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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
異世界でカボチャプリン
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女三人の食卓


 地下室を掘るのに使った残土が、こんなところで役に立つとは。孔明も気が付かなかっただろう!

 作業場に土塊を置いて、固めたり切ったり削ったりして、『晒し水機』を作っていく。

「はぁ~~」

 カミラはそれを見て、呆気に取られている。うん、こういう知的な人が目を剥く様はいいね。


「そろそろ蒸し上がったようです」

 蒸し始めて三時間。その間に『晒し水機』を作り、道具と流れの説明をしておいた。

 なお、今回の『晒し水機』は、作業場に排水溝がなかったので、『浄化』と『冷却』を切り替えられるように作った。魔法陣は借家で試作した時のものを流用したので、カミラからは、土細工の不思議装置としか思われてないだろう。

「熱いので気をつけてください。長袖に手袋をした方がいいかも」


 蒸し上がった枝を『晒し水機』に置いて、急冷却。

「じゃ、剥いてみましょう」

 同じく土塊で作ったテーブルにどん、と置いて、カミラを促して二人で皮を剥く。

「面白いですね。するする剥けます」

「皮しか使いませんけど、芯材の方は燃やしたり薪になると思いますので、とっておきましょうか」

「そうですね。何でも利用できるのはいいことです」

 無駄は嫌いです、とカミラの細い目がさらに細められる。


「この後は丸一日天日に干して乾燥させるんですが、急いでるのならまだしも、太陽光に晒すことが、多分重要です。紙の白さに関わります」

「この『晒し水機』ですか? これで漂白してしまえばいいのでは?」

「その分時間がかかったり、『晒し水機』に使われる魔力消費が多くなりますし。将来的に『晒し水機』の性能がアップしたのなら、直接漂白していいと思います。だけど、専門の魔道具職人でもいないと管理しきれないと思うんですよ」

 ああ、とカミラは手をポン、と打った。

「なるほど、それで敢えて魔法的なことを避けて、原始的なことをさせているわけですね」

「私がずっとここに常駐しているのならいいんですけどね。そういうわけにもいかないんです」

「お忙しい身なのは常々聞き及んでおります」

 カミラは真面目な顔で頷いた。


「乾燥させた後はですね、四半日ほど『晒し水機』に晒します。このツマミをこちらに回して……『浄化』にして……。その後は灰汁で煮ますが―――。漂白が進んでいるようなら、この工程はなくてもいいでしょう。これは両方、試してみて頂けますか?」

