地下室の探険
早朝に起床すると、寒さに震えながら台所へ向かい、ハーブティーを淹れるためにお湯を沸かす。
ほのかに温かくなる台所回りで小さくなって暖を取りながら、今日の予定について考える。
今日は夕方には冒険者ギルドに行くことになっている。
教会に行くとなると紙関係もやってしまいたいから、これは早朝からまる一日は必要かも。
「と、なると、アーサさんの家に行くのが妥当か」
それじゃー何か作っていきますか。砂糖は残り少ないけどまだある。先日の巡回で採取したベリー類でジャムでも作りますかね。
沸いたお湯は、ティーポットに移す。そこに乾燥カモミールを投下。エキスが出るまでしばし待つ。
鍋が空いたので、洗ったベリー(色からするとブルーベリーに近い)はヘタの部分を、ルーサー師匠から貰ったナイフでクリクリ、と取って、鍋に入れる。そこに砂糖をぶっかける。レモン……も最後の一つだなぁ。これも入手しなければ。それよりは砂糖の入手が重要か。サトウ商店はお昼頃に開店するから、それに合わせて買い物にいきますかね。
レモン汁をかけて、砂糖が溶けたらまずは強火で煮る。
「ん~、お腹空いた」
白パンは……あるや。肉は……ああ、エレクトリックサンダーの肉があるね。
朝からステーキでもいいか。
ジャムの方はアクを取りつつ、中火に。
フライパンを熱して、脂も引かず、エレ肉を投下。白い部分がサシみたいになってて、案外脂っぽい食材なので、このまま焼いてしまう。焼いているうちに脂がしみ出てきて、油で揚げたような状態になる。
「ベーコンみたいなー」
塩気がないのを除けば、ほとんどベーコンみたいだ。白身? の部分は無くなっていき、揚げられた状態の赤身がカリカリになっている。
行儀悪く、白パンをちぎって、脂に浸して、口に入れる。
「むっ!」
こりゃー脂が美味しいわー。ちょいと塩をかけて、もう一口。
「むう!」
火から下ろして、ナイフで赤身を一口大にカット。赤身は外側はカリカリ、中はまだ少し赤みが残っていた。白パンで挟むようにして持ち上げて、ガブリ。
「うむ、うまいっ!」
これは確かに美味だわ。フェイが興奮するのもわかる。
夢中で赤身を食べて、脂も無駄にしないように白パンに浸しながらぬぐい去る。
「ふう……」
主任、もう食べられません……。
朝からお腹一杯になってしまった。ハッ、ストックの白パンも食べてしまった。
買い物の品目が増えてしまったか。
「おっと」
弱火で煮ていたジャムもそろそろ出来上がり。火から下ろして自然冷却。
「入れ物は……っと陶器でいいか」
本当はこの美しい紫色を見せたい……ので透明なガラス瓶がいいんだけど……どうも製造が難しいみたいなのよね。石灰でも混ぜりゃ透明度は高められそうなんだけど……手鏡は作っちゃったから、透明ガラスにタッチするのは少し先かなぁ。小規模に作りにくいから、どうにも大がかりになるのが嫌なのよね。
陶器の小さな壺を煮沸消毒して、ジャムを入れて密閉。二瓶できたので、一つは私の保存食。もう一つはアーサお婆ちゃんに持っていこう。
太陽が顔を出して、灯り取りの窓から低い日射しが射し込む。頃合いなのでお出掛けすることにしよう。
借家はアーサ宅とは近い。徒歩数分といったところ。
今日は少し暖かいか。元の世界で言えば小春日和といったところ。
春といえば……もう少し暖かくなったらタンポポが採取できる。ああ、こっちの世界では『獅子草』と言って、捨てるところがないほど食用、薬用として利用されてたりする。
「タンポポコーヒーは衝撃的だったなぁ」
苦みと酸味がズバリコーヒー。多少土臭いけど、慣れるとそれも気にならなくなる。もはや、あれも栽培していいレベルの植物だと思うんだけど。
