魅惑のギルドマスター
【王国暦123年6月11日 11:56】
「なに、死んだの、私?」
「いえ、生きてますが」
一瞬死んじゃったみたいだけどね。
「じゃあ、死ぬわ」
ラシーン・セルウェンは、何やら魔力を込める動作をした。けど、自害用の魔道具はすでに取り除いてある。
「ムダです。死んでも生き返らせますし」
「くっ、殺せ!」
うーん、囚われの女騎士が言うなら萌えるけど、だらしない体型の四十女が言っても萌えないなぁ。
「ちゃんと質問に答えてくれたら、ちゃんと死んでいいです」
何で許可がいるんだろう、と一瞬考えたけど、すぐにどうでもいいやと思い直した。
「…………質問、ね」
「このウィンター村迷宮に、錬金術師ギルドが関わるようになった件を、最初から知りたいです」
「喋ると思うの? 馬鹿にしないでちょうだい」
酷薄に笑うラシーンに、接収した魔道具の一つ――――装着型攻撃魔法の魔道具――――を掲げて見せた。
「この粗っぽい作りの魔道具は、貴女が作ったものですよね」
「ふん、それがどうした?」
この魔道具は自慢の一品なんだろうね。粗っぽい、と言われて不機嫌になった。
「設置型の罠に使うのなら、こういう魔道具も使い勝手があるんでしょうけど。あまり綺麗な記述ではありませんね」
使われている魔法陣の直径は十五センチほど。
「なに、非効率だと言いたいの? 馬鹿にしないでちょうだい」
「そうですね。これ『火球』の魔法の魔法陣ですよね。でも、これ、もっと効率良く出来ます」
私は地面に直径五センチほどの魔法陣を描いた。
「あっ……」
「まだ小さくできます」
「うそ……」
さらに小さな、直径一センチほどの魔法陣。私も進歩して、攻撃魔法もこれくらいの大きさで記述が可能になった。このように『転写』を使って魔法陣を描く手法は、正確ではあるけど、ものすごく魔力を消費する。私、サリー、レックス以外に、このやり方をしている人はいないはず。通常は手描きでチマチマやるわけで、一瞬にして魔法陣を生成して見せたということは、錬金術師としてかなりショックなはず。
「と、これは一例に過ぎません。世の中の魔法陣をもっと効率化できます」
「……なに、それを見せて、私をどうしようっていうの?」
よしよし、心が弱ってきたわね。
「素直に軍門に下って下さい。見識のない貴女が、例の本を参照しただけで魔道具を作っているのは大変に危険なことです。人間性についてはさておいて、私を苦しめた魔道具製作や使い方については一定の評価をしているつもりです。どうですか、私の下で働いてみませんか?」
「…………錬金術師ギルドはどうなるの?」
「思うに、貴女はギルドマスターには向いていません。私が代行しましょう」
私はぴらぴら、とまっさらの羊皮紙を掲げた。譲渡証明書を書いてもらおうというのだ。魔道具製作者、錬金術師としての実力の差を見せつけられ、生殺与奪権を握られ、逃げ道まで用意した。もう、ラシーンは、私の示した道を行く他はない。
「黒魔女」
「はい?」
「あんた、見た目通りの年齢じゃないわね? 誤魔化さないでちょうだい」
元の世界の日本語なら鯖を読む、なんだろうけど、あれは純然たる日本語の言い回しだもんね。
「いえ、誤魔化してはいません。見た目通りの年齢ですよ。若いって言われます」
年齢と体重には敏感な年頃、文句を言いつつ、その代わりに詠唱キーワードを口にせずに『魅了』を発動した。
「うっ。そうね。若いわね」
「そうでしょうそうでしょう。では、錬金術師ギルドの一切合切を私に委譲する文面を書いて下さい。施設の目録と、本の在処も」
今なら世界中の人に、私は若い、って言わせることが出来そう。
「うっ、ううっ、なに、黒魔女の……ううっ、黒魔女可愛い……そうね、わかったわ」
よし、心が弱ってるから、魅了も浸透しやすかったみたいね。
ほうほう、なるほど、ウィンター村に隠れ家が二軒……。
そっか、そもそもウィンター村に彼らは潜んでいたわけね。二軒のうち、一軒の隠れ家の床下に、例の本があるわけね。
りょうかーい。
【王国暦123年6月11日 14:44】
王都騎士団の撤退が確認されたため、一度迷宮を封鎖することにした。
