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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮トライアングル
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エミーの迷宮入り5


【王国暦123年3月13日 23:55】


 キートン山田の声が脳内で聞こえる……。以前は山田俊司だったはずだ――――。

 だがしかし、今は山田について語っている場合ではない。


「お姉様、これは……どうしましょう?」

 攻撃されたというのに怒りも慌てもせず、ひたすら困った様子のエミーに感心する。エミーってば大物だなぁ……。

 私は魔力をグン、と高めた。

「とりあえず消火するよ。―――『氷壁』」

 某氷の女王みたいに、手をサッと翳して一周させる。


 火系魔法『氷壁』は、俊司……じゃない、瞬時に対象の温度を下げる。これらの炎そのものは、魔法で生み出されたものではなく、高温に熱された媒体に触れて燃え上がり、発生したもの。それを強引に温度低下させることで消火するには、結構な魔力量が必要になる。


 周囲が冷気で満たされていき、周囲の水分が凍っては溶け、凍っては解け、やがて凍っていく。そろそろ夜中だというのに水蒸気が揺らめき、東の空から照らす月の光で虹が――――私たちの周囲に形作られていく。木々には樹氷が形成されていく。実にありのままで美しい。


「わぁ……」


パパパパパッ、パパッ、パパパパパッ

パパッパパパッ、パパパパパパパパッ、パッ

パッパッ


 騎士たちが『気配探知』で連絡し合っている符丁が乱れている。強大な魔力に触れ、一瞬での鎮火を目の当たりにし、幻想的な景色を作り出した魔術師がここにいるのだ。

 うへへへ、私を見た者は死ぬぜぇ! という宣言でもある。

 一気に死に直面したことを自覚して、混乱しているみたいねぇ。


「今のうちに逃げよう。――――『隠蔽』」

 エミーとラルフの手を握って、私たちは虹の輪の中から姿を消す。

 逃げる方向は北。一気に川へ出ようと走り抜けた。



【王国暦123年3月14日 0:12】


 川に出ると、渡河できそうな場所を探して、西方向へ歩いた。

 包囲網からまんまと脱出し、探索部隊は遙か後方にいる。

「小さい隊長」

 先導するラルフが、掌をギュッと握って異変を知らせてくる。

 暗がりに目が慣れてくると、ラルフが注視している物体が目に入った。

「子供……? いえ、違いますね」

「ゴブリンだね」


 小声で囁き合う私たちの視線は、木陰に佇む小さな影に注がれていた。

 迷宮の『基本魔物』とも言うべき存在、ゴブリン二匹が、そこにいた。何故、パッシブの『魔力感知』で気付かず、やっと視認で気付いたのか、と言えば、そのゴブリンは既に死んでいたから。

「行こう」

 私は先を促した。でも、エミーは掌に汗をかいて、私の手をギュッと握った。引き留めようとしているのだ。

「お姉様、このゴブリンは、放置しておくと不死者(アンデッド)になります」

 殺された魔物は、放置しておくと、一定の確率で()()()()()()が入り込み、不死者になることがある。


 魔核を抜いて埋葬し、『浄化』して弔えば不死者になる可能性はほとんどゼロになる。周辺の安全を考えればそうした方がいいだろうけど……。光魔法を使えば私たちの所在がまたバレてしまう。


 そんなことは承知しているエミーだけれども、シスター見習いとしての矜恃か、元来の性格か……。

 エミーは逡巡していたけれども、たとえ見つかっても逃げ切れる、と私とラルフを信頼して――――もしくは甘えて――――の提案だった。


 ゴブリンにさえ慈悲の気持ちを持てる感性は、この性悪説に満ちた世界では貴重な資質だと思う。

 私は透明なままのエミーをジッと見つめる。エミーからも、こちらを見ている気配が伝わってくる。恐らくは懇願している表情なんだろう。『道具箱』に死体を入れれば済む話ではあるんだけど、自分が作った訳でもない腐りかけの死体を収納するのはちょっと忌避感がある。虫も湧いてるかもしれないし、案外、死亡直後以外の収納は手間がかかって面倒だったりする。


「わかった」

 迷っている場合でもないや、と提案を受け入れる。たとえ見つかっても何とかなる。軽い考えだけど、エミーのお願いならどうにかしちゃおう。これが私じゃなければ、恐らくは、こんなお願いはしていない。そのくらいは弁えていると思うから。


