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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ホームタウンは潮の香り
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曇り空の帰還


【王国暦123年9月23日 21:05】


 くそっ、聖女様は水着を見せてくれなかったよ! ドキドキ水着サービス回はまたの機会に!


 ちょっとモヤモヤした気持ちのまま、今朝早くに王都の馬車乗り場から、ゲテ御者ことサイモンの特急馬車に乗り込み、ポートマットへ向かっているところ。

 もうすっかり夜になっている。


「ウナギ追いし彼の山……」

「ゲテ嬢ちゃんはウナギが美味しいとかいうけどよ、さすがにアレはないと思ったぜ」

 間もなくポートマットに到着する距離からくる安堵感があるのか、サイモンは上機嫌にウナギを否定した。サイモンによれば、ターム川流域の一部地域では食べられているものの、川の汚染もあって食材と見なすものではない、とのこと。

「調理法によりますよ。どんな食材だって、料理次第じゃありませんか!?」

「珍しい、嬢ちゃんが興奮するとか……」

「コホン……」

 ウナギ養殖についてはとっかかりさえ掴めなかった。こうなったらいっそ、キメラにして動物として陸上で養鰻……とも思ったりした。


 実はブリスト南迷宮のデータベースの中に、ウナギと犬のキメラも実験データが存在した。哺乳類と魚類の組み合わせは、エレクトリックサンダーもそう。ただ、エレ様の方は形質だけを移植しているので、ちゃんとしたキメラは興味深い。異種生物同士を外科的にではなく、遺伝子組み換えの手法で再現するのは、極めて元の世界的な発想だと思う。


 で、そのウナギイヌだけど、ちゃんと育たなかったみたい。培養槽でオスとメスを作り、繁殖を目指したものの、二匹とも発情する前に死んじゃったらしい。そこで実験は中止、プロジェクトはお蔵入りになったみたい。


 キメラといえば、迷宮の中にいる、歩く植物も、キメラといえばキメラ。あれらの魔物が正式採用されているのは、培養槽でのクローニングだけではなく、生殖によって増えることが基準になってたみたい。ただ、それだとエレ様はクローニングでしか増えないし、ラバーロッドもそう。

 私や関係者だけの食材としてならクローニングでいいんだけど、一般に広めよう、となると、養殖、畜産で家畜として増やせた方がいい。


 そうだよなぁ、元の世界でウナギといえば浜名湖、宍道湖……両方とも汽水湖……。あ、そっか。海水と淡水と一緒に汽水も必要になるのか。ううーん? 南九州のウナギは……地下水だっけか。ということは、内陸(というほど内陸でもないけど)のウィンターやロンデニオン西迷宮ではウナギ養殖は難しいのかしらね。漁業が盛んなポートマットか、ある程度漁師に押しつけが利くブリスト南か。どちらかに提案してみようかしら。それ以前に俎上してくる河川が必要か……。ターム川でシラスウナギが獲れるかどうか、ちゃんと調べてみないと駄目かしら。


 ポートマットの街が近づき、馬車の速度が落ちて、サイモンは舌打ちをした。

「おっと、混んでやがる」

「もう夜もたけなわだというのに、道が混んでるんですか」

「ああ。王都は検問、ポートマットは婚礼で……通りにくくてしょうがないぜ」

「そういうことですか。まあ、目出度いことですから」

「そっちはいいんだが、王都の方はなぁ……。一体何を警戒してるのやら」

 そう言ってからサイモンは私を見てから、馬車越しに追走してきているだろう、騎士団の馬車を見る仕草をした。当然のようにウーゴくんには黙ってウィンター村を出てきた。四人衆を見られたくなかったという事情もあるけど、単に意地悪したかっただけね。

 だというのに、王都で特急馬車を予約したら、背後にはもれなく騎士団の馬車が付いていましたとさ。


 サイモンは私と一緒にいると事件が起こる、だなんてネタにしていることもあるので、すぐに私を追っているのだ、と察してくれた。災厄、というと大袈裟だけど、とばっちりを受ける、という表現なら納得する程度には巻き込んでるから、私からは申し訳なさそうな顔を見せるだけにしておいている。