ラシーンは第十二階層から移動できないようにして、一度地上に上がる。さすがに体力と気力が尽きてしまいそうだったから。
それと、本を確保しておきたかったというのもある。いかに『魅了』されたとはいえ、本当のことを言ってるかどうか怪しいし、写本があるかもしれない。現物を確認しておきたいわよね。
封鎖にあたって、ラシーンが色々いじった後始末をしたり、失った魔物たちを培養する指示を出したり、貯め込んだ魔物や冒険者の死骸を迷宮に放り投げたり……。自動で行える修復作業は、人工魔核への魔力チャージも含めてやっておいた。
「ふーぅ。はーぁ」
地上に転送されると、まずは深呼吸をした。迷宮の中は嫌いじゃないけど臭いが籠もるものだから、鼻が馬鹿になっちゃうのよね。
「黒魔女……!」
ウーゴの副官、ベン・ブリットンが憎しみを込めた目で私を睨んでいた。
「あらどうも。入るなって言ってたのに、迷宮に入っちゃったんですね」
「うっ…………」
イタズラを指摘された子供みたいに、副官さんは視線を逸らした。
「今回は何もなかったですけど、他人の忠告は聞いた方がいい場合が多いのです。特に迷宮攻略の先人の意見には一定の重みがありましょう?」
「正論だ。しかし、その正論で動いているのも騎士団なのだ」
「上官を見ていて、その台詞が出てくる感性と神経に拍手を贈りたいところですよ」
皮肉ではなく、本気でそう思った。実力もないのに愚直に進めるはずがないじゃないか。この副官さんはまっすぐ過ぎるんだわ。悪く言えば頑固で他人の意見に耳を貸さないと。
ま、父親が頑固者だからなぁ。普通は反発して軟派者になるのが常だけど、親の思惑通りに育った、ってことなのかしら。
ウーゴくんもいないし、特に副官さんと話すこともないので、先に家捜しを優先しようと、その場を離れようとすると、
「待て、黒魔女。迷宮はどうなったんだ?」
「現在封鎖中です。無理に入ろうとすると、慈悲無く排除されます。これは警告です。忠告ではありません。騎士の肉体は頑丈ですから、死んでも不死者として、迷宮の守りに使役されるだけですよ。迷宮の奪取は諦めて下さい」
「っ」
これだけ読みやすい相手だと、先の想像が楽。ウーゴくんなんて裏の裏まで考えないと先手を取れないからねぇ。せいぜい死なないで頂きたいわね。迷宮に慈悲はないけど、私は自称、慈悲の権化よ?
「じゃっ。警告はしましたからね」
手を振って、私はラシーンが供述していた隠れ家へと向かった。
ウィンター村は小さい村には違いないから、すぐに目的の家は見つかった。
一軒はウィンター村の平均的な小さな木造家屋ながら、部屋数が細かく仕切られていて、共同生活とプライバシー保護を両立させていた。何となく、元の世界のネットカフェを思い出す。ここでギルド員が暮らしていたみたい。この家には小さな地下室があり、そこが倉庫になっていた。保存食料と一緒に、エスモンドが言っていたような、危険性の高い魔道具も発見された。
食糧も含めて全部押収すると、もう一軒の方へ向かった。
もう一軒の方は工房に使っていたようで、そこの地下室には隠し空間があり、そこに例の本が隠されていた。
「おー?」
本は箱の中に、布に厳重にくるめられていた。布を取ってみると、四冊が出てきた。
それぞれ表紙のタイトルを意訳すると『魔道具製作基礎編』『薬品製剤基礎編』『深淵の英知』で、魔道具製作の初心者向けの本、同じく初心者向け薬品製造の本と、もう一つは高度な内容の本だった。
最後の一冊は本ではなく羊皮紙の束で、ラシーンが作ったメモ書きのようなものだった。
「読みづらい字ね……」
力任せの殴り書きではなく、羊皮紙をムダにしないために、わざと小さく、びっしりと書かれた文字は一種の紋様で、邪な念が込められているような錯覚さえ覚える。
ザッと読んだところ、錬金術師ギルドがウィンター迷宮を狙っていたのは、ラシーンが言っていたように『深淵の英知』なる本に、その記述があったからみたい。ちょっと精査して見た方が良さそうね。錬金術師ギルドが存続するかどうかはしらないけど、さっき元ギルドマスターからトップの座を騙して譲ってもらったばかりだしね!
