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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
冬の村は燃えているか
575/870

商業ギルドのウィンター支部長


【王国暦123年6月10日 15:20】


 エミーから短文がきていた。昨日、今日のウルフレースは盛況ナリ、とのこと。ウィンター村で徴税できたとして、その年額くらいは一日で稼いじゃうのよね。


 賭け事以前に、娯楽に飢えてるのがわかる事態だけど、一回に賭けられる金額は制限しているし、払戻額(バック)もそんなに高額じゃないから、楽しくウルフレースを観戦できてるんじゃないかと。観客席スタンドはギュウギュウに詰め込めば一万人は入れるかどうか、ってところで、そこが一杯になるものね。

 そんな金に満ちたやり取りを『通信端末』で行うと、私は西側にある、商業ギルドの建物へと向かった。


 途中で、ボの人に会ったんだけど、

「商業ギルドのウィンター支部長が呼んでます」

 だなんて、どこの所属なんだテメエ、みたいな事を言われた。あんまり本業を蔑ろにしているなら、解雇しようかな。そんな新支部長の思惑なんて微塵も感じることなく、ボの人は、

「こちらです」

 と案内しだした。場所なら知ってるってば。


 四棟ある商業ギルドの建物のうち、東南に建っている建物が、商業ギルドウィンター支部第一ビルディング。石造りなのに三階建てだか四階建てなのは興味深い。さすがは地震が少ない国、ってことかしらね。

 支部長室はその最上階にあり、ほとんど顔パス、フリーパス同然で案内された。


「貴女が黒魔女さんですか。マール・メトカーフです。お噂はかねがね」

 商業ギルドのウィンター支部長、マールさんは、顔が四角い。覚えにくいなぁ……。いまは裸眼だからいいけど、細眼鏡をかけたら、その筋の人にしか見えない。ただ、一見怖そうな顔でニコニコされると、とんでもなくいい人に見える。元の世界で言えば、不良が捨てられた子猫を拾う場面を見てキュンとなる症候群……ってやつかしら。


「はじめまして。この度、冒険者ギルド、ウィンター支部長に着任しました。お見知りおきを」

「ははっ。黒魔女さんはマテオの上司でもあるとか。どうです? 奴は」

「マテオとお知り合いなんですか?」

「ええまあ、一緒に先代の本部長の下にいましてね。同期というか腐れ縁というか好敵手というやつですよ」

「ああ、そうなんですか」

 柔らかい物腰で迫ってくる相手は裏がある。商業ギルドの標語にもなっているくらいで、今回のようにわかりやすい場合は、裏があるのでちゃんと対応してくださいね、ということ。

 この辺り、いきなり爵位や立場や武力で脅してくる相手とは明らかに異質で、そして手強い。


 ふうん、この四角いマール支部長はマテオの同期なのか。確かに、マテオほど優秀な男が燻っていたのは、同期にこの男の存在があったからか、と妙に納得してしまう。だってこのマール支部長は、見るからにキャラが濃いもんね。


「今日は私共の方からお呼び立てしましたのは、今後の商業ギルドの活動にご協力を頂きたいからなんです」

 あら? 丁寧な球筋で直球を投げてきた。

「はい、その件なのですが、冒険者ギルド本部長、ザン・スプリングフィールドからは、中立を保つように言われております。代官側、商業ギルド側、どちらに荷担しても不均衡の事態を招く危惧があります」

 商業ギルド的には、私もポートマット支部のギルド員なので、マールは目上になる。両方で丁寧な口調を交わしてるから、これはボクシングでいうところの、ジャブの差し合いというやつね。


「無論です。そちらの立場は理解しているつもりです。むしろ、黒魔女殿に荷担されては過剰戦力というもの。代官側につかない、という確約さえあれば、こちらも均衡を保てますから」

 バランサーを自認しているわけか。うーん、この人、策謀家の面もありそうだなぁ。ああ、それで対抗馬としてウーゴくんを左遷の形であっても持ってきたってわけか。ファリスの人事もなかなかやるものね。


