冬の迷宮1
【王国暦123年6月10日 2:10】
三刻ほど村の中を練り歩き、『気配探知』で発見された魔物は、有無を言わさず首を刈っていった。
ちょっと深刻なほど、魔物が噴出しているわね。
ゴブリンが二十三体、ワーウルフが三十体。いずれも弱い個体だったので脅威ではないけれど、武器を持てない人からすればやっぱり恐怖には違いない。一応、死骸は回収しているけど、村中の血の臭いは暫く取れなさそう。
「うーん、あとは迷宮、かな」
迷宮からの魔物の排出が止まっているみたいだ。対症療法が終わったので、根本治療といきますか。
村の東側、ちょっと丘になったところを登り、ちょっと下ると、ウィンター村迷宮の入り口がある。石造りの入り口は苔むしていて、綺麗に掃除している迷宮とは趣きが違って格好いいかも。っていうか、あんまり攻略者がいなかった、ってことでもあるわけよね。伊達に不人気迷宮と呼ばれてない、か。
地下一階への階段を降りると、ブザーのような、サイレンのような、不快な音が響いてきた。要注意侵入者への対処を迷宮全域に知らせる合図で、緊急モードの一つね。
降りた場所は、他の迷宮と同じくホールのような開けた場所で、天井の高さも五メトルほどと同じ。その天井には魔法陣が描かれていて、ピカピカ、と光っていた。
この魔法陣は出口を示していて、一般的には他のエリアから招集した魔物を配置するためのもの。つまりホールにて迎撃をするモードが発動しているということ。
「んっ」
私はレーザーブレードHGをしまって、右の補助腕を展開、諸刃剣を取り出して持ち替えた。往々にして、迷宮が本来の待機場所を移動させてまで持ってくる魔物、というのは強個体の傾向があるから。
「ヤー! ヤー!」
やかましい掛け声が大きくなる。ゴブリンの集団が、第一階層ホールに集まってきている。
そのゴブリンや、ワーウルフたちがホールに入ってくる。合計百匹程度かしら。数が多すぎると『魔物使役』は使いにくい。
「四番、ファースト、大杉……」
いつの時代のスワローズだよ、みたいなツッコミを受けることもなく、入ってきた魔物たちに範囲攻撃魔法を浴びせる。
「――――『風切り』」
思ったよりも獣臭くはない……ということは、生まれたてなのかもしれないわね。それでも、『風切り』で盛大に四肢を斬られていくと、ホールはムッとするような血の臭いに満ちた。
「ふんっ!」
例によって、ゴブリンたちが、お前先いけよ! モードになって躊躇しているところに、踏み込んで移動し、諸刃剣を振るう。
バ ゴン
諸刃剣の重さと鋭さで、ゴブリンたちの体の一部を抉っていく。
やはり生まれたて、このホールに集まってくる魔物たちはLV1~LV3。体の大きさは成体と同じだから、これは培養された個体。生殖による個体だと幼生体、つまり子供の魔物が発生する。
せっかくだからお土産に違う迷宮の違う遺伝子を持つワーウルフを採取したいところだけど、はてさて。
天井の魔法陣の発光はいよいよ強くなり、魔物が排出されてきた。
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【レッサードラゴン】
LV:31
種族:ドラゴン
ドラゴンになれなかったドラゴン。早くドラゴンになりたいドラゴン。
スキル:魔力ブレスLV2 加速LV1 自己硬化LV1 魔力制御LV2
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――――スキル:魔力ブレスLV2を習得しました
――――スキル:自己硬化LV1を習得しました
『グガァオォォ』
おや、レベル31ですって?
レッサードラゴンは、首を左右に振りつつ、四足歩行でのし、のし、と近づいてくる。周囲を確認しているのか、いないのか。
歩みを止めると、まだ傷ついて蠢いているゴブリンやワーウルフたちを気にせずに、いきなりブレスを吐いた。
うん、何も考えてないね。
『ゴアアアアア』
「――――『魔法反射』」
魔力で出来たものはとりあえず反射する簡易盾を展開。ブレスが反射して、思いっきりゴブリンやワーウルフにも当たりまくる。フレンドリーファイアを気にしないとは。やはり劣化種ということかしら?
反射したブレスは、レッサードラゴンにも直撃する。だけども自身の攻撃を受けても表皮が硬いからか、ダメージを受けた様子はない。
『ガァァ!』
ブレスが効かないとみるや、レッサードラゴンは突進してきた。体高一メトルの陸生ドラゴンが、口を開けて牙を剥く!
「どりゃっ!」
その開いた大口に諸刃剣を投げつける。さすがに槍に変化したりはしない。
ビュッ、と風を切って黒鋼製の大きな剣が飛んでいき、レッサードラゴンの口から入り、そのまま肛門へ抜けていった。諸刃剣は直線上の迷宮壁に当たって、突き刺さりはしないで、鈍い金属音を立てて床に落ちた。
『ッ?』
発声器官が残っていたのか、それとも空気が漏れる音だったのか、短い叫び声を上げて、勢いのまま、私に突進してきた。
闘牛士よろしくサッと避けると、すでに死んでいるだろうレッサードラゴンの骸は、私の横を通り過ぎてから、重力に負けて……、倒れた。
魔法陣からはもう一体の魔物が出現していた。
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【レッドコカトリス】
LV:30
種族:コカトリス
コカトリスの亜種。体毛が赤く、鶏冠が白い。
スキル:石化ブレスLV2 加速LV2 魔力制御LV1
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――――スキル:石化ブレスLV2を習得しました
『コカーッ!』
出現してすぐに、この魔物もブレスを吐いてきた。この迷宮では流行ってるのかしら?
