結婚式前の会議
【王国暦123年9月24日 11:10】
グリテンでお昼前、というと、大体、この時間のこと。
領主の館内部にある会議室に集う面々は、ほぼフルメンバーだった。ほぼ、なのは、建設ギルドのギルバート親方、教会のカミラ女史、騎士団のジェシカ女史が不在だから。ギルバート親方はそもそも、集まって雑談は大好きなくせに、真面目な会議になると途端に嫌がる。カミラ女史、ジェシカ女史は本メンバーというわけではないし、元々が超多忙だ。
というか、結婚式が五日後に迫っている新郎もここにいるし。
「……式も間近だがな。……準備は整っているだろうし……」
「クィン支部長、それは問題ない。大体、結婚式で新郎がやることなんてたかが知れてる……」
アイザイアは格好を付けて言ったけど、それが伝聞なのは丸わかりなので、ちょっと微笑ましい空気が流れた。
「本日最初の議題は式関係とは別件だ。ある程度情報が集まり、提案しておいた方がいいと判断した」
トーマスが最初に発言をして、すぐに会議が始まった。
想像通り、議題は北地区の再開発の件だった。
「元々は東地区にあるロック製鉄所の施設更新が発端でな。新型炉の建設を考えていたんだ。ポートマットで使われる鉄の半分以上がロック製鉄所で製錬されているから、あそこの生産能力を高めることはポートマットの生産能力を高めることと同義だ。炉の設計や仕様についてはちょっと置いておくぞ。実はロック製鉄所だけでも五日に一回はボヤ騒ぎが起きていてな。これは火災対策が必須だと儂は判断した。その視点で北地区の職人街を調査してみたら、こちらもボヤが多い。三日に一回はボヤ、十日に一回は全焼騒ぎだ。これは古い炉を使用し続けているからということもあるが、密集しているという地理的な問題、消火設備の不備、使用者の高齢化と防災知識の欠如……商業ギルドとしては問題視せざるを得ない」
トーマスがドロシーに視線を移す。ドロシーが発言の許可を求め、承諾されると立ち上がり、凛とした声でトーマスの補足を始めた。ドロシーってば格好いいわ……。
「事前に調査を進めて参りました。北地区は狭い区域に四十四軒の小規模な工房が林立し、そのうち、鍛冶屋のような魔力炉、もしくは通常の炉を使っている工房は三十二軒。このうち、火災やボヤを経験しているのは三十軒。殆どの工房が経験していることになります。頻度については正確な調査が出来ていませんが、近隣の騎士団の出動記録を見ますと、三日に一回のボヤ、という換算になります。これは露見しているものだけ、ということですから、潜在的にはもっと多い可能性があります。放置すれば、いずれ大火に至ることは明白です。ポートマットの建築物の半数が木造建築で、石造り、煉瓦造りの建物も内部に木材を使っていますから、被害も甚大なものになるでしょう。消防隊の編成については商業ギルドでは提案だけに留めておきます。当方は、
① ロック製鉄所を中心とした職人街の再開発
② 迷宮管理者の承諾を得て①を迷宮近辺に建設
以上を提案したく思います。手順としては、新規に製鉄所を作り、徐々にそちらへ移行することを考えています。ロック製鉄所がポートマットでは最大手ですが、それを超える規模の製鉄所が出来るとなると、鉄の供給量が増えて安価に流通することになりますから、他の製鉄業者は経営に打撃を受けるはずです。そこを狙い、傘下に組み入れていこうと画策しています。半ば強制ですが、商業ギルドとしては零細業者を再編成した方が両者に利益があるとの判断です。些か強引だという誹りは甘んじて受けますが、放置してもジリ貧ですし。なお、ロック製鉄所はトーマス商店が資金提供を行う際に、お隣のロール工房と共に経営権を買い取っていますので、実質はトーマス商店製鉄部ということになり、最終的には街中の製鉄業者を統合することを目的にしています」
ドロシーは一度言葉を句切った。
「これはつまり、北地区の再開発に託けた、トーマス商店による、ポートマットの製鉄事業の掌握、ということか?」
アイザイアは身も蓋もなく訊いてきた。
「そうだな。半分以上は救済策なんだがな。後進の育成、技術の継承、生産力の向上。そんな目的もあるにはあるが、二次的なものだ。これから伸びる業種である製鉄を掌握しておけば、今後百年、いや二百年は価格決定権が得られるだろう。それに伴う税を考えれば、ポートマットの利益になるのは間違いない」
