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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
冬の村は燃えているか
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裸のギルドマスター


【王国暦123年6月11日 10:45】


 ラシーン・セルウェンは両脇をグラスメイドにガッチリ掴まれてはいたものの、比較的大人しく連れられて来た。

「どうも。錬金術師ギルドのギルドマスター、ラシーン・セルウェンさんですね?」

「あんたが黒魔女かい。想像通りの偉そうな小娘だね」

 ラシーンは私の質問に直接答えず、鼻で笑った。年齢は四十二歳。お肌も性格も、ちゃんと曲がってるわね。


「えーと。状況は把握していますか?」

「ケッ」

 敵意を隠さずに、ラシーンは唾を吐き捨てた。

「そうですか。貴女が王宮の書庫から盗んだと言われている本を見せて頂きたいんですけど……」

「なに、馬鹿なのかい、この小娘は」

 端的に物凄く馬鹿にされてる気もする。でも、彼女が詰んでるのは明白だし、暴力の権化みたいな私の前にいるのに、まるで怯む様子もない。生き残ろうと媚びを売った方が得策だと思うんだけど、それもしない。


 つまり、この状態でも矜恃を保ち、切り札を持ち、逆転の目を捨てていないのだ。物凄く強気……ということはなく、根拠があってのことだろう。そう思うと、このラシーン・セルウェンに興味が湧いてきた。

「商売の種ということは理解しています。しかし、貴女の身柄を如何様にもできるのですが……」

「やれるものなら……やってみせてちょうだい」


 ラシーンは口元だけを歪めた。つまり、王宮に伝手があるってことね。じゃあ、魔道具の本を盗んだ云々っていうのは嘘か、王宮公認だったりするのかしらね。


「では、身柄を、どこかに預けたりはしないで、このまま殺して不死者に生成しましょう。それなら私の言うことにも素直に聞いてくれる木偶人形になってくれそうです」

「ゲスだね、黒魔女」

「味方を毎回巻き込む貴女には言われたくないですね。ほら、あそこに」

 お互いにニヤリと笑ってから、私は膝を抱えて黄昏れている霊体型魔物(レイス)を見るように促した。

「あの肉塊がウチのギルド員だって言うんだろ? 見ていたから知ってるわ。それがどうしたのか、教えてちょうだい?」

「いや、そうではなくて。あの幽霊さんが見えてないんですか? モンローさんの幽霊が」

 確かに淡い、出来たてのレイスだけど、あそこに何かがいる、くらいには感じられるはず。それでもラシーンには見えていない……。目に入っていないだけなのか、魔力的に見えていないのかはわからないけど。


 当の幽霊(モンロー)は、あんたなんか見えない、と言われたのが聞こえたらしく、ピクン、と反応して、ラシーンの方を見た。何だかなぁ、大丈夫ですよリュウさん……とか言い出しそう。

 輪郭もぼやけていたのが、ラシーンの中傷にもなっていない発言を聞いて、妙に憤慨して勢いが増して、ハッキリ見えるようになってきた。


 こういった幽霊は、よくあるように、この世に未練があり、生に執着があり、魔力に満ちた環境だと発生しやすい。確か、元の世界では電気や水の存在も大きいんだとか何とか言ってたような気もするけど、このモンローは雷による爆死だから、それも納得できる意見だと思う。

 じゃあ、他の二人や六名の冒険者はどうだったのか、と言えば、レイス発生の条件を満たさなかったのだろう。ミイラさんは浄化しちゃったし……。

 ちゃんと死ねた方がいいのか、死ねなかった方がいいのか、どちらが幸せなんだろうね?


 モンローのレイスはラシーンに近づいて、ボーッと、そのだらしない体を見ているようだった。しばらくそうしていると、さらに輪郭がハッキリしてきて、半透明の中年男性の形状が視認できるようになっていた。死人を視認とか……あっ、石を投げないで……。


「なに、これがモンロー? ちゃんと死ねなかったなんて、お笑い草ね。死んで忠誠を示しただけじゃ満足できないなんて」

 ラシーンの薄笑いを見て、モンローのレイスは口を大きく開けて、怒りを表現した。そしてラシーンに襲いかかる。何のことはない、モンローの未練と執着は、ラシーンだったのだ。それを否定されて激怒しているのだ。


