本部での密談
【王国暦123年1月1日 20:16】
さすがに都合良く錬金術師ギルド員は見つからなかった。当然だけどさ……。
冒険者ギルド本部に着いた時、ブリジット姉さんが入り口に立っていたのを見つけた。
「あ、こんばんは……」
「待っていましたよ。さあ、どうぞどうぞ」
しなやかに手招きするブリジット姉さん。いつもながら妖艶で年齢不詳だわ。三十二歳だけどね!
本部長室に案内されると、ザンが待ち構えていた。
「ドワーフの娘よ! 遅かったな! 先に迷宮支部に行っていたらしいな?」
「あ、はい、ご無沙汰しています、本部長。そうです。先に迷宮と、迷宮支部の設置を終わらせてきました」
「うむ……」
ソファに座るように促されると、すぐにブリジット姉さんがハーブティーを淹れてきた。
「ブリジットも同席してくれ。魔道具の設置は今すぐじゃなくてもいいのだろう?」
ブリジットに声を掛けた後、ザンは私に訊いた。
「いえ、先にやってしまいましょう。説明もありますし……それで待ち構えていたのでしょう?」
「そうだな。ではそうしてもらおう」
迷宮とは違って、冒険者ギルド本部に設置しているセキュリティシステムを利用する人間は多い。顔と名前が一致していない事務員もいる。警備員を付けてはいるみたいだけど、この世界には『隠蔽』なんてスキルもあるわけで、その気になった襲撃者から襲われることを考えれば、それは気休めでしかない。
一応、外部からの攻撃を防ぐように防護壁は設置してあるけど、ゴージャス姉妹級の魔術師や、ブリジット姉さん級の攻撃力の持ち主なら破壊も突破も可能だと思う。そんなのグリテン島に十人いるかどうかじゃんね、なんて思ってたけど、先日の『ブリストの魔女』なんていうのもいたし、アビゲイル女史だって不可能じゃないかもしれない。それこそ複数人でやれば突破の可能性は高まるだろう。
結局のところ、複数人の侵入を許す状況っていうのは他の組織に攻撃されたり――――なんていう特殊な状況だから、外壁が壊された時点でサーバの機能は止まってデータの消去を始める。顧客には全て消えますので安心してください! なんて言ってるけど、実際にはロンデニオン西迷宮にはバックアップサーバがあって、そこに全部サーバのデータが記録されていたりする。なので復旧は可能だったりするのよね。
ポートマットの領主用、市民サーバだけはちょっと仕様が違っていて、対応するバックアップ装置は、アーサ宅地下の改良初号機。初代通信サーバは作った当初とはかなり構成が変わっちゃったけど、未だ元気に稼働中。
で、本来、この外付け認証装置を使ったセキュリティシステムは通信サーバを収納したサーバルーム用なんだけど、金庫も頼む! なんて言われて、そっちにもつけることになっている。錠前を増設する格好になっているから、防犯能力も格段にあがっているのは間違いない。
冒険者ギルド本部は、通信サーバと、金庫が三つあったので合計四箇所になった。金庫が三つあるのは別におかしいことではなく、一つは通常のお金などを保管する金庫、もう一つは魔道具の保管庫、最後が隠し金庫。魔道具の保管庫には面白そうなのがあったんだけど、魔力を得て発動すると、かなりヤバげな物もあるらしく、調べたいなぁ、と呟いたら、ザンもブリジット姉さんも青い顔をして止めてきた。
隠し金庫には唸るほど金塊があったのだけど、私が興味を持つのは銀だけだし、それの何倍かの金塊がブリスト南迷宮にあるので、あまりドキドキしなかった。
夜勤の事務員を呼んでアカウントに追加情報を足して、今晩の作業は終了。
朝になって、早番の人が来たら、それを登録して、本部での作業は終わる。
なので、今晩は冒険者ギルドに泊まる予定。夕食も『雌牛の角亭』に拉致されるだろうと楽しみにしているところ。
――――なんだけど、本部長室に戻って、話し合いが始まった。
「まずはフェイの方からも依頼があった、錬金術師ギルドの件だが。連中、深く潜伏していて尻尾を出していないんだよな。今のところ諜報網には引っかかっていない。これは動きがあれば、即、そちらに伝える」
「はい。お手数をお掛けします」
まあ、一日二日の調査でわかるものじゃないだろうし、これは気長に待つことにしよう。
「しかしな……魔法錠の優位性が揺らぐ、大問題だな、これは」
