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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮トライアングル
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エミーの迷宮入り3


【王国暦123年3月8日 14:00】


 迷宮に籠もっているだけじゃ、太りすぎてしまいます、だなんて言っていたエミーだけど、何だかんだと迷宮内部で、魔法やスキルの練習をしているし、カロリー消費は教会にいる時と変わってないみたい。


 今、エミーとラルフに練習してもらっているのは、『隠蔽』『加速』『不可視』『魔法盾』の四つ。『加速』と『魔法盾』はよりレベルの高いものを習得させている。『隠蔽』と『不可視』は互いを補完するセットみたいなもの。ただ、どうやって教えるのか、というのは実際に見せてからやってもらうしかなく、ちょっと苦労した。


『隠蔽』はどうも空間系魔法、つまり『道具箱』の系統に近いスキルらしく、自分を包んで隠す、というイメージを伝えると、すんなりいけた。

『不可視』は光系魔法のスキルであることが魔法陣からわかっていたので、『光刃』で全身を包んでからずらす……というイメージで理解してもらえたみたい。光系なので、エミーの方はすぐに習得できて、ラルフの方は苦労した。


 逆に肉体を酷使する『加速』の習得にエミーは苦労した。付与強化系は筋肉に魔力を通して強化する。『加速』はイメージがしやすいので、強化系のとっかかりとして適しているとも言われている。力持ちになーれ! だけだと具体性に欠けるらしく、足が速くなるのは比較対象がしやすいから、って聞いたけど、正直差がわかんないわよね。


『魔法盾』は魔法専門の盾を魔力で生成する……という魔法で、少々の物理攻撃も防げる。『障壁』を備えにしておけば、スキルでの遠距離攻撃に対しては万全、少なくとも一撃でやられはしなくなる。


 いずれも守備的というか、攻撃されないように、されたとしても耐えられるように、という思惑がある。だって、ラルフはともかく、エミーが大規模魔法で蹂躙する姿なんて、想像できないもんね。もちろん、今のエミーならそれは可能だけど、彼女の本質は治癒術師だし、手を汚すのは彼女じゃない方がいいのだ。


「つまり、ラルフが頑張らないとね!」

「っ!」


キンキンキンキン!


 陶器製の小剣を持つラルフと、同じく陶器製の短剣を持つ私が、剣戟を交わす。甲高い音が響き、ラルフを押し込む。ラルフは『加速』LV2を発動していて、細かい制御が難しい状態。私も同じスキルで合わせて、稽古をつける。稽古を始めた時よりも動きに慣れてきてはいるものの、まだ足の速さに感覚が追いついていない。


「お姉様~、足が~」

 エミーはと言えば、演習場代わりに使っている空き部屋の端っこを、延々ランニングさせている。まだエミーの『加速』はLV1なので、とにかく付与状態を長く続けて――――スキル熟練度を上げたいのだ。

 これ、正式に『熟練度でスキルLVが上がる』と証明されてはいないんだけど、経験則というやつね。

 筋力強化系の魔法は実際に筋肉を使う――――というかかなり酷使する――――ので、慣れないと筋肉がボロボロになる。で、筋肉痛を堪えて鍛えたところでスキルレベルが上がる――――のなら、理に適ってるじゃないか、と感心しちゃう事象でもある。


 そういう理屈を説明しているので、エミーは自分の得意な光系『治癒』を使えず、水系『治癒』を私が施している。

 あんまり短期間に鍛え過ぎて、筋肉モリモリのエミーは見たくないけど……。私の血肉を得た人たちの傾向として、私本人ほどではないけれど、体重が重くなってるみたいで、女子的な発想からは申し訳なく思ってるところ。このエミーなんて、美しい少女の外見なのに、骨太で重いんだぜ……。


