※冒険者ギルドウィンター支部の人々
【王国暦123年6月10日 5:35】
名前なんだっけ――――ボリス――――の名前をどうしても覚えられないのと同じように、向こうも、私が支部長の辞令を見せても一向に信じてもらえなかった。
上司を呼べ! と言いたくなったけど、その上司が私本人だという状況だったので、前支部長がいる、と言うウィンター支部へと同行することにした。
「こちらです」
「いえ、場所は知ってます」
妙に生き生きして先導するボリスに、異動の件について訊いてみる。
「えーと、王都の受付にいたんじゃ……」
「異動がありましてね。妻と子供は笑って送り出してくれましたよ」
実に嬉しそうに言うボリスだけど、要するに単身赴任ってことね。家族から疎んじられている様子も垣間見えるけど、本人が嬉しがってるからいいか。中年の悲哀を感じさせる話だけど、ボリスが当事者だとなると、あんまり同情できないのは何故だろうね?
「一夜明けたら魔物がいなくなってるなんて……これはまさか?」
「夜のうちに排除しましたよ。死骸は回収しましたけど、血の洗浄は住民でやってもらえれば」
太陽が昇ってきて、村の中の様子がよくわかるようになってきた。木造の建物はところどころ壊れていて、鶏小屋の近辺では毟られた羽根が散乱していた。石造りの建物はそうでもなかったけれど、明かり窓に突っ込んだところで息絶えている魔物の死骸もあった。戦場の跡というよりは略奪の跡、という感じがする。
実際、ワーウルフもゴブリンも野菜には手を付けないで、豚や鶏など、肉類ばかりを目当てに動いているようだった。鍋奉行に怒られそうな、栄養の偏り方ね。
「住民たちは丈夫な石造りの建物に避難してたんです。とはいっても三軒だけですけどね」
見れば、西側の、商業ギルドの施設付近に、石造りの建物は集中している。村の中央部には、確かに石造りの建物が三つあった。
村長の家、冒険者ギルド支部、鍛冶屋の三軒だけ。そのうち、村長は家を開放せず、鍛冶屋は人が避難する場所とは言えず、冒険者ギルド支部の建物に殆どがいるそうな。まあ、村長が開放しないのは防御上は賢明な処置とはいえ、少なからず住民からの信頼を失う行為ではある。危険を冒してでも配慮しておけば、少しは住民感情の向上に寄与したと思うんだけどなぁ。
冒険者ギルドに着くと、ボリスは扉を三回、ノックした。毎回ノックする手元に注目しちゃうのは、もうトラウマになってるからなのかな。
しばらくして扉が開くと、汗で蒸れた臭いと一緒に腐臭が漂ってきた。
「支部長、戻りました」
「…………ぉぅ」
ボリスが言うと、奥の方から小さい返答があった。冒険者ギルドの建物内部、受付カウンター前には、四十人ほどがギュウギュウ詰めになって身を寄せ合っていた。
「怪我をされている方がいるんですね?」
その場にいる半分は、大小の差はあれど、何らかの怪我をしているようだった。
「支部長も怪我をしています」
ボリスはあまり真剣みのない表情で私に伝えてきた。支部長の体調などどうでもいいのか、もしくは倒れることで合法的に自分が支部長代理になることでも望んでいるのか。
「先に診ましょう。あの、怪我をされている方は、受付の中へ」
避難民たちを見渡してから、私はボリスに断りもなしに、受付カウンターの中へと入っていった。そこに腐臭の元――――支部長がいると知っていたから。
「本部から辞令を持ってきました。それは後でやりましょう。まずは治療をします」
「……ぁぁ」
奥に据えてあった簡易ベッド……というか藁? の上に寝かされていたのは、壮年の域に近い髭面の男性だった。大柄な部類だろうけど、太った印象はない。
この人がティボールド・ヤング、ウィンター支部長。
正確には前支部長。右足が義足なのね。他に脇腹と左肩に裂傷。腐臭はヤング支部長の足と脇腹から漂っている。どっちかといえば右足の方か。
「――――『洗浄』『浄化』『治癒』『治癒』」
パパッ、と治療関係魔法を行使する。左肩と脇腹の傷が閉じていく。右足は断端(切断面)と思われる箇所から腐臭がしていた。膿んでいるね。今の治療関係魔法だけでは治ってないね。
「ちょっと失礼しますね」
ヤング支部長の断端は膝より下。膝辺りからズボンの裾をナイフで切り裂く。
「義足、外します。膿んでます」
「……ぁぁ」
王都から一日弱、という立地なんだから、治癒術師の一人や二人、すぐに呼んでこられるだろうに、ウィンター村は本当に忘れられた村だというのか。