栽培といえば、日光草も管理栽培されないと危険になってくるかもなぁ。まああれよ、最悪、領主を脅して菜園を作らせるかな。
菜園といえば、温室もいずれ作らないとなぁ。スパイスやら南方の果実やら、そしていずれは短粒種の米を! そして米の改良をして、そうだな、『グリヒカリ』みたいな美味い米を作る! しかしなー、米の品種改良はなー、勇者から奪った、あのスキルを使えばいいんだろうけど、簡単にはいかないよなー。せめて生きてる間にネバネバとした米が食べたいよなー。
「そうね」
「ですよねー。お米はやっぱりジャポニカ米ですよねー」
「そうねぇ……」
「あれっ」
「そうね、おはよう」
「おはようございます……」
と、いつの間にかアーサ宅に到着していて、偶然扉を開けたところで遭遇してしまったようだ。あはは、ちょっと恥ずかしいなぁ……。
「そう、どうしたの、今日は」
「ああ、ちょっと、お渡ししたい物がありまして」
「そう。中へお入りなさい」
さすがベッキーの母親、柔らかな笑みはまるで小春日和の太陽だ。
アーサ宅に入ると、朝食が終わったところのようだ。少しチーズの匂いがする。この世界の朝食といえば、火を使わないメニューが基本みたい。
「そうね、野草茶でいいかしら?」
「はい、何でもっ」
すでに淹れたお茶があったのか、すぐにアーサは戻ってくる。
「そう。どうぞ」
「ありがとうございます」
一口、カモミール茶を飲んでから、手鏡とジャムを手渡す。
「そう。これは?」
「ジャムは純粋にお土産です。手鏡は、魔道具にすることもできまして―――」
例によって私はメリットとデメリットを説明する。
「そう。大丈夫……と言いたいけれど、やってみないとわからないわ」
魔道具化は確定らしい。了解して、魔道具化を行う。初回の魔力チャージをして、通信テストを実施。
「そう……まあっ!」
ええと、これは『05』になるのかな。アーサに手鏡を渡して、私は席を立ち、少し離れて鏡に話し掛ける。『00』の鏡には『05』の鏡で見たもの―――アーサの口を開けた表情が映っていた。
「そう! どうなっているのかしらこれは! ねえっ」
興奮するアーサに説明しても、多分理解されないと思う。
光魔法で鏡面を複数の点に分割、各々で得られた光情報を一本の線にまとめて管理、召喚魔法陣に送り込む術式。水系魔法で鏡面で検出された波形を一本の線にして召喚魔法陣に送り込む術式。この二つの線を、召喚魔法陣を使って送受信する情報を管理する術式。手鏡にIDを振って、ID管理をお互いにする術式。大まかにはその四つの魔法陣を結合しているわけで。
実はこの手鏡は、ちょこっと魔法陣をいじるだけで、映像じゃなくて物体を送受信することもできるはず。その機能を付けなかったのは、もちろん事故が怖いから。手首を送信されたら嫌だし。
改良の余地、といえば、ドロシーに言ったように、送受信する内容を絞ったり、情報量を予め制限しておいたり、手鏡の方は自IDの管理に特化させて、全体のID管理を他の大型魔法陣で肩代わりしたり(サーバとクライアントの関係そのものだ)すれば、中継器は必要だと思うけど、都市間での音声通話くらいは今の技術で可能だと思う。
「これはドワーフ魔術師の謎技術ということで。仮にですね、この鏡を奪いにくるような輩がいましたら、さっさと渡してください。あ、あとこれも」
私は自分がしていた守護の指輪(試作初号)も、アーサに渡した。キーワードを初期化して、アーサの『まもって』に反応するように変更する。
