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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
おんな港町ブルース
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新年の王都


【王国暦123年1月1日 10:34】


 王都に向かう特急馬車に乗り込んで数刻、何度目かの休憩の時、御者さんが話しかけてきた。ゲテ御者ことサイモンを指名できなかったので道中は静かにしていたんだけど、風貌は伝わっていたようで、何やら恐縮されての会話となった。


「よ、よぉ……アンタがポートマットの魔女?」

「いえ、黒魔女ちゃんと呼んでください……」

「………。黒魔女ちゃん……さん」

 おいおい、アグネスじゃねえんだよぉ。

「はい、何でしょうか?」

 気を取り直して御者を見あげる。

「ゴーレムによる客運を始めたらしいな。御者関係者は戦々恐々としてるんだが」

「文句というよりは見通しを訊きたい、と?」

 ヒューマン語スキルは時々面白い訳を返すわね。色々と面倒臭いので、向こうの質問を代弁すると、驚かれて頷かれた。


「そうなんだ。実際にどういうものなのかは見たことがねえし。アンタがやってることだ、っていうのはサイモンに聞いていてさ」

「では、安心してもらう要素をいくつか。今のところは基本的にゴーレムで客運はしません。何故かというと面倒だからです。それと、迷宮と迷宮の間にしか動かせません。一度に運べる荷物は船と同等かちょっと劣るくらいですから、小口配送に関しては大都市間以外はそう変わらないのではないかと。あとは、迷宮に好意を持っている人にしか使えません」

「迷宮に好意? 好きかどうか、ってことか?」

「身も蓋もなく言えばそんな感じです。迷宮が認めた人しか使えませんので、一部の人だけが使えるものであり、この特急馬車のように、お金さえ出せば誰でも使える、というものではないのです」

「ちょっと考えただけでも面倒な代物なんだな」


 面倒にしているのは当然。迷宮と敵対する者に利益を与えるはずもない。敵は徹底的に冷遇するのが私のスタイル……って、当たり前か。


 この御者さんが心配しているのは、馬車が衰退していくのではないか、ということなんだけど、ゴーレムがご家庭に一台、みたいな時代にならない限り、それはないと思う。


 元の世界で馬車を駆逐したのは自動車であり、内燃機関だ。今現在の技術で、魔法的な内燃機関の再現は不可能ではない。たとえば『点火』を文字通りにプラグとして使って、化石燃料を爆発させて、密閉した金属筒の中でピストンが動けばいい。

 あとは金工の問題。クランクとクランクシャフトがあれば、エンジンの出来上がり。

 過去に召喚された勇者や、私の同型なんかが発想しなかったのが不思議というか。ホムンクルスは寿命が短いという話だから、そこに至る前に死んだのかもしれないけど、醤油勇者なんかはそれなりに技術を伝えているはずだし、エンジンの発想が微塵も出ていないのは逆に違和感があるわよね。

 それこそが『使徒』の誘導だったり、NGチェックの結果なのかもしれない。


 うーん、内燃機関そのものは低魔力で動力を取り出せるから効率的だと思うんだけど、問題は、割と簡単に機械化文明に移行できるということか。『使徒』的に、機械化文明の阻止、っていうのはわざとらしい程にわかりやすく見えるんだけど、機械化文明の何がいけないんだろうね。石油や石炭の使用? その先にある核エネルギーの利用? 核の阻止っていうのはありそうだなぁ……。


「馬車や御者はまだまだ無くなりませんよ。少なくとも百年二百年は安泰でしょう」

「そ、そうかい……。それならいいんだが」

 御者さんは納得したような、しないような、中途半端な表情のまま、一人で頷いた。



【王国暦123年1月1日 17:15】


 王都街道は道そのものは通行する馬車も少なく、空いていたのだけど、王都第四層の門を越えたところで、大勢の人通りで通行が難しくなった。


「今日は新年だからなぁ~」

 御者さんの吐き捨てるような呟きを聞いて、なるほど、と幌の後部から、混雑する通りの風景を見る。

 新年の初めの日、王都では、王城から王様が出てきて、新年のお言葉を民に賜られるのだとさ。そこで大きな施策や人事も発表されるんだと。もう、その集まりみたいなのはお昼に終わっているそうな。一日早く到着していたら、マッコーキンデール卿の顔とやらも拝めたかしらね?


