家人との謀略
【王国暦122年12月28日 20:33】
久しぶりのアーサ宅は、ここが実家なんだな、と思わせる空気に満ちていた。
「特にお土産もないんですけど……」
「そう、無事でなによりだわ」
ニコニコとアーサお婆ちゃんは嬉しそうだ。トーマスの言葉に乗って、自ら採掘しに来て良かった。
一緒に家に到着したトーマスは、挨拶も早々に、奥の部屋で寝ているだろう奥さんと娘に会いに行った。
私はといえばサッと出されたローストビーフ(たぶんリオーロックスのお肉)の薄切りと、タマネギのスープを頂いてから、ベッキーさんたちに会いに行った。
「あら、戻ってたのね。おかえりなさい」
「はい、ただいまです。二~三日こっちにいます。ただいま、ウェル」
ウェルは、アンガウンガ、みたいな、言葉にならない言葉を返してくれた。うおー、何だこの可愛い生き物は!
私がデレデレしていると、場の空気全体がデレデレしだした。
おっと、レックスとサリーに色々頼まないといけないんだった。トーマスを残して、私は工房へと降りた。
工房に降りると、レックスとサリー、そしてジゼルとフローレンスがいた。どういう組み合わせなんだろう。
サリーは大きな真鍮製の輪っかに『転写』をしているところだった。転写しているのは『灯り』か。細かい作業という訳ではないみたいだけど、正確さが重要みたいで、丁寧に作業をしている。
レックスは裏返しにした何かの服を、チクチク、と縫っていた。時折サリー、ジゼル、フローレンス、と順番に見て、また縫い物に戻っている感じ。
ジゼルとフローレンスは、そんなレックスとサリーを交互に見ていた。
何だ、この図式は…………?
「あー」
「あ、姉さん」
「おかえりなさい。あ、例の魔道具は冒険者ギルドと騎士団に納入しておきましたよ」
「あ、うん、ありがとうサリー。明日、仕上がりを確認してくるよ」
サリーは軽やかに言ったけど、錠前の取り付けは結構ナーバスで、取り付け箇所も古い金庫とかだったりするので差異があったりするから、ちょっと気になるところよね。
「はい、姉さん。あ、今、作ってる物があるんですけど。姉さんに部品をお願いしたいのがあるんです」
サリーがサッと輪っかを見せる。
「んー? シャンデリア?」
輪っかだけを見てシャンデリアだと断定する私もどうかしているなぁ。
「はい。あの、ガラスの部品を作ってほしいんです。こういう形の」
サリーが提示してきたのは、先の尖った六角柱だ。
「水晶じゃなくていいの?」
「はい。形を揃えたいですし、数が数なので……」
芸術性が求められてはいるけれど、幾何学模様に毛が生えたようなデザインで、それなりに格好がつく……という意味では、サリーにもできそうなのがシャンデリア作りか。言うなれば魔導ランプのお父さんみたいなものね。
シャンデリアは元々燭台の意味で、キャンドルと語源が一緒みたいだから、蝋燭を十字に並べて吊り下げるだけ――――というのが原形ね。教会の聖堂とかホールとか、空間の広い場所を効率良く照らすための照明器具だけど、透明なガラスが超貴重品なものだから、こういうのは水晶を使ってたりするのよね。ガラスの代用に水晶、っていうとお高いイメージがあるけど、組成は似たようなものだし。
「ふうん、ガラスを使うように指示が来てる訳ね。エーさんの指示だね?」
「そうです。領主別宅のダンスホール用だそうです」
「なるほどね。デザインは?」
「これです」
サリーが一枚の紙を出してきた。シャンデリアの絵が描いてある。大きさの違う真鍮製の輪っかが、上に行くほど径が大きくなるように、三段に配置されていて、その輪っかに水晶を模した六角柱のガラスがたくさんぶら下がっている。魔道具部分は真鍮製の輪っかに集中していて、魔力供給は半分迷宮でもある領主の館だから、放出魔力を拾うだけで稼働出来ちゃうのか、魔核の取り付け部が見当たらない。
「これは興味深い……」
輪っかについた魔法陣は上を向いていて、ここからガラスの筒で導光、上に向けて光を球状に出させて、それを吊り下げられた六角柱のガラスが乱反射させる。上に向けているのは様式美というか、燭台の形状から大きく外れないようにデザインされているわけね。間接照明にもなって、光が柔らかくなると。こういう芸術品みたいな工業製品……はデザインのモチーフがあるんだろうけど、これはわかりやすい。洞窟から生えている、光る水晶、といったところ。
それにしてもパーツが多いなぁ。『灯り』が輪っか一つに六箇所、それが三本。魔法陣一つにつき四本の大きさ違いのガラス。七十二本ね。
