うしろのウーゴくん
【王国暦123年9月13日 12:27】
ロンデニオン西迷宮から、ゴーレム隊商に同乗して出発したのは昨晩のこと。
今さっきウィンター村に到着した。道中、足止めを食らうかと思ったけれど、普段の到着時間とそれほど変わらなかった。
この辺り、さすが商業ギルドと言うべきか、戒厳令にも等しい状況でも、事前に通行の話を通していた。それは袖の下なども駆使しての寝技も含むんだろうけど、実際問題として、ゴーレム軍団が毎夜練り歩くんだから、これは脅威ではない、とお上に説明しておくのは当然とも言える。寝技に袖の下っていうのは柔道みたいだなぁと思ったりしたけど、それはどうでもいいか。
もう一つどうでもいいことなんだけど、ウィンター村に戻ってきても、『帰ってきた』感覚にはなってない自分にも気付いたのよね。この村に関わるようになって三ヶ月、実質二ヶ月ではあるけど、それなりに濃密な時間を過ごしていただけに、意外な気もした。このアウェー感が、今後どう消化されていくのかは、まだわからない。
ウサギパイは――――エミーが、夜食にして下さい、と渡してきたんだけど、ウサギパイは昼のお菓子なんだと強く言い含めておいた。何故なら夜のお菓子はいずれ登場するだろうから。朝のお菓子についても別途考えておかなければ――――。
などと考えていると、ゴーレムは駐機場である迷宮脇の広場へと方向転換した。
「お世話になりました」
「おうっ」
特に世話をしてもらった訳ではないけど、目立たずに移動できるのはありがたい。ゴーレム隊商は私の移動をカムフラージュする役にも立つ。
私はウサギの入った籠を両手に、キャリーゴーレムの上から飛び降りる。
「ギャウー!」
おー、ウサギが鳴いたわー。エレラビの方は驚いて少し発電したみたいで、毛が逆立ってる。スーパ○サイヤ人みたい。ああ、あれって電気で逆立ってるのかな……。
籠を抱えたまま、冒険者ギルド支部へと入る。お昼だというのに、ざわついた会話が聞こえるほどには混んでいた。
「おかえりなさい、支部長」
「むむ……おかえりなさい」
「ただいまです。長く留守にしてごめんなさい」
ティボールドとラーラが出迎えてくれた。
「いえ、事前の指示のお陰で留守中の問題はありませんでしたが……」
受付カウンターの中に入り、籠を置いて、椅子に座る。
「駐屯の件ですか。王都騎士団もしつこいですねぇ」
「詳しくは村長……代官に訊いた方が話が早いのですが。掻い摘んで言えば、一時的な駐屯の通告、というところですかな」
「一方的な通告、っていうのが問題なんですね?」
「まあ、この村は衛星村ですから、ロンデニオン市の意向に背く訳にはいかないんですが……」
「前回はブリットン準男爵が気合いで押し返したようなものですから。何度も使える手じゃありませんし、何度も来られたら根負けするのはこっちでしょうし」
そうですなぁ、とティボールドは顎に手を添えた。
「それにしても、何が起こってるんでしょうか?」
「ああ、王都が厳戒態勢に入っているみたいですね。街中というよりは街道や、山間で何かを探しているような動きをしていますね」
それが私を捜しているのかも……ということは伝えないでおいた。
「厳戒態勢……ああ……『ラーヴァ』……ですかな?」
おや鋭い。支部長クラスなら、その名前は知っていて当然か。
「そうかもしれませんね。事前に出現情報が得られているのかもしれません」
それは『神託』によるものではなく、勇者召喚には付き物だから、という見方もできる。ウィンターにいる今なら王城の方が近いし、ポートマットにいるならウィザー城の方が近い。どちらかだろう、という想定はできるものの、結局はユリアン経由で『神託』がないと動くに動けない。
「とりあえずは代官の館に行ってみますよ。ブリットン準男爵がお困りみたいですし」
ウサギの世話をラーラに頼んで、私は冒険者ギルド支部を出た。
【王国暦123年9月13日 12:48】
代官の館は目と鼻の先にある。トコトコ……と歩いて門番に声を掛けると、相方の門番が、目を見開いてからクルリと背を向けて、内部に向けて走り出した。
「何事かしら?」
「あっ、はいっ、黒魔女……冒険者ギルド支部長が戻ったらすぐに連絡せよ、とのお達しが出ておりまして! すぐに迎えの者が参ります。暫くお待ち下さい!」
硬直して言う門番を軽々突破するのも可哀想だったので、私は枝毛探しをしながら待つことにした。一~二分もするとベンが姿を現した。
「帰還したようだな。中へ入ってくれ」
「難しい顔をしてますねぇ」
「黒魔女を捜しているらしいぞ。誰のせいだ……」