「代官側につかないどころか、迷宮の所有権を巡って敵対宣言までされてしまいましたよ。冒険者を雇用しているのであれば、商業ギルドも明確な敵だ、とも言われました」

 マールは薄い唇を歪めて苦笑した。

「元々明確な敵ですから、今更感はありますね。しかし冒険者を雇用していると敵になっちゃうんですか、困りましたね」

 棒読みっぽく言ってから、今思いついたように、

「そうだ、今現在、雇用している冒険者たちに、商業ギルド入りしてもらえばいいじゃないですか」

「重複しての所属は問題ありません。お好きなようになさってください。それによって冒険者ギルドの方が何らかの罰則を適用することはありません」


 これを止める術はない。他ならぬ私自身がそうだから。それに、もう、雇用されている冒険者は、既に商業ギルド籍も持っているはず。わざわざこれを宣言してきた、ということは、冒険者ギルドと離れたところにいる、というアピールでしかない。しかし、裏読みすると、冒険者ギルドとは離れているという主張とは裏腹に、冒険者ギルドを巻き込もうとしているとも言える。


 なんとも面倒というか複雑というか、開示されている情報がホンの一部だから、そこから全体像を推し量るには情報が足りなさすぎる。


「ブリットン準男爵の兵隊が倍増しましたのでね、それを聞いて安心しました。武力的に均衡が崩れるのが一番いけません。我々は商売をしたいだけなのですが……」

 とは言うけれども、ウィンター村を実質的に統治しているのは商業ギルドだ。ウィンター村の住民は、全員商業ギルド員である、という建前があるからこそ、免税を主張できている。実際には商業ギルド籍を持っていない住民も一定数いるのだけど、彼らからは別に徴税しようがどうしようが、商業ギルド的には関知しない。


 その意味では『ウィンター村』は()()存在することになり、代官側がそれを認めてしまえば、商業ギルドに関わりのない地区では徴税はできるし、お互いに万々歳なはず。


 ところが王宮が欲しいのは寒村の微々たる税金ではなく、徴税を逃れている商業ギルドであることは明白だ。美味い汁を吸おうと暗躍している最前線が、この寒村だと思うとなかなか面白い。まあ、巻き込まれる方としては勘弁してほしいけど。


 交渉ごとが得意な人は冒険者ギルドにもいそうだけど、少数での戦闘能力と迷宮管理能力の三つを同時に持つ人が私しかいなかったのかも。

 それ以前に、このウィンター村行きは『信託』でもあるのだから、『使徒』は、この地で私に何かをさせたいんだろうね。


「商業ギルドとしては、代官――――ブリットン準男爵が強硬な手段に出てくる、とお考えですか?」

「ワシントン本部長に依頼して、冒険者の増員をお願いした結果、貴女が来てくれたお陰で、その可能性はとても低くなりましたね。普通の冒険者が何人来ても、武力による恫喝をされ、私共は屈服していたでしょう。最善の抑止力を送り込んできた、冒険者ギルドの人選と判断は正しいと思いますね」

「悪名もあるでしょうからねぇ」

「それですよ。知らない人は貴女をただのドワーフ娘としか扱わないのに、知っている人にはこれ以上ない脅威に映る。本当に貴女は多才で均衡(バランス)の取れた人物だと思いますね」


 私に親近感を抱いてもらって、商業ギルドを有利な立場にしてほしい、と、その褒め言葉には言外に続きがあるみたい。知人の名前を出したのもそうだし、やってることはあざといんだけど、強面が気遣っているように見えるから嫌味ではない。


 恐らくは、これがマールの生来の性格ではなくて、後天的に作ったものだろうけど、表に見える部分だけでもウィンター支部という、儲かる支部を任されているだけの人物だと確信できる。トーマスが言ってたっけ、ワシントン爺さんは本人の性格はともかく、周囲の人には恵まれている、みたいなことを。

