ブリスト騎士団への納品
【王国暦123年1月8日 10:15】
「それじゃあ、村長さん、よろしくお願いします」
「えっ、ああ、え? ああ、そうですね」
二日酔いの村長さんは頭を押さえつつ、慌てたように頷いた。
というか、村の成人のほとんどが酔いつぶれていて、家から出てこない。その代わりに、昨日たくさん食べたからか、子供達の声が大きく響いた。
村長さんからは、既存の漁船の改造許可を得た。網を使うには最低二隻ないとだめだもんね。
その場で、古びた魔導船の魔法陣を張り替えて、魔核付きのものに変更、船倉に製氷設備を追加した。製氷設備だけにしたのは、単に温度維持だと魔力がずっと必要になるから。氷を作るだけなら、一時的に魔力を使うだけだもんね。
干物製造、煮干し製造については、村長さんの思考能力が落ちているうちに、村を挙げてやって貰うことを決めてもらった。冷蔵・冷凍倉庫は合い鍵を渡して村長さんの管理にお任せ。暫くは木枠網の数だけ漁をする、という方向で話を進めた。出来た生産品は迷宮に納品、しばらくはキャリーゴーレムを一日一往復させるので、それに載せてくれ、ということにした。
お金の分配は村長に任せて……。まあ、やり方と施設だけ提供して、あとはほとんど丸投げ。トラブルについては関知しない。あっはっはっはっはっは。
養殖については未知数なもので、アジよりももっと養殖に向いた魚もいるだろうし、生け簀が一つしかないので養殖どころじゃないのね。最低でも四つ、できれば八つくらいは欲しいところ。ポートマットよりも充実しちゃいそうなのが何とも。でも、ここで得られたノウハウは、きっとポートマットでも役立つはず。
なーんて言い訳をしながら、私とホフマンは迷宮への帰路についた。
【王国暦123年1月8日 14:26】
迷宮へ戻ると、干物と煮干し……を主婦連中と半魔物黄色組に渡す。
干物に関しては全員に行き渡るような数ではないので、ほぐして豆腐かおからと和えるように調理指示を出しておいた。こうすればとりあえず全員は食べられるはず。
煮干しはもう少し乾かしたかったけど、どうせ明日か明後日には新しい商品が来るので、すぐに食材として渡しておいた。こちらは一日か二日、スープか発酵乳で戻して、小麦粉を付けて揚げる、いわゆるフリッターをお勧めしておいた。元の世界でも実際にある料理方法らしいよ?
「戻した状態で食べてもいい。戻さなくても食べられるけどね」
「一度乾かして、保存食の状態で保管する、ということが大事なのですね」
半魔物たちの中でも料理番――――黄色いマフラー組―――――は、新作の開発を旺盛に行っている。主婦組と頻繁に料理情報をやり取りしているみたいだし。
一つ、面白いと言っちゃ失礼なんだけども、半魔物の中には、領民に正体が割れている人もいる。たとえばオネガイシマスなんかは、白の一号とか何とか言ってても、立ち居振る舞いがリーダーのそれで、半魔物のリーダー的立場に推されているのはオネシマスしかいないわけで。一応は、『本当の名は明かさぬものだ』みたいな格好良いこと言って誤魔化してるけど、まあ、バレてる人はバレてる。
逆に黄色組は自分たちの名前こそ主婦たちには割れていないものの、黄色組の方からは、誰それの奥さん、または未亡人、みたいに把握はされてるみたいだ。そうそう、いるのよ、未亡人。ギースたちが王都に帰還して、査問を受けて、こっちに来るまでに二人だっけな、亡くなってるそうな。だから、妙齢の後家さんが二名余っているわけで、半魔物たちもソワソワすることがあるわけね。
あら、半分魔物なのに、枯れてないわね、なんて思わず生暖かい視線を送っちゃう私だけど、正体を明かした時にどう思われるか、っていうのをやっぱり気にして、踏み込めていないみたい。魔物化の進行はほぼ止まっていることだし、幸いにしてバイゴット以外はまだ人間っぽい。
半魔物たちには、ヴァンサンとカサンドラの例もあるし、基本的には好きにさせている。たとえ、魔物クォーターな存在が出来たとしても、それはもう、私の責任の範疇を超える。魔物同士が恋することだってある世界なんだから、半魔物と人間が恋をしてもいい。それも大人の恋愛と来たら、主演:中○貴一でドラマ化してほしいところね。
「えーっとね、ストルフォド村用の、キャリーゴーレムのコンテナはコレね」
もちろん、JNRのマーク入り、白いコンテナね。『とびうお』号ってやつかしら。二十両編成じゃなくて単機だけど。『きゃりーちゃんV』もそうだけど、コンテナの部分と、ゴーレムの部分を切り離して考えられるのはとても自由度が高く、バリエーションを考えるだけでも楽しくなっちゃう。
そんな楽しくなっちゃう妄想を止めて、ストルフォド村への対応も、オネガイシマスたちと話し合う。
彼らとしては食生活が豊かになるかどうかなので、真剣さが違う。