「わかりました」

「漂白工程が終わったら、これを―――棍棒ですが―――使って叩きます。なのでテーブルは丈夫な方がいいのです」

 土系魔法でガチガチに固くしたテーブルを指差す。カミラも頷く。

「ドロドロになりましたら、これを――――アイビカの根をすり下ろしたものです――――混ぜて、水と混ぜて、網で漉きます」

 アイビカの根は素手で触るとかぶれる人がいるので、カミラに一言言ってからテーブルの上に置く。

 木枠とスノコ、それに載せる防水網も置いておく。

「一発で漉いた方が均一で美しい紙になります。これを剥がして、重ねます。重ねた紙の上に重しを」

 素材として削ったので、少し小さくなった大石を床に置く。


「水分が抜けきったら、板に貼り付けて、天日で乾燥させます。それで出来上がりがコレです」

「これは……美しいですね」

 完成品をカミラに手渡す。


「全部の工程を見せられたわけじゃないので、ちゃんと伝えられたか不安ではあるんですけど、ちょくちょく様子は見に来ますので」

「了解しました。不足している点や疑問点などはその時に」

 メモを取りながらカミラが頷く。

「まだ工程が完全に確立しているわけじゃないので、製法が安定して、品質が安定したら、この分野を独占できる可能性がありますので、がんばってください」


 私の励まし? の言葉に、カミラは細めた目をさらに細める。

「それで―――貴女にはなにか利点があるのですか? 教会が一方的に利益を享受しているような気がするのですが?」

 カミラは口を尖らせて詰問する。私が教示するばかりか、機材の提供までやっているのだ。ユリアンとの絡みを知らない教会関係者から見れば、不思議に映るのだろう。


 私は努めて柔らかく笑顔を作る。

「紙の生産が軌道に乗ったら、初期費用はあっという間に回収できるという目論みが立っているのが一つ。大判の紙が魔法陣製作に需要があって、私自身が欲しているというのが一つ。以上が私への利点です。ユリアン司教に、何か商売のネタを、と乞われたので提供しているわけなんですけど、上手くいけば、ポートマット名産になる可能性はありますね」

 私の弁に、カミラは大きく頷いた。


「それにですね、実際にやるのは皆さんなので、苦労はみなさんの双肩にかかってくるかと。私は口だけでお金儲けできそう、って思ってるだけなんですよ」

「そんなことはないと思いますが。そうですね…………。材料の確保が先決かもしれませんね」

 生産量が上がれば、教会の土地だけでは材料を確保できないだろう。

「土地、農地に関しては、トーマス商店、いや商業ギルドのトーマスさんに相談してみてくれますか? 金になると思えば便宜は図ってくれると思いますので」

「わかりました。将来的にはそうしてみます」

「コウゾの木とアイビカの大量栽培をまずはやってみるといいかもしれません。植え替えが必要になるなら、またお手伝いします」

「了解しました」


 メモを確認しながら、ブツブツ言い始めたカミラを置いて、私は司教の部屋へと向かった。

「どうぞ」

 ノックをする前に返事があった。

「失礼します」

 中に入ると、ユリアンとエミーがいた。なるほど、探知機(エミー)に気付かれたってことか。

「紙製造の概要について説明してきました。実際に作ってみるのが手っ取り早いので、まずは作らせてみてください」

「そうですか。お疲れ様です。どうぞお座りください。エミー、お茶をお願いしますね」

 穏やかにユリアンは私に着席を促す。エミーは、はい、と返事をして、小走りに部屋から出て行った。


「そういえば、トーマスさんがご結婚なさるとか。次の安息日に結婚式を教会でなさるとか。幸せそうでなによりです」

 トーマスが昨日、式の予約のために、ここに来たのだという。その場で雇用の話になったとか。根っこが商売人だなぁ。


「実は、エミーとマリアが行きたがっておりまして……」

 ユリアンが苦渋の表情を見せる。そりゃ、二人とも重要なシスターだものね。特にエミーは大神官の素質があるし。マリアの歌は素人目にも質が高い。教会が互助組織の側面だけで成立するならマリアは不要なんだろうけど、情操教育や文化的な意味で、彼女は得難い存在だろう。

「はい、確かに、教会からすると、二人をトーマス商店に働きに出すことは論外です。ですが、そうもいかない事情がありまして」

「―――といいますと?」

「エミーも、マリアも、外で働いた経験がないのです。シスターになる前には、一定期間奉公に出て、外部のことを知ってもらう。これもシスターの務めなのです」

 ああ、二人とも正式にはシスターではなく、シスター見習いなのか。

「そんな風習があるのですか」

 軽く驚いたところで、エミーがお茶を持って入ってきた。


「失礼します」

 エミーはそれだけ言って、あとは黙ったまま、ハーブティーをテーブルに置いていく。

「ああ、いま、トーマス商店の話をしていたところなんだよ」

 と、ユリアンがエミーに話し掛けたところで、エミーに後光が差した。


 うわっ、眩しい!