 うーん、それにしても馬車が進まない。通行人が多すぎるせいか。

「ここでいいです。あとは徒歩の方が早そう」

「そうかい、すまないな。またのご乗車、お待ちしております!」

 御者さんはさっきよりも多少気安くなった口調で挨拶をした。


 王都第四層からなら、迷宮に行った方が早そう。先に迷宮のセキュリティシステムを修正しておこうかな。

 お昼ころの王様の言葉を聞いて、その後は新年を祝う酒盛りがあちこちで行われているようで、歓声が聞こえる。馬車が動きにくかった原因は、それらの酔っぱらった人たちが路上を占拠しているから。


 馬車から降りた私は、円形の壁に沿って西へと向かった。歩いていると、飲め、飲め、と絡まれるので、忙しい風を装うために、小走りで迷宮へ。魔力制御をして目立たないように、時々酔いつぶれた人を軽快に跨ぎながら。

 第四層がこんなに人で溢れているのは初めて見た気がする。新年のお祝いの他に、王都では祭りらしい祭りがないから、ここに庶民の憂さ晴らしが集中しちゃうのかも。


 ちなみにポートマットでは夏の前、太陽が一番長い日――――つまり夏至――――に軽くお祭りっぽいのがある。村興しとか地域興しに、もっと活用すればいいと思うんだけど、この辺りは国の政策と関連しているのかも。宗教的にはどうか、といえば、聖教では何故か一月二日に素朴なパンを焼いて配る風習がある。今頃、教会の人達は総出で粉を練っているに違いない。


 聖教以外の、他の宗教については知らない。聖人の誕生日だとか、色々あるのかしら。

 これだけ娯楽やお祭りが少なくても暴発しない国民っていうのも、いい加減耐性がついているというか、都会的というか。周辺の村なんかでは、それぞれであるかもしれないけど、王都とポートマットでも寂しいお祭りしかないから、他の街も似たようなものじゃないかなぁと思ったり。

 普通、収穫祭くらいはあるものだと思ってたので、ちょっと肩透かしではあるわね。


 半刻ほど歩いて迷宮に到着した。

 迷宮の周辺も、まあ他の地域と同様に酔客で溢れていた。ロンデニオン西迷宮の迷宮都市は、冒険者ギルド支部以外は都市の形成にノータッチだったこともあって、実にいい加減な作りの、バラックみたいな木造の建物が乱立していた。周辺から集まってきた人たちが自発的に建てたんだろう。平屋しかなかったけれど、見れば宿っぽいものもあるし、飲食専門店みたいなのもある。


 鍛冶屋さんは冒険者ギルドが誘致してきてくれて、鉄が焼ける臭いが漂ってきた。今となっては陶器装備が量産できるので必要性が多少落ちてはいるものの、ロンデニオン西迷宮所属の魔物部隊にはやっぱり必要だと思う。

 特に儀典用には欲しいわよね。私が作るにしても、千体分とかちょっと面倒にも程があるし。迷宮が得ているお金の出資先としても、鍛冶屋さんには活躍してほしいところ。



【王国暦123年1月1日 18:00】


 冒険者ギルド迷宮支部にも寄らず、先に管理層へと足を向けた。

 無事に管理層へ入ったところで、全アカウントを一旦凍結。管理者のログイン関係に絞ってログを確認した。何となく、自分の魔力波形がコピーされていて、ロンデニオン西迷宮に入れず、私に牙を剥いてくるのでは、だなんて最悪の想定もしていたから、ちょっとホッとした。


 以前にこの迷宮を攻略した時とは違って、今、このロンデニオン西迷宮は、管理者(わたし)の手が入って、凶悪な罠と魔物が待ち構えている。それでも、私単体で突破は可能だろうと思う。とはいえ私も無傷じゃ済まないし、迷宮の魔物にも大被害が出る。私の魔力の一部を使って魔物が作られているわけで、それと戦うという嫌悪感もある。だから、何事もなく管理層に入れたのは安堵以外の何物でもない。