ベンの人は吐き捨てるように言ってきた。カーヴと一緒で、どうも二世の人には好かれないらしい。いや、結婚してくれ星人は別かな。
「え、じゃあ、本当に、王都騎士団は私の所在を知りたかったとか?」
「向こうはそう言ってるな。何かやったのか?」
「いやあ、法に触れることはやってませんよ?」
私は手を広げて肩を竦める。ベンは、そんな私を訝しい目で見た。
「どうだかな……。とにかく、ミルワード卿が来ている。対応してやってくれ」
ウーゴくんか。彼ってば私担当なのかしら? イケメンじゃないと愛せないわ~。
応接室に通されると、中にはエリファレットとウーゴ、さらにその副官らしき人物がいた。ベンは解任されているから別の人ね。ウーゴは軽く手を挙げると、副官らしい人物は一礼をして退室していった。
「ご無沙汰しています、黒魔女殿」
「あの、私は別に貴族とかじゃないので、礼とか不要ですよ?」
と言ってみるけど、本当に一礼もされないのであれば不愉快にはなる。ちょっと難しい年頃なのよ。
「騎士団長の指示でもあります。こちらとしては、それに従うのみです」
ああ、そうですか。勝手にして下さいな。
「王都騎士団が再度駐屯されるとか。何かあったんですか?」
「何かあるかもしれないので、その予防ということです。黒魔女殿の所在をハッキリさせる。それが目的です」
「え、私、何かしましたか?」
シレッと訊いてみる。
「私はその質問の解答を示せる立場にはいません」
ウーゴはそんな言い方をした。騎士団、もといマッコーキンデールは私と『ラーヴァ』が同一人物だと決めつけて行動しているわけよね。直接も言えないだろうしなぁ。
「はぁ。私の所在が確認されたのなら用は済んでいるのでは?」
「いいえ、暫くの間、黒魔女殿を監視……いえ護衛させて頂きます」
コイツ…………。
「不要です。何に対しての護衛なのかは知りませんし、そんなものを受諾させられる謂われはありません」
「受けていただきます。黒魔女殿がグリテン王国民である以上、指示には従っていただきます」
さっきハッキリ言ってたけど、これは監視だ。面倒臭いなぁ。
「ふう、勝手にしてください。私はそちらの都合に合わせることはありませんので悪しからず」
私が諦めてそう言うと、ウーゴは満足そうに頷いた。くそ、嫌がらせも入ってるわけか……。
「つまり――――どういうことなのだ?」
蚊帳の外だったエリファレットとベンが訊いてくる。一見、話がまとまったように見えるものね。
「騎士団は『理由は言えないが、私を監視するために、暫く留まる』そうです」
身も蓋もなくエリファレットたちに解説する。
ウーゴは無表情に私を見ていた。それは呆れて物が言えないという風情ではなく、観察者のそれだった。
「黒魔女殿は……それでいいのか?」
「どうせ言っても無駄ですから、放っておきましょう。私がどこにいるかなんて些細なことですし」
「無駄? とは?」
ウーゴが瞬時に不安を覗かせる。
「私はその質問の解答を示せる立場にはいません」
なので、ニヤニヤしながらウーゴに投げ返しておいた。
【王国暦123年9月13日 13:51】
「というわけで、ここから先は許可を得た者以外は入場できません。悪しからず」
「うっ」
迷宮の中に入ってしまえば監視などできない。付いてこられないから。
地下一階入り口ホールの脇にある転送魔法陣から『塔』の基部へと移動する。
基部は構造上、アーチ状にくり抜いてあり、ポートマットの『塔』と同様に、無菌室に改装を行う。
無菌室は二部屋、他に倉庫、事務室、ウサギ小屋を設置。このウサギ小屋はエレラビ専用の部屋。事務室からトンネルを掘り、外部に通じる小屋も作る。この建物に付随して大規模ウサギ小屋を作る予定ね。
「よっと」
『塔』の脇からひょっこり顔を出した私を、目敏く見つけたウーゴたちが、またまた尾行してくる。
「…………」
「…………」
見て見ぬフリをしながら作業を進める。石造りの小屋が出来たらセキュリティ装置を内部に設置する。外部からは特定の手段、特定の魔道具を持った人しか入れない。『塔』の基部に入れるということは、自爆覚悟であれば破壊活動は可能だから。まあ、まず反射した壁面からの魔法攻撃で死ぬし、破壊に成功しても瓦礫の下敷き。遠隔操作できたり、遅延実行する魔法陣でもあれば別だけど……。
それにしても、ウーゴくんと他三名は、飽きずに私をジロジロと見ている。現在、ウィンター村にいる王都騎士団は、ウーゴくんたち四名以外にも、同じように四人一組になった班が二ついる。交代で私を見張っているわけね。あんまり見られすぎたら女は綺麗になってしまうわ!