「司教様、考えて頂けるんですか?」

「う、うーん」

 煮え切らないユリアン。助け船出すかな。

「あの、住み込みじゃなくてもいいと思うんですよね。それに、毎日じゃなくてもいいと思うんです。安息日を起点にして、十日のうち二回とか。二人ずつ、合計四回でも、相当に助かると思うんです。孤児院の子たちから雇用するのは春くらい、って言ってましたし、春に改めて何人か雇用してもいいわけですし。私が見たところ、トーマス商店は慢性的に人不足ですから、どんな形でも大歓迎だと思います」

「なるほど―――臨時従業員というわけですか」

 私は頷く。想像するに、エミーとマリアの険悪なムードは、トーマス商店の従業員になるやならざるや、どっちが行くかとかで揉めていたのではないか。まあ、どっちの背中が煤けていてもいいのだけど。


「はい、そのような雇用形態も、いずれ一般的になるでしょう。春に孤児院の子が来たときに、業務の先輩がいるのも、心強いと思います」

「そうですか―――そうですね―――ドロシーは苦労したでしょうね―――。ああ、エミー、たとえば、今言っていたような雇用形態でも構わないかい?」

「もちろんです! お姉様の近くに居られるなら」

「私、不在の時が多いヨ……?」

 先に言っておく。いるいる詐欺になってしまうから。

「それでも構いません。見聞を広めにいくのに、お姉様が関わったところ以上の場所など存在しません」

 ん~、まあ、確かにアルバイト入門編として、道具屋の従業員は適していると思うけど。その仕事に神格化は要らないと思うんだ……。


「うん、その方向で、トーマスさんに予め話しておきますけど、どうでしょう?」

「よろしくお願いします。いつもお世話になっております」

 今日のユリアンは他人(エミー)の目があるからか、いつも以上に聖職者っぽい。しかし、聖職者といえば、『神託』はどうなっているのだろうか。ユリアンから話が来ないうちは安心してていいのかしら。


「ああ、エミーとマリアに鏡を贈って頂いたそうで……。私からは二人に何もしてあげられてないので……私からもお礼を言わせてください」

「まあ、それは神の思し召しというやつですよ。半分趣味、半分は自分のためでもありますから、お礼など不要です」

「そうですか……」

 お礼とか、何も考えてないくせに、ずるいさすが司教ずるい。私だって神様の存在を信じていないのに思し召しだとかもずるいけどね。

「それはそうと、教会は地下室とか、避難場所ってありますか?」

「この建物の地下にありますが―――ああ……。避難場所として使えると思いますよ」

 急に地下室の話をしたので、一瞬不思議に思ったのだろう。だけどすぐに言葉の意味を掴んだのか、ユリアンは、安心して下さい、と視線を返してきた。

 うん、安心しとくわ。

 作業的には、ほとんどボランティアの工事をやらなくて済んだ、みたいな気持ちもあるんだけどね。

「安心しました。明日から、ちょっと冒険者ギルドの用事で三~四日、町を離れると思いますので、それが終わったらまた来ます」

 私はそう言って席を立つ。

 えー、もう行っちゃうんですか? というエミーの視線を振り切りつつ。



 教会の敷地を出ると、もう夕方になっていた。

 眠さはとっくに峠を越えていたのだけど、横になったら即、落ちそう。

 教会とアーサ宅はかなり近い位置にあるので、徒歩数分で帰宅できた。


「ただいまー、です」

「そう。戻ったのね。おかえりなさい」

 扉を開けると、そこは魚を焼く臭いで満ちていた。

「焼き魚ですね」

「そうね。ちょっと臭うかしら」

 鼻をスンスン、としかめて、アーサは笑う。

「いいえ、魚大好きなので。ドワーフなのに変ですよね」


 冒険者ギルドの鍛冶場担当、中年ドワーフのマーガレット女史に言わせると、ドワーフの定番食といったら、生肉と強い酒、だそうな。魚とか猫かよ! 野菜とか牛かよ! などと叱責された記憶がある。