「ご苦労なこった。案外、温泉を増やすのを期待してたりしてな!」

「はは……」

 そのくらいの平和目的なら幾らでも穴を空けるけど。

 盗賊温泉は硫黄の噴出が止まったようで、かなり大人しくなったみたい。元々火山でもなかったから、マグマが溜まってるわけじゃなくて、水蒸気爆発をして少量の硫黄が出てきた……ということらしい。やっぱり、ちゃんとボーリングしないとダメってことね。


「お、列が動いたな。これ以上止まっているようなら嬢ちゃんだけ降ろそうかと思ったが」

「夜道に女の子を一人放り出すとか、あり得ません」

「女の子とか……! あっはっはっは!」

 サイモンが笑ったので、軽く睨んでおいた。



【王国暦123年9月23日 23:17】


「お疲れ様だ! えらく時間がかかっちまったな」

「お疲れ様でした。今回もありがとうございました」

 王都とポートマットの移動は、なるべくサイモンの馬車を予約している。サイモンの方も、気遣ってか、トラブルに巻き込まれるのを避けるためか、私に予約を受けた時は他の客を乗せないようにしているみたい。


 それにしてもポートマットに流入する馬車は、この時間になってもまだ列が続いていた。結婚式の見物……もあるだろうけど、パッと見た感じ、古くて立派な馬車もチラホラ。式に出席する貴族も含まれているのは確かなんだけど、その数がちょっと多すぎるので不思議に思っていた。アイザイアはグリテン王国第三の経済圏を持つ大領主ではあるものの、貴族界では若輩者で新参者。結婚相手も王族とは言え、いわく付きの元姫だし、式自体は小規模な方だ。これは引出物の数から知れるというもの。

 王都には領地を持たない貴族もいるし、貴族だけじゃなくて商人関係もいるから、立派な馬車が多いのはそのせいかしら、と理由を探す。


 サイモンの馬車が冒険者ギルド裏手の駐車場へと移動するのを見て、私は夕焼け通りを西に歩き始めた。

 先日は夜遅くに到着した時、冒険者ギルド支部の仮眠室に泊まったんだけど、ドロシーに怒られたから、今回はどんなに遅い到着でも、アーサ宅に泊まろうと決意していたし、そう連絡しておいたから。

 本当は、アーサお婆ちゃんが遅くまで起きてる……なんて事態を避けたかったんだけど、当のお婆ちゃんにまで『そう、待ってるわ』だなんて言われてしまえば拒否なんかできない。


 ちょっと気になって背後を振り返る。『魔力感知』でも『気配探知』でも反応はない。誰もいないのはわかっているのに振り向いてしまう。後にいるのが織田裕二だったら面白かったんだけどなぁ。


 まあ、それはいいとして、王都騎士団の追跡馬車は、ポートマットに入れなかった。せめて護衛すべき対象がいれば良かったんだろうけど、国王スチュワートは勿論、長男も次男も末息子も、ヴェロニカ姫のお祝いには来ない。薄情に過ぎるとは思うけど、政情不安定な王都を出るのは、どの勢力にとっても不都合なんだろうね。


 それにしては、わざわざ結婚の日取りを決めてきたのは王宮の方だし、そのくせに出席をキャンセルしてくるとか、どういう了見だよと文句の一つも言いたくなる。

 当初は末息子のシャロンが出席予定だったんだよねぇ……。ということは、マッコーキンデール卿が推している勢力の御輿がシャロンってことか。元の世界の某政治家が言うには、御輿はパーで軽い方がいいらしいから、シャロンも、長兄のデイヴィット、次男のアベルも軽いんじゃなかろうか。王族全員が軽いってことになると……。世も末だなぁ。ユーアーショックってやつだよなぁ……。


 夕焼け通りをさらに西へ歩く。

 街灯がさらに増えている気がする。夜が明るいかどうかは治安の善し悪しに直結する。王都よりも土地が狭いということは勿論だけど、明るい場所の面積が明らかに広いはず。

 王都よりも――――という言われ方は、ロンデニオン市から見れば屈辱に聞こえるかもしれない。それでなくとも、直接ではないにせよ、実質の賠償金も取られ、姫も取られ、民も取られている。それにポートマットは清潔で食品の質もいい。