「……冒険者ギルドとしては、引退した冒険者の就職先が増えるのは歓迎だ」
マーガレット女史のお弟子さんたちは、冒険者ギルドだけではなく、今後は『学校』のプログラムによって教育を受けた人たちも増えていく。その受け入れ先として製鉄が発展するのは望ましい事態だものね。
「うむ。理解した。ドロシー嬢、続けてくれ」
アイザイアに促されて、ドロシーが話を続ける。
「はい。迷宮管理者には先ほど了承を頂きました。迷宮の魔力を使った魔力炉の建設、防火、環境対策を施した建物の建設をお願いする方向で話を進めています。建設ギルドの方には既に建築プランを出してもらっています」
「環境……対策……?」
アイザイアがぽかーんとしている。挙手をして、補足してくれたのはフェイだった。
「……毒ガス……と言えばわかるか? ……ウチのマーガレットによれば、職人街の空気は最悪で、鼻毛が伸びまくるそうだ。……周辺住民は勿論、働いている職人たちへの健康被害を考えると、放置できないだろう」
「鼻毛……」
ファンタジー色溢れるこの世界で鼻毛を気にするのか……。
「鼻毛か……」
「……うむ、鼻毛だ」
「鼻毛は重要ですね」
何故かユリアンが語気を強めた。何故こんなに鼻毛に皆、ご執心なのかと言えば、グリテンには『鼻毛を抜く』ということわざがあるそうだ。『軽くあしらう』ことが転じて、『鼻毛が伸びる』のは放置すると良くないという意味になるらしい。
それにしても環境対策と来たか。これはフェイの提案っぽいから、冒険者ギルド、商業ギルド、建設ギルドで内々に話を詰めてたんだろうね。迷宮の動力を使用する件といい、私不在のところで話が始まってた感はあるけど、周囲が勝手に発展させてくれるのは悪い気分じゃない。むしろ、私一人じゃできない発想が出てきて、それが実現していくのは面白いとさえ感じる。
「コホン、続けます。並行して、職人街の工房、およそ七割に引っ越しを打診しました。残りの三割のうち、一割は工房主の高齢化や病気、怪我で営業していない工房です」
「残りの二割は?」
「商業ギルドに非加入の工房で、経済状況が把握出来ていないの。強引に進めることは可能だけど……」
私の質問に、ドロシーは砕けた口調で答えた。
「周囲がいなくなれば非加入の連中も追随するとは思うんだがな。ポートマットの鍛冶屋にはギルド組織がないから、いい機会だ」
商業ギルドの管理下に置かれるということは、徴税にも繋がる。アイザイアからすれば否というはずがない。
「あいわかった。そちらはトーマス殿にお任せする。工房が引っ越した後の北地区だが、私から提案がある。先ほど、サリー嬢とレックスくんからお祝いの品を貰ってな。『時計』というのだな。アレの、大きなものを、街のどこからでも見えるように大型化して――――設置してほしい」
「時計台ですね。言われるだろうと、サリーもレックスも準備していると思いますよ」
私が言うと、アイザイアはほう、と感嘆を漏らした。
「では、その方向で調整を頼む。新しいランドマークにしてほしい」
費用の方はどうするんだろうねぇ……。輸出で儲かってるからいいのかな。
【王国暦123年9月24日 12:14】
ロック製鉄所に納入する新型炉は、私ではなく、サリーと、当のロック製鉄所、ロール工房に依頼するらしい。自前で作って費用を浮かせたいという思惑もあるだろうけど、お金はトーマスのところを動いているだけなのであんまり費用軽減には役立たないから、技術の向上を狙ってのことだと思う。
私は建設予定地である迷宮の調整をしてくれればいい、とのことだった。嬉しいやら寂しいやら、ちょっと複雑な気持ちになった。
北地区の再開発話の後は、直前に迫った結婚式、それも警備の話になった。
「今は警備の配置と対応に追われていて―――正直言って消防隊の方まで手が回らんよ」
アーロンは疲れた表情をしていて、ジェシカ女史が不在なのは、会議に出て休んでこい、という彼女なりの思いやりらしい。どの辺が思いやりなのかはわからなかったけど、アーロン自身がそう言っていたから、そうなんだろうね。