「――――『水壁』」
キュウウウン、と周辺から水分がかき集められて水の壁が形成され、ブレスに対抗する。本来、『水壁』は範囲攻撃スキルだけれど、術者の周辺に展開することで防御にも使える。
「といやっ!」
そのまま『水壁』をレッドコカトリスと一緒に、周囲の魔物も巻き込みつつ押し込む。
「アガガガガゴボボボボ」
ブレスが混じっていたからか、水の中で揉まれるうちに、レッドコカトリス以外の魔物が石化していく。レッドコカトリスは自分の毒には耐性がある、ってことなのかな?
「―――『火壁』」
とりあえず熱で無毒化しておこう。
手を振りかざし、炎の壁を作り出し、そのまま押し出す。
レッドコカトリスの体に巻き付けるように形状を変更。
焼き尽くせ!
『コケーッココ』
炎にまみれて、赤い羽毛は焼け焦げ、周囲の酸素も奪っているはずなのにまだ生きてる。頑丈だなぁ。
レッドコカトリスは、体を床に擦りつけて、炎を消そうと、転がり、暴れている。
銅弾を一発出して、レッドコカトリスの眉間にめがけて投擲をする。
ビッ!
着弾を確認。ちゃんと螺旋を描いていたのが素敵ね。
レッドコカトリスが倒れる音を聞いたところで、目の前が水蒸気で見えなくなる。
「むっ……」
水を出して熱したからか。でもまあ、他に選択肢はなかったから仕方がない。
レッサードラゴンの死骸の回収も諦めて、そろりそろりと後退を始める。このままホールに留まっていたら蒸し焼きになっちゃう。
無事に階段を昇り、ホールから出ると、石材を取り出して入り口にフタをした。中に人がいるかも? いやあ、この程度のフタを破れないのなら中に入ろうなんて思わないよね。強い魔物だとフタを破ってくるかもしれないけど、それは目の前で待機してればいいや。
かなりいい加減に封印をして、ホッと一息。
「――――『洗浄』「浄化』」
石化がどういう仕組みなのかわからないけど、たぶん、謎の器官から放出する謎の毒液というか、石のような素材に肉体を置換するものみたい。一応洗っておこう。
私もブレスのスキルがついたけど、蜘蛛の糸と同じく、スキル発動時には謎器官が生成されるのかしら? スキルによっては条件を満たさないと使えないものも多いから、やってみないとわからないか。
それにしても、割と強めの魔物が迎撃に出てきたわね。
確かに、迷宮管理プログラムの仕様として、迷宮を破壊しかねない存在がやってきた場合、強制排除を目的にして強個体を当てるようにはなっている。
実際、私がロンデニオン西迷宮を初めて制覇した時のログにも、中層以降は強個体を当てた、という記録があったものね。
それ自体はプログラムの働きだけど、第五階層までしかない不人気迷宮が、レベル30に近い魔物を管理できるだろうか。もっと下の階層まで存在するんじゃないかなぁ。
迷宮は侵入者の魔力を吸って魔力源にする。それによって魔物を作って餌にして、また冒険者を寄りつかせる。私が侵入したことで、ある程度の量は吸っていると思う。加えて、今倒した魔物も魔核を放置したままで、それも吸収されることを考えると、迷宮的には大幅にプラスだと思う。
つまり、撤退しないで、今の段階で速攻をかけて、さっさと管理権を掌握した方がいいのは確かなのよね。一時撤退を決定したのは、石化の毒? ウィルス? がホールに蔓延しちゃってるのと、ホール以外での戦闘になった時、諸刃剣だと取り回しがしづらいということもある。
本来の私は短剣使いだから気にならなかったけど……。狭いところでも使いやすい武器を作ってから再侵入した方が良さそう。加えて、魔力を余り使わず、放出せず、という条件も加わる。
迷宮による魔力吸収は、『魔力制御』で抑制が可能。お手軽に『不可視』でも魔力の放出は抑制可能だけど、攻撃をし続けなければならないケースもあるから、普段より放出魔力を抑えた戦い方をするべき。
と、まあ、小手調べにしては強い魔物が出てきちゃったし、それも魔力を抑えて進めば警戒もされずに済むかも。ついでに魔力波形も偽造して進めばいいわね。
「『暫くの間、迷宮への立ち入りを禁ず。入場すると石化して死ぬ』、と」
石のフタに貼り紙をして、空を見上げた。
まだ深夜の時間帯だ。フタを背にして座り込み、私はイルカ睡眠を始めた。
【王国暦123年6月10日 5:25】
東の空が明るくなってもいい時間なのに、村の中は薄暗いまま。
これはウィンター村が盆地の底にあるからなんだろう。ちょうど東側は丘のようになっていて、その途中に迷宮がある。
私はといえば、迷宮にフタをして、そこで寝ていたわけだけど……。
男が一人、警戒しながらも近づいてくるのが感じられて、イルカ睡眠を切り上げる。
「あのー? もしもし?」
声を掛けられたので、顔は動かさずに眼球だけを動かす。
冴えない顔の中年男……。ん、だれだっけ。えーと、名前なんだっけ? あれ、本部にいるって話だったんだけど、どうしてここにいるんだろう?
「ども」
「あれ、ポートマット支部のドワーフ娘……?」
「ああ、はい、そうです。えー、すみません、お名前……」
「ボリスです。ボリス・ジェームス」
あれー、そんな名前だっけ? まあいいや。
「ああ、そうでしたね。あの、本部から来ました。えと――――昨日付でウィンター村支部長になりました」
「あっはっはっは、冗談は止めて下さい。あっはっは」
失礼にも――――名前なんだっけ――――中年男は笑い飛ばしてくれた。
「あはは、冗談みたいですよね」
――――私も笑い飛ばしておいた。