「厄介ですねぇ、本当に。ただ、悪いことばかりでもないんです。今回の件に完全に対応できれば、大幅に防犯能力が高まることになります。経年劣化以外ではほぼ不正突破が不可能になるのではないかと」
「おや、では、今の外付け認証装置が本命ではないと?」
ブリジット姉さんがしなやかに訊く。
「はい。現行のものは一時しのぎですね。最新型は構想を練っているところです。サンプルを採るところから始めないと」
「ほう……。ドワーフの娘が言うのなら、相当に強固なのだろうな」
「そうですねぇ……ただ、身内からの被害はやっぱり防げません。嫌らしい話ですけど、相互監視が防犯の基本になるのは変わりません」
「そうだな。悲しい事だが、内部犯行の方が被害が大きくなるのは確かだな……。自分の立場で言うのもなんだが、支部長級の人間が不正を働くと、本部としては最悪の事態になってからでないと手出しができんしな」
「それならば、魔術師殿……黒魔女殿がブリスト南迷宮出張所でやろうとしている仕組みを採用なさっては如何でしょう?」
ブリジット姉さんの提案に、ザンは一瞬、何のことか考えてから、
「ああ、なるほど……」
と掌を打った。
「持ち株制ですか?」
「うむ。なるほどな。検討する価値はあるかもしれんな。本部自体が実施することは難しいかもしれんが。今後設立される支部が、複数支部に分散させて責任を負わすことができれば、相互監視の体制は整うか」
「一歩間違うと全く話が進まなくなったりしますから、そこは注意ですね。また、少数の意見が圧殺されがちですから、まとめるトップが交渉能力に長けていないと、組織が機能不全を起こす危険性もあります。今まで以上に支部長の人選には気を使って頂かないと」
「そうだな……クロイ先生は、その辺では信頼が置けるだろう?」
皮肉っぽく、ザンが笑う。
「確かにそうですねぇ。口五月蠅いですけど、一々正論ですからね。能力よりも人柄で人事を決めてほしいところです」
「そのブリスト南迷宮出張所だがな、もう営業は開始するんだろう?」
「そうですね。私が戻ってから正式営業、ということになるかと。迷宮の一般開放も同時に行います」
「うむ。概ね一年後を目処に、支部に昇格させようと思う。出資比率はそのまま、利益配分もそのまま」
モデルケースにしようというわけね。
「本部長は冒険者ギルド運営の改革をしようとしていますよね。何か理由が?」
「察しがいいですね……」
私の質問にブリジット姉さんが呻いて、ザンも唸った。
「性急に映るか?」
「多少は。訊いてもいいものなら理由を伺いたいところです」
「うむ……今日、国王が市民に言葉を掛けてな。その席で、正式にマッコーキンデール卿が宰相に就任したと発表された。昨日、ファリスに連絡を取ってみたのだが、マッコーキンデールは既に騎士団を掌握しているようだ。元々、ファリスはオーガスタ姫の件で逆らえないしな。実に上手く事を運んでいると思う」
「騎士団との友誼にヒビが入ったと?」
「制限された、と見て良いだろう。こちらからすれば情報源、向こうからすれば第三騎士団以外の、しかも使い勝手のいい暴力装置。一応は持ちつ持たれつだったんだがな。元の関係に戻りつつあると言えるな」
本来、軍事・警察機構である騎士団と、愚連隊である冒険者ギルドは、同じ暴力組織であっても相容れない存在だ。
冒険者ギルドは長く政治に不干渉を貫いていて、革命があろうと治安が乱れようと、傍観を決め込んできた。あらゆることに無関心であるとアピールしていたことで、糾弾されることを防いでいたわけだ。でも、今代の本部長であるザンはファリスを通じて親交があった。ファリスが元冒険者であった、ということもあるだろうけど、ザン自身がそれを求めた。
「――――『遮音』」
私が話の続きを聞こうとする前に、ブリジット姉さんが『遮音』結界を張った。実際に盗聴している人はいないかもしれないけれど、これは秘密の話をしますよ、という合図でもある。ザンはコホン、と咳払いを一つしてから息を吐いて、私を真っ直ぐに見つめた。
「魔物が、減っているのだ。これはグリテン島の、グリテン王国だけの傾向かどうかは、資料がないので何とも言えないんだが。人間の生息域が広がり、その分、魔物が減っている。たとえば討伐依頼だな。十年前は、それこそゴブリンなんてその辺にゾロゾロいたもんだ。だが今はどうだ? 野にいる魔物は放置しておいても害のないような小さなものばかりだろう?」