患部を脱脂綿で拭くと、ヤング支部長はうう、と唸った。
「ちょっと我慢して下さい。―――『洗浄』『浄化』」
丁寧に『洗浄』して、患部を殺菌する。水系『治癒』も施しておく。綿布を細く裂いて包帯代わりに巻き付ける。
「これ、義足が合ってないんですね。かかりつけの装具技師さんは?」
ヤング支部長は力なく首を振った。会話出来る状態ではなさそう。
「とりあえず寝てて下さい。あとで食事を持ってきますから」
「……ぁぁ」
そう言ってから、ヤング支部長は目を閉じた。体力もありそうだし、傷の治療もしたから、死にはしないだろう。
幸いなことに、一番重篤だったのはヤング支部長だったみたい。
避難民から事情を聞きつつ、彼らの治療を始める。
「ヤングの旦那が一人気張ってなぁ……」
義足で村内の魔物討伐に参加したそうで、実質一人で数匹を退治したそうな。あの怪我はその時のもので、無茶しやがって……。という、住民たちから信頼を得ているのがわかる詰られ方をしていた。
えーと名前……ああ、ボリスと、もう一人、魔族の女の子、この二人がウィンター村支部の職員、その全員だという。魔族の女の子はブリジット姉さんと同じくバランで、アンニュイっていうか疲れた顔をしているのが印象的だった。皮膚の色が褐色なのに疲れて見えるんだから、どんだけだよ、って感じ。
「おと……支部長はロクに動けないのに無理をして…………」
「いや、もう大丈夫でしょ。何か柔らかくて消化のいい食べ物とかある?」
「おと……支部長を助けてもらったことは感謝しています。でも、入ってくるなり我が物顔で指示を出して……冒険者ですか? 何様なのでしょうか?」
バランの女の子――――ラーラという名だ――――は、切れ長の目でギッ、と私を睨んだ。視力が悪いのかしら。
「えー、私はこういうもので………」
と、ギルドカードに魔力を通すと、馬鹿でかい文字が部屋の中を突き抜けた。
文字がでかすぎて読めない……。自分で呆気に取られた。
「プディ……読めない……。何ですか、これ?」
「あー、特級冒険者のギルドカードです。わかりにくければ黒魔女と呼んで下さい……」
「黒魔女!?」
「黒魔女だってぇ?」
「ははは、何を言ってるんですか、このドワーフの娘はポートマットの……」
ボリスだけが信じてくれなかった。
【王国暦123年6月10日 6:13】
避難していた鍛冶屋さんに話をつけて、魔力炉を貸してもらうことになった。この鍛冶屋さんはドワーフの髭面、見た目通りに五十代で、村民向けでは唯一の鍛冶屋さんだ。
「同じドワーフだからな」
という理由で快諾してくれたんだけど、正確には私はドワーフ型のホムンクルスなので、微妙に騙している罪悪感に、思わず目を伏せてしまう。
全村民が冒険者ギルドの建物にいたわけではなく、商業ギルドに関わりの大きい人はそっちに行ってるし、村長の側近みたいな人たちも村長宅に籠もっている。つまり一般村民だけがあの場にいたわけね。
治癒術師が不在だったのも不思議だったんだけど、教会は留守にできない、とかで、ジャクソン神父の後任という人も、一人教会に残っているそうな。教会の建物は再建されていて、以前の規模と変わらないように見えたけど、最低限度の建物って感じ。ウィンターの村も小さいサイズだから、今のところはこれでいいのかもね。
冒険者ギルドの建物から五分も歩くと、鍛冶屋に着いた。
鍛冶屋は他の建物からはちょっと離れた位置にあった。火災対策かしらね。
商業ギルドにも鍛冶設備があるそうで、商業ギルドに依頼されて守備をしている冒険者たちは、わざわざこっちを利用しにきたりはしないんだとさ。
冒険者はちゃんとウィンター村に一定数存在しているはずなのに、彼らの影も形も見えない。
見えない連中の力を当てにすることはできず、ウィンター支部から本部に救援要請があったと。
その通りといえばその通りなんだけど、商業ギルドはウィンター村の住民の保護には興味も責任もない、ということね。まあ、それを言っちゃ身も蓋もないというか。
ウィンター支部長の判断は住民の側に立っているのがわかるけど、じゃあ、王都騎士団は、というと村長の依頼で、救援を名目にした騎士団の常駐、もしくは実質の占領を目的に派兵されてくるんだろうね。もう名目は潰しておいたから、何と言いつくろって常駐するのやら。
鍛冶屋さんに手伝ってもらって、作業を始める。
「おお、これはミスリル銀ってやつか!? こっちの黒い金属は何だ?」
