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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
異世界でカボチャプリン
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紙の製作


 借家から聖教会へは、ゆっくり歩いて十分くらい。

 寝てないからか、何となくボーッとしてて、足下がふわふわした感じ……。口元も何だかちょっとだらしなく開いていそうな、そんな感じで昼前の夕焼け通りを歩く。


「あれ~?」

 教会の敷地に着いて、一番先に私を見つけたのはマリアだった。

「こんにちは。エミーは?」

「こんにちは~。孤児院の方かな~? 呼んでくる~?」

「うん、エミーとマリアに用事があるんだ。孤児院に行けばいい?」

「私も~?」

「うん、ヒマだよね?」

 決めつけてニヤリと笑う。マリアは力なく笑い返してきた。ヒマらしい。

「夕食の準備に行こうと思ってたんだけど~」

「まだお昼なのに?」

「ほら~、教会は人数多いから~」

 マリアはちょっと偉そうにハト胸を張った。ちょっとイラッとする仕草だなぁ。

 夕食は孤児院の分も作っているらしく、教会関係者全員が順番で担当するとのこと。そりゃ量も多そうだし、昼くらいからやらないと間に合わないわけね。


 孤児院の建物に入ろうとしたところで、中から輝くような金髪のエミーが出てきた。

「お姉様の気配がしたもので……」

 勘で出てきたのか……。臭いとかじゃないよね? エミーにそんなスキルないよね? ああ、『気配探知』はあるか……。厄介なスキルだなぁ……。


「こんにちは、エミー」

「こんにちは。本日はどうなさったんですか?」

 後にいるマリアなど目に入らない様子で、エミーはニコニコっと笑いかけてくる。

「あー、ちょっと話せるところがいいんだけど」

 孤児院の建物には何人か残っているようだった。エミーは人払いを兼ねて、

「ほらー! お手伝いにいきなさーい!」

 と、大声を出す。それが引き金になって、孤児院の中にいた数人も、教会の方へ走っていき、建物の中は無人になった。

 これでいいですか? と目で話し掛けてくるエミーに、調教師のスキルでもあるのかと、彼女のスキルを再確認してしまう。無かったけど。


「うん、この間の指輪はしてくれてるようで。嬉しいよ」

 今まで何かの授業をしていたのだろう、椅子が少しだけ乱れて、雑然とした様子の孤児院の集会室兼食堂の、空いているところに腰掛けながら、私は二人と会話を始める。

「ええ。大切にしています。マリアさんとおそろいなのはちょっと不満ですけど……」

「ええ~?」

 なんだろ、二人はケンカでもしてるのかしら。ちょっと空気が険悪。まあ、二人で解決してよね。火ダネの私が言うのもなんだけどね。


「まあまあ。仲良くしてよね。でね、これなんだけど」

 手鏡を二人に手渡す。既に魔核も装填して、送受信ができる状態だ。

「まあ………………」

「わぁ~」

「これ、魔道具で……。連絡が可能になります。着信拒否もできます……」

 これは隠し機能なんだけど。この二人、雑談したくて私に連絡してきそうでさ。時間のあるときならいいけど、そうじゃない時の方が多いというか。普段は『道具箱』の中にあるから(その状態だと送受信できない)、殆ど私からかけることになりそうだけど。

「いいんですか! こんな……ううっ」

 エミーが泣き始めた。えっ、これは想定外だ。

「う~れ~し~い~な~」

 マリアは歌っている。ビブラートがついて、無駄に美声なのがイラっとする。だけど、イラッとしないマリアなんてマリアじゃないよね。


「緊急の、しかも身の危険が迫っている時とか、私から連絡できた方がいいと思ってさ。まあ、その手鏡自体を狙ってくる輩もいないとは限らないんだけど」

「あ~そうかも~。高そうだもんね~」

 エミーはまだ泣きから立ち直っていない。

「司教様はご存じ……というかこれから言うけど、なるべく、その手鏡が魔道具だってこと、その機能については、なるべく他言しないでほしいんだ」

「ぐすっ、わかりました……」

 立ち直ったエミーが了承の言葉を口にする。泣くほど喜んでくれて、嬉しいですよ。

「あー、で、司教様に会いたいんだけど、いらっしゃるかしら」

 手鏡の受領式は終了です。


「ぐすっ、ご案内しますっ」

「あ~私が」

「マリアさんは厨房へどうぞ」

 マリアが語尾を伸ばす間もなく、エミーが冷え冷えする笑顔でピシャリと切った。うわ、なにこれ修羅場? 火ダネは私で? いつの間に? これがモテ期?