「あー、確かに」
ポートマットの冒険者ギルドでも、カエルさんやヘビさんくらいだったもんなぁ。ゴブリンさんやワーウルフの討伐は確かにあった。だけど、発見即駆除、みたいな感じだったし。普遍的に存在するイメージがない。ワーウルフの繁殖で大騒ぎしてたもんね。
ついでにいえば、それ以上の大きな魔物っていうのもあんまり見ない。エレクトリックサンダーは、今となってはブリスト南迷宮の研究室で作られた魔物っぽいし。つまり野良サンダーなんていうのは存在しない。
「大まかに、ですが、十年前を百とすると、現在は七十くらいなんです。二十年前は、というと百五十程度でしょうか。魔物の討伐件数そのものが激減しているんです。原因は――――わかっていません」
いや、多分、原因は想像がつく。人間側が強くなりすぎてしまったんだろう。
それは単体火力が上がったせいかもしれないし、徒党を組めるせいかもしれないし、学習能力が高いせいかもしれない。要は、魔物の個体数が回復する以上に、人間が増えているのだ。グリテン島は広いようで狭い。だから減少数が顕著に見えるのだろう。ということは、全体の傾向としては、大陸も似たようなもの、ってことかもしれない。
「たとえば、だ。この王都での魔物被害というと、王都東迷宮から時々出てくるゴブリン程度だ。一年に一回くらいオークやミノタウロス、オーガ、辺りが出てくるがな。王都西迷宮、ポートマット迷宮、ブリスト迷宮と、ここのところ整備してくれたのが効いて、迷宮での討伐数を含めれば、数自体は持ち直しているがな」
「なるほど――――。冒険者が冒険者たる所以、魔物の討伐で食べられなく日が来るかも知れない、と……」
「うむ。この話はまだ誰にも言ったことはないが、支部長の地位にあれば当然気がついているだろうよ。冒険者ギルド存亡の危機……それもあって騎士団に接触していたわけだ……。冒険者ギルドの行く末、その選択肢は多い方がいいだろうからな」
なるほど、たとえば騎士団への就職斡旋などか。コネは多い方がいいものなぁ。それに、愚連隊の本質を持っている冒険者ギルドだから、メシの種がなくなれば、きっと簡単にマフィア化するだろう。私にさえ想像できるんだから、ザンはそこまで危惧してるんじゃなかろうか。
「で、マッコーキンデール卿の就任で、騎士団の引き締めがされたと?」
私は話を本題に戻す。
「王都第三騎士団が敗走した――――のはよく知っているな。第三騎士団長であるダニエルへの求心力は低下している。相対的に第一のファリス、第二のパスカルへの求心力は向上した。というかな、仲間を見捨てたダニエル―――というレッテルが貼られてな」
「いや、ちょっと待ってくださいよ? 仲間を見捨てたのは事実ですけど、騎士団長としては正しい判断でもありましたよ? 糾弾される謂われは無いと思うんですけど?」
その通りだ、とザンとブリジット姉さんは同時に頷いた。
「その噂を流して利用している人間がいるんだろうな。この場合、一番得をするのは、ファリスであり、パスカルだ。もとい、マッコーキンデール卿だろうな」
「なるほど、その手口はマッコーキンデール卿でしょう。ブノア卿の副官、ミルワード卿も間違いなく絡んでますね」
「ウーゴか……」
「ポートマットに難民を放った話はご存じですか?」
「フェイがそんなことを言っていたようだが……」
「合計二回、二千四百人ほどを送り込んできました。そのうち四百人がギース卿たちですよ。ギース卿たちは、私がブリスト南迷宮に移動させたんですが、ミルワード卿は、他ならぬギース卿を間者に仕立ててきました。私は義憤に駆られている訳ではなく、純粋に迷宮への攻撃として認識しています。明日、ブノア騎士団長と面会できると聞いて、当然副官のミルワード卿も同席されるでしょうから、迷宮を攻撃してきた経緯について弁明してもらうつもりでいます」
私は怒気を発散させず、ニッコリと笑った。それを見てザンが慌てる。
「待て。冒険者ギルドの立場もある。それに――――ドワーフの娘よ、お前を怒らせるのは、恐らく向こうの手だぞ?」
「…………伺います」
「うむ………」
頷いた後、説明を始めないザンに業を煮やしたブリジット姉さんが横槍を入れる。
「コホン。私が代弁しましょう。
黒 ウーゴふざけんな、どういうつもりでスパイとか送るわけ? 喧嘩うってんの?
