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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
おんな港町ブルース
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黒魔女ちゃん生理の一日


【王国暦122年12月30日 6:33】


 昨日はあれからミノさんたちのガラス配置工事を見学して、『めいちゃん』に東2エリアの工事開始を指示して、その足で東ロータリーに戻って特急馬車の予約をして、夕食を食べたら、下腹部に痛みが来た。食べた直後に寝ると牛になる、とアーサお婆ちゃんに顰め面をされながらも、すぐに就寝した。


 というわけで、今はこうやってベッドの上で静かにしている。まだ体全体がだるい。

 ああ、石造りの家でも木材の天井なんだな……とか、下らないことをボンヤリと考えつつ、ウトウト。いつものペースなら、お昼過ぎには何とか動けるようにはなるはず。それまで惰眠をむさぼることにしよう……。



【王国暦122年12月30日 13:21】


「そう、もう体調はいいの?」

 起き上がってリビングに行くと、アーサお婆ちゃんが刺繍をしていた。

「もう大丈夫……です。ちょっと外の空気を吸ってこようかなと」

「そう……。ブリストの方のお仕事はどうなの?」

 曖昧な訊き方だけど、私が難民を連れ去って、どこかに持っていった、ということは知られているみたい。で、お婆ちゃんの中では、ブリスト=迷宮でもあるらしい。

「うーん、皆さん、迷宮のことを大好きになってくれまして……順調に行ってますよ」

「そう! その方たちの、第二の故郷になるといいわね」

「はい、そうなるといいですね」

 ちょっと後ろめたいけど、純粋に喜んでくれているお婆ちゃんには特に解説せずに、外へ出た。


 お婆ちゃんみたいに性善説で生きられる人は稀なんだろう。だけど、それで生きられるに越したことはない。世の中は悪いものだ、って前提で生きないと、みんな心が保たないだろうから。

 だからアーサお婆ちゃんは凄い。偉人だと思う。あまり苦労を掛けたくない……醜悪な自分を見せたくないのかな、私は。

 ……ちょっと都合が良いかもしれないわね。でも、そういうところは、まだ人間っぽいと思うの。


 っていうのは、インプラントに躊躇わない自分っていうのを客観視した時、特に何も思わなかったのよね。ハタと気付いたら、それは結構人間としてイッちゃってるよなぁ、だなんて思ったわけ。いや、人間っていうか、ドワーフ型ホムンクルスだから、最初から外れてるっちゃ外れてるんだけどさ。


 あー、そっか、まあ、最初から外れてるならいいや。お婆ちゃんの前で体裁が整ってればいいや……。

 自己嫌悪を無理矢理正当化して、私は教会に向かった。


「おや、『黒魔女』ちゃん」

 珍妙な呼び方で教会の敷地から顔を出したのは、シスター・リンダだった。

「ごきげんよう、シスター・リンダ」

 合掌してお辞儀をすると、シスター・リンダも同じように返してくれる。

「シスター・エミー、シスター・マリアは『学校』の方に行きましたよ」

 ありゃ……。エミーに会おうと思ったのに。特に用事はないけど、戻ってきてるのに顔を出さないとか、不義理だし。

「ドロシーさんの方から醸造アルコール? とやらを頂きましたけどね。あれは本当に役立つのかい?」

 とりあえず咎めてみるのがシスター・リンダのコミュニケーションスタイルらしい。

「はい。カビの生えたパンなんかで試してみてください。過信は禁物ですけど」

 菌であれば効果は高い。でも、アルコール濃度が……。あ、これはドロシーに言っておかないとな。

「役に立つならいいですけどね。患者の命がそれで救えるなら形には拘りません」

「はい、すみません……」

 何故か謝ってしまう。カミラ女史みたいに、クールを装っていてもちゃんと驚いてくれる人じゃなくて、シスター・リンダは何事にも動じない人だ。何百人の赤ん坊を取り上げたとか言ってたっけ……? その百戦錬磨? の経験がそうさせているのか、元来そういう性格なのかはわからない。とりあえず逆らわないようにしておこう。

「いいですか、黒魔女ちゃん、医療というものは――――――」



【王国暦122年12月30日 17:11】


「あれっ?」

 目が醒めると、知らない―――――いや、前にも見た天井が正面にあった。ここは? 教会?

 はて、いつ見たんだっけ?

「あ――――」

 そうか、プロセア軍が攻めてきた時にフレデリカを救おうとして倒れた時か。あの時は単なる魔力切れだったような気もするけど、鼻血くらい出たっけ。で、今は何でここにいるんだろうか?

「お姉様!」

 エミーの声がする。ので、よく回らない頭を回して声のする方を振り向く。

「小さい隊長!」

「あら、エミー、ラルフ。お早う?」

 私が呑気に言うと、二人ともガックリと肩を落とした。

 状況がよくわからなかったので訊いてみると、

「教会の前で気を失っていたそうなんです」

「えっ?」

「シスター・リンダが説教してたら、カクーンと倒れたらしいよ。それで四人がかりで運んできたって」

「なにっ?」

 何か催眠系のスキルでもあったのかなぁ。っていうか普通に長話を聞いてたら気を失ったってだけ?