「お姉様! 何か悪いことを考えましたね?」

 背後から声がしたので振り向くけれど、どうやら『隠蔽』発動中のようで、姿は見えない。しかしどうして思っていることが伝わったのか……。


「考えてません……。二人とも休憩でー」

「はぁっ、はあっ」

 ラルフは汗だくで、息も絶え絶え。私はカレンみたいに他人を教えることは上手くないので、オーバーペースなのは間違いない。でも、二人にはスキルを習得してほしかったし、とりあえずは何も考えさせずに何かをやらせたかった。ラルフは単なる護衛に過ぎないので、別に迷宮に押し込めなくてもいいんだけど、エミーが一人じゃ寂しいじゃん? ということで道連れにさせてもらった。


 そもそも、こうやってスキル習得を頑張ってもらっているのは、ポートマット西迷宮に常駐ではなく、ロンデニオン西迷宮にお引っ越しさせる予定だから。


 迷宮に匿うだけなら、ポートマット西迷宮のままでいい。

 お引っ越しをする、と決めた最大の要因はアバターにチェンジしていられる時間に、制限がある、とわかったから。エミーと実験を繰り返した結果、消費魔力が、ある程度は距離に比例するのだけど影響は僅か、それよりは継続してのアバター操作には限界時間――――おおよそ三刻――――の方が影響が大きい、とわかった。


 ポートマット西迷宮に本体を常駐させたまま、ロンデニオン西で書物を読んで、ポートマットの学校で教える――――というプランが崩れてしまい、暇だから本は読みたい、と懇願するエミーの心情を酌むと、ロンデニオン西に移動した方が良さそう、という結論になった。政治的にもその方がインパクトがあるし。


 ただ、ポートマットにいる友人たち――――ドロシーやサリーやレックス――――と気軽に会えなくなるのと引き替えなので、必ずしも全ての要求を満たす判断ではない。


 道中には危険がつきまとう。不測の事態に対応するために、こうやって防御スキルを覚えてもらっている、と。

 引っ越しの準備も色々あるし、関係各所への挨拶もあるので、あと五日くらいはこのまま頑張ってもらおうと思う。


 領主別宅に住み始めたお姫様二人からは、主に木製家具の注文が相次いだ。幸いにしてポートマットにはテートをはじめ、腕利きの木工家具の専門家が多くいるので、私の出番はなかった。

 とはいえ、カテゴリーが怪しい、たとえばソファなどは私に製作依頼がやってきた。


 ここで尾籠な話だけども、『マンション』の住民たちの生活が安定して、下水道を流れる汚物が安定して流れるようになり、乾燥スライム粉の生産も順調に増えた。スライム繊維とともにスライム人工皮革も生産量が増えたところで、使い道を探す必要性もあり、使用量が多いソファに白羽の矢が立ったと。


 スライム人工皮革は、本物の皮に比べると硬いけれど丈夫で安価、かつ加工しやすく見栄えもいい、という特性があり、イミテーションとしては破格の品質を持つ。お姫様たちはソファの試作品を見て気に入ったらしく、レックスと一緒に雛形を作り、あとは職人さんたちに量産化をお願いした。色違いを数個受注したので、リーズナブルな価格も相まって、そこそこ売れる商品になると期待されている。


 領主別宅はアフターケアというか、姫様チェックが入ったところを手直ししている感じ。

 これは建設ギルドが対応しているので、私が口を挟むことでもないんだけど。


 建設ギルドといえば、ドロシー宅の改装の注文が入ったとかで、結婚式を挙げる前に、ついに同居を始めるみたい。

 ドロシー宅はアーサ宅のお隣にあり、前の住人から買い取った後は放置されていたので、修繕がてら好みに合わせちゃおう、ってことらしい。隣家との間にあった塀も壊して、一つの敷地にするそうな。


 全く舌打ちをするしかない事態だけど、エドワードに関しては王都の政変と関わりがあるし、既にポートマット冒険者ギルドの人間である、と既成事実を幾つも作っておきたい、って腹なんだろうね。