 肉屋のマイケルに同じことを尋ねたら、肉だぞ肉! しか言われず、肉串を手渡されたっけ。

 それともあれか、肉を食べないと胸が大きくならないとか? いや別に私は胸の膨らみが欲しいわけじゃないんだけど……。見る度に育っているエミーの膨らみを見ると、訳もなく負けた気分になるのは確かではある。これが牝の本能ってやつなんだろうか。いやしかし、シスターであるエミーが毎日肉を食べているかというとそうでもないはずだから、肉を食べているから膨らみが大くなる、と単純な構図ではないのだろう。


「そう? 変じゃないわ。でも、色々食べる方がいいわね」

 バランスよく食べろ! ということらしい。

「あら、おかえり」

 奧からベッキーも出てきた。自室で簡単な荷造りをしていたのだという。

「まだ本格的に引っ越し、ってわけじゃないんだけどね」

「次の安息日に式を挙げると聞きました」

「あらっ、情報早いわね。熱いうちに何とやら、みたいね」

 トーマスがやや焦り気味に事を進めているのを、微笑ましく見ているようだ。既に尻に敷かれているってことか。


 アーサは焼き(ツーナ)のハーブソースがけを大皿に盛り、食卓にどん、と置いた。姦しい夕食が始まる。

「そうね。私の時なんて、本当に大変だったわ」

 食事も終盤、という頃、アーサが遠い目をして語り出した。少しアルコールが入って、娘の式の話で感傷的になっていたのだろう。アーサさんの旦那さんの話になっていった。


「そう―――あの人は冒険者でね。私の父が厳格な人でね。風来坊なんかに娘はやれないとか言い出してね」

 風来坊って、こっちの言い方だと何なんだろうね。直訳されてるからわかんないや。

「冒険者のまま、結婚されたんですか?」

「そうではなかったわ。結婚を機に王都の騎士団見習いになってね。でもすぐ足を怪我してクビになっちゃってね。それでも力仕事しかできないんだーとか言って、無理してね」

 アーサの述懐に、ベッキーも朧気になった記憶を掘り起こしているようだ。

「あー、何となく覚えてるわ」

「そうね、寝込んだところに流行病でね。治療師の手配も間に合わなくてね」

 治療の術はあったみたいだけど、羅患者が多すぎて間に合わなかったのかな。その頃に流行った病気ってなんだろう。大流行ってわけじゃなさそうだから、ペストとかコレラじゃないみたいだけど。


「そうね、それから途方に暮れてしまってね。そんなときに冒険者ギルドのフェイさんが声をかけてくれてね」

 え、ここでフェイが出てくるのか。

「そう、夫に世話になったから、とか。糸紡ぎの仕事も斡旋してくれてね。それでポートマットに来てね」

「その頃は支部長が、お母さんの新しい恋人だとばっかり思ってたわ」

 ベッキーがあははは、と笑いながらワインをグイグイ飲んでいる。


「そうね、本当はね、私もね、恋してたのかもね。でもね、あの人、出会った時と風貌が全然変わらないのよ。私ばっかりお婆ちゃんになって! 酷だわ~」

 アーサもグイグイ飲んでるけれど……。泣き上戸なのか……。


 っていうか、この酔っぱらい母娘をどうにかするのは、素面の私しかいないよなぁ……。

 完全に潰れてしまった二人を、それぞれ寝室に抱き上げて持っていく。まさか、このために私はこの家に住まわされているとか……?

 食卓には、焼き魚が数切れ残っていた。ので、一口。うん、冷めても案外美味しい………。ハッ、こうして人は豚になっていくのかしら!

 思い直して残りの魚は、陶製容器に入れて、道具箱に入れておき、私のお弁当に!


 テーブルを片付けていると、二人が飲んでいたワインの瓶を見て……地下室にあったものだと気付く。

 そっか、アーサの旦那さんも、ベッキーに一言言いたかったんだろう。

 んで、ついでに、アーサに嫉妬をぶつけてみたんだな。



―――悪酔いするはずだわ。



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