「導光部と発光部は?」
「これからです」
「んじゃ、それも一緒に作っちゃう。仕様教えてよ。明日の昼頃……はシスター・カミラ待ちか……。昼前に迷宮の方に来てくれれば」
「ありがとう、姉さん……」
「で、このシャンデリアは幾つ作ればいいの?」
「四組です」
げげぇ……! ええい、受けたからにはやる! 明日の午前中はガラス漬けかしらね。
【王国暦122年12月28日 21:51】
サリーは金物を集中してやるみたいで、私にガラスを依頼して安心したのか、『スキン・リング』の部品の加工を始めた。
レックスは縫い物が終わり、今度は机に向かって絵を描き出した。ジゼルは音もなく立ち上がって、その描かれる絵を、レックスの背後から無言で凝視している。で、それをボーッと見ているフローレンスがいた。
ここにいる全員が無言。よくわからない緊張感が満ちていた。
うーん、ジゼルはレックスに気がある。それはわかる。
だけどフローレンスは何だろう? 見た感じレックスを気にしている風ではあるけど、まだ言葉に出来ていないというか、感情がまとまっていない感じがする。でも、あのフローレンスが他者に執着しているのだと考えると、心境の変化があったのは間違いない。
あのジゼルがレックスにグイグイ迫るのは絵的に萌えるものがあるし、フローレンスがレックスにデレる絵も面白いかも。レックス本人はどう思っているのかは知らないけど。
静かに物を作る流れになっているので、私もサリーの作業を見つつ、『スキン・リング』の構造を真似してみる。
ああ、うん、ほう、なるほど。
サリーは銅板を治具も使わずに魔力でガンガン成型していってるのね。パッと見は、スプーン曲げをしているようにも見える。凹の形に曲げた小さなリングを被せるように逆さまに、上下に重ねて『結合』して、重なった部分を通すように小さな穴を空けた。
ふむふむ。
じゃあ、参考にしつつ、大型化してみよう。『スキン・リング』は直径四センチくらいだけど、三周りほど広げてみる。直径十五センチくらい? サリーの空けた穴の大きさは四センチの輪っかに対応した圧力だろうから、もう少し穴を小さくして、穴を増やしてみた。
この輪っかにスライム溶液・酢水の袋を取り付ける口を作る。
「姉さん、それは何を作ってるんですか?」
私のやっていることが気になったのか、レックスが訊いてきた。
「手袋」
「は?」
「へ?」
「ん?」
「え?」
何だ、全員私を見ていたのか。何でよ?
「あとは、足踏みで溶液パッケージを押す道具があれば完璧」
「ああ!」
サリーとレックスはすぐに納得したみたい。
「穴の大きさと数は、何度か試して決め直した方がいいと思う。足踏みの方は魔道具じゃなくていいから、簡単な機構で十分」
「ああ、なるほど、手を……。医療用の道具ですか」
「そそ。少々厚めになっても実用になると思う。衛生的な環境が欲しい時に使うわけね」
ラテックスの手袋のイメージね。
「姉さん、これ、教会で使うんですか?」
「とりあえずはそうだろうね。あった方がいいね。あと、『学校』の方で看護学科が始まるから、それ用でもあるかなぁ。こういう、公共性が高そうな道具……これは魔道具ですらないけど……は、一般家庭では使わないだろうけど、領主なんかがバンバン買ってくれるから、狙い目だよね」
腹黒な笑みを見せると、サリーもレックスも、釣られて黒々とした笑みを見せた。さらに遅れてジゼル、もっと遅れてフローレンスも、何で笑ってるのかわからないけど笑っていた。
【王国暦122年12月28日 23:41】
そろそろ寝よう、と部屋に戻ったところで、ドロシーと話をする流れになった。
「ふうん、冒険者ギルド支部の経営権、ねぇ」
「うん、人事権を得る代わりに人件費を拠出している感じかなぁ。今後、利益が上回ると、使わない金が貯まっていくかも」
私自身は自給自足が可能で、素材なども自身で採取、採掘してたりするから、基本的にお金は入るばかり。そこでドロシーに運用をお願いしている。ブリスト南迷宮絡みの商取引で、結構な利益が出そうだ、って話をすると、ドロシーは隣のベッドの上で私の方を向いて、少し考えるポーズをした。ちなみにドロシーの考えるポーズは、掌を頭の上に載せるというもの。目を閉じている姿はとても可愛い。
「東地区の再開発で捻出する土地の権利を買ったわ。もちろん、領主と交渉したわよ。商業ギルドにも、裏会議にも話は通したわ」
「そこでやるのが大型娼館?」
「だけじゃないわ。健全な歓楽街を作るのよ」
何ソレ、巨乳ロリみたいな矛盾した存在かしら?
