支部長の一日2
【王国暦123年7月23日 5:36】
ナナフシ姉妹のことを考えたからか、起床して通信端末を確認すると、アイザイアから短文が入っていた。
「へぇ~」
短文の内容は、九月二十九日にヴェロニカ嬢との結婚式を執り行う……という話で、これ自体は目出度いんだけど……。結婚式に伴う物品や引出物、立食パーティー用のテーブルと食器、さらに料理までヨロシク! という内容だった。
もう四ヶ月近く戻ってないし……。そろそろ一度戻らなきゃいけないわねぇ……。
逆算すると、一ヶ月後にはウィンター村を出ないと間に合わないか。
ウィンター村の方は時間が掛かるものもあるし、単純に一ヶ月後って訳じゃない。合間に一度ポートマットに戻って指示を出して……ということをすればいいか。
しかしなぁ、引出物かぁ。ポートマット領主らしいモノ? 生活に役立つモノ? 記念品として相応しいモノ?
名前の入ったお皿とか誰も喜ばないしなぁ。本人たちのフィギュアとかも売るに売れないしなぁ。
あー、透明なグラスタンブラーとかいいかも。でもなぁ、それがポートマットらしいかというと、どうだろうね? 今一番ポートマットらしい、のはトーマス商店? うーん……。
お料理も式の手順や形式にも依るし、立食パーティーだけのものなら量が多いだけでいいとしても、コース料理の内容までとなると、一月では足りないかも。
それにしても……なんで二十九日とかなんだろうか。肉のハ○マサの特売日ってわけじゃないと思うけど……。肉屋のマイケルが関係しているとか? ああ、そうだ、マイケルに頼もうかな。やっぱり一度戻った方が良さそう。
ああ、望郷の念に駆られると、とんでもなく帰りたくなってきた。これがホームシックってやつかしら?
【王国暦123年7月23日 6:24】
「この石畳をあそこまで。午後までに仕上げるよー?」
「うぃーっす」
ウィンター村民も建設ギルド色に染まってきた感がある。まあ、それはそれとして、気分的にはちょっと急いているかしらね。シーさんが来てくれたのは大きく、村民の建築スキルは格段に上がりそう。建設ギルド設立時のような、急激な建築スキルのレベルアップは見られていないけど、ガッドたちが過分に育ってしまっただけであって、今の村民レベルでも十分過ぎる。大体本職にさせるつもりもないしさ。
こういった公共事業の元手は代官だけど、その原資は商業ギルドで、冒険者ギルドが労働の対価として富の再配分をしている。
商業ギルド内部にある売店は、以前は関係者以外は使えなかったところを村民に開放してもらって、食品やら雑貨やらを購入しているので、結局商業ギルドが儲かっている。今まで停まっていた経済がダイナミックに動き始めた。
時々、用も無しに建築現場を見ながらボーッと座っているワシントン爺さんも、頭の中では何を考えているものやら。
マールは王都とウィンター支部を頻繁に行き来しているようで、その間の連絡は通信端末で行っているらしい。これまで、通信量のトップはフェイだったんだけど、渇望していたこともあるのか、今ではマールの方が僅かに多いほどに活用されている。男性はこういう小物って大好きだけど、輪を掛けて好きみたいね。
「ふーむ」
ワシントン爺さんは、部下に用意させているのか、毎度、お茶の入った水筒と、サンドイッチのお弁当を首からぶら下げて登場する。
「ワシントン本部長、木陰に入っていて下さいね」
「うむー」
ウィンター村の夏は涼しいとはいえ、やっぱり直射日光は辛い。
「もう少し街路樹や緑を増やそうかしら」
「うむ」
私の独り言にも反応してくれる。機械的に返事をしているだけという気もするけど。
作業をする村民たちは、邪魔に見える老人を邪険にすることもなく、危ないぜ、とか、こっちに来てなよ、とか、気遣われているみたいだ。
この爺さんが商業ギルドの長で、ウィンター村の発展を阻害して意のままにしようとしてた……なんてことは知らないはず。小さな村ほど互助意識が高まるということなのか、老人を大切にする気風なのか。答えは出ないけど、微笑ましい光景だから放っておこう。
お昼になって、爺さんを囲んで木の下でお弁当を食べる。ワシントン爺さんは、こうやってお弁当を食べてから商業ギルド支部へと帰っていくのが日課だ。
「ではな」
「おう、爺さん、また明日な!」
明日はこの現場から移動して、溜め池の工事に入るんだよなー。まあいいや、マールに伝えておこう。明日も爺さんは工事現場に来るだろうから。
【王国暦123年7月23日 16:01】
道具の片付けまで終わらせると、結局午後一杯までかかって、石畳の敷設が完了した。
これでウィンター村は東西と南北、二本のメインストリートの整備が完了した。その交差する場所には代官の館と冒険者ギルド。側溝と下水路が埋設された石畳は近代的で、施工に妥協はない。だって、元の世界で日本人確定の私がチェックしたんだもの!
