※エドワードの視察1
【王国暦123年7月27日 15:05】
ポートマット支部、迷宮出張所副所長……という肩書きを持って、エドワードがやってきた。
「お久しぶりです」
だなんて他人行儀なことを言うエドワードに、一発嫌味をカマしてみる。
「ドロシーの旦那さんになる人ですから、私の兄も同然。余所余所しい話し方はしないで下さいな」
「ぐっ……」
エドワードの言葉が詰まる。本人にもドロシーを奪った……という負い目があるわけね。
「まあ、見学させろ、とのことでしたので、滞在期間中は見て回って下さい。夕食は代官と、商業ギルド幹部と会食をしましょう。声は掛けてありますから」
「ああ、ありがとう。とにかく顔つなぎが大事だと、クィン支部長からは言われていてね」
エドワードによれば、昨日は王都で目一杯歓待されたそうだ。『雌牛の角亭』で夜まで飲み食いして、深夜発の特急馬車に乗ってきたんだと。体調は悪そう……。だけど男だし、無茶振り出来ちゃう私には慈悲はない。
「じゃ、部屋に案内させますから。少し横になっていた方がいいでしょう?」
「そうさせてもらうよ」
そういうエドワードの白い歯が光った。育ちはいいものなぁ。
ところで、王位継承権を早々に放棄しているとはいえ、担ぎ出そうとか亡き者にしようとか、不埒な考えを持つ者もいるかもしれない……ということで、お付きの人もいる。
「それがなー、オレっちなんだなー」
「何だか久しぶりですよね、ルイスさん」
「そうだなー」
フェイによれば、ルイスは割と裏仕事をしているようで、いつぞやかレックスのフォローもしてくれたらしい。ありがたやありがたや。
「同じ中級だったのになー、いつの間にか支部長とかー」
「いやあ、見ての通り、小さな支部ですから」
「僕なんて未だ副所長さ」
「いや、ポートマット西迷宮支部に配属は栄転でしょう?」
「オレっちもそう思うー。二人とも栄転だー」
ちょっとやけっぱちな口調だけど、暗さはない。これでフェイの懐刀になりつつあるんだから、いいキャラクターをしてると思う。相方……のシドの方は、あんまり落ち着きがなく隠密仕事には向いてないそうで、表向きの仕事を多くしているんだという。
「ラーラ、キャベツのスープがあれば一杯ずつ、お茶と一緒に出してあげて」
「むむ……わかった」
ラーラに二人を案内させて、私は工事現場へと戻る。
エドワードご一行様が来る、と連絡があってから、村民だけじゃなくて代官の従士たち……実質の騎士団員……も動員して、殆ど突貫工事で溜め池の工事をしていた。通常は護岸工事くらいでいいんだけど、しっかり石畳にして、防水加工も施した。これはロンデニオン西迷宮でスライム粉を補給できたことが大きい。ウィンター村迷宮の浄水システムはまだ稼働してないし。
今は最後の堰の工事をしているんだけど、一箇所をサンプルとして施工してみせて、もう二箇所を村民たちにやらせているところ。西側にもう一つ、四つめの堰があるんだけど、これはネジ式で堰の壁を上下させる、ブリスト南迷宮で設置したやり方。
他の堰も魔力線を延ばして動力として使えれば同じようにできるんだけど、今回は単に石の棒を積み重ねる形にしておいた。将来的に水路を敷設する際にも堰は必要になるから、その工事を自分たちでやってもらえるように。
「支部長ぉ、こんな感じか?」
「うん、いいじゃん。石も四人がかりくらいなら持ち上げられるよね?」
村民たちは実際にやってみたらしく、頷いている。こういうのはハイテクならいいってわけじゃないからね。
四つの堰は、溜め池の、それぞれ東西南北に設置している。東側が迷宮から流入する水路で、一旦溜め池に貯水、北がキャベツ畑、南が麦畑に分配する。西は予備で、現段階では工事をしない。
北のキャベツ畑への水供給が最大の目的なんだけど、こっちの工事は簡単なので後回し、村民にやってもらう予定。というのは、南への水路は、村の東側を南へ突っ切ることになるので、ちょっと難工事になるのだ。直交する石畳はここを既に橋で繋いである。下水路はこの地点では高度が低くなっていて、農業用水路の下をくぐる形になる。先に作った構造物を避けるように設置することになるんだけど。
シーさんたちには、ポートマットからヤナギを持ってきてもらっているので、街中の水路、その両脇に植えて水路は完成、となる。植樹も任せようっと。
「支部長さんや、この木はどうして植えなきゃならんのかね?」
初老の村民が訊いてくる。
「水路周辺に根を張ることで、地盤が強化されるんです。あとは美観と、この木の皮を粉にして飲むとお薬になります」
何のお薬かってことは言わないでおいた。
「そりゃーさすが支部長さんだ!」
「支部長に付いていけば間違いねえ!」
これは賛辞と取るか、思考放棄と取るか。依存度が上がっているのもあるから後者かな。
「これを作ったのは皆さんの力があってこそ。代官……村の財産ではありますが、これを生かすも殺すも皆さん次第です。南側は主食の麦を育てる大事な畑です。暮らしが楽になるかどうか……心がけ次第ですよ?」
と、取った手をぶん投げておく。だって、施設だけがあっても、運用する人間にやる気がなければそれまでじゃんね?