「じゃあ、ふ、二人で案内してください……」

 まるきり駄目男の選択をして、二人に案内を求める。もちろん二人とも不満顔になった。

 いや、普通に一人で行けるんですけど……。

「行きましょう?」

 ちょっと強ばった笑顔を二人に向けて、先導してしまう。慌ててエミーとマリアが後を追う。こういう時は強引に場を動かしてしまうに限る。


「そういえばお姉様。トーマス商店が従業員の手配を依頼してきたそうですよ?」

「あ、そうなんだ」

 トーマスのフットワークは軽いなぁ。

「今回は孤児院の子に限らないとか言ってました」

「ね~、それは通いでもいいってこと~?」

「そうなるかなぁ」

 私の肯定の返事に、マリアは何やら考え込んでいる様子を見せた。まさか、マリアが来るとか? 音楽のお仕事はどうしたよっ。


「まあ、今から司教様のところに行って、その話次第じゃないかなぁ」

 紙作りは人手も必要だし……。孤児院を含めて、教会が人手不足になる可能性もある。その辺りの兼ね合いも話しておくかなぁ。

「そうなんですか。孤児院もそろそろ何人か巣立ちでしたし、いいお話かもしれませんね」

「ああ、年長の子とか、そろそろなんだ?」

「はい、春には何人か孤児院から出ることになると思います。雇用のお話が来てから出しちゃう子もいるので、出る時期はいい加減なんですけどね」

「ということは、入院希望の子が多いってこと?」

「ん~、院生は突然増える~かも~」

 マリアも孤児だったっけ。根っ子の部分では、他人から見えない心の傷があるのかもしれない。その辺のケアが必要だからこそ、孤児院からの雇用は安価なのだ。その割に人材の質が高いのはエミーやマリア、教会関係者の努力あってのことだろう。


「そっかー。また苦労かけるかもしれないけど、その時は頼むね?」

 左右に一回ずつ、笑顔を向けて、二人の目を交互に見る。うは、やってることがジゴロ(死語)だなぁ。

 二人の小さな、はい、という言葉が漏れた頃、司教の部屋の前に到着した。コンコン、とエミーがノックする。マリアは一歩引いている感じ。二人の力関係っていうのはよくわかんないなぁ。


「どうぞー」

 中から声が聞こえたので、エミーが扉を開ける。

「突然お邪魔しまして、申し訳ありません」

 ユリアンは立ち上がって扉の近くに寄ってきた。

「いえいえ、いつでも大歓迎ですよ。さ、どうぞ」

「はい、ありがとうございます」

 合掌して軽くお辞儀をする。その後に振り向いて、エミーとマリアにもお礼を言う。

「案内ありがと。また後でね」

「はい、お姉様」

「はい~」

 扉を閉めて、ユリアンのエスコートでソファに座る。


「本日は……まさか……」

 そうです。安い労働力を使った金儲けの話です。私は無表情に頷いて、『道具箱』から羊皮紙を取り出す。

「羊皮紙―――ですか?」

 続いて、もう一枚。これは漉いた紙だ。少し厚めで、表面は木で均しているのでツルツルだけども、裏面はゴワゴワしている。

「これは?」

「もの凄く乱暴に言いますと―――植物の繊維を加熱して、ほぐして、水に溶かして、漉いて、乾燥させたものです」

 急増なので質はよろしくないけども、説明に使う現物としては悪くない。


「ほう……木の紙……ですか……」

 ユリアンの目が光る。この人は教会の利益になることは見逃さない。

「それで、ですね。製法は説明しますし、道具もこちらで用意します。ああ、魔道具の類はごく簡単なものを用意しました。魔法の素養のない人でも多分……大丈夫でしょう。この紙は『漉き紙』―――と呼びますが、繊維をほぐす際に細かくすれば、もう少し手触りが良く、品質も向上すると思われます」

「製造については―――素人でも可能なのですか?」

「そこは慣れでしょうね。素人でもそれなりの物は製造できるでしょうけど、熟練職人には遙かに遠く及ばないと思います」

「しかし、なるほど、紙ですか」

 ユリアンはうんうん、と何やら頷きながら考えている様子だ。


「商売になる、と司教様が判断して頂けるようであれば、ある程度大がかりにしたいのです」

「なるほど、これが先日仰っていた―――。となると、大がかりにしないと利益が出にくい商品、ということですか」

 さすがに利に聡い、腹黒司教。


「その通りです。一つはそれほど技術的には難しくない―――熟練度を別にしてですが―――ので、模倣されるのは既定路線であること。商品の性質上、大量生産してこそ商品になりえるということ。そして、いずれ売値は下落していくということ」

「薄利多売が基本、ですか。なるほど、労働力という点では教会や孤児院を巻き込むのは悪い手ではないでしょうね」

 ニヤリと笑うユリアン。口元だけは聖職者に見えない。

「はい。いずれは……別棟を建てて、そこを作業場専用として使う方がいいかと思います。幸いと言ってはなんですが、土地もありますし、原料の木材を栽培することも視野に入れるべきかもしれません」