基本的な結婚式のパレード順路は、領主の館を出発して教会へ行って式を挙げて、その後街を出て、迷宮にある領主別宅の方へカランコロンと馬車を走らせるそうだ。その馬車はすでに防御力を上げまくっていて、ついでに補強した本人のサリーと、盾持ちのフレデリカが同乗するそうな。二人とも見目麗しいから、華やかな式にはピッタリ。中身はまあ、アレだけどさ。
冒険者ギルドから派遣するのは、今回はポートマット支部所属の、選抜された中級以上の冒険者のみ。これは外部から怪しい人間が入ってこないように、とする措置だそうな。
ちなみに現在、該当する冒険者は五十人ほど。迷宮出張所に登録している冒険者は外来が多く、支部に登録してから日が浅いため、招集しなかったんだと。この五十人っていう数字は、一部が迷宮出張所に流れているとはいえ、プロセア軍との防衛戦の時と比較すると、あまり増えてはいない。冒険者の登録数自体は増えているのに、昇格に値するような大事件への対処や、大型の魔物の討伐……なんて案件が減っていることも、その理由の一つかも。単純に『加速』を覚えたから即中級、ってわけじゃないしねぇ。
「私の担当は?」
とりあえず訊いてみると、
「黒魔女殿は――――教会で待機だな」
とのことだった。裏方に徹しろということらしい。また、既に私が不在の想定で警備体制が組まれているので、イレギュラーを増やしたくないのかもね。
普段なら会議が終わった後は雑談に入るんだけど、さすがに結婚式直前、必要な話し合いが終わった後は、すぐに解散となった。
【王国暦123年9月24日 14:22】
ちょっと浮ついた空気に満ちたポートマットで、唯一普段通りに涙目になって働いているのが、我が建設ギルド。その中でも一番多忙なのは間違いなく調整役のマテオで、彼を引き回して迷宮の新エリアの仕様を決めている。
すぐ脇に『塔』があるので威圧感が半端無い。ここはその東側の土地で、すぐ北側は迷宮街道、その奥には石畳の広場があり、四角いオブジェが噴水を上げている。
「正確な設計図や配置図というわけではありませんがね」
「大まかな構想はあるんだよね?」
「一応は。本来の製鉄は水を大量に必要とするんですよね?」
「うん。その流れから言うとね、当然ながら海水じゃだめだから、『ホテル・エメラルド』の淡水化装置と同じものが、ここにも必要になるね」
「それはそれは……トーマスさんも大がかりなことをさせますね」
「そうだねぇ……」
黒魔女が(生きて)いる、今の内に色々作っちゃえ、とも言えるかしら。私がタッチせずともサリーなら何とかしちゃいそうな気がする。でも、今度はサリーに注文が集中しているかもしれない。まだ十歳かそこらなのに、ローティーンのうちに過労死とか……させたくないなぁ。
「じゃあ、ポンプを三台くらい作っておくよ。サリーが楽できそうだし」
「あれ、小さい親方が作業するんじゃないんですか?」
「作業開始は大分後になりそうだしさ。その時に私がこっちにいるとは限らないじゃん?」
「それは……そうですがね……」
「作っておいても無駄にはならないよ。この辺に魔力供給口を作るか……。エリアの端っこに魔力供給口を作れば、そこから南に製鉄所を作れるよね」
「そうですね、その辺ですね」
「じゃあ、取水口はこう伸ばして……」
「海水面からは、ここは少し標高が高いのでは……?」
「海水面から真っ直ぐ掘ると、迷宮の第一階層に相当する高さ、いや低さ? になるかなぁ」
「なるほど」
頷きながらも、マテオは図に注意書きを書き込んでいく。
「正確には測量をしてからだね。水路関係は『ビルダーズ』にやらせりゃいいよ」
「はい。装置の取り付けもやってますし、彼ら以外に適任者はいません」
名実と共にエース部隊になりつつあるなぁ。ちょっと誇らしい。
その後は大まかな配置を決めて、私は迷宮へ指示出し、マテオは建設ギルド本部へと戻っていった。
【王国暦123年9月24日 16:36】
『塔』東エリアの設置が完了、魔力供給口の設置は後ほど行うこととして、『ホテル・エメラルド』に繋がる運河と同等のポンプを三台分作り、倉庫に入れておいた。
サリーに宛てたメモを書いてから地上に上がり、短文を確認すると、ガッドから連絡があった。
「『ウマキトク、スグカエレ』?」
――――馬……グラーヴェとラルゴが揃って危篤、とな?