 その意味では政略結婚と言えなくもないけど、経済的にはグリテンで比肩する者のいない、稼げる嫁を貰うんだし、元王子様であっても、釣り合いを取るためには頑張らないとねぇ。


 まあ、いよいよ同居、ということで、かなり突貫工事気味ではあるけど、エドワードの迷宮出張所の所長に就任が近い、ってことかも。支部長クラスになれば、王宮が手出しをするには大物過ぎるものね。


 建設ギルドに話を戻すと、ルーサー師匠が教えていた鍛冶見習いたちがそこそこの腕前になったらしく……本当に指導してたのかどうかは怪しいんだけど……私が提示していた掘削道具の幾つかが日の目を見た。


 スコップが二種、これは先端が尖ったものとそうじゃないもの。

 ツルハシも丈夫なものができた。間違いなく人を殺せる強度ね。

 あとは穴掘りに特化した、ダブルスコップ。二つのスコップが合わさってる洗濯ばさみみたいなやつね。

 最後にスパイラルボーラー。手動ドリルね。


 スパイラルボーラーなんかは魔道具化してもいいんだけど、とりあえず人力でできるならその方がいい。駆動部分があると整備の面倒さが格段に上がってしまう。本当はパワーショベルとかも欲しいんだけどさ……。

 ゴーレムでの再現は可能なんだけど、扱う人の選定や管理を考えると、今のところは他者には任せられないという事情もあるから、これは実現しないかもしれない。

 迷宮管理者が恣意的に決めなきゃいけないし、案件ごとに手を煩わせるわけにもいかない。建築に血道を上げる迷宮管理者は、私以降、登場しないかもしれないのだから。


【王国暦123年3月8日 16:27】


「そう……。エミーちゃんが修行に出るのね」

 エミーの隠遁は、公式には、そういうことになっている。ただ、どこに行くのか、というのは伏せられたまま。普通に考えれば王都の聖教本部なんだけど、敢えて断言していない。


 聡いアーサお婆ちゃんは、何かピン、と来るものがあったらしく、いそいそと手編み道具セットを渡してきた。

「はい、エミーに渡しておきます」

 エミーは私物もすでに持ちだしていて、裁縫セットはあったけど、編み物セットはその中にはなかった。きっと喜ぶだろう。


「そうね、あとは甘い物を持っていくといいわ」

 とりあえず甘い物を食わせとけ、というアーサお婆ちゃん得意の攻撃だ。三種類のジャムはきっと心を落ち着かせることだろう。

「困ったわ、あげられるものがないわ……」

 事情を把握しているベッキーさんは困り顔だった。ウェルの首がそろそろ据わるので、あと一月か二月後にはトーマス邸に戻ることになりそうだ、とのこと。

「いえ、ジャムも一緒に作ってくれてたんでしょうし、十分ですよ」



【王国暦123年3月8日 17:05】


 お辞儀をしてからアーサ宅を出て、教会に向かう。

 今日はフェイ、トーマスも呼んでの会議だ。


「シスター・エミーの急な出立は、教会でも波紋を広げています。一番落胆しているのはシスター・リンダですね。彼女こそ産婆の女王になる、などと期待していたのですよ」

 司教の部屋でそんなことを言うユリアンの台詞に、私の脳裏に浮かんだのはブラジリアンダンスをしているグラマーな女性だった。まあどうでもいいけど。


「……エミー嬢なら、何をやっても大成するだろう。……たとえ、産婆じゃなくとも、医者でも、それこそ、本物の女王でも」

 そうだよなぁ。女王になるスペックの持ち主が産婆の補助をしていたり、読み書きを教えていたりしたわけで、贅沢な話ではあるわよね。

「うむ。エミー嬢がウチでアルバイトした時は、店内が聖なる空間になってだな……」

 と、ここでの話題も当然ながらエミーの話だ。


「……それで、いつ出発するんだ?」

「スキル習得を含めて、準備が整うのは、およそ五日後ですね。東地区の大規模宿の基礎をやってからにしたいですし。それに合わせて特急馬車を一台、貸し切りたいんです。秘密の守れる……サイモンさんがいいですね」