 該当のログを見てみると、実に興味深いことがわかった。

 まず、()()()ログインは、先日、私たちの王都出張の時以来、皆無だった。これは単純にログインした記録でしかないので、不正であってもログインできたのなら、それは記録される。記述はないし改ざんも出来ないので、不正ログインもなかったと断言できる。


 ところが、不正ログインを試行した、と思われるログは発見された。手口としては単純に『私が管理者です』と名乗るだけだったり、何やら魔道具から発信された魔力波形を使って管理者を宣言するものもあった。どうでも良いけど、私の名前が正確に伝わっていないからか、ちゃんと登録名が名乗られたケースは一度もなかったりしたのはご愛敬というもの。『めいちゃん』の方から連絡がなかったのは、名乗っただけでは、それがログインしようとしてるかどうか判別できず、波形の方は私本人がログインに失敗しているようにも見えて、よくわからないから保留、となっていたためらしい。


 魔力波形……というのは、例のコピーカードを使ったものだろうか。

「めいちゃん、その時の魔力波形って記録してある?」

『……肯定です。……記録してあります』

 元の世界でも見たような、音声波形を示す画面を提示される。比較用に、私の波形も出してもらう。画面を分割して並べられた二つの波形は、一部に限ってだけど、似ている箇所があった。

 仮に、この波形がどこかでコピーされたとしたら、それはどこだろうか。私と錬金術師ギルドの接触、と思われるのは、


① ポートマットの日光草群生地ででジャックの後を追った時

② エスモンドを捕獲した時


 どっちも可能性としては低い。

 あとは――――錬金術師ギルドの製作物と思われる『ホテル・ロイヤル・ロンデニオン』の魔法錠か。


③ 魔法錠周辺に何か仕込んであった


 設置しての罠、という錬金術師ギルドの発想からすると、③が有力かしらね。ウーゴと同様、チョロチョロと目障りなこと、この上ない。


 そういえば、その『ホテル・ロイヤル・ロンデニオン』に取り付けてあった魔法錠は、複数の魔力波形を鍵に設定する仕様だったっけ。生体でなくとも鍵に設定できる点は素直に評価できる。これは生体に限る『施錠』の魔法とは違う発想よね。『施錠』は生体が放つ魔力波形を事前に魔法陣に登録して、それ以外の魔力を無視するようになっている。迷宮の魔力波形によるセキュリティシステムも基本的には同様よね。


 錬金術師ギルドによる波形コピーは、この部分をどうにか模倣しよう、って発想だから、波形を発生させる存在こそが生体である、って前提を無視しているわけね。つまり、一定の距離から、コピーした魔力波形を発信しながら近づけば回避できる。『施錠』も完璧じゃないなぁ。


『めいちゃん』が不正ログインだと撥ね付けた理由の一つは管理者名。もう一つは、二人羽織だと認識されたこと。魔力波形が同一座標に複数認識された、と判定されたわけね。魔道具を使うには魔力がいるわけだから、基本的に魔力を吸い取る仕様になっている迷宮では、自分から魔力を充填しつつ使わなければならない。波形を発信するという魔法? は、魔核で補える魔力量を超えているんだろうね。それで複数名が、私の魔力を騙っているとされたみたい。


 最大の要因は、波形そのものが違う、と認定されたことか。それでも錬金術師ギルドのやり方は、不正アクセスとしてはかなり完成度が高い方法だと言わざるを得ない。


 ところで、『ホテル・ロイヤル・ロンデニオン』に波形を記録する魔法陣が仕掛けられていたとして、それで波形がコピーがされたとして、どうして波形は違ったんだろう?

 一部の波形は似ている。逆に言えば一部が違う。その差は何だろう?