「う~ん、美しい……」
ふふふ、あと百年は戦える石畳ね。
「これを、俺達が作ったのか……」
村民たちは口々に感動の言葉を紡ぐ。農作とは違う感動があるよね。
「まだまだ。明日からは溜め池やるよ。今までの作業が役に立つと思う」
「おお……キャベツの溜め池か!」
んん……。何だか山瀬○みのデビュー曲みたいだな……。
完成記念、ってわけじゃないけど、一区切りをつけるために、石畳に参加の作業員を労うため、冒険者ギルド支部の中庭でバーベキューをすることにした。
下拵えが少なくて済むのがいいわよね。せいぜいタレを作るとか肉を漬け込んでおくとか、野菜を切っておくとか……。あれ、結構手間が掛かってしまった……。
「むむ……」
「準備ありがとね」
「むむむむ……」
と、忙しいだろうにラーラに負担を掛けてしまい、ちょっと反省。でも、職員も参加してたから福利厚生ってことでいいよね。私が自腹切ってるわけだしさ。
「酒かぁ!」
「酒だなぁ!」
「酒なんて久しぶりだ!」
「酒を飲めるなんて!」
「ほいじゃ、節度を持って、自由に飲み食いしてくださいな。作業完了、お疲れ様でした!」
「うぃーっす!」
「むむ……うぃーっす……」
ラーラにまで感染しちゃったか。
【王国暦123年7月23日 19:57】
お酒が切れたところで宴は終了して、後片付けも終えると、ラーラは疲れたのか自室へ戻り、私は書類仕事へと戻った。
「支部長、お疲れ様です」
と、夜勤に入るメーガンとジネブラが受付に入ってきた。
「お疲れ様。女の子二人で夜勤とか、ごめんなさいね」
ちょっと気が引けてるんだ、と伝えると、二人は首をブンブン、と横に振った。
「とんでもない。それに、私たち……」
二人とも二十歳前後で、見た目の年齢からすると私よりも年長で、少なくとも女の子じゃないってことね。
「そっか。仕事はもう慣れた?」
「やってることは本部と変わりませんから」
「そりゃそうね。体調の方はどう?」
「私は特には変わりないです」
と、メーガンが目を細めながら言った。
「私は調子いいかも……」
と、ジネブラは思案げに言った。
「一度診ようと思ってたんだ。ちょっとメーガン、目を診させてくれるかしら」
「え、病気だったんですか?」
「多分。――――『治癒』。どう?」
「熱い……うう、目が熱い……」
何て言う病気なのかはしらないけど、微妙に目の周辺の筋肉に影響するものだったみたい。
「んー、これは再発するかもしれないね」
「ええっ? 熱い……」
「んとね、近くのモノと遠くのモノを交互に見たり、素早く左右に眼球を動かしたり……こういう目の運動をすれば、少しは緩和すると思う。普通の人でも手元ばっかり見てると、視力が落ちるんだよ」
「視力……? 目の力ですか?」
国際的な基準なんてないもんなぁ。目力が強いとか……黒木メ○サみたいな?