「この海産物は、日持ちがする、ということは……。商売を考えているのですか?」
「その通りよ。オネガイシマスは一度行ったことあると思うけど、あの村って、あんまり大きな魚は獲れないんだよ。ああ、オヒョウはたまたまらしいけど……」
「あの平べったい大きな魚! なんですか、あれは!」
「ね。あれは淡白だっていうからさ。フィッシュ&チップスでも作ってもらおうよ」
「おお、ポートマット迷宮名物という?」
「ロンデニオン名物って聞いたぜ?」
「ここでも名物になればなぁ」
「うん、オヒョウはあんまり獲れないから、あれを名物にするのはどうかなぁ。それよりは煮干しを戻したフリッターの方が名物になりそう」
「生産地じゃないのに、ここの名物になったら面白いですね」
「オネガイシマス、そうは言うけどさ、豆腐料理だってお豆の産地はポートマットとかなんだし、この迷宮で一般的になっているのも変っちゃ変なのよ?」
「マスターは、この迷宮での、全ての自給を目指しているわけですよね?」
「基本的にはそう。でも、人はパンのみに生きるにあらず……。肉や魚も野菜も欲しいじゃん?」
「さすがマスター、あの干物は実に美味しかったのです」
ホフマンが遠い目をして脱皮した。
「ギギ……。ヒモノとはそれほど美味しいものなのですか!」
バイゴットが歯噛みしながら唾を飲んだ。器用だねぇ。
「じゃ、買い取り価格の調整や生産量の調整はホフマンに一任するよ。お金をこっちから払う話には、領民は介在させないでね」
「了解です、マスター。補佐する人物は半魔物の中から選抜します」
「うん、で、明日からはブリストに行くからね。一度冒険者ギルドに寄って外付け認証装置を設置して、領主の館に通信サーバを導入して、その後に農地改良だね」
「随伴員は……」
「バイゴットだね。特に戦闘はないと思う……けどね」
ううーん、フラグ臭いことを口走ってしまった。
「ギギ……、了解しました、マスター。すでにゴーレムの方は生成を終えて、準備完了しております」
バイゴットは口を反芻するかのようにモシャモシャ、と動かしてから、キリッと報告した。どうにも所作が虫っぽいねぇ。
「うん、今日の夕食後に出発、車中泊になるからね」
今から寝ておいてね、ということさ。
「ギギ、マスター。無理をしてでも寝ておきます……」
バイゴットはマスクの下の複眼を伏せた。本当に伏せられているのかどうかは知らないけど。
【王国暦123年1月8日 21:11】
ゴーレム買い物部隊は今でも定期的にブリストの街に通っている。最初はオネガイシマスが中心になって行ってもらってたけど、最近では他の半魔物たちも担当するようになっている。
以前は半魔物たちの分だけを買ってくればよかったのに、いきなり四百人も増えちゃうから、買う物も変わってきてるみたい。衣類や生活雑貨、ワインやニャックとか、嗜好品の類が増えたし、迷宮の農作が始まったばかりだから、根菜類を始めとして野菜、果物なんかも大人買いしている。大量買いを始めた当初は、麦や綿布の相場みたいに相場が高騰したそうだけど、さすがにブリストの街の商人は学習したらしく、事前に言っておけば商品を準備してもらえるようになってるんだとさ。
はっきり言えば、ギースたち四百人の世話は、迷宮管理者の仕事としては蛇足。マッコーとウーゴめ、地味に嫌らしい攻撃をしてくる。でも、迷宮都市の建設が早まるということは、それだけブリスト南迷宮の稼働率が上がる時期も早まるということで、巡り巡って迷宮に恩恵がある、とも言える。
おお、これがポジティブ思考というやつかしら。達観しちゃってるだけかもしれないけどさ……。
夕食には干物と豆腐の和え物が新メニューとして提供されて、評判は上々。魚食いの国民しか喜ばないかと思いきや、素朴な味わいが心を打つのは万国、いや世界共通なんだろうね。
夕食後、黄色組から明日の朝食……サンドイッチを受け取って、私とバイゴットは、ブリストの街に向けて出発した。時間的には盗賊さんいらっしゃいタイムだけど、まあ、万が一にも不覚は取らないと思う人選ということで、安心してお出かけしよう。
【王国暦123年1月9日 4:22】
夜中に地響きを立てて街道を歩くキャリーゴーレムが三体。
あまり揺らさないように、ゆっくりとゴーレムを歩かせて、道中は交代しつつ仮眠を取る。あんまり寝られないけど、私にはイルカ睡眠があるのでどうとでもなる。
「ふわぁ……。ギ、マスター、先に領主の館でしたっけ?」
寝ぼけ眼のバイゴットが訊いてくる。
「うん、先にゴーレムを置きにいこう。冒険者ギルドの用事はすぐに済むから」
「はい、マスター」
ブリストの街に到着すると、クレーターの外縁部に沿って、領主の館を目指す。本当に変な構造の街ですこと。
ノクスフォド公の館に着くと、門番が警戒して身構えた。