「悔しいが黒魔女の言う通りだ……」
便の人が項垂れて呟いた。彼も従士たちと一緒に作業をやってもらっていた。
彼らにも、村民と同等の賃金を払っているので、タダ働きってわけじゃない。別に村民だけでも間に合うんだけど、建築作業に少しでも関わっていないと、今後の統治に不安要素が出る、と代官様が送り込んできたのだ。だから別に払わなくてもいいんだけど、払うお金そのものは代官から出ているので、作業員が六~七人増えたところであんまり変わらないというか。代金の回収だなんて、セコイ了見で代官が送り込んできたとは思えないし。
ただ、ベンはともかく、従士の人たちの立場はとても曖昧で脆弱なものだ。三つの家の、それぞれ当主と跡取り……親子ね……がいるんだけど、当主の方はというと騎士階級でしかない。これは一代貴族で、しかも準男爵よりも下、領地も持てない。準男爵を代官に送り込んできているから、将来的にはウィンター村もロンデニオン市から独立し、拝領する形になるんだろうけど、それは恐らく百年後とか、本来はそんな話だ。
半ば引退していた、出世もできなかった三つの騎士家が、異動する上司に付いていった。そこには生活苦も矜恃を穢される場面もあったろう。当主三人はエリファレットより年少ではあるものの、顔に刻まれた皺が、それを物語っている。
あんたらがやる気でやらないと、この村は発展しないよ?
という私の言葉は、村民だけではなく、従士と、そしてベンにも言えることだ。
知ったことじゃないけど、こんな小娘に指摘されるとは、彼らの心中や如何に。
【王国暦123年7月27日 19:14】
冒険者ギルド支部の会議室に、客人たちが集まってきた。
代官側からエリファレットとベン、商業ギルドからはワシントン爺さんとマール、冒険者ギルドからは私とティボールド、それにキャベツのスープを飲んで体調を取り戻したエドワードとルイス。
「エドワード……様…………!」
「やあ、ブリットン卿、久しいですね」
エドワードはキラリと輝く白い歯を見せて微笑を浮かべつつ、エリファレットに挨拶をした。エリファレットの方は、エドワードが来ることを知らなかったのだ。ベンだけは誰それ? という顔をしていた。このエリファレットは、幼少のころのエドワード坊ちゃんの、剣の指南役だったんだそうだ。
「トーマスの結婚式以来かの、エドワード……」
「エドワード・ウィーダー、と申します。ワシントン本部長」
エドワード自身が補足する。この『ウィーダー』は偽名で、家なんて存在しないので、ドロシーの保護者で義父であるトーマスの家に入ることになる。
「今は隠居の身じゃよ。ここにいる――――」
「マール・メトカーフと申します。ウィンター支部長、及び本部長代行を務めさせて頂いております」
マールの口調は、エドワードが何者なのか、を知っている素振りだった。
「貴方がメトカーフさんですか。マテオさんの好敵手という……」
「恥ずかしい限りですね。黒魔女殿に近い人物である事実は、私の今の役職よりも重いと感じています」
「それは褒めてるんですか……?」
「もちろんですとも」
私の問いに、マールは四角い顔で笑った。余りに怖いので場が凍った。
「ベン・ブリットンです。ウィンター村の自警団団長を務めております」
「お若いのに立派な方ですね。父上の薫陶が生きていらっしゃる」
エドワードの仕草や口調は流麗で、ポンポン、と思ってもいないだろう美辞麗句が紡ぎ出される。へえ、フェイの英才教育と、元々の王子教育、冒険者生活、嫁のプレッシャーが合わさると、こうなるのか……。
「まだ青二才よ。機会があれば鍛えてくれると嬉しい」