 マテオもただ者じゃないと思ったけど、この人も凄いなぁ。



【王国暦123年6月10日 15:54】


「どうです、マールさんは大人物でしょう?」

 えーと、ボの人は、自分のことのように偉そうに言った。それが癇に障ったので、一言言っておくことにした。

「そうですね。えーと、ボ……ボ……さん。別に案内を頼んだ訳じゃないんですけど、冒険者ギルドのお仕事が疎かになるなら、辞めてもらって構いません。一ヶ月猶予を持ちます。改善が見られない場合はこちらから解雇しますね」

「えっ? いや、その、連絡員として……」

「それは誰も頼んでいません。ヤング副支部長がそう言いましたか? 商業ギルドはあくまで他の組織です。ウィンターに於いては、そこに便宜を図ることこそが冒険者ギルドの利益になる。それはわかりますが、平職員の貴方がする仕事ではありません。まずは冒険者ギルドでの仕事を全うして下さい」

 やべえ、本格的に名前が出てこなかったわ。


 ボの人は、自分が良かれと思っていたのに非難されるなんて、と驚いた顔をしていた。駄目だなー、この人。スパイなのを隠していないなんて、ちっとも反省してないや。

「…………」

 ボの人は深刻な顔で頷いたけれど、不満がアリアリと出ていた。

 顔つなぎだけで生きていけるには、相応の実力と地位が必要なのにね。ザンがボの人を異動させたのは、この辺りで派手に動くのを確認したかったからか。


 黙りこくったボの人を連れて冒険者ギルド支部へ一度戻る。

「むむ……直接迷宮に行くと言っていたような……?」

 ラーラは唸ってから訊いてきた。ボの人を見たら余計に不機嫌になった。

「それじゃ、ボ……真面目に働いて下さい」

「…………」

 不機嫌そのものの姿勢は崩さずに、ボの人は頷きもしなかった。

 私は一度ティボールドの部屋に行って、ここまでの事の次第を話した。ティボールドはベッドの上で上半身を起こしている。顔色も悪くない。


「ブリットンが冒険者ギルドと商業ギルドを切り離しにかかり、マールは中立を望む発言をしている割には商業ギルドに肩入れをしてほしい姿勢がありあり、ですか」

「そうなんです。商業ギルドの方は何人か増員してはいるものの四十人の中級冒険者がいます。合計六十名ほどの騎士団といい勝負だと思います」

 ティボールドは私に謙った物言いをする。彼なりのケジメだろうから、こそばいけれど受け入れた。それはそうと、四十人もいたのに、誰一人として村の防衛に行かなかったのが凄いなぁ。

「ん? 人数的には騎士団の方が二十人も多いのに、良い勝負? ですか?」

「恐らく、その多い分の人員を使って、迷宮を攻略するつもりではないかと思います」

 私の推量を告げると、ティボールドはなるほど、と頷く。


「知見不足であることを承知で伺いますが、迷宮を保持することは、それほどまでに魅力的なことなのですかな?」

「人によりけりでしょう。ポートマット西迷宮を見れば、軍事だけではなく民生用の動力として使えることも示してしまいました。それこそ百人、二百人単位での攻略も視野に入れていることでしょう。先遣隊としての扱いなのかもしれません。ただ、過去には王都第二騎士団が被害を受けていますし、記録によれば百年ほど前にも千人単位で犠牲が出ています。学習はしていると思うのですけど、騎士団の戦法と、迷宮での戦い方は致命的に乖離しているんですよ」

 ちょっと毛色が違って、局地戦特化みたいなのが第一騎士団第一隊……現近衛騎士団? の連中だけど。

 ふと思ったけど、第一隊って、元々迷宮の攻略を念頭に作った部隊かもしれないわね。


「となると、迷宮を攻略するのは本質的に騎士では不可能で、冒険者のような、小回りの利く装備を身につけて練達した者こそ適している、と?」

「有り体に言えばそうですね。ただ、騎士団は大所帯ですから、中にはそういった訓練を積んでいる人もいるでしょう。元冒険者の騎士を集めたりするとか。それでも、最下層に到達できるかどうか……」