二軒の一切合切、家具から食器まで証拠品として押収して、私は満足気に冒険者ギルドへ戻った。
【王国暦123年6月11日 17:17】
「ただいま戻りました」
「黒……支部長」
「しぶ支部長……むむ」
冒険者ギルドに行くと、開店休業状態で、ティボールドとラーラは並んで受付にいた。ティボールドは席を譲ろうとしたのか、席を立とうとする素振りをみせた。
「ああ、席とかどうでもいいので……。支部長席に座っていていいですよ? 体調はどうですか?」
ティボールドに話しかけると、わかりやすいほどに恐縮した。
「昨日よりもずっといいですな。迷宮の方はどう? ですかな?」
「あー、管理権限を奪ってきました」
「むむ…………うそ?」
ラーラは信じてくれないみたい。
「ホント。今後は魔物漏れはないよ?」
「え、本当に? 迷宮を? 迷宮管理者? ですかな?」
ティボールドも信じてなかったみたい。
「むむ……丸一日で? 嘘でしょ?」
「いやだから本当だってば……」
結局、二人に納得してもらうのに半刻を要した。
「で、迷宮絡みは後始末もありますし、まだかかりそうです。えーと、ボ……ボ……」
「ああ、あの男なら早速商業ギルドに行ってますよ。行く先を告げるようになっただけでも大進歩ですかな」
甘いなぁ……。甘い甘い! 紅はるかくらい甘い!
「まあ、いないならいないで。今日は誰も来ませんし、店終いしましょう」
「そうですな」
普通の冒険者ギルド支部なら、夕方辺りも依頼の精算ラッシュで混雑するんだけど、それはこのウィンター支部には当てはまらない。閑古鳥が鳴いているから、適当に開けて、適当に閉めていいのだ。私が支部長だし!
【王国暦123年6月11日 18:34】
ラーラの料理の腕はイマイチ。気持ちはこもっているけれど、腕が伴っていない。
まあ、みんなそうか。
スープ(オールキャベツだった)だけはお任せして、薄焼きパンとエレ肉ステーキ、ウィンター村迷宮の第五階層で手に入れた食材で、サラダを作った。
「むむ……デザートまであるなんて……」
「ストローベリーの実ね。これも迷宮で採れた食材だよ。滋養強壮に溢れていて怪我人にはピッタリ」
「この実は第五階層で? ですかな?」
ティボールドが目を丸くして訊いてくる。
「そうですよ。二~三体はいました。あまり殺してないですけどね」
「そうですか……。第五階層は魔物はそれほど強くはないのですが、毒や罠や搦め手が多く、不人気だったのです」
「うーん、先代の迷宮管理者が指示してたみたいですから、魔物の種類は多かったんですよね」
「先代? ですかな?」
そうです、と私は頷いた。
「先乗りしていた連中がいましてね。ゴブリンとワーウルフ、魔物漏れがあったのは、その不手際だったんですよ。設定ミス、っていうんでしょうか。そこは処理をしましたから……」
エレ肉は適度に脂肪が入っていて柔らかい。噛みしめると香りのいい脂がジュワッと口の中に溢れる。
「むむ……このお肉美味しい……魔物のお肉ですか?」
「うん。美味しいけど乱獲するには危険な魔物だよ。迷宮だけにいる魔物ってわけじゃないけど、多分食べてるものの違いで味に差がでるんだろうね」
「うむ、うまいっ」
ティボールドは美味いを連発してバクバクと食べている。もうちょっと味わって食べて欲しいけど、確かにエレ肉は美味しいもんなぁ。
「この魔物はさ、骨から出るエキスも美味しいよ。煮出すのに時間がかかるけど、そのスープでキャベツを煮込んだら…………」
「むむ……ごくり」
「うむ……うまい……」
まだ食ってねえよ。
食べながら、冒険者ギルドとしてどのように動くべきかも、軽く話し合いをする。
「――――というわけでして。まずはウィンター村迷宮を修復しないと。今は仮処置をした段階で、しばらくは通って指示を出していかなければなりません」
「支部長は迷宮を発展させるつもり? ですかな?」
「副支部長はどう思いますか?」
気遣い、謙って話してくれているティボールドの意見を訊いてみる。
「迷宮が自立すれば、ウィンター村は商業ギルドだけの街ではなくなりますな。そうなると、王宮も商業ギルドも、ウィンター村の扱いを変えざるを得ない……のではありませんかな?」
その解答に私も頷いた。
「私も同感です。迷宮が順調に稼働すれば、ここに冒険者ギルド支部が設置された、本来の役割を果たせそうです」
元々、迷宮が発掘された! イエーイ! 冒険者たくさん来そう! イエーイ! で支部が設置されたんだけど、第五階層まで、しかも内容がしょっぱい迷宮で不人気、そもそも王都に人気迷宮が二つもあるので王都の冒険者は来ない……。ああ、どこかの失敗したテーマパークみたいな……。
「今日がウィンター村にとって記念すべき日になるやもしれませんな」
感慨深げにティボールドは言って、
「むむ……」
ラーラは唸った。
――――迷宮がイイネ、と言ったから、今日は迷宮記念日。