「黒鋼ってやつです。作るのが面倒臭いんですよ」
ミスリル銀は通常の金床で加工できるんだけど、黒鋼は硬すぎて、鎚も金床も黒鋼じゃないと上手く加工できない。
一刻ほど鍛造作業をして、出来上がったのは同デザイン、異素材の二本。
エネルギーチューブに見えるのはダミーね。
白い斧は全ミスリル銀製で、『光刃』による刀身の保護と、投げつけたときにも魔法が継続するように蓄魔力用に魔核が内蔵されている。
黒い斧の方は黒鋼製で光らず、つまりコールドホーク。魔力を弾きたい時や、無視して攻撃したい用途で作った。いや? こっちが普通なのか。
「ほぉ~。見事なもんだ。娘さん、冒険者とか言ってたよな? ウチで働かんか? あんまり儲かってない店だが」
何だか遠回しのプロポーズに感じてしまうのは、自意識過剰なのかしら。
「いやその、私、冒険者ギルドの支部長に赴任するために来たんですけど……」
遠回しにお断りしておく。
「何いってんだ、支部長はもうヤングがいるじゃないか」
「あー……」
ヤングが起きてちゃんと引き継ぎしないと名乗れないしなぁ。書類上はもう私が支部長なんだけど。
思いついて、もう二品作ることにした。
以前、即席で作った籠手一体式の反射魔法盾はそのままだと『ラーヴァ』が使った実績があるので改造してみよう。あの時は誰も見てないとは思うんだけど、念のため。せっかく手が四つもあるので、それを生かしたいし。
分離した籠手は『雷の杖』の簡易版と合体させてみる。杖の部分を短くして籠手内部に組み込んだ。左手用の一本だけしか作らなかった。っていうのは、指の部分の水晶の加工が面倒だったから。一応、籠手の形はしているけど、内部でハンドルを握って開閉しているだけなので、構造上は右手にも填められるのが面白い。左手が三本ある……とかツッコミどころ満載の存在になることも可能ね。
残念なことに、繊細な魔道具なこともあって、アトミックパンチの射出機能はない。あれって接続部と肘の部分も必要になるから、腕が三本ずつになったら考えようかな。そうなったらもうアシュ○マンと呼ばれそうだけどね!
もう一つは展開式の盾。籠手一体式の方についていた魔法陣を移植して、肘の部分に取り付ける。肘も四つあるから、四つ作ってみた。だけど『雷の籠手』と干渉しちゃうので、三つ付けられればいいかな。取り付け具はミスリルのバンドで巻く形にしてみた。
この盾は展開を念じると『障壁』『魔法盾』『魔法反射』を一度に展開する。実際には三層になってるわけね。これらの魔法は本来見えないので、ピンク色の可視光を放つようにしてみた。
いわゆる、盾で押し込む、みたいな時にはカレンに作ったデカ盾の方がいいんだけど、あれは作るのに時間が掛かるのよね。それに今回の趣旨である、取り回しの良さもないし。
ま、こんなところで。
「魔道具ってやつか。錬金術師ってやつか?」
「えー、まあ、そうなんですけど、私が支部長なんです」
「そうかいそうかい。どうだ、ウチで働かないか?」
鍛冶屋さんも信じてないなぁ……。
【王国暦123年6月10日 9:33】
冒険者ギルド支部に戻ると、避難民たちはすでにいなかった。
「安全が確認されましたのでね。血を洗いに家に戻しましたよ」
ボリスが偉そうに言うのを、苦々しげにラーラが睨んだ。年齢からも経験からもボリスが主導権を握るのは当然なんだけど、怪しい人にしか見えないから、指示に従うのは本能的に反発しちゃうんだろうね。
「ヤング支部長の容態は?」
「目覚めました」
ラーラが詰まらなそうに言った。
受付の奥、あまり清潔ではない藁のベッドに寝かされていたヤングが頭を上げた。
「ああ……本部から新しい支部長が来てくれたか」
どことなく、その顔はホッとしたようにも見えた。今までは意識朦朧とした中でも支部長職を全うしてくれてたわけね。
「ああ、寝たままでいいですよ。熱っぽいとか、そういうのはありますか?」
「いや、大丈夫だ。辞令は持ってきたのだろう?」
私が辞令を取り出して、読み上げる。
内容は、私を支部長に据えて、ヤングは副支部長になれ、と。
「了承した。ワシから依頼したことだからな」
「うそ……?」
ラーラは納得いかない様子でヤングを睨んだ。
「ははは、何を言ってるんですか、このドワーフの娘はポートマットの……」
やっぱりボリスも信じてくれなかった。
この二人に理解させるのに、ヤングと一緒になっても半刻を要した。
――――支部長だと納得してもらうのが面倒になってきた!