エリファレットも、そのお世辞に付き合った。エドワードの剣術はそれでも平均よりはずっと上だから、エリファレットに指南されていた頃には天才に見えたのかもしれないわね。そもそも、剣に自信がないと、冒険者になろう、だなんて思わなかったんだろうし。口調が少し雑になったのは、エドワードが、王子ではなく、冒険者ギルドの幹部だと思い直したからかもしれない。
「いえ、私は剣の方は錆び付いてしまいました。その点につきましては先生には申し訳なく思っています。剣であれば、そこのウィンター支部長に教わる方が良いかと」
「今は冒険者ギルドの幹部になっている。それで良いではないか。息子は黒魔女殿には座学を教えてもらっておるよ。駄目な生徒で申し訳ないが」
そう言って、エリファレットは私に、申し訳なさそうな顔を向けた。ベンの方はしかめっ面でそっぽを向いた。
「ベン殿は素直に吸収されていると思いますよ。元々数字を追う生活ではなかったのですから、多少の不慣れはあって当然です。お忙しいのによく続いてらっしゃる」
まあ、暗に覚えが悪いと言ってるんだけど、一を見て十を知る人じゃない、ってだけよね。周囲に天才な人が多すぎるからそう思えるだけで。
ベンはそれを聞いて、少し照れた。お世辞だっつーの。
エドワードの紹介の後に、ルイスも紹介された。軽い紹介ではあったものの、エドワード以上に人の中に入っていくのが上手いもので、一言二言で打ち解けてしまった。
「妙に話しやすい男じゃの……」
「あははー、よく言われますー」
当たり前だけど、ルイスの立場は単なる護衛で、冒険者ギルド的に役職があるわけじゃない。だけど、エドワードが冒険者ギルドの幹部としてここにいて、その付き人だというなら、ただ者じゃない、とは気付かれているだろうね。
あのフェイ・クィンが自分の後継者として育てている男は、継承権を放棄した元王子……。彼もまた、貴種流離譚の主人公なのかしらね。少なくとも商業ギルドの情報網、その精度を考えると、エドワードのこと、もしかしたらルイスが諜報関係の人物であることも知られている可能性がある。
私自身がそうであるように、冒険者ギルドと商業ギルド、両方に所属しているギルド員はあまりにも多い。将来的にこれは確固たる決意をもって分離するのか、不可分と判断して同じ組織として成立させるべきか、ちょっと考えどころではあるわね。
ところで、フェイが何度か本部長を経験している、というのは周知の事実なんだとさ。ダークエルフで長い時間を生きているから、ヒューマンであるザンはひよっこに見えていても不思議じゃない。今のエドワードと同じように、ザンも鍛えられた過去があるのかもしれない。ブリジット姉さんもフェイの弟子なわけだし、あり得る話よね。
その流れで考えると、エドワードは将来的に本部長を目指すことになるのかもしれない。あのワシントン爺さんが最上級の対応をしているし、商業ギルドはそう見ているのかもね。
歓談をしながら挨拶が終わったところで、ラーラとメーガンが本日の料理を持って会議室に入ってきた。メーガンは何もないところで躓いて転べる人だけど、視力が良くなったからか、眼を細めずに済んでいるからか、転ばなくなった。そうじゃなければ料理なんて運ばせないもんね……。
「本日の料理は、もう徹底的にキャベツです」
エドワードとルイスはさっきキャベツのスープを食べたばかりだというのに、関心の高そうな顔を保ったまま。
ティボールドとワシントン爺さん、マール、エリファレット、ベン……は、毎日キャベツを食べているからか、とても微妙な顔つきになった。
全員を見渡して私はニヤリと笑った。
ふふふ、そんなキャベツのマンネリを防ぐ料理……。
――――本邦初公開、キャベツプディングを食べて頂きましょう……!




