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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
冬の村は燃えているか
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冒険者ギルドでの昼食会


【王国暦123年6月16日 10:10】


 遅めに起床したこともあって、今日は迷宮の修繕作業はせず、増築分の建物の、残りの内装作業を行った。全部が終わるわけじゃないけど、一応の完成までは持っていきたいし。

 ここのところ黒っぽい服を意識して着ていたのだけど、ウィンター村に来てからはラーラにキャベツを食わされまくったせいか、薄緑のチュニックを着てみた。


「むむ……黒? 魔女? 緑魔女……?」

「うーん、それはエコテロリストみたいだなぁ……。いいんだよ、何でも。私が望んで付けられた二つ名じゃないし」

「むむ……二つ名とはそういうもの?」

「うん。他人からどう見られてるのか、って話だからさ。案外つまらない由来だったりする人も多いみたい」

「むむ……」

 目を閉じて唸ったラーラは、もしかしたら自分に二つ名が付いたところを想像しているのかも。そうだなぁ、『唸り』『虚空の観察者』『白羊宮のムム』『アク取り名人』なんかはどうだろうか。……うーん、やっぱり冒険者として活躍しないと特徴が見えてこないからなぁ。


 ああ、加えて、みんな見ているようで見てないから、ボンヤリとしか区別がつかなくて、色の名前がついてたりするのか。したり顔で黒とか白とか言っちゃってるわけね。


 ところで、増築していて気になったのは、やっぱりトイレと下水事情なのよね。同じ寒村でもストルフォド村は海が近くにあって……さぞや豊富な栄養に満ちた海になってただろうけど……衛生事情はそれほど悪くはなかった。それでも村の人口が増えれば黄色い海になっちゃうのは想定されているから、ブリスト南迷宮の迷宮都市に下水をつないで、有償で引き受けようかと思っている。


 それと同じことを、このウィンター村でもできないかなぁ、と思うんだけど。下水道を造ること、そのものは問題ないんだけど、建設費用は誰が負担するんだとか、管理は誰がやるんだとか、全部迷宮がやっていいものか、それで公共性が保てるのか……。

 村が二分されている現状では踏み出せないでいるわけよね。また、村の規模が小さいということも、代官側が負担するには大きな金額になるという点も見逃せない。


 私個人としては、さっさと私がお金を出すからやっつけてしまいたい。だって、キャベツを生で食べたいし。

 下水道が整備されていない畑では糞便を肥料に使う以外にない。するとどうしても衛生的な問題と寄生虫の問題が避けて通れない。それをスライム肥料に置き換えてしまえば多少は改善されるんじゃないかと。まだキャベツの農法も、品種も改良できると思うし、本気でキャベツの村になれるんじゃないかと。っていうかしちゃいたいな!

 ふむ………。

 そうだ!

 キャベツだ!


「ラーラ、あのスープってまだ残ってる?」

「むむ……新しく作らないと……」

「じゃあさ、受付業務は放置していいから、昨日のレシピでスープを作ってほしいんだけど」

「むむ……エレ肉の?」

「うん、エレ肉もまだあるよね?」

 ラーラは目にクエスチョンマークを浮かべながらも頷いてくれた。

 料理で、あの頑固者たちを説得してみようじゃないか。

 ふふふ、本当に美味いキャベツをご馳走しますよ……。



【王国暦123年6月16日 12:22】


「ほうっ。この建物が半日で出来たじゃとっ? 魔法じゃあるまいなっ!」

「さすがは建設ギルド顧問……ということですね」

 お昼過ぎになって、商業ギルドの二人がやってきた。


 代官側はエリファレット、ウーゴ、ベンの三人。ベンはキョロキョロと落ち着き無く会議室の内部を見渡した。

「冒険者ギルドにこんな部屋があるとはな……」

「昨日半日で建てたそうですよ。黒魔女殿なら当然なのでしょうが。身内に甘いというのは本当ですね」

「…………」

 テーブルも椅子も、即席でさっき作った。粗野なデザインながら木目を生かした逸品ね。ニスは塗ってないけれど、ヒノキに近い種類の木材で作ったので、軽く磨くだけで光沢が美しい。何より木の香りが心を落ち着かせてくれる。


