代官との昼食会
【王国暦123年6月14日 12:59】
ザンからは、つき合い始めのカップルみたいな早さで返信があった。
基本的に私の提案を了承してくれたのだけど、ボの人の件は説明があった。どうも、本部在勤中から商業ギルドと接触していたらしく、冒険者ギルドの情報が漏れているのでは、という危惧があったそうな。どうして商業ギルドが冒険者ギルドの内情を知りたがったのか、というと、ポートマット産の体力回復錠剤が、冒険者ギルド本部と、ロンデニオン西迷宮支部の専売になっているのを気にしての接触らしい。
で、あぶり出しのために異動させてみた、程度の話なんだってさ。この件に関しては先に言ってほしかったけど、本部としても確証があったわけじゃなく、ロンデニオンから離してしまえば本部絡みの商売の情報は即時性が薄れる……。
そういう算段だったらしいんだけど、ウィンターに異動後も商業ギルドに接触しているということは、ザンの見立てでは、商業ギルドの本部長、つまりギルドマスターであるワシントン爺さんが絡んでるんじゃないか、とのこと。スパイに関しては両方のギルドに所属している人は案外いるので、お互い様だったりするんだけどさ。
まったく謀略だらけで嫌になるわね。
道を挟んで向かいにある領主の館に行くと、便の人が仏頂面で出迎えてくれた。
「よく来てくれた。歓迎する」
全然歓迎していない表情で食堂に案内された。
今日の呼び出しの名目は、表面上は食事会、ってことになっている。何だよ合コンかよ! なんて思ったけど、領主側が大まじめだったので、真面目に受けることにした。食道楽を追求しているつもりはないけど、私についてはそういう情報があるのかもしれないわね。
領主の館には質素ながら一応食堂があり、この場にいるのは領主のエリファレット、その息子ベン、そして王都騎士団の分隊長であるウーゴ。
食堂には貴族によくあるような長いテーブルがあり、とは言っても小さな食堂に合わせてか、準男爵という身の丈、ウィンター村という寒村に合わせてか、何だか短い。
その分、お互いの顔がよく見えるのは悪いことじゃないと思う。
「良く来てくれた。酒は?」
「いえ、お水をお願いします」
アルコールが駄目、という情報までは伝わっていないということかしらね。体質の問題だしね。
「何かお話があるとか?」
「うむ、その前に食事にしよう」
エリファレットは勿体振っているわけじゃないだろうけど、用意した食事が冷めちゃうのも何なので従うことにした。一般的なグリテンの習慣では、昼食は摂らないことが多いから、今回はちょっとイレギュラーね。実は商業ギルドに夕食に招かれたのが話としては先だったので、その前にねじ込んできたということでもあるんだろうね。
【王国暦123年6月14日 13:16】
グリテンの料理というと加熱調理後に塩を自分で掛けろ、的な料理が出てくることが多い。
それで不安視してたんだけど、サッと湯通ししたキャベツと炒めたウサギの挽肉を和えたものが前菜として出てきた。ちゃんと味付けされていてホッとする。
「村内で収穫されたキャベツだ」
「ほうほう……」
ウサギは害獣扱いされてることが多いので、見つけたら肉と毛皮に早変わりするもの。飼育するにも鶏の方が費用対効果が大きいこともあって、野生の個体しか見かけない。
「父上、何もこんなウサギが食べるような料理を出さなくても……」
ベンが苦言を呈するけども、エリファレットと私は、その意見に反論する。
「この甘いキャベツに感心しないとは。実に情けない」
「準男爵閣下に同意します。健康なキャベツは芯まで美味い、これは常識です」
うん、美食倶楽部の常識だけどね。
「ふっ、黒魔女殿がああ言っているぞ?」
エリファレットがベンを笑う。
ふむふむ、なるほど、こうやって料理を一緒に食べるというのは、共感性を産むものなんだなぁ。美味しいものを出されたら、嫌味は言いにくいわ。
スープは鶏の出汁、淡いけど塩味はついていた。これも具がキャベツで、しっかり煮込んであるから蕩けるように柔らかい。
「キャベツ美味しいですね」
ラーラの作った料理とはレベルが違う。ちゃんと専門の料理人がいるってことか。
「父上、このスープは母上の……」
「うむ。家内には、ここに赴任した時から苦労させ通しでな……」
くそっ、お涙頂戴で籠絡するつもりかっ?