「んっ?」

 トーマスが言っていたことがフッと思い出された。

『同じ魔法でも、使用者によって癖があるんじゃないかと思ってな』だっけか……。でも、実際に比較してみたら、そんなものは感じられなかった。もう一度、不正ログインに使われただろう波形を見る。

「めいちゃん、ちょっと波形を記録してくれる?」

『……了解しました、マスター。……どうぞ』

 あの魔法錠の側で閂を作っている時に使っていた魔法は、『成型』と『研磨』だ。適当な木材を『道具箱』から取り出して、どうでもいい加工をしてみる。木彫りといったら鮭を咥えた熊と相場は決まっているわよね。

「―――記録終了。波形を見せてくれる?」

『……了解しました、マスター』

 と、見せてくれた波形は………。


「あ」


 似てる部分がある。

 つまり、錬金術師ギルドがコピーした波形というのは、私が『成型』『研磨』を使っていた時の波形なのか。


 あり得ないことだけど、仮に私が迷宮への登録時に、この二種の魔法を規則的なタイミングで使っていて、それが私の波形だと登録されていたとしたら、不正ログインは成立していたということか。


 いやでもさ、それってかなり稀な波形よね? 通常の波形じゃなくて、どうして『成型』『研磨』を使った波形が記録されたんだろう?

「んー?」

 何度か、何通りかの魔法も使って、記録を比較しながら試してみる。

 今のところ仮説の段階に過ぎないんだけど、


① 魔法やスキルを発動した際の魔力波形は目立って記録されやすい

② 魔法やスキルを使用した際の魔力波形の乱れは一定である

③ 同じ魔法であれば記録される波形は一定である


 ③が真実だと証明されたら、②は、個人差のある『癖』と捉えることが出来る……かもしれない。


 波形が一定になりやすく、魔法単体の波形を検出しやすいスキルや魔法があれば、通常状態の波形と比較して、差分として②の検出は可能。でも、それが数字で比較できるものかどうかは実際にやってみないとなぁ。波形を画像として見て、照合(マッチング)してみるか……。


 可視化してみると、スキルに使われるのは、いわゆる波形の中期だということがわかった。前期、中期は確かに目立つから、記録されやすくはある。

 うーん、これはサンプルが多数必要かも。


「とりあえず、ここの取り付け作業しようっと……」

 検証作業を中断して、迷宮用の外付け認証装置をくっつけて稼働をさせた。



【王国暦123年1月1日 19:21】


 迷宮のセキュリティ強度を高めた後、直上のロンデニオン西迷宮支部で、今度は汎用の外付け認証装置を設置する。


「こっちに先に来たのかい? 本部長がお待ちかねだというのに」

 支部長のリチャードさんは意外そうに、それでもニコニコしていた。レックスのニコニコとは違って、この人のニコニコは感情によって差がちゃんとある。怒ってる時のニコニコと、笑ってる時のニコニコと、ちゃんと差があるようだ。どうでもいいことだけどね。


「道端で酒盛りやってる人が大勢いまして。馬車が通れなかったので、途中で降りてきちゃったんです。それで先に迷宮の方を仕上げました」

「ああ、そういうことかい」

 リチャードさんはニコニコした。ちなみに、この支部の人たちは、リチャードさんの影響か、特に事務系の人は、全員がニコニコしている。ある意味で洗脳されたブラック企業みたいで、ちょっと怖い。

 多分、ニコニコしていないと、リチャードさんがニコニコ怒るんだろうね。何だか全員が真田丸(さかいまさと)に見えてきたよ……。


 迷宮支部への取り付けと登録、説明を終えて、徒歩で本部へと向かう。

 さすがに暗くなっている、この時間だと寒いし、酔いどれ市民たちも家に戻っているみたい。

 これもまたいつもの市内とは違って、静寂に包まれている。何となく、元の世界の日本人なら経験がある、正月独特の空気感だろう。


 さっきは馬車で通れないほど人が溢れていたのに、今は強盗もいない程に静か。襲撃者って言えば、それこそ錬金術師ギルドの連中が、気を利かせて襲ってきてくればいいのに、なんて思う。


 パトリシアさんに接触して、ブリスト南迷宮の管理者の魔力波形をコピーしようとしたというのは、ロンデニオン西迷宮で成功しなかったから、というのは納得できる理由だ。

 両迷宮の管理人が私だと知っているのかどうなのか、それについてはわからない。是非訊いてみたいけれど、その辺にいないかしら、錬金術師ギルドの人……。



――――キョロキョロしている不審者が通りますよ……。





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