私はゴーレムから降りて、合掌してお辞儀をした。
「お早うございます。ノクスフォド公はまだお休みでしょうから、少しここで休みます。ゴーレムを置かせてもらっても構いませんか?」
「ちょっと待て」
「いえ、許可されなくても置いていっちゃいますので。他の場所に動かすなら、あちらの男に声を掛けて下さい」
「ちょっと待てぇ」
「では、私は冒険者ギルドに向かいますので。二刻ほどで戻ります」
「ちょっと、待てぇぇぇぇ!」
門番の叫ぶ声を背中に受けて、私はクレーターの底へとダッシュをかました。
【王国暦123年1月9日 5:55】
「なるほど……ふあぁ……そんなことがあったんですか……」
眠そうにしているアビゲイル女史もアンニュイで素敵だ。クールな女性の無防備な姿は実にそそる。
「はい、それで、この外付け認証装置を追加で付けさせて頂きました。手間は増えましたけど、安全性は遙かに向上したものと考えれば、悪いことだけとも言えませんね」
「まったくです……」
サリーは別に朝は弱くないから、遺伝的な体質というよりは個人差なんだろうか。アビゲイル女史は朝には強くないみたい。エミーよりはマシだけど。
「リンド支部長は……?」
「ああ、支部長は私より朝が弱いので……すみません、あとで登録作業はやりますので……」
「はい」
「迷宮が一般開放したことはすでに告知しています。近日中に当支部主催で大規模ツアーを組みます……」
ブリスト支部が主催して百人規模の迷宮観光ツアーをやるそうで、現在、参加者募集中らしい。締め切りが三日後、ツアーの初日は五日後を予定している、とのこと。
「五日後なら迷宮に戻ってるかな……。はい、わかりました」
魔物配置のバランスもいい加減だし、良い機会だから冒険者の対応をしながら調整しようかな。
「ああ、あとですね、これを、黒魔女殿に」
と、手渡されたのは小さな陶製の容器だった。
「なんですか? これは?」
「カディフ産の『バリー』です。ノンアルコール? のビールを探していると聞いていましたので、ウェルズ王国での依頼を受けた当支部の冒険者にお願いして、買ってきてもらったんです」
「わあ! 嬉しいです!」
私は素直に感激した。
「少量のアルコールは入っているみたいです。それに甘いですね。カディフでは、さらにそれを紅茶で割って飲むそうですけど、私には合いませんでした」
試飲してみたわけね。でも嬉しいなぁ。全くのノンアルコールっていうのは化学的な発想が必要になるし、醸造で何とかしようとすれば少量のアルコールは残るみたいだし、今のところは難しいのかしらね。
「ありがとうございます。楽しみに飲みます」
この『バリー』だけど、どうも『道具箱』に入れると激マズになるらしいので、入れない方がいい、と注意もされた。ということで、私は容器を抱えたまま、ブリスト支部を出た。
【王国暦123年1月9日 6:39】
「ぐ……朝一番で来るとは……結婚してくれ」
「すみません、今日の予定もありますので。結婚はしません」
相変わらずのオースティンとのやり取りをしつつ、領主の館に通信サーバを設置していく。ポートマット騎士団もそうだったし、王都冒険者ギルド本部でもそうだったけど、丈夫で守りやすく、秘匿性が高そうな部屋に設置しますので用意をお願いします、というと、大抵は尋問部屋の一つを宛がわれる。
大いに怨嗟が残留しているだろう場所で工事をするのは精神的には気持ちいいものじゃないわね。
今回の通信サーバの設置場所は領主の館だけど、ブリスト騎士団はここに駐屯地があるので共用ってことね。
「ポートマットでは既に行っていますけど、市民の管理用にも、この通信サーバは使えます。ただ、それをやるには、負荷を考えると、もう一台、専門のサーバを設置した方が安定しますね」
「市民サーバを導入したポートマットの話は、ノーマン伯より話は聞いている。しかし、我々は導入して間もないことだし、まずは慣れてから検討しようと思う。結婚してくれ」
「それもそうですね。結婚はしません」
アイザイアと親交があるのかしらね。ホットライン的なものは既に開設されてるらしいから連絡を取る体制は整ってるわけね。通信サーバの導入でポートマットとブリストはさらに接近すると思う。ポートマット的に、それは良いことなのかどうかは、まだわかんないけどさ。
ノクスフォド公も起きてきて、さっそく通信端末の設定を行う。元々二十台、って話だったんだけど、領主や宰相、事務屋さんも含めると合計で二十五台の納品となった。図柄については十種類ほど用意して、その中から決めてもらった。ちなみにオースティンは、リクエストがあったからなんだけど、デフォルメしたドワーフ娘が舌を出している痛端末を選択していた。モデルは私だけど、ちょっと恥ずかしい。
――――どうでもいいけど、ノクスフォド公も同じ柄を選びやがったぜ……。