「奥方、存命でいらっしゃいますな」
ウーゴがいいツッコミをくれたので、ちょっと目が醒めた。
で、メインディッシュは、小型の鱒のムニエルだった。
「おお……川魚はグリテン島の北部に行かないと可食できるものは少ないのでは……」
「この魚は村の北方、小さな川があってな、そこで獲れる」
誇らしげに勧めるエリファレット。ワインはさすがに違うだろうけど、今回のテーマは地産地消、ということらしい。
淡白で上品な脂が舌の上で溶ける。元々脂が少ないのでバターで補ったりする料理なんだけど、バターの香りを弱めにしてある。ということは、魚の方に脂があるということ。
「で、このような美味しい魚を用意したということは、何か特別な提案があるとか?」
モグモグ、と鱒を咀嚼しながら訊いてみる。この状況は、明らかに接待だったから。
急に態度を変える相手には注意しろ、というのは商業ギルドの標語にもなっている。これは冒険者ギルド支部長として、ではなくて、迷宮管理者としての招待だってことね。
「うむ。迷宮の奪取は諦めた。その代わり、我が騎士団の優先使用権を認めてもらいたい」
「好きに使えばいいと思いますよ。優先権を設定して宣言する意味はありませんから」
「ん、それは認めるという意味でいいのだな?」
ああ、貴族的会話だと、こんなのでも了承になっちゃうのか。
「いいえ。優先使用権とやらは設定しません。迷宮は誰の攻略も拒否しません。使いたければ好きに使っていいですが、あくまで迷宮が示すルールの範囲内でお願いします」
「そうかそうか」
エリファレットは提案が拒否されたというのに、満足気に頷いた。
その点を訊いてみると、ウーゴが解説してくれた。
「エリファレット卿は、迷宮が産業として使えるかどうかの危惧を抱いておられた。懸案が解消されたということですよ、黒魔女殿」
したり顔で言うウーゴに、私はウンザリした表情を向けた。
「それはいいんですけど、エリファレット卿は所有権の主張を取り下げてもいませんし。強制的に接収しない、って言ってるだけですよね。ミルワード卿、毎回言葉尻を捉えての揚げ足取りを狙う、そのやり方は、貴族的には正解でも、平民の私にとっては慣れないものです。さすがにちょっと食傷気味ですね」
「……その物言い、如何に黒魔女殿といえども看過できませんな」
おや珍しい、ウーゴくんが怒った。
「物言いについては自覚しております。裏の裏を掻くのは常人には通用するでしょうが――――」
「黒魔女殿のような化け物に、その手法を使うのは、確かに間違いです。ブノア騎士団長も、それに類することを言っておられましたよ」
ウーゴが鼻息を荒くする。
「あら、いい男に、そんな人外の評価を受けているとは……。これでも乙女なんですけど?」
「ならば迷宮にかまけていないで、男漁りに精を出すべきですな」
くそう、世が世ならセクハラで訴えてやる会話だわ。
「迷宮が落ち着くまではそうもいきません。男性は誰かいい人がいないものかと。ミルワード卿が紹介してくれると嬉しいですね」
「それならばいい物件がございます。うちの騎士団長など如何でしょう?」
「ご冗談を」
「いえいえ、冗談ではありません」
私とウーゴくんが空虚なジャブの応酬をしていると、エリファレットは苦笑し、ベンは呆気に取られていた。
「うむ、黒魔女殿」
先日までは貴様、とか言ってたのに、この変わり身は、さすが代官ということか。商業ギルドの標語にもあるように……。
「はい、何でしょう?」
「黒魔女殿には隠し立てせずに愚直に接するべきだ。よくわかった。ミルワード卿が今、身を以て示したようにな。ブノア騎士団長が、再教育せよ、とのお達しでな、それでウーゴを預かった。ミルワード卿が策を弄しても、この娘は策そのものを薙ぎ倒すだろうよ。ベン、これが人外というものだ。小娘と侮ると、今は亡きベネットのようになるだろう。理解できるか?」
「はっ、ブリットン準男爵閣下」
ベンは、父親に向かって神妙な顔で頷いた。
あたしゃ教材かよ、と言いたくなったけど、それで領地軍と冒険者ギルドとの関係が良好になるならいいか、と諦めた。ちなみにベネット、っていうのはお尻を刺して殺したエリファレットの長男の名前らしい。あたしゃ敵なんだけどね。彼の死因が公的にはどうなっているのか、ってことについては知らない。
エリファレットは続いて、ウーゴに向き直った。諭すような表情は続いていた。
「――――錬金術師ギルドとやらが迷宮に入って、遠征してきた騎士団は、それを後から奪おうとでもしていたのだろう? ウーゴが騎士団を連れて、この地に来る理由、その時機のよさ。もう少し話してくれても良かったのではないか?」
ちょっと流れが変わって、渋面の代官と、遠征軍の長が対決に入った。いや、これは教官と教え子の関係かしら。