「……ああ、なるほどな。……しかしサイモンは王都騎士団に雇われていた実績がある。その点は大丈夫か?」

「サイモンさんを雇っていたのは第一騎士団です。第三騎士団が絡んでいなければ大丈夫でしょう」

「わかった、五日後に合わせてサイモンの馬車を貸し切ろう」

 馬車についてはトーマスが予約をしてくれることになった。

「それでも襲撃の危険性は高いのではありませんか?」

「ユリアン司教の危惧はもっともです。襲撃をされる可能性は高いでしょうね」

「……ということは、敢えて正面突破をしようというのか?」

 フェイを含めて三人が問う。私は頷く。

「エミーに手を出すことがどれほど愚かで危険なことか、知らしめる必要があります。王宮に対しても、反国王派に対しても、宰相に対しても」

「シスター・エミーの身の安全が第一です。確約して頂けますか?」

「無論です。エミーの身柄は、私と、ラルフと、迷宮が守ります」

「あー、ラルフといえばな、『第四班』のチームリーダーな。一度ラルフに会わせてやってくれるか?」

 トーマス商店は『第四班』を専属チームとして丸抱えしている。丁度、領主アイザイアがチーム『シーホース』を丸抱えしているのと同様に。


「ラナたんと? ですか?」

「うむ。『第四班』な、未だに副リーダーが不在なんだ。実質はダンが副リーダーみたいになってるがな。そのダンから話があってなぁ。これは何だ、色恋沙汰なのか?」

 ちょっとトーマスはウンザリした表情だ。そんなものを職務に持ち込むな、と言いたげに。

「根っ子はそうですね。ですが、チームが育っていく段階ではよくあることでしょう?」

 フェイに同意を求めると、ぎこちなく頷いた。


「……『第四班』は男性:女性の比率が2:1だろう? ……(つがい)になれなかった男が不満を持って離反するのは、よくある話だ」

「冒険者といえども若い男女ですしねぇ……。人心は思うようにはいかない、これは世の常というものです」

 うんうん、と頷きながらユリアンがフェイに賛意を示す。


「トーマスさんの懸念は承りました。いずれにせよ、ラルフには挨拶させに行かせます」

「ああ、そうしてくれ。チームの運営自体には問題は出ていないが、ここのところチームに元気がなくてなぁ」

 そうなるのが怖かったから、ラルフはずっと言い出せなかった。チームが分裂する危機に陥る可能性を回避した、というところでは、無難な落としどころなんだろうね。ラルフとラナを癒すのは時間だけなのかなぁ。二人が結ばれてほしい、というのは古くからの『第四班』関係者なら誰しも思うこと。だけど、初恋は実らない……だなんて思っていることの裏返しに過ぎないのかも。無意識下では、二人は結ばれないんだろうなぁ……と。


「……シスター・エミー関連では『使徒』の介入はありそうなのか?」

「この件に関して『神託』は出ていません。『使徒』の思惑通りだからか……他に意図があるかもしれませんが」

「世界全体に影響を及ぼすことが可能な『使徒』が、一国の国政に執心する意味って、何なんでしょうね?」

「……それはグリテンにだけ多数の勇者が召喚され、それを排除する勢力もいることへの解答でもあるんじゃないか?」

 なるほど。何かの特異点みたいな国になってると。それは色々なことに対して説明がついてしまう、実に納得する見解だった。


「……とにかくだ。……不測の事態が起こることは想定して動いてくれ。……連絡を密にな?」

「はい」

 さて、エミーの移送は無事に済むかどうか……。



――――次回、エミー移送作戦! 超面白格好(ちょーおもしろかっこ)いいぜ!





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