「シスター・リンダは尊いお話を下さるのですが、慈悲は下さらないので……」

「オレも洗礼を受けたよ。三刻くらい経ってた」

 周囲の話を聞いてみたら、一刻半くらいは直立不動で耐えていたそうな。恐るべし、シスター・リンダ! 絶対に校長先生にしちゃいけないタイプだわ!

「そっか……前半は医療について語っていた気がする……。中盤から神と人との成り立ちで……そこから記憶がないかも」


 それはありふれた創世神話だった。神様が自分に似せて人を創ったはいいけど人は堕落して、そんなだらしない人類だけど聖教に入れば改心したと神様もお認めになられる、だから祈りましょう、みたいなことを言われた気がする。良く覚えてないけど。


 シスター・リンダは医療についても一家言ある人で、信念も実力も経験もある人なんだ、ということは理解できた。そりゃとてもよく理解できた。だけど、何となく狂信者の空気を纏っている人ではある。その辺りが教会内部で出世していない原因なのかなぁ、と愚考したりする。ユリアンは本音と建前を使い分けるけれど、シスター・リンダは本音しかなく、融通が利かない。


「んー、シスター・リンダって、もしかして頑固者?」

 少しオブラートに包んでエミーに訊いてみると、ちょっと困ったように頷いた。

「ええ、まあ……」

「医療関係の講師としては必要な資質だと思うんだけど、宗教関係のことを話し出したら要注意かなぁ」

「その辺りは司教様が懸念なさって、私を助手につけたいんだと思います」

 なーるほど、納得。シスター・リンダを操縦できるのが、教会内部ではエミーかユリアンくらいなわけね。カミラ女史は遠慮してたもんなぁ。


「それにしたって、何でシスター・リンダに捕まってたんだよ?」

 ラルフが口を尖らせて訊いた。

「ん、体調がよくなったから、教会に行って、エミーとラルフに顔を出しに行こうかな、って」

「まあ! お姉様っ」

 エミーが抱きついてきた。…………何だか抱きつき方がちょっと……そんな、こすりつけないでっ!

「お、おおう……」

 ラルフが顔を赤らめているじゃないか。

「う、うん、恥ずかしいから、離れてよう……」

 照れた風を装って拒否すると、エミーはネットリとした笑みを浮かべた。大丈夫です、安心して下さい、痛くしませんから、と、その目が語っていた。全然安心出来ないよ!


「小さい隊長、ブリスト南迷宮に行ってたんだろ? 二月も経ってないのに、凄く昔だった気がするよ」

「えっ、ああ、そうだね」

 エミーを脇に置いて、ラルフの質問に答える。

「豆腐が主食になってるねぇ。あんまりお肉が入手できないから代用品扱いだったけど、もはや立派な本命になってるね」

「それはよかったです。教会でもちょっとした人気食材になってますよ」

「淡白だからな。味付けによって何にでも変わるところが面白い」

 暫く三人で豆腐を褒め称えたところで、二人の体調の変化について訊いてみた。

「毎日健康ですよ?」

「元気が漲る感じだ」

 むしろ、血の元になった本人がグッタリしているのはどうしてなんですか? と不思議な顔を向けられた。

 そんなの私が知りたいわ……。



【王国暦122年12月30日 18:27】


 しばらく教会でダラダラ過ごしていたら、サリーが『きゃりーちゃんV』で迎えにきた。

「ねえさーん、迎えにきましたー」

 ということは、アーサお婆ちゃんにも伝わってるということね。

 うーん、明日は王都に向けて出発しなきゃいけないのに……。何だか出発を止められてしまいそう。ちょっと強行軍だったかしら……。


 アーサ宅に帰ると、そう! 良いから寝なさい! と、開口一番言われて、教会~エミー~サリー~アーサお婆ちゃんと連絡網の如く伝わっていたのを確認して、思わず、スミマセン、と謝りつつ、ベッドに直行した。

 つい今し方まで寝てたから寝られません、とは言えない。鬼気迫る形相のアーサお婆ちゃんに抗う術はなく、己の無力を感じるのは本日二度目だった。


 ベッドに横になっていたら、アーサお婆ちゃんがスープを一杯、持ってきてくれた。

「? ミソスープ?」

 これは珍しい。アーサ宅ではあまり使わない調味料だけに驚く。

「そう。この間、エミーちゃんに教わったのよ。わざわざ大豆を持ってきてくれたのよ」

 流石に魚介出汁の概念はなかったから、鳥のスープを味噌で味付けして、ふやかした大豆を砕いた物――――を上から注いである。呉汁ね。アングロサクソン的な容姿を持つエミーが、純でもないけど和風の料理を教えているのは違和感があるなぁ。それ以前に豆腐を広めているんだからよくわからない。