 全てが自業自得なのは確かだけど、物の見方や扇動の仕方によれば、ロンデニオン市民のポートマットへの嫉妬――――悪感情が鬱積していくのは間違いない。


 こうなるとダグラス元宰相の目の付け所は間違っていなかったと言えそう。勇者オダを召喚した時点ではもうかなりアウトっぽかったけど…………。

 勇者サトウ召喚時なら、まだ色々と元宰相殿の思惑通りに事は進んでいたのかもしれない。色々と潰してきた張本人で、実行部隊の私が言うのもなんだけど、上手く誘導しているんだな、と『神託』のタイミングの良さに感心してしまう。


 それでも、大陸の同型ホムンクルスは勇者ヤマグチの討伐に失敗してたりするし、完璧じゃないところもあるのかしらね。

 今のところ直近の『神託』はウィンター村に関して、か。ウィンター村迷宮の確保が何を生んだのかといえば、村の発展、教会の再建、『塔』の建設、迷宮の整備、商業ギルドとの融和、ゴーレム運送、王都騎士団の追い返し、錬金術師ギルドの簒奪と四人衆の製作、各種魔道具の確保……。これのうち、どれかが重要だったんだろう。どれなのかは見当つかないけどさ。


 歩き、ボンヤリと考えながら空を見上げる。今日は曇り空で星は全く見えない。

 ウィンター村は晴天が多かったから、この点は不満かなぁ。

 教会が見えてきた。


 そういえばエミーに訊いたところ、この世界でもやっぱり天動説が主流()()()らしい。

 聖教は神がどうやって世界を作ったのか――――なんて創世神話はすごく適当で、ある日突然人間や生物や世界は登場して、そこから栄枯盛衰を繰り返して現在に至る――――。

 星と大地、どちらがが動いているのかには言及されていない。そんなことよりも重要なのは()であり、()()であると。現実的といえばそうなんだけど、過度に信心深い人には向かない、ライト感覚の宗教と言える。


 恐らくは東の方にいけば仏教やヒンドゥー教に類するものがあるはずだけど、今のところ既知の宗教っていうのは旧教、新教、聖教、アスリム教の四つ。実はこの四つとも根っ子が同じで、元は同じ宗教だったという説もある。ご多分に漏れず、教典の解釈やらで分派していき、違う宗教として分裂した結果なわけね。


 旧教とアスリム教はもう、まるきり別の宗教で、崇める神も違う。元が同じだった、というのが信じられないくらい。

 その半面、新教と聖教は旧教の影響が見られる。元の世界に置き換えると旧教がカソリック、新教がプロテスタントになるのかしら。聖教は、キリスト教を外部から見たイメージで外様がいい加減に作ったような……そんな気がする。


 イスラム教に相当するものがアスリムなんだけど、ユダヤ教に相当するものは聞いたことがないのはどうしたことかしら。あるのかもしれないけど、これはエミーやユリアンに訊いたことがないのでわからない。元の世界と同様の言われない迫害を受けているのかどうかも知らない。


 まあ、信じる神様が違うので攻撃します、っていうのも、元の世界の日本人である私にしてみれば乱暴な話に聞こえる。文化的な侵略を行い、他者を従えるための道具です、と言い切ってくれた方が潔いと言うか。


 実際の聖教では、もちろん教義上は神様がいることにはなってるけど、ユリアンもそうだし、最近迷宮を大好きになってくれたオーウェン神父も、かなり俗物で、神様の存在を信じていない。即物主義を聖職者の衣で覆っている。信者たちもまるきり馬鹿じゃないから、そういうのって透けて見えてもおかしくないはずなのに、教会関係者には一定の信用がある。その扱われ方は、元の世界の戦国時代辺りのお寺や神社……に感覚が近いかも。


