※迷宮での物作り5
【王国暦123年3月20日 12:00】
ロンデニオン西迷宮に引きこもってから数日が経過した。
その間、戒厳令中ということもあり、迷宮は封鎖したままで、改修工事を行った。
まず、北西2エリアが完成したことで、新規石切場である北西3エリアを新設。南東2エリアも完成、各々を通路で結んだ。排気ダクトも二箇所を新設、塔エリアの基礎工事に入った。
もう一つ、大きな建物として、ドッグレース場を建設中。この建物が非常時には避難施設になる。これはいわゆる開閉式ドームで、屋根部分の設計は、ポートマット建設ギルドのエーさん、ビーさんに依頼を出している。なんでドッグレース場なのよ、と言えば、走るに特化した魔物で、交配も容易で、入手したウィザー城西迷宮のワーウルフが、ウチの迷宮とは違う遺伝子のワーウルフだったから。混ぜたら面白そうじゃね? という発想から。
迷宮の内部的には繋がった通路を利用して、下層へ降りる時間を大幅に長くなるように設定した。このため、第三階層に休憩所を設けることにした。攻められるのがわかっていながらユーザーフレンドリーなのは、サービスマインドに溢れた迷宮だと自負するものだ。
「えーと、計算上では最下層までどのくらいかかるんだっけ?」
《……マスターの初回侵攻時のデータを基準にしますと、可能な限り戦闘を避けたとして五十一時間。……休憩を挟まずに可能な限り戦闘をした場合ですと百八十二時間、と想定されています》
「どんだけ難攻不落なんだ……」
「いいや、ラルフくん。いつだって常識は覆されるもの。備えあれば憂い無しよ? この迷宮は、上層は人に優しいけど、中層以降は攻略させる気がないもの」
「そうですねぇ……三つの選択肢を提示して、三つともハズレとか……」
「いいや、エミーくん。楽な道などない、という訓話のようなもの。魚心あれば水心、逆もまた真なり、ワン・フォー・オール・オール・フォー・ワンだよ」
いいか、大木っ! ケンジは右足がもう駄目なんだけど走るんだよ!
「はぁ……。よくわかりませんけど、はい」
エミーとラルフは、閉鎖している間、迷宮の内部をつぶさに見学していた。迷宮を視察で歩き回って疲れている人とか、初めて見たかもしれない。
ラルフはともかく、エミーは今のところ迷宮の外へ出すことはできない。これでは息が詰まってしまうだろう。迷宮設備の方は、あとは魔物任せでいいし、『塔』は石材をブリストから持ってこないといけない……ので、とりあえずの手は空いた。
「そこで、エミーアバターだけじゃなくて、エミーのまま、せめて迷宮都市内部くらいは出歩けるように、超防御特化の装備を作ります」
「まあっ、お姉様、素敵です!」
「おっ、オレにはないのか?」
おおっと、ラルフもナチュラルにおねだりしてきたわね。
「うん、ラルフにも作るよ。発想としては二系統あってさ。一つは単純な防御力、もう一つは先日の襲撃で、弱いけど手数で攻めてくる敵には、あんまり分がよくない、っていうのがわかってきたから――――」
「そこで攻撃じゃなくて防御?」
「うん、一々『障壁』を展開するほどじゃない威力の攻撃をダラダラやられる……対策だね。幸いにして二人とも『召喚』は覚えているわけだし」
「へぇ……」
「つまりね、即応的に眷属を増やす仕組みがあればいい」
それを聞いて、二人とも嫌~な顔になった。血を飲ますとかなんとかなんだろうと想像したのかしら。
「うん、ちょっとこっちじゃ設備がないから、ブリスト南迷宮に行ってくるよ」
「あー、カサンドラさんの赤ちゃんはどうなりましたか?」
「私が向こうを出るときは、それなりに目立ってきてたねぇ。夏には産まれると思うよ?」