「美味しい……」

 これは滋味だ。お腹に栄養と、優しい気持ちが染み渡る。

 どうしてこれほど染み入るのか……と考えると、生理の日って割と寝てばっかりいるから、水分が不足しちゃってるんじゃないかと。枕元にいたランド卿が、『水分は大事………』と悲しげに伝えてくる。そういえばランド卿はちょっとシワシワで、干しぶどうみたいになってる。うーん、干しスライムとか、美味しくなさそう。


 お婆ちゃんが部屋から出ていった後、半分残しておいた呉汁をランド卿に飲ませた。口が肥えるといけないけど、味噌味のそれを飲んだスライムは、とても嬉しそうだった。この辺り、すっかりペットを飼っている感覚なんだな、と少しおかしい気分になった。


 全然眠れないものだから、各方面に連絡を取っておくことにした。


 重要なのは冒険者ギルド本部で、明日、外付け認証装置の設置に行くという確認と、ファリスへの面会をザン本部長に取り次いでもらう依頼をしておいた。

 表向きはギースたちの助命へのお礼だけど、ウーゴにクレームを入れたいという方便でもある。ザンから返信があり、ファリスとの面会は明日というのは無理かも知れないが、明後日なら可能かもしれない、行く際は自分も同行する、とのこと。


 もちろん、お忙しい第一騎士団長様だから、本来はホイホイ面会できる地位の人間ではない。だけど、ギースを生かして返した、という判断の一助となっているのは、私がファリスに渡した手紙であるのも間違いない。手紙の影響を受けたファリスは、自らの判断がどのような結果を生んだのか、事後報告を受ける義務があるだろう。騎士団長としてというよりは、個人として。


 ファリス主導でウーゴが指示を出して、ブリスト南迷宮にスパイを送り込んだとするなら――――、迷宮は報復行動を起こさざるを得ない。

 その場合、ウーゴ()指示を出した、その出所を調べて、正確に矛先を向けたい。


 王都騎士団と対峙することがあれば、これは戦争を覚悟するしかない。ポートマットを攻められているわけじゃないから都市間戦争にはならないけど、最悪の場合は、王都vs迷宮ということになるだろう。となると、迷宮と深く関わっているポートマットは結局無関係ではいられない。擁護する側によっては、反対勢力から敵対認定されてしまうだろう。ポートマットが迷宮を擁護すれば結局、王都vsポートマットが再燃する。


 仮にポートマットが王都の肩を持った場合は、迷宮とポートマットが反目することになるけど、まあ、普通に考えてそれはない。うーん、迷宮三つを、三つの勢力が同時に攻略、というなら迷宮が全滅する可能性はなくはない、か……。


 冒険者ギルド本部の連中が総出で攻略を開始すれば、ロンデニオン西迷宮は攻略される可能性がある。だけど、他の二つの迷宮は、冒険者ギルドポートマット支部も、ブリスト支部も、騎士団を混ぜたとしても攻略するのは難しいかな……? でも、かなり深部にまで到達される可能性がある。この、同時に、っていうのがミソで、如何に迷宮が巨大な魔物製造装置であっても、管理しているのは実質一人だというネックがある。どうしても対応に遅れが出るのは必至で、それこそ三つの脳みそがないと難しいだろう。


 ふと思ったけど、複数迷宮を少人数で管理するための補助、それこそが『めいちゃん』なのではないか。そのための迷宮同士のネットワークなのではないか。

「うーん」

 このケース、シミュレーションはしておいた方がいいかもしれない。私の血を混ぜたサリーやエミーたちの迷宮への収容、までやるべきかな。


 まあ、IFにIFを重ねての話でもあるから、王都vsブリスト南迷宮、だけに収まると考えた方がいいかな。うーん、でも、それだと王都に被害が出ないんだよね。そこまで考えてウーゴくんがブリスト南迷宮にちょっかいを出したというなら、本当によく考えられているかも。


 王都に直接被害を出そうとすればロンデニオン西迷宮も連帯することになり、ポートマット西迷宮も当然追従すると、先のケースになだれ込む可能性があるわけか。

 くそう……。文句と嫌味を言う以外に取れる行動がないじゃないか。


「そう、もうお休みなさい」

 スープを平らげたのを確認して、アーサお婆ちゃんが寝るように促してきた。

 頭が冴えまくっているので寝られない。あー、迷宮のアバターにチェンジすればいいか。東2エリアの工事の状況も見たいし。

「はい、もう横になります。ご心配お掛けしました」

「そう、おやすみなさい」

 うんうん、と頷くアーサお婆ちゃんに、内心でごめんなさい、と言いつつ、私はポートマット迷宮のアバターにチェンジした。



――――結局一日寝てた。





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