 そんな聖教がグリテンで広まっているのは、旧教、新教が対立したり、宗教戦争をアスリムに対して仕掛けたり、という反省かららしい。

 学術都市ノックスは、そんな時代(と言っても百年ほど前?)の戦利品として、当時最先端だったアスリム文化を研究するための街なんだとさ。

「あー」

 ノックス周辺が不穏だったのに、結局、ウィンターへの対応で行けなかったのよね。うーん、気になるといえば気になるんだけど……まあ、いっか。



【王国暦123年9月23日 23:32】


「そう、おかえりなさい」

「ただいまです!」

 アーサお婆ちゃんは宣言通り、ちゃんと起きて待っていた。こんなことなら走れば良かったと後悔したけど、私が走ると騒々しいので、ゆっくり来たのよね。


「お帰りなさい、姉さん! 見せたいものが!」

「姉さん、あれ、完成しましたよ!」

 レックスとサリーは何やら自慢の一品ができたようで、前のめりに突進してきた。あれ、二人とも背が高くなってきてるような……。

「おかえりなさい、小さい姉さん」

 ジゼルが細い体躯を持ち上げて、姿勢を低くして合掌した。くっ、スリムで格好良い女になりつつある……。

「ドロシーちゃんは向こうの家にいるわ。私もそろそろ戻らないとね」

 ベッキーさんはちょっと眠そうにゆっくり歩いてきた。

「ああ、じゃあ、もうエドと一緒に住んでるんですか……」

「そうね」

 ムフフ、とアーサお婆ちゃんが意味ありげに口元を隠しながら笑った。

「ドロシー姉さんにはボクから素敵な下着セットを贈りました!」

 レックスはエヘンと胸を張って変態発言をした。

「私からは置き時計を贈りました」

 サリーがまともな感性でよかったわ。

「どんな時計?」

「時刻によって違う香りが出るようにしました。朝は爽やか、昼は落ち着くような、夜は……相手が魅力的に見えるような?」

 三種類の香を時間に合わせて焚く……のか。面白いねぇ。いや、夜? ちょっと待てよ?


「相手が魅力的っていうのは……怪しいクスリの類じゃないよね?」

「ド、ドロシー姉さんの指示だったんです……」

 これはレックスの発想じゃないのか。さすがはミセス・エメラルドの中の人、ということか。


「その香りの元って、セガックス?」

「はい。それとヤナギの皮の粉末、レモングラスを乾燥させた粉末です」

「ほぉ~」

「迷宮の方から蜂蜜と蜜蝋も出荷されていますから、これはロウソクにしてみようか、と」


 サリーの言葉足らずの報告を、レックスが優しく補足する。レックスが言うと熱くないロウソクにしか聞こえないけど。


 そんなレックスを、ジゼルはポーッと見ている。ジゼルは細いながらも体幹がしっかりしている感じで、明らかにレックスよりも体力がある。二つか三つかお姉さんだし、襲われたらレックスは抗えなさそう……。

 そんなジゼルを、サリーは努めて見ないようにしている。これは……いわゆる冷戦状態か。レックスから向けられている好意に気付き、戸惑いつつも応えられないまま、伏兵に攫われようとしている状況を、面白くないと思っているのかなぁ……。サリーの方は明確にレックスに好意を抱いているかどうかはわかんないけどさ。


 何となく不機嫌……なサリーの頭をポン……と叩こうとして、自分より背が高くなっているのに気付いて、躊躇う。腕を上げたままのポーズにサリーは不思議そうな顔をしていたけど、それが自分を励まそうとしているのだと気付いたのか、頭を向けてくれた。

 励まそうとして逆に気遣われたので、私は目だけは笑いながら、口はへの字にしてみた。ちょっとクシャオジサンみたいだなと思った。


「そうね、無事に帰ってきたんだから、貴方たちはもう寝なさい」

 青春の一ページみたいなやり取りを止めたのはアーサお婆ちゃんだった。もう遅い時間だもんね。

「あ、お婆ちゃん、お土産があります」

「そう? 何かしら?」

 何体か試作した段階のエレラビの解体済み肉と、黄色いウサギの毛皮。一体分を渡したんだけど……。

「まあ……! 母さんの帽子にどうかな?」

 瞬時に超反応したのはベッキーさんだった。

「色合い的には他の服に合わないかも」

 黄色の服っていうのが案外ないのよね。

「それは姉さん、作ればいいんですよ」

「染料なら心当たりがあります」

「私が採取してきます」

 一致団結した青春の一ページ組は、寝なさいと言ったアーサお婆ちゃんを宥め賺すべく、毛皮について語り合った。


「そう、わかったわ。まず寝ましょう」

 お婆ちゃんはニッコリ笑った。さすがにこめかみがピクピクしていたので、全員がダッシュで部屋に戻った。



――――いつものアーサ宅(わがや)で安心しながら寝ました。





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