラーヴェとラルゴの遺骸の処理について、しばし議論になった。

「いや、オレには無理だ。食えるわけないよ」

「俺にも無理だ」

 かといって土葬をするにしてもどこに? という話になり、火葬は施設もなく風習もない。

 うーん……。

 あっ、そうだ。

 閃いたぞ。

「じゃあ提案。迷宮葬っていうのはどうかしら?」

「迷宮葬?」


「うん、迷宮に死体を置くと吸収されるのさ。栄養は魔力になって、何かの役に立つ」

 食物連鎖には入らないけど、無駄にはならないわよね。

「よしっ、それでいこうっ!」

 ギルバート親方の一言で葬儀の方法が決まると、港から『タロス01』を動かして、二頭の遺骸を運ぶことにした。建設ギルド員は荷運びをしている馬車に箱乗りで移動を開始した。ついでに迷宮近辺に駐機していたゴーレムも、移動用に徴発して建設ギルドと往復させることにした。


「野郎共っ、迷宮にいくぞっ!」

「うぃーーーーーーーーーーーーーっす!」

 妙に盛り上がっている皆を後目に、頻繁に『タロス01』とチェンジを繰り返している私は、同時にコルンに連絡を取り、フィッシュ&チップスの大量オーダーをしながら、もう一つついでに、ホテル・トーマスのダリルさんに空き部屋を確認し、グレードの低い部屋ながら建設ギルド員の寝床を確保し、モーさんにも料理と酒のオーダーをした。飲んだくれて帰れないだろうことが想像できたからねぇ……。


『タロス01』は突然の移動だったから、住民にはかなり驚かれた。厳戒警備中の騎士団、冒険者ギルド、領主にも連絡をすることになった。たかが馬の葬儀に、とは思わなくもないけど、グラーヴェとラルゴは建設ギルド、いや『ビルダーズ』黎明期のオリジナルメンバーなのだ。派手に見送るのが筋というもの。


「おおっ、やはりデカイなっ!」

 手が足りない時などはよくタロスを土木工事に使っていたから、ギルバート親方は見慣れているはずなのに、暗がりになりつつある中で見上げる巨人はやはり大きく見えるらしい。

 到着した『タロス01』の腕に抱えるように、布でくるんだ二頭の遺骸を持ち上げると、私もタロスの肩に飛び乗った。ギルバート親方も乗りたそうにしていたけど、慣れていないと絶対に酔うから遠慮してもらった。

「ゴーレムも来ました。皆はあれに乗ってね」

「うぃーっす」

 キャリーゴーレムに、鈴生りに箱乗りをする建設ギルド員を先行させて、葬儀の列が出発した。



【王国暦123年9月24日 18:43】


 迷宮付近にいる人たちは『タロス01』の登場にギョッとした様子で、その中にはオーガスタと勇者オダもいた。二人の様子はまるで夜の買い食いデートのようだった。


「小さい親方、これは一体何事だ?」

「ああ……グラーヴェとラルゴが逝ってね。お葬式だよ」

「オダ、それはどなたですの?」

「姫様、私がポートマットでお世話になっていた時の同僚、いえ、先輩です」

「まあ……少しお待ちになっててくださいな。オダ、手伝ってください」

「はい、姫様」

 オダは未だにオーガスタを姫と呼び、オーガスタには幾分か諦観も入っているだろうけども、それを否定しない。二人の主従関係は続いているみたいで、男女の仲になっているのかどうかは窺い知れない。


 半刻ほど経って、遺骸を木枠に載せ終えたところで、オーガスタとオダ、それに五日後には新婦になろうヴェロニカが、腕に一杯の花束を抱えて戻ってきた。時間も時間なので開いた花は少なかったけれど、気持ちは伝わる。


「建設ギルドの皆様、こちらで死者を弔って頂ければと」

 そう言って、私と、一番偉そうなギルバート親方に花束を渡してきた。

「ほうっ、これは痛み入るっ。良ければお嬢さん方たちも、一緒に奴らを見送ってはくれまいかっ!」

「オダが世話になった人と聞き及んでおります。参列させていただきますわ」

 背筋がピン、と伸びたナナフシ姉妹の所作は、こうやってみるとやっぱり高貴な育ちに見える。


 見送るのは人じゃなくて馬なんだけど、遺骸は布に包まれているから何だかわかんないよね。オダが先輩、とか言ってたのは間違いじゃないし。

「ありがとうございます、オーガスタ殿、ヴェロニカ殿、それにオダさん」

 私も頭を下げた。

「よしてくれよ……。何から何まで世話になってるのはこっちの方だよ……」

「うん、一緒に献花してよ。迷宮内部へ行こう」

「わかった」

「はい」


 迷宮の共通仕様ってわけじゃないんだけど、第一階層入り口ホールからは第三階層までの直行ルートを必ず作っている。腕に覚えがあるならショートカットしてくれ、ということなんだけど、往々にして向こう見ずな人は一定数いるので、初見殺しと言えなくもない。


 都合のいいことに、結婚式の警備の関係で、現在、中級以上の冒険者は迷宮内に存在しない。第三階層辺りからは中級冒険者以上がオススメ―――という認識は浸透しているので、今は第三階層より下に冒険者はいない。


 めいちゃんに言って、ショートカット近辺にいる魔物たちを退避させる。魔力吸収は極小に変更。これだと吸う、と言っても迷宮外と変わらない。

 担ぎ棒を組んで木枠を作って遺骸を載せ、数人ずつ、交代しながら迷宮を進む。

「普段は、ここは危ないところですけど……。今は魔物たちにはどいてもらっています」

「魔物にも弔う心があるのかな……?」

「うん、ゴブリンにさえ、その心はあるよ」

 暗がりで不安なのか、ガッドが訊いてきたので、そのまま答えておいた。ちょっと驚かれた。


「止まって」

 あからさまに床に穴が空いた場所があり、その手前に到着すると、そこに木枠ごと遺骸を降ろさせた。

「ここで十分。献花を始めましょう」

「うむっ……」

 普段は賑やかなギルバート親方でさえも厳粛な顔つきになっていた。親方に続いて、皆が献花を始める。新婦予定の人はいるけど、ここに神父さんはいない。そういえば、エミーがゴブリンの死体を弔う時に言っていたっけ――――。


「健やかなる魂の旅立ちを祝福致します。合掌」


 献花を終えた建設ギルド員たちと元姫、勇者は、私の言葉に揃って合掌した。別に私が普段から黒い服を着ているからというわけじゃないけど、私が聖職者のまねごとをしたことに、誰も疑いを持たなかった。


 花を添えられた二体の遺骸、それ自体には、もうグラーヴェとラルゴの魂はいない。死は、遺された者たちに託された。今度は、それを消化し、日常に戻らなければならない。

「さ、迷宮を出ましょう。いつまでもここにいると魔力を吸われてしまいますからね」

 私はそれも聖職者の真似事をするように、穏やかに葬儀の終わりを宣告した。本当はそれほど吸われないけど、長居をしない方がいいもの。



――――合掌。





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