ウ えー、ギースが口から出任せ言ったに決まってるしー、ボクわかんなーい
黒 しらばっくれんじゃねえよ、干しミミズ食わすぞ?
ウ なにそのマズそうなの。ふーん、難癖つけるんだ? いいよ、やろうよ、戦争をさ
黒 はん、てめえの鼻の穴にゲジゲジ詰めてやんぜ。王都ごとき魔物で埋め尽くしてやるわ
ウ おや、ブリスト南迷宮が攻めてくるなんて。こわーい、冒険者ギルドに依頼しようっと
黒 この野郎、耳の穴にバッタの足突っ込んでやるぜ!
……ということで、ウチに依頼が来ます。そんな依頼は受けないのが今までの冒険者ギルドですが、今までのブノア卿と繋がりを絶つ判断はしにくいところです。断ったことで、新宰相によって逆賊の汚名も着せられるかもしれません。逆に、黒魔女殿を敵に回すことも考えづらい。こちらもかなりの確度で冒険者ギルドが壊滅します。ほら、見事な板挟み本部長の完成です」
「むう……」
「むむう……」
私とザンは同時に唸った。とりあえずブリジット姉さんがゲテモノを突っ込みたいというのはわかった。
「黒魔女殿を怒らせると戦争になり、冒険者ギルドは板挟み。冒険者ギルドが騎士団に味方すれば黒魔女殿に殺され、不干渉を貫けば、王命の下に冒険者ギルドが国に粛清されます」
戦争を起こしたら、冒険者ギルドが詰んでしまう。泣き寝入りするしかないのかしら……。
「じゃあ、戦争にならない程度に怒ります。せめて干し首だけでもプレゼントしたいけど……。」
「なんと半端な……。っていうか干し首ってなんだ?」
「嫌がらせですよ」
「それなら、呪いの人形ではどうですか?」
「いいですね、それ採用します」
私は心の中の折り合いを付けた。ウーゴを殺したい訳ではない。嫌がらせしたいだけだから。
【王国暦123年1月1日 21:54】
実験のサンプルを採りたい、と申し出ると快諾してもらえたので、本部内にいる冒険者、職員の波形データを採ることにした。
さささ、と記録に特化した魔道具を作り、通常時と『灯り』使用時の波形データを採っていく。
「これって何か意味があるんですか?」
立ち会っていたブリジット姉さんも怪訝な表情を崩さない。ちなみにザンは先に『雌牛の角亭』に行ってしまった。相変わらず暴飲暴食をしているみたいだねぇ。
「ええ、まあ。仮説を検証したいのですよ」
ザンとブリジット姉さんをはじめ、職員、受付でたむろしていた冒険者と、合計で四十ほどのサンプルが採れた。お礼は手持ちのオレンジを急速冷凍したもの。旅の友にどうぞ、などと言いつつ配っていった。
「そのオレンジは一体……?」
「日持ちするのと、甘味が増したりします。新製品……の試作品ですね」
ブリジット姉さんは虫系のゲテには強いけど、植物系にはあまり造詣がない様子。冷凍オレンジはゲテモノとは言えないけど、十分変わった食べ方ではある。
「変わった食べ物が増えていくのはいいことです。フィッシュ&チップスしかり、カボチャプディングしかり……。食材にもよりますが、料理は発想ですね」
「全くそのとおりです」
さすがゲテ姉さんの前では料理に貴賤はないということね。野卑であろうと美味しければ、その料理は善だわ。
サンプルを採った後、私とブリジット姉さんは『雌牛の角亭』へ向かった。簡単な歓迎の宴が催され……っていうか毎回ドミニクさんのお店だし、いつもの酒場に私を拉致ってるだけだよね。でも、変に高級な店に連れて行かれるよりはいいかも。
――――『雌牛の角亭』は正月も営業しております。
 