「フッ」

 妖艶に笑うラシーンは、いつの間にグラスメイドから腕をほどいたのか、何やら貝殻のような形の魔道具を取り出してモンローに掲げた。

 すると、どういう仕組みか、モンローの霊体が、掃除機に吸い込まれるように――――魔道具に入っていった。

 思わず心の中で、えーっ? と言ってしまうほどに。そんな魔道具があることに、まず驚いた。


「黒魔女、あんた、やっぱり小娘ね」

「ほう?」

 モンローを吸い込んだ魔道具を懐にしまうと、ラシーンは鼻の穴を広げて薄く笑った。

「このウィンター村迷宮が何かも知らないで。驚いてちょうだい」

 代わりに懐から出してきたのは、小さな薄型の――――魔道具だった。ボタンを押しながら、ラシーンは叫んだ。


「迷宮よ! ラシーン・セルウェンの管理権限を復帰させよ!」


《………………コマンド、またはファイル名が違います》


 めいちゃんは冷徹な言葉の刃をラシーンに返した。

「なにっ!?」

「あー、それ、魔力波形を模倣する魔道具ですね。もう通用しませんよ?」

 だって、アップデートしちゃったもん。生体認証を併用しないとだめだし、携帯サーバにも繋がってるから、両方を乗っ取らないと駄目よ? 私は不親切なので、それは解説しなかったけど。

 それにしても、ラシーンは魔力波形で乗っ取る方法を知ってたんだね。危険だね。でもやられる方としての対策はとれなかったんだね。


「なに、こうなったら見て驚くがいいわ! ――――『装着(イークイップ)』」

 反撃手段を潰されて気落ちするかと思ったら、まだ奥の手があるらしい。何だ何だ、と驚くより興味深く見ていたら、ラシーンの首筋から薄い金属の膜が染み出てきた。

 金属の幕は首筋から顔の表面を覆い、全身に広がっているのだろう、手の先までが金属に覆われ、それほど長くない髪の毛も、銀色に覆われた。


「へぇ~?」

 私が面白がって見ていると、口と鼻、目の部分に穴が空き、喋れるようになったラシーンの表情は、よく見えないけど不満そう。

「ふざけないでちょうだい、なに、その余裕は!?」

 銀色の金属皮膜に覆われたラシーンは、両隣にいるグラスアバターの色違い……にも見える。

「つまり、あれですか。ウィンター村迷宮は魔道具の保管庫でもあったと?」

「察しがいいじゃないか。例の本に載っていたのよ」

 なるほど。それで、こんな短期間に高品質の魔道具を用意できて、しかも余裕もあるってことか。

「その装備も、倉庫を漁って出てきた魔道具の一つってわけですか」

「そういうこと……ね!」

 ビヨン、とラシーンの腕が伸びて剣のような形になり、それを振るってきた。


ガィン!


 これは召喚光球の『障壁』が展開して防御。私は全く動いていない。

「チッ、なに、この化け物」

「いやあ、どっちかと言えば、そっちの方が化け物っぽいです。グラスメイドは管理層へ下がれ」

「了解しました、マスター」

 グラスメイドは素早く待避を完了、ラシーンは突進してきて、両手を剣の形にして振るう。

「ふんっ、ふんっ!」

「…………」

 私はそれを醒めた目で見ながら回避を繰り返す。というのは、ラシーンは見た目にも剣の素人だったから。

 だからサッと一歩避けるだけで、次の攻撃が予測できて、回避が出来てしまう。確かに、この全身を金属で覆った装備は面白い。恐らくは流体金属を使用して装着者の形状に合わせて制御を行っているのだろう。防御力向上と少々の筋力強化の効果はありそう。なんで少々なのか、と言えば、攻撃を繰り返す度に、ラシーンの動きが鈍ってきているから。

 筋力補助があっても最低限というか。伸縮性のない物質で体表面を覆うだけでは筋量を増やせないものね。


「ば、か、なっ!」

「馬鹿はそっちかも。ほれ」

 しゃがんで足を払う。と、受け身なんてものはないから、そのままステーン、と横にラシーンが転がる。

「うがっ」

「――――『土拘束』。ペッ、――――『粘着液』」

 転んで接地した手足を地面に拘束する。


「はっ、なっ、せっ」

 ジタバタと暴れるラシーンだけど、流体金属鎧をしまえば拘束からは逃れられそうなのに、混乱して、それも思いつかないみたい。

 私は素早くラシーンの背後に回り、首の辺りに手を突っ込む。

 んー。あった。これが魔道具かな。


 メリメリメリメリ………。


 と首筋に付着していた流体金属ごと、魔道具を引きちぎる。

「っはっ」

「ん!? 間違ったかな……」

 アミバ様みたいなことを言って掌を見ると、流体金属鎧の展開は止まり、引きちぎった魔道具にニュルルル……と戻っていった。

 それはいいんだけど肉も一緒に引きちぎっていたようだった。やべえ、なんだこの白い紐みたいの……。


 さっきまで元気だったラシーンはグッタリして、呼吸もしていない。というか、とんでもないところから空気が抜けている音がする。風船かよ! とか思ったけど、まだラシーンには聞きたいこともあるし、このまま死なせる訳にはいかない。