「あー、うん、遠くまで正確に見られるかどうかだね。目の周辺の筋肉を鍛えることは重要」
「ははぁ……。気にしてみます」
「うん、寝る前にやると効果的」
ストレッチ方法を教えると、受付業務そっちのけで、メーガンは目をグルグルと回し始めた。
メーガンが目を回している間に二件の依頼を達成認定していたジネブラは、異動当初よりは健康的になった顔を向けてきた。
「メーガン、手伝ってよ……」
「ゴメンゴメン……まだ熱い……」
「ジネブラの方はさ、迷宮までの散歩を日課にするといいよね」
「散歩ですか……」
「うん、何事にも体力は必要よ。迷宮はさ、石材集積所みたいになってるところがあるでしょ? あそこは魔力吸われないから、ボーッと座ってるだけでも体力が回復していくよ」
そう言いつつ、十種類くらいの動きを付けた体操を伝授する。こういう準備運動的なものはラジオ体操っぽくなっちゃうのが、元の世界の日本人というやつね。
「体が温かくなってきました!」
「私も! 熱い!」
受付に客がいないのをいいことに、受付カウンターの中で、女三人が不可思議な動きの体操で汗をかいた。
【王国暦123年7月23日 21:39】
支部長室に併設されている寝室に入る。ここは私室に相当するんだけど、テスト中や作りかけの魔道具が散乱してたり、書きかけの図面があったり、持って来ている本が平積みになっていたり、脱ぎ散らかした服があったり。
えー、平均的な女の子の部屋だと思うの……。
とにかく、自由な空間はベッドの上だけで、ゆっくり倒れ込むように寝ると、布団に頬をすり寄せる。
「あ~。ぎぼぢいい~」
だらしないのはわかっちゃいるけど、やめられない。平均的な女の子だから!
今日はこのまま寝ちゃうとして、日課になっている他の迷宮巡りを始めることにする。
ブリスト南迷宮は変わらず石の搬出を続けている。稲も育って青々しているそうな。ここでも建築組は活躍しているようで、迷宮東側の迷宮都市は着々と人口を増やしている。
順番を変えて、ロンデニオン西迷宮のアバターにチェンジすると、エミーが二冊の本を持って、待っていた。
「ああ、お姉様。ちょっと相談したいことがあるんです」
「うん、ナニナニ?」
と、エミーは持っていた二冊の本を手渡してくる。
本の表題は――――。
「『魔道具製作応用編』か……」
上巻、下巻の二巻構成で、『魔道具製作基礎編』の続編みたい。かなり分厚く大きい本で、背表紙だけでもかなり目立つ。ラノベコーナーの、あのシリーズみたいだ。
エミーによれば、最近見つかった、曰く『裏書庫』にあったものだという。
「裏書庫の中には、『ニホンゴ』じゃないものもあるんです。章題は読めたんですけど、あとはまるで暗号で、私には理解できなくて」
「ああ、これは暗号じゃなくて――――」
魔法陣に描く文字列の、羅列、と言おうとして、その章題を見る。
『魂の固着化』魔法陣……。ラシーン=モンローの崩壊を防ぐ魔法陣、その用途そのものの魔法陣だった。その章だけで下巻の前半分くらいを使っている……ということは、物凄く長いということ。ええと、どのくらいになるんだろう。一文字を二センチ四方で描いたとして…………。
「直径が百メトル?」
くらいになるのかな? それって魔法として成立するのかなぁ……。
あまり大きい魔法陣だと魔力が均一に浸透せずに不安定になる。持続目的なら魔法回路を二重化、三重化すればいいんだけど、瞬間的に魔法を発動させたい場合は回路の冗長化はあまり向かない。この魔法陣もそう。
「お姉様、どうですか?」
「興味深いねぇ……。もしかしたら稀代の錬金術師を救うのは、稀少な錬金術の本かもしれないね」
「? そうなんですか?」
エミーは小首を傾げてはにかんだ。
――――支部長の一日はなかなか終わりません。