ハーフエルフ、かつ半魔物という、不思議な赤ちゃんが産まれるんだよねぇ。もはや属性がインフレしているような気がしてならないわ。さらには父親が違うとか、ヴァンサンも難儀な人生を歩んでいるわねぇ。
それはそうと、今、ここで出来ることはやっちゃおう。
【王国暦123年3月20日 16:15】
ミスリル銀を細くしたものと、スライム繊維を撚り合わせて擬似的に筋肉を作る。この人工筋肉は、元々の肉体に備わっている筋肉の補助。なるべく軽量化はするけど、全身を覆うとなると五~六キログラムにはなっちゃうかな。
ラルフ仕様は両腕をさらに軽量化、防御力より運動性を高めてみた。エミー仕様は単に防御力特化にしてみた。見た目や色は鎖帷子に似てるけど、この『下着』は肉襦袢であり、筋肉であるという点が秀逸だ。魔力を通すことで筋力が上がり、軽く感じるようになる。
「つまり、防御力を高めようと重く、硬くするのではなく、それを動かす補助をする仕組みも同時に、ということね」
「それにしても、また下着なんですね」
エミーの言葉にハッとなった。発想がレックスと同じ…………。
「そ、そうだね」
「小さい隊長、これ、用を足すにはどうしたら……」
あー、ウェットスーツみたいに作ったから、脱ぐしかないんだよねー。
「お姉様、どうしたら……」
「ううーん、わかった、上下に分割して、下半身の方はすぐに脱げるように改良しよう」
セパレート不可避! 一体型にする必要って、よく考えたらないのか……。でも上下の筋肉は繋がってた方がいいから……同じ素材の紐で繋げるようにしてみよう。
「うん……」
二人が鈍く光る銀色の下着を着用している姿はなかなか格好良い。
しかし、二人は揃って……。
「キツイ……」
と言ってきた。
エミーは胸が。ラルフは股間が。
そこでまた該当部分をセパレートにして、エミーの方は伸縮素材を多目に、ラルフの方は物理的に形状をいじったのでコッドピースみたいになった。
「どうだ!」
「素晴らしいです!」
「いいかも!」
魔力を通して飛躍的に身体能力が向上した二人は、工房をぴょんぴょん、と跳ね回った。
「じゃ、ラルフはそれの着心地を確認しつつ、冒険者ギルドに行って、今日の深夜から第四階層まで迷宮を開放する、って言ってきて。あと、このお金で住民にお酒を振る舞ってもらうように依頼して。余ったお金で買い食いしてきていいよー」
「ほんとかっ?」
「うん、ホント」
そう言うと、ラルフはスキップしながら迷宮都市へと登っていった。
そんなラルフを見送ると、エミーが振り向いて確認してくる。
「お姉様、まだ作るんですね?」
そう、ラルフがいると作りにくいものがあるのだ。肉襦袢下着はまあ、そんなにセクシーじゃないし。
「うん。この下着は日常的に使えるものじゃないからさ。これなんかどう?」
普通のブラとショーツに魔法陣をプリントしたもの。レックスに以前作った、風のブラの簡易版ね。
「風系魔法……の魔法陣ですか?」
筋肉補助下着を脱いだエミーのオッパイは神々しい。ああ、包まれたい……。
じゃない、風のブラをエミーに着用させてみると、予想外のことが起こった。
「おっおおっ、おねえ、さまっ!」
やばい、エミーから漏れ出す魔力に反応して、意識しないでも魔法陣が発動しちゃうみたいだ。ブラを着けたオッパイがブルブル……と細かく震えて、悩ましい表情になってる。
これはエロ下着だ……。ふむ、これはレックスにフィードバックしてみるか……。いやこれ、普通にオッパイが痛いわ。
「風系魔法は駄目……か」
中に着るものに『障壁』を使うと、羽織ってる着衣を傷付けてしまうかも。いきなりハニーフラッシュみたいになっちゃう。
「風系魔法を仕込むのであれば、普通に外側に着込むか、装飾具にしてみては……?」
ブルブルブル! とオッパイを震わせてエミーが懇願した。