「栽培、ですか。ああ……枝とはこれのことでしたか」

 私が枝を持っていく許可を求めたことを思い出したようだ。

「あえて言えば、ここにはちょっと淡水が足りないんですけど。対策は可能です。そういう魔道具を作りますので」

「そうですね。貴方が言うならガッチリ儲かるに違いありません。建物の方は春辺りを目処にして、それまでは訓練させた方が良さそうですね」

「あー、もう冬になっちゃいますし。港の倉庫で作業している大工さんたちも、それくらいには手が空くと思いますので、話を通しておきましょうか?」

 ギルバート組は、借家の増築や内装工事の方にかり出されるのかな。トーマスに言っておけば調整はしてくれるだろう。


「お願いします。……して、漉き紙用の道具とは?」

「仮に教会の空き部屋にでも設置します。いずれ模倣はされると思いますけど、秘匿するに越したことはないので、施錠できる方がいいですね。作業に携わる人も、最初は秘匿した方が価格的には優位になると思います」

「ということは……専任を就けた方が良さそうですね。あとで呼んできましょう」

「はい、お願いします。じゃあ、その後はその方を通して、ということでよろしいでしょうか?」

「そうしてください。神のご加護のあらんことを」

 この人絶対本心で思ってないよね。でも信心深い人物に見えるところが宗教人の演技力って凄いなぁ、と感心してしまう。



「カミラです。どうぞよろしく」

 そう名乗ったシスターは、細身で背が高く、鋭利な印象の女性だった。二十代前半くらいか。目を細めているので、もしかしたら近眼なのかも。うは、眼鏡作ってあげたい。


 ユリアンから提供された部屋は元の世界で言うと十六畳ほど。秘密工作には悪くない広さだ。教会の建物の内部なので、屋内でやる作業を当面ここでやればいいか。

「よろしくです。私は――――」

「教会の収益性を高めて下さる、と聞き及んでおります」

「―――はぁ」


 聞けばシスター・カミラは元々教会の経理を担当しているのだという。

「経理の仕事は大丈夫なんでしょうか?」

「司教様に仰ったそうですね。何事も慣れだ、と。どちらの仕事も完璧にこなすつもりでいますが?」

 眼鏡はしていないのに、目が光った! お局様オーラが凄い!

「そうです、その通りです。じゃ、工程や原理などを説明していきます。そうですね、この紙に手順などを書いていって頂ければ。私も試行錯誤の部分がありますので」

「了解しました」

 その目が、見定めてあげますわ、ホホホ、と言っているようで落ち着かないけれども、とにかく説明をする。


 ちなみに私が先日から挑戦している紙の製造は、基本が和紙の製造方法で、洋紙に関してはあまり知識がない。その辺りも自助努力で研究させることはできそうだけども、カミラが経理と兼任なら、あまり課題を増やし過ぎてもいけない。

「まず、原材料から。孤児院の裏手の林に、背の低い木がありますよね。あれが原料として使えます」

「採取してくるわけではないのですか?」

「それでも可能です。どれが漉き紙に向いているのかは、コレ―――。コウゾの木ですが、これが一番適しているようです」

「へぇ……そうなんですか……!」

 雑木だと思っていた木は、金の成る木だった! カミラの目がまた光る。ちなみにこの木は夏前に野いちごに似た実を付けるので、甘味の採れる木の違った側面に意外性を感じたのかもしれない。


「重量的に採取には頻繁に行きにくいですしね。それにですね、一から栽培した方が品質が安定するかもしれません」

「こちらで栽培をするんですか?」

 私は頷いた。

「開墾やら何やらは助力します。とりあえずは、孤児院裏の灌木を使ってみましょう」

「はぁ」

 即効性のある商品ではない、と聞いて、少し気落ちした風にカミラがため息をつく。インスタントに作れて儲かるものじゃありませんよ? この事業を教会に勧めているのは、人件費の安さと広い土地と秘匿性の高さ。そこに私はメリットを感じているわけで。


 私とカミラは外に出て、孤児院裏へと向かう。密集、というほどではないにせよ、灌木の森、のようになっている。


「若い枝がいいので、この辺から―――『風刃』」

 枝の根元からスッパリ切る。

「魔法じゃなくても、鋭い刃物で一度に切った方が断面から腐りにくいです。無理ならノコギリを使っても構いません。枝も採取用に、芽を切り取っておくほうがいいですね。この辺りも、栽培管理が必要だと思う要素です」

「なるほど」

「切り取った枝は束ねて長さを揃えて―――『風刃』」

 音もなく枝の長さが揃う。

「魔法は便利ですね」

「いや、これ普通はこんな使い方しません……。攻撃用魔法ですし。それに道具も用意してあります。基本的には人海戦術で何とかしてもらうしかないというか」

 納得していないようなカミラを後目に、作業場へと戻る。



――――紙を作る担当カミラ………。あっ、物を投げないで……。




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