「ん? 最下層は第五階層では?」

 ティボールドの疑問に、私は首を横に振った。

「いえ、恐らく、もっと深い階層があります。見立てでは十階層から十三階層。もう少し深部にいるだろう魔物が出現しましたから」

「なんと……!」

「まあ、私の攻略中に邪魔をするようなら少々怪我をしてもらうことになりますが。それともう一件、ボ……」

「ボ……ああ、あの男ですか。あれは本部長から勝手にやらせておけ、と言われていましてな。何か問題でも起こしましたか?」

「彼は以前に致命的な失敗を犯した男、というのは聞いているかと思います。言わば執行猶予の身ですから、大人しく冒険者ギルド職員としての務めを果たせばいいのですが……」

「商業ギルドとのパイプ役を買って出ている……のは、彼なりに役立とうとしている表れかもしれません。副支部長としては擁護したいところですな」

「それは否定させてもらいます。完全に商業ギルドに懐柔されてますね。あんなにわかりやすい獅子身中の虫を放置してはいけません」

 これは私とティボールドの見解の相違ではなく、実際に不利益をもたらしているから。

「と、いいますと……?」

「現在、ウィンター村の最大の関心事は迷宮からの魔物漏れだったはずです。まず、ブリットン準男爵が、魔物を処理したのが私だと知っていました。逆に、マールは、その情報を知らないように振る舞っていました。ついでにマールは騎士団の派兵数も把握していましたしね」

「あ……。なるほど……」

「つまり、ボの人は代官側とも繋がっているんでしょう。三勢力の情報をいいように流出しまくっていて、しかも冒険者ギルド以外では、彼はスパイだと認定されて、向こうに都合のいい情報を掴まされてもいます。ですから、騎士団の増員数はもっと多いのでしょうね。マールがそれを踏まえていないとは思えませんけど、商業ギルド側が一見して不利ですから、目に見える行動は起こすと思います」

「まだお互いに伏せているカードがあると?」

 ティボールドの問いに、私は頷いた。


「まだ所在が判明していない集団があります。その集団が目的を達成し、その動向によっては、また均衡が崩れるでしょうね」

 そう、錬金術師ギルドが何もしていないわけがない。無論、今回の件は連中とは無関係かもしれないけど、王都から北に行った、という情報は、ウィンター村迷宮の異変と関連付けて考えないわけがない。それなのに、ここまで影も形も見えない。これがどちらかの勢力の隠しカードであれば、あまり良い事態ではない。

「良くも悪くも迷宮の管理権、ということですな」

「はい。このまま急ぎ攻略してきます。ああ、体調の方はどうですか?」

「お陰様で問題ありませんよ、支部長」

 強がりだろうけど、ティボールドは不敵に笑った。

「では、留守中、ギルドをお願いします、副支部長」

 私は合掌してお辞儀をした。ティボールドもそれに倣った。


 受付ホールに出ると、ラーラが待っていた。

「あ、今度こそ、迷宮行ってくるよ」

「むむ……これ」

 と、ラーラは唸りながら木箱を渡してきた。

「? これは?」

「お弁当。キャベツと貰った干し肉しかなかったけど」

 その食材でお弁当とな? どんなものなのかわからないけど、気持ちが嬉しいわね。

「ありがとう、ラーラ。中で食べるよ」

 トーマス商店の売り子で鍛えたスマイルを投げかけると、ラーラは盛大に照れた。

「むむ……」

「それじゃ、行ってくる。ティボールドさんの布は後で交換してあげてね」

 手を振って、私は迷宮に向かった。



――――これはあれか、『唸りデレ(ムンデレ)』なる新属性なのかな?





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