「――――『治癒』」

 急いで光系の『治癒』を施す。

 二度目の『治癒』で何とか呼吸を取り戻した。でも瞬間的には死んでしまったようで、『道具箱』からは大量の荷物が周囲に湧き出ていた。業の深いことに、人間の幼生体――――赤ちゃん――――の死体が二体、一緒に出てきた。一体は出産直後、もう一体は中絶した感じの未成熟な幼生体だった。

「むぅ……」

 どんな人生を歩んできたのか、かなりドラマチックな半生だったのね。


 気を失っている間に、そんなドラマチックなラシーン・セルウェン(四十二歳)を裸に剥く。

「これで名実と共に裸のギルドマスターね」

 いい比喩だな、なんて自画自賛しながら、四十二歳の裸を見る。

 やはりというべきか運動を普段していない、だらしない体で、背中の肉を集めたら巨乳になるかもしれないけれど。

 いやしかし、着ていたローブも含めて、大量の荷物の中からは、よくわからない魔道具が出てきた。その殆どは粗末なもので、攻撃魔法を行使する装着型の魔道具や、『不可視』『加速』など、エスモンドが言っていた魔道具も発見された。

 筋力強化も多少されている感じがしたから、と出てきた魔道具を検分してみるけれども、その中にはない。もしや、と思ってラシーンの裸を表にしたり裏にしたりしながら検分していく。んー、ムダ毛処理はマメにしなきゃなぁ……。こうやって、いつ裸に剥かれるのかわかんないもんね!


 だなんて思っていると、ムダ毛のない部分があり、その部分を中心に内部の魔力を探ってみると、やはりインプラントが発見された。

「自分にも埋め込んでいたわけね」

 腰に二箇所、心臓近くに一箇所、頭部は左右のこめかみに一箇所ずつ。合計五箇所のインプラントがあった。腰のインプラントは脚部と腹筋の強化魔法用、心臓近くのものはどうやら自害用、こめかみのものは、とても意外なことに、視力矯正用だった。錬金術師だから眼鏡くらい自分で作ればいいのに、と思うけど、ガラスレンズ作りはかなり専門性が高いから、知識がなければ製造も加工もできないか。


 これらのインプラントは実にいい加減に埋め込まれていた。心臓近くのなんてかなり危険な手術だったろうに。腰の二つに至っては、インプラントの設置位置が固定されていなかったため、内部が傷つき、化膿していた。遠からず死んでいたかもね。


 親切かつ大きなお世話の大好きな私は、インプラントを除去して、『浄化』と『治癒』を施しておいた。少なくとも破傷風で死ぬことはないと思うけど。


 ラシーンの方はこれでよし、と。

 一方のモンローは…………。

 吸い込まれた魔道具を見てみると、レイスの魂と霊体を分離させるものだったらしい。らしい、というのは魔法陣にそのように描かれているから、そう読めただけ。

 ということは、モンローの魂は見えないけど、昇天していないのであれば、未だその辺をウロウロしているはず。再度、霊体を纏えば、レイスとして復活するかも。


 この魔道具はフィルターのようなもので、レイスを吸い込んでから、各成分に分離して排出する。『レイス・リムーバー』とも呼ぶべきもので、本質的にはどの不死者に対しても有用だ。このリムーバーの理屈を見るに、霊体はどうも接着剤のようなもの……ということにもなる。魂と肉体がどう繋がっているのか、不死者はどういう仕組みで稼働しているのか、ちゃんとした研究がされたわけではない。


 ただ、このリムーバーを逆転させて使えば、汎用『不死者生成魔道具』は作れるはず。魔法陣はかなり圧縮されたものだったので、これはラシーンが作ったものではなさそう。


 素っ裸のラシーンが目を覚ましたのは、それから一刻後のことだった。



――――あんまり綺麗な裸じゃないけどね!





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