「皆様、ご足労を頂きましてありがとうございます。ブリットン準男爵閣下、ワシントン本部長が仰ったように、この会議室は昨日造りました。材料が不足しているので大変でした」

「その程度、言って頂ければご用意しますよ?」

 マールが強面に微笑を浮かべて言うけれど、それはきっと社交辞令なんだろうね。

「ではオーク材を。等級は低くて構いませんので、数が欲しいです」

「建材ということですね。私の権限で可能な範囲で融通しますよ」

 おや、社交辞令じゃないなら納品してほしいわね。


「マール!」

 ワシントンがマールを叱り付けるけれど、当のマールはどこ吹く風、その動じない風体は、経済ヤクザにしか見えない。

「しかし本部長、黒魔女に逆らっても良いことはありませんよ? トーマスさんやマテオにも諫言をもらっているはずです」

「その話は後じゃ。黒魔女の提案とやらを聞いてからじゃな」

 ワシントン爺さんが私に向き直る。対決ムードが高まってきたわね!


「うむ、当方もどのような提案なのか興味があるな。強硬手段を採らせないための秘策、というところか?」

「まあ、そんなところです。皆さん、昼食は摂られましたか?」

 全員が首を横に振った。

「先日はブリットン準男爵閣下、ワシントン本部長にご馳走になりましたので、そのお礼も兼ねて召し上がって頂きたいものがございます」

 チラリ、とラーラを見ると、彼女は頷いてから、スープ鍋を持って来た。

 怪訝そうな顔をしている五人をよそに、ティボールドが軽やかなステップを踏みながら全員の前にランチマットを敷き、スープ皿と木製スプーンを置いていく。


 食事会だ、とは言ってなかったので、この展開は両者の想像を裏切るものだろうと思う。だけど、食事の礼に食事、というのはおかしくはない。

 違和感を覚えたのか、ティボールドを驚きの目で見ているのはマールとエリファレットの二人。この二人はティボールドの足が義足であることを知っている。あまりにスムーズに配膳をしていく姿を見て、どういうことなのか、と訊きたそうにしていた。だけれども、ラーラがスープ皿にスープを注ぎ始めたので、訊くタイミングを逸したようだ。


 酸っぱい黒パンを二切れ添えて、全員を見渡してから、

「どうぞ召し上がれ、これが至高のスープです」

 ニヤリと笑いながら、食事を促した。


「ふん、これはキャベツのスープではないか……」

 初めて口を開いたベンが、提供されたスープを一笑に付する。

「いや………これはただのスープではないっ……」

 さすがワシントン爺さん、何かを感じたようだね。

 そして一口啜ると……。

「何だこの味は……! ただのキャベツスープではない、わかった、出汁が違うんじゃな!」

「お見事です。さあ、皆さんもどうぞ召し上がって下さい」

 そう言うと、スープから漂う匂いに我慢できなかったのか、皆、慌てて啜り始めた。


「何てことだ、キャベツの芯なんぞが美味いだと……!?」

 エリファレットの感嘆の声。うふふ、もっと言っていいのよ。

 あっという間に全員がキャベツスープを完食したわね。


「こんなに旨味を出す肉……いや骨か……? そんな動物が……いや」

「マールさん、そうです、これは、とある魔物の骨髄と肉のエキスでキャベツを煮込んだものです。ただし芯と葉っぱは時間差を付けて煮ています」

「何と、魔物だとっ!」

「はい。その魔物の肉を焼いたもの……食べてみたくはありませんか?」

 酷薄な笑みを参加者に送る。ゴクリ、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。


「と、肉を焼く前に……」

「それは?」

「生のキャベツを細く切ったものです。なあに、付け合わせですよ……」

 キャベツの千切りを平皿に盛り、その皿を配膳してもらう。

「生のキャベツじゃとうっ? 腹が下るわ!」

「いいえ、この生のキャベツこそ、ウィンター村を救うものなのです。お腹は下りません。何故なら、使った葉っぱは、一枚一枚を丁寧に洗い、さらに『浄化』の魔法を施してあるからです」