ちなみに、奪いに来た輩がいたとしても、そのIDを持つ手鏡は、映像情報で場所と所持者を特定したあとにIDをロックさせてしまう予定。奪った人にはちょっと痛い目に遭ってもらうつもり。なので、敢えて甘いセキリュティのままにしているというのもある。
「そう。この鏡を欲しがる人がいても不思議じゃないものね。わかったわ」
正直、初老の域に達しているアーサに、魔力で負担をかけるのは気が進まない。だけど、マメに私がここに来るか、もしくは同居すれば、魔力補充の問題は半ば解決したようなものだ。
「あとですね、トーマスさんから聞いていたんですけど、借家の件です。ベッキーさんにも言っておいたんですけど、私は借家から出て行くのは了承します」
「そう? ここに来る? 私は歓迎だわ」
魅力的なお誘いだなぁ……。お料理、掃除、洗濯、編み物……菜園……養鶏……。
「よろしくお願いします!」
私はマッハで頭を垂れた。
「あ……一つ問題がありまして。工房か、それに類する部屋が必要なのです」
私の借家探しの第一項目はそれだったから。工作依存症とでも言うか。
「そう………」
アーサは少し考える素振りをみせる。
「部屋がなければ、離れを造るか、地下室を造るとか」
「そう、地下室? ならあるわ?」
「えっ」
聞けば、亡くなったご主人が集めていたワインが数本、保管してあるのだという。
「そう、見に行ってみる?」
「是非っ」
秘密部屋の探険とか、オラ、ワクワクしてきたぞ!
地下室への入り口は、台所の脇にあった。前回来た時には気付かなかったなぁ……。勝手口じゃなくて、地下室への入り口だったのか。
台所からの湿気も含んでいるのか、狭い階段からは、湿気と共にカビ臭さが立ち上る。
「―――『光球』」
掌に光球を作る。灯りを持っている関係上、私が先に入る。
階段を降りるとカビ臭さは強まり、光球の灯りが埃の粒を浮かび上がらせる。湿度はそれほどではなくなったけど、室温は一階と同じくらい。ということはかなり暖かいと言える。地下の室温が安定しているというのは本当なんだなぁ。
広さは、元の世界で言うと八畳くらい。長い棚が二列あって、申し訳なさそうにワインが数本、棚の一つに置かれていた。全体はアーチになっていて石組みで補強がされているので丈夫そうではある。換気の仕組みが一切ないので、閉じこもっていたら窒息しちゃいそう。少なくとも長居する環境ではなさそうだ。まあ、これはドライエリアを作ればいいか。
「うーん……この上ってどうなってますか?」
地下室の端に立ち、上を指差す。
「そうね……居間かしら」
「じゃあ、この先は菜園の端っこですか?」
「そうね」
「もう一部屋、増設してもいいでしょうか?」
「そうね……えっ?」
「強度は確保しますので……。単純に一部屋増えるだけだと思っていただければ」
「そ、そうね、それはいいわね」
許可されちゃったよ、フフフフ。あのアーサお婆ちゃんが慌てている姿は中々面白い。
しかしここは港町だし、水が出る可能性もあるなぁ。まあ、掘ってみないとわかんないか。
「じゃあ、地下室の掃除と一緒に始めちゃいますね。ワインはちょっと動かしておいてもらえますか?」
「そうね。わかったわ。いつからやるの?」
「え、今からやりますけど?」
「そうね。えっ? どのくらいかかるの?」
「うーん、お昼までにはなんとか?」
「そうね、えっ? えっ?」
「じゃ、始めますね?」
私はアーサお婆ちゃんの混乱を後目に、ワイン瓶を手渡すと、『道具箱』から魔導ランプを取り出して灯りを点す。
「そ、そうね。じゃあ、上にいるわね?」
「はい」
ニッコリ笑ったつもりだったけど、魔導ランプの灯火の下では、きっと善人には見えていないだろうなぁ。
頭の中ではもう、某国際救助隊のテーマが鳴っている。
―――ジェットモグラ出動!