 木に近づき、ゴブリンの死体に近づく。

 小さな魔核が入ったまま放置されている。瀕死の状態で、この木の下に辿り着いたのだろう。二つの死体は折り重なるようになっていて、苦悶の表情を浮かべたままだった。まずは瞼を閉じよう。


 サッと検死すると、背中に大きな刀傷が見えた。逆に体の正面には傷はなく、逃げたところを背中からバッサリ、という感じか。日本刀のようなもので斬ったのではなく、厚い刀身の剣で断ち切られたような傷……まだ血液に濡れていて、ここから失血したみたい。死んでから間もないということは、このゴブリンと戦った者が近くにいる。そんな中、呑気に弔おうという心の余裕を持てることは純粋に凄いことだ。これがシスターという生き物かと感嘆してしまう。


 ゴブリンの死体、その胸にナイフを突き立てて、グリッと回し、心臓そばにある小さな魔核を取り出す。これが残っていると残留魔力も増えて、不死者になる可能性も高まる。趣旨からすれば採取しておくべきだろう。これは攻撃とは判定されず、『隠蔽』は解けなかった。マメ知識的な発見をしたので小さく喜ぶ。


「――――『掘削』」

 木の根本付近に四角い穴を空ける。ここで『隠蔽』は解けた。土に対しての攻撃と判定されたのかなぁ。基準がよくわかんないや。

 素早く死体を穴の下に安置して、道具箱から土を出して被せる。エミーとラルフも『隠蔽』を解いていた。そのエミーを見ると無言で頷いた。


「――――『浄化』。健やかなる魂の旅立ちを祝福致します」

 エミーはとても簡潔ながら、祝詞を唱えた。私たちもエミーにならって合掌をする。聖教に於いての『死』が『旅立ち』であるという()()はキリスト教っぽいのよね。

「いこう。――――『隠蔽』」

 エミーとラルフが私に触れたのを確認してからスキルを発動、姿を隠す。


「もう少し上流に行けば、渡河できる場所があるはず」

 川幅が狭まるから……なんだけど、このターム川は横幅が広いので有名。場所が場所なら川幅うどんとかが名物になりそう。



【王国暦123年3月14日 1:07】


 騎士団? の追撃は撒いたみたいだ。埋葬したゴブリンの死体から離れ、もうしばらく川を遡っていると、ロンデニオン西迷宮の『めいちゃん』から連絡があった。『隠蔽』の発動をエミーとラルフに任せて、一瞬だけロンデニオン西迷宮のグラスアバターにチェンジする。


「やあ、今現在、この迷宮に向かっているよ?」

《……お帰りなさいませ、マスター。……緊急に判断を仰ぎたい案件がございます。……ウィザー城西迷宮より魔物が放たれました。……総数は不明ですが、恐らく百体以上。一部は当迷宮への侵攻ルートを進んでいると推測されます。……ではありますが、まだ距離がかなりあり、所在も不明です。……これらをウィザー城西迷宮からの攻撃だと判断できるかどうか微妙な情勢です》

 めいちゃんは一気にまくし立てた。ポートマット西迷宮のめいちゃん、ブリスト南迷宮のメリケンNTと連絡を取り合っているからか、言い回しが人間臭くなってる。

「なるほど……」

 色々な疑問が一気に氷解する。今し方、氷を作ったばっかりだけどね。


 つまり、あの騎士? たちは、エミーではなくて、ウィザー城西迷宮から放出された魔物を捜していたのかな? ウィザー城西迷宮は定期的に魔物を放出する。本来、冒険者を使ってでも間引きしないといけないのに、ウィザー城西迷宮は、その存在を公にはしておらず、全てを自分たちで完結させられないでいるから。


 うーん? しかし、それなら何で、『隠蔽』使用者を捜すような、面倒な布陣を敷いていたのか? まだ謎は全て解けていない。


「三個大隊の出撃準備。部隊の選定は任せる。迷宮の封鎖は準備だけしておいて。冒険者ギルドには知らせてほしい」

《……了解しました、マスター》

「うん、警戒範囲に敵魔物が侵入したら、二個大隊は東西から回り込むように南進。もう一個大隊は迷宮で防衛。迷宮の封鎖はそれからでいい。ターム川より南には行かないようにね」