「わかった! とりあえず魔力盾くらいにしておこう」
プリント下着セットは、『魔力盾』に押さえておくことにした。
外装品……ということで、エミーアバターの下着製作で得られたノウハウもあることだし、ベストを作ることにした。先の筋肉下着を厚くして、ピンクと金の積層で光るようにした。
「あ、これは綺麗ですね……」
ど派手なんだけど、気に入ったみたいだね。これにマントを羽織れば完璧。襟付きマントも薄ピンクとか、もはや意地になって桃色に染めている。
動きやすいミニドレスは、私の提案で、白基調にした。全部がピンクだと、ピンクが映えないという理屈から。
それから、私とエミーは、狂ったように色んなデザインの服を作り始めた。
【王国暦123年3月20日 22:32】
「で、夕食も食べないで、二人で服をつくっていたと?」
「まあ、そうだね」
「そういうことですね」
エッヘン、と威張る私とエミーに、ラルフは呆れたように肩を竦めた。でも、ラルフ用の外套やら小綺麗な服やらを手渡すと、涙を我慢して、やっぱり文句を言った。
「こっ、こんなっ、馬鹿じゃん……」
「うんうん、馬鹿でいいから、着てごらん?」
「部屋でっ、一人で着るから!」
ラルフってば、女子から何かを貰った経験なんてなかったんだろうなぁ……。
「ああ、あとこれ。ブレスレット」
「こんなっ、女子供みたいなっ」
「いーや、機能は優れものよ。魔力を通して、手首を折る動作をすると、風系魔法を展開させるんだけど」
「風の盾ですね。お姉様は途中で服作りに飽きて、そっちを作ってました」
エミーの解説通り、これは風の盾だ。空気の渦を作っているわけじゃなくて、なんというか、方向性をねじ曲げる魔法だ。
「へぇ……………面白いや」
「うん、二刀流の人との戦いを見てたら、ほとんど左手を使ってなかったでしょ? なら、こういう不可視な防具があると左手を使うきっかけになるかなぁと思ってさ」
「あー、うん、そうだな。右手だけじゃ駄目なのかな……」
「んーとね、たとえば、もっと速度の速い人……冒険者ギルドのリチャードさんとか、ブリジット姉さんとかね。あの人たちには、逆にラルフの剣は迎撃されると思うよ? 二刀流の人は持っている武器こそ変則的だったけど、リズムが一定でね。だからラルフが上回ったんだと思う」
「なるほど……そうかもしれない」
強くなった気でいるんじゃねえよ、という叱咤だった。上で買い食いをしながら、少しアルコールも入っていたんだろう。ラルフは素直だった。
ブレスレットは、全員が左手首につけてみた。両手首でもよかったんだけど、不意に発動しちゃうかもしれないので、とりあえず片方だけ、ということで。
「で、リチャードさんには?」
「ああ、伝えてきたよ。お金も渡して、住民たちにお酒を振る舞ってもらったよ。まだお祭り騒ぎになってる」
「そっか。死人が出ない程度に楽しんでくれたらいいや」
「お姉様、お酒を振る舞ったのは何故ですか?」
エミーが訊いてくる。
「ガス抜き。五日も迷宮を閉めてたしね。あとは還元かな。ケチャップ販売だけでも相当に儲かってるからさ」
「経済の循環、というやつですか?」
「うん、まあ、そんな大層なものじゃないけどね」
エミーにも喧噪の迷宮都市を見てもらいたかったなぁ。でもまあ、防御システムが揃うまではちょっと我慢してもらおう。
「んじゃ、明日の早朝、ブリスト南迷宮へ向かうよ。場合によっては一度ポートマットに寄るかもしれないから」
「三角形ですね、お姉様」
「そうだね」
三つの地点を結ぶことを考える、エミーの感性は面白いなぁ、と思ったり。あんまりこの世界の人の発想っぽくないもんね。
――――これが迷宮トライアングルってやつかしら。四つならレクタングル、五つならペンタゴン、六つならヘクサゴン……。