「仰ることはわかりますが、ブリットン教官。何事にも本音と建て前があるものです」
「ウーゴ。そうではない。本音が別のところにある、と相手が悟ってしまっている時点で、その交渉事は失敗だ。言葉遊び以上のものにはならんよ。そもそも、錬金術師どもを動かしたのも王宮だろう?」
爵位が意味をなさない……強固な師弟関係は、幾つになっても続いてしまうものね。どうやらウーゴはエリファレットに情報を与えずにいたみたいだ。私がウーゴとジャブの掛け合いをしていたのを見て、ウーゴが成長していないのを見て、口出しをする気になった……というところかしら。
「それに答える権限は私にはありません」
ウーゴがそう言った。これはファリスか、マッコーか、はたまたスチュワート王か。その三人のうち、誰かが指示を出している責任者なのだ、と言っていた。
「まあ、そうだろうな。代官は、任された土地を過不足なく管理し、徴税を行えばいい。いつまで経っても商業ギルドに強く出ず、王宮が望むような税を計上できぬ代官であれば、更迭されても仕方がない。だがな、それは村を戦場にしてまで、やることだろうか?」
「……王が望んでおられるのです」
ウーゴが口走った。王命だと。って、部外者の私が聞いていてもいいんだろうか、そっちの方が心配。
「では、迷宮の奪取を諦めた今、王都第一騎士団はどう動くものか? ミルワード卿、今すぐ商業ギルドに攻め入るのか? 儂の名前で命令を出せばいいのか?」
エリファレットは彼なりに、この村が気に入ってるんだろう。実にのどかだもんね。
「命令があり次第、そうします」
「だそうだ。黒魔女殿、どうするね?」
肩を竦めるエリファレットに、私も肩を竦めた。
「冒険者を雇ったら商業ギルドも敵、と仰っていましたよね。軍隊として政治的に利用されるのであれば、雇用契約を破棄できる条項がありますので、実際問題として、冒険者は戦いには参加しないでしょう。騎士団が商業ギルドを武力制圧することは十分可能でしょうが、それをやると、国は立ち行かなくなるかもしれません」
理由の一つは、各領地が借金をする相手として、最大の相手が商業ギルドだから。今すぐ借金を返せ、と迫ることもあるだろうし、今以上の借金を断ればいい。それだけで各領地は干上がる。困窮の原因となった、このウィンター村への指示を出した王宮に不信が募るだろう。
元々、そうやって商業ギルドに対して強く出られない王宮は、足元を見られているのだ。高を括って調子に乗り、ウィンター村を好きなようにしている。王宮は忸怩たる思いだろうねぇ。
「そんなことはわかっていますよ、黒魔女殿。しかし、権威というものがあるのですよ。それを蔑ろにされて統治など出来ますまい。今回ばかりは引けない状況なのです」
ウーゴの発言に、エリファレットは失笑を漏らした。
「金か」
王宮やロンデニオン市は金に困っている。貨幣を発行したところでインフレになるだけで手を付けられない。金を得ようと借金相手を強請ろうというのだから、傲慢で滑稽ですらある。でも、これはロンデニオンだけではなく、普遍的なグリテン国の状況なのだ。
「正直言ってですね、私とは縁もゆかりもない土地ですから、誰が死のうが困ろうが、知ったことじゃないんですが。ですがキャベツ畑がですね……」
「うむ。儂もキャベツ畑がな」
エリファレットが私のキャベツ大事、の発言に深く賛意を示した。
武力を正面に出さず、無駄に死傷者を出すこともなかったし、地産地消の料理の提供といい、バランスの取れた代官だと思う。
「そういう訳ですから、ミルワード卿、騎士団が戦乱をもたらすというのであれば、冒険者ギルドと迷宮は、全力でそれを阻止します。むしろ、武力を背景にせず、商業ギルドとは真摯に交渉するべきでは?」
元教官と私に責められて、ウーゴは観念したように、
「……助言に感謝します。考慮してみます」
とだけ呟いた。
ベンは不満そうだったけど、立場上、どちらにも味方できない。そして、私を見る目は、ケダモノを見るような畏れの目だった。女子的にはちょっとショックだけど、別に便の人にはそう思われたっていいや。
どちらにせよ、代官、騎士団の方が歩み寄ってくれたことで、私の方もやりやすくなったかしらね。もちろん、本音はどうだか知らないけどね。
素直に謝意を述べたウーゴを見て、エリファレットは微笑を浮かべた。
「己を弁えぬ意見を、ミルワード侯に述べてしまった。この責は取るつもりだ」
まあ、爵位で上の人を坊主扱いしてるんだから、エリファレットとすれば自爆覚悟の説教だったわけよね。
「そんな、教官殿……」
と、ウーゴは恐縮をしていたけど、この件がウーゴの人格形成に影響を与えるかどうか。
私は微妙だと思うけど、何らかの傷は付いた、と思いたいわね。
――――エリファレットのおじさん……ナイスミドルに評価アップ。