《……了解しました、マスター》

 めいちゃんの了解、を聞いてから、本体に戻ると、すぐにエミーの不安そうな表情が目に入った。


「何かありましたか?」

「うん、ウィザー城西迷宮が魔物を放出してる。ゴブリンが出ていればワーウルフも出てるだろうね。他の魔物は不明」

 エレクトリックサンダー辺りが出されていると面倒だなぁ。やっぱりウィザー城西迷宮は、マッコーキンデールの好きにさせておいちゃ駄目だなぁ。


「それにしても、ウィザー城の管轄って元々第四騎士団?」

 肩に乗っている元第四騎士団長(スライム)に訊いてみる。

「儂の知っている頃の話であれば、第一~第四から出向の形で騎士が集められる。管理者は王宮、正式には騎士団の管轄ではない」

「ということは、今は第三騎士団が駐屯して、騎士を動かしている可能性が高い?」

「状況から考えればそうだな。いやしかし、まさかな」

 スライムが口籠もる。見えないけど。

「予断を与えるような推測でいいから言ってみてよ」

「うむ……第五の騎士団が創設されたのかもしれん」

「へぇ?」


「元々は第一騎士団が王宮や王の守護をしていたのだ。それを曲げてダニエル率いる第三騎士団が担当するようになった。しかし、第三騎士団を十全に動かすには、もう一つ王宮や王の護衛専門の騎士団があった方がいい、という議論は前々からあったのだ」

「政変前夜であれば、身の危険を感じた(スチュワート)が第五の騎士団を急遽創設していても不思議じゃないと?」

「うむ」


 なるほど、つまり近衛騎士団ってことか。第一、第二騎士団が王の敵になる可能性もある中、手駒を増やしておきたい腹づもりもあるんだろうねぇ。しかし、このタイミングでウィザー城西迷宮は魔物を放出しているから、これはウィザー城管理者への嫌がらせでもあるわけよね。王都の内部で、騎士団同士がドンパチする分には関知しないけど、こちとらエミーがいるので巻き込まれたくない、ってだけなのよね。


「おっ」

 川幅が少しだけ狭くなっている場所を見つけた。

「ランド卿、頼むよ」

 川に入ってランド卿を浮かべると、

「うむ」

 と偉そうに変形を始めて、それは小舟の形状になった。

「ラルフ、先に乗って、エミーを誘導して」

「わかった」

 私は川の中に入り、船を支えたまま、ラルフが先に小舟に乗り、エミーに手を差し伸べる。エミーはその手を掴み、ラルフが引き寄せ、自分の体をクッションにするように抱きかかえた。もうちょっといい男なら絵になりそうだけどねぇ。

「私はこのまま船を支えて泳ぐ」

 泳ぐっていうか、私が小舟に乗ったら船が耐えきれないし、幸いにして(泣)、この川の流れ程度じゃビクともしない、自分の体重が憎いわ。

「シルフ先生、ちょいと流れを操作してくださいな」

《任せるといいわ?》

 シルフ先生は大分私の中に住んでいるのに慣れて、何故かちょっとオカマっぽくなってきた。元々精霊に性別はないから、ユニセックスな口調、って言い方にしておこう。


 ターム川は()()()()()が流れてくるので、ハッキリ言って泳ぐのは衛生的によろしくない。上陸後は『洗浄』と『浄化』が必要になるだろう。水深は、私の背丈じゃ水没するくらい。海女スーツを着込んでるわけじゃないから、ずぶ濡れだけどしょうがない。

 シルフが流れを誘導して、私が舵と動力の役目をしながら小舟を押していく。人力モーターボート……みたいな? こんな体重の私でも、一応泳げはするので……っていうか泳いでないと即、沈んでしまう。これがマグロ気分ってやつなのかしら。


 数分を掛けて渡河を完了する。

「――――『洗浄』『浄化』」

 急ぎ洗浄、殺菌処理を行うと、ランド卿も元のスライムに戻り、『隠蔽』をしようとした矢先、暗闇から声がした。


「驚いた。本当にここに来るとは」

 その声は、直近で聞いたことのある声だ。フッと何もないところから姿を現したのは、涼やかな切れ長の目が印象的な――――。


フッカー(リアム)卿……?」

 暗闇に覆われた中、色白のリアムの表情は能面のように硬い。ギッと唇を噛み、ゴクリと唾を飲む、その喉元が動くのが見えた。

「いかにも。私はリアム・アンデレ・フッカー。王都()()騎士団の騎士団長を務めている」

 そして、『隠蔽』をしていたのだろう、時間制限によってスキルが解除され、リアムの背後に見えたものは、百体以上はいるゴブリンだった。



――――どうやら、何か策にハマっていたようね……。





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