「なっ……。光系魔法を料理に使うとは……!?」

 ウーゴくんが呆気に取られているようだねぇ……。神官が使う治療魔法以外の認識はないもんね。


「そのキャベツはまだ召し上がらないで下さい」

 そう言っておいてから、『点火』の魔道具とフライパンを取り出して、エレ肉の薄切りを焼き始める。

「何という美味そうな匂い……!」

「魔物の肉と言っておったな。まさかあの幻の……」

「ワシントン本部長、それは言わぬが花というものです。さ、肉が焼けましたよ。小皿の塩を肉にお好みで振りかけてから召し上がって下さい」

 参加者は、言われた通り、指で黒いものが混じった塩を摘み、パラパラ、と掛けてからフォークに刺して、一口で食べた。


「~~~~~!」

「なんじゃこれは! 臭みが全くない……。いや、僅かにある臭みさえ旨味に感じられるぞ! この塩に混じっているもの……胡椒か」

「はい。商材としては扱っているでしょうけど、あまり召し上がったことはないのでは?」

「う……」

「確かに……」

 商業ギルドの二人が絶句した。

「こんな美味い肉は初めてだ……」

「父上、こんなものを食べさせられては……!」

 エリファレット、ベンの親子は泣いていた。

 だがしかし、味の暴風雨や! という状況に一石を投じた男がいた。


「な、何を皆さん驚いていらっしゃるのです?」

 ウーゴ・ミルワード、その人だった。空気を敢えて読まず、私の策略に乗るまいと抗っていた。

「この肉はエレクトリック・サンダー。迷宮で飼われている魔物で――――」

「正確には、飼われてはいません。戦闘能力がありすぎて、深い階層で待機せざるを得ないのです。つまり、倒すのは困難で、実質、迷宮管理者が提供しなければ口にはできない食材です。慎重に管理する必要があり、その維持にも多大な魔力を必要とします」

「稀少な肉だということはわかった。しかし、黒魔女殿。この肉をもって我々と商業ギルドが和解できるとでも?」


 チッ、空気を読まない男は嫌いよ。

 そんな内心の不機嫌を隠して、私は口を歪めて嗤った。

「そうです。和解できますとも。商業ギルド側が頑なな姿勢を崩さず、代官側は武力衝突の可能性をチラつかせたまま。ここに未来志向はありません」

「うっ」

「くっ」

 ワシントン爺さんとエリファレットが黙り込む。ウーゴが何か反論する前に――――。

「そこで。皆さんのお皿には、肉汁が付いているかと思います。軽く塩をして、キャベツに和えて。そして召し上がり下さい」

「なんじゃと!?」

「なんだと!?」

 私は手を広げて、さあ、どうぞ、と勧めた。視線はウーゴをロックオン。ウーゴは黙って私の言うとおりに、塩をした肉汁をキャベツの千切りに和えて――――口にした。

「こ、これはシャクシャク」

「シャク、なんシャクじゃ、シャクシャク」

「生キャベツ、シャク、が! こんなにシャクシャク、美味いだシャクと!」

 黙って食べてほしいなぁ。

 そこで、さらに焼いたエレ肉を皿に置いていく。

「塩をしたエレ肉で、キャベツを巻いてお召し上がり下さい」

 そう、これが最終兵器、『キャベツのエレ肉巻き』だっ。


 取り憑かれたかのように、私の言うことに従い、肉でキャベツを巻いて、一気に口に放り込む参加者たち。もはや狂信者の集まりにしか見えない。

「キャベツの甘味がシャクシャク、肉汁でシャクシャク」

「負けないシャクシャク、何で生のキャベツがこんなに美味いシャクシャクシャクシャク」

 ウーゴが一番五月蠅いな。

「さあ、どうぞ、ミルワード卿、肉もキャベツもまだありますよ……」

「グゴゴゴガ、シャクシャクシャクシャク」

 よし黙った。


 参加者がケダモノのように肉とキャベツを食べまくっているのを、ティボールドとラーラは、可哀想な人たちを見る目で見渡した。

「そろそろ食後のお茶をお願いします」

「むむ……はい、しぶ支部長」

「支部長、何者、ですか……」

 いやあ、私自身、驚きよ。こんな、料理とも言えない料理で感動してくれるとは。



――――エレ肉とキャベツの勝利、ということかしら。





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