建築作業が一段落したところで、エリファレットと、ワシントン爺さんを冒険者ギルドに呼び出すことにした。
歩きながら通信端末……は危ないので、立ち止まりつつ、各所に短文を送っていく。
フェイ、ザン、カアル、マール……こんなところかな。
カアルから素早い返信があり、学術都市ノックスに於いて、派遣されたブリスト騎士団と、急に駐屯を始めた王都騎士団の間で揉めているそうで、結婚してくれ星人にも連絡を取るように勧められた。
オースティンに連絡を取ってみると、件名が『結婚してくれ』だったので見ないで捨てようかとも思ったけど、ブレない姿勢も評価すべきだと思い直して内容を見た。
「へぇ……」
「…………」
私が通信端末を操作しているのを、チラチラ、とウーゴくんたちが見ている。ちなみにウーゴくんの副官みたいな人は鳥かごを手にしていて、中には鳩が入っていた。ああ、鳩便で連絡を取っていたわけか。それに比べると通信端末を持っている側は濃密で正確なコミュニケーションが取れている。これは体制側にとって脅威だろうねぇ。
オースティンからの短文の内容は、まとめると以下のようなものだった。
学術都市ノックスには、元々の駐留軍であるノックス騎士団(ブリスト騎士団の出張所的な扱いなんだそうな)とは別に、普段から何名かは王都騎士団の常駐者がいるんだそうな。これはノックスの成り立ちが関係しているんだけど、ノックス領地だけが街の建設費用を負担したわけじゃなくて、ロンデニオン市、王宮もお金を出してるそうな。大陸から持ち帰った技術の検証と研究のために作られたのが学術都市ノックスだから、そこで得られる成果も分け合うのがルールになってるそうだけど……。
通告もなしに王都騎士団の常駐者が徐々に増えていったんだと。何か変だ、と思って調べさせたところ、街から少し離れたところに野営地が設営されていたんだと。抗議をするにもノックス騎士団だけでは手が足りず、オースティンがブリスト騎士団を率いて東進して、ノックスに到着したところ、だそうな。
折衝はこれからとのことだけど、アイザイアとヴェロニカの結婚式にはオースティンが出席予定だったのに、それがキャンセルになってしまった、とぼやいていた。代わりに、というと変だけど、父親である、ラディスラス・ノクスフォド公爵閣下が出席するそうな。ああ、オースティンの出席がキャンセルって話は、コレが原因だったのか。
「うーん」
ザンからも連絡があった。時系列的に言えば、ウーゴが連絡を入れた時点から、あからさまに王都駐留の騎士団の警戒方向が、北方、つまりウィンター村に向いたそうな。
冒険者ギルド支部へ歩きながら、私は肩乗りのスライムに、小声で話し掛ける。
「ランド卿、例のやつ……」
「うむ。いつでもできるぞ……」
「フフフ……」
「フフフフフ……」
私とスライムは、ほくそ笑みながら歩みを進めた。後にいるウーゴくんは、どんな気持ちでそれを見ていたのやら。
――――振り返るとウーゴくん。