「矛盾してるとか思ってるわね? そうでもないわ。安心して食事ができる。お酒が飲める。そんな歓楽街を作りたいだけよ。冒険者ギルドに近い立地なら集客も見込めるわ。南地区もいずれ再開発されるから、東地区が一手にポートマットの裏社会を左右するようになるわ」
「え、ドロシーは裏社会のボスにでもなりたいわけ?」
私が訊くと、またドロシーは掌を頭に載せた。
「本当はね、小さな宿でもやりたいのよ。でもね……」
ああ、ドロシーの料理は大雑把だもんなぁ……。お世辞にも繁盛するレベルの宿屋の女将さんになれるとは……思えない。
「それだったら、料理上手の人を束ねた方がいいわ。娼館は一面でしかないわね」
なるほど、ドロシーは大型ホテルと、小さな宿と、両方やりたいわけね。商業ギルドの重鎮になりつつある立場を、さらに強化するものでもあるし、金もあるし、実力もあるし、気概もあると。
ドロシーが女帝になりつつある……。がんばれエドワード、ドロシーの旦那は相当にハードルが高いぞっ!
あとは幾つか商売上の話をして、私たちは隣同士のベッドで眠りについた。
【王国暦122年12月29日 10:27】
午前中はガラスを溶かす作業から始めた。
鉛ガラスを溶かして、温めながら冷やして、工房に放置。冷やしている間は暇なので、またガラスを溶かして温めながら冷やす。ああ、だからガラス製造って、ベルトコンベアーで板状に作るものなんだなー。
「あっつー」
あーもー、汗をかいて痩せてしまいそう。痩せる時はどうして胸から痩せるのかしらね。ラクダと一緒で、水でも入ってるのかしらね。ついでに肩に乗ってるランド卿も水分が抜けて小さくなっていた。ダイエットしちゃったぜぇ。
ガラスは急激に冷えると、周囲と真ん中で冷える速度が違うから割れてしまう。それを防ぐためには急に冷える箇所を温めながら徐々に温度を下げていく。
自然冷却できる温度にまで下がったら放置、次のガラスへ。
「あっつー」
あー、暑い。ロンデニオン西迷宮に配備している、グラスメイドの耐熱仕様装備は、こちらでも二体作った。一体は銀色、もう一体は青色。これはお約束ね。
以前、レーザーブレードを使った時、ちょっと火傷しちゃったのよね。だから、本格的に使うのであれば私も蒸着した方が安全ではある。まあ、最終的な防衛戦力でもあるグラスメイドにレーザーブレードを使わせるというのはかなり凶悪よね。
耐熱グラスメイドたちにガラス製造を任せて、私は魔法陣の転写作業に入る。迷宮の壁と同等の防御魔法アセンブリを転写して、両面をスライム溶液でコーティング。
出来上がった大きなガラス板は、夜になったらミノさんたちに、温室の上に填め込んでもらおうと思う。その後はめいちゃんが魔法陣を起動することで頑強な透明の壁となる。
十枚ほど予備を作っておいて、それは倉庫に保管、将来の修繕に備えようと思う。
さて、サリーの依頼品の六角柱ね。最初に作ったガラスに筋を入れて両端を圧迫する。
パキッ
うん、キット勝てるチョコウェハースみたいな音ね。
棒状にカットした後、断面を正方形にして角を削っていく。
この作業はノーム爺さんとシルフの合わせ技でとても早い。最初から六角形で割れるならそれでもいいんだけど、ガラスは縦横にしか綺麗に割れないからしょうがない。大量のガラス粉が出るので、マメに掃除をしながら作業を進める。
鼻歌を歌いそうになるけど、粉を吸い込みそうなので自重した。ガラスの粉は取っておいて、また再利用しよう。
削り出しが終わったらフックを掛ける穴を空けて完成と。合計で三百本くらいだっけ。シャンデリアはオーダーメイドが基本だから、次に依頼があった時には全然別のデザインを起こさないといけないものね。
ガラス関係が一段落した頃、ネスビットさんの網が届いた。網は……目の細かい網を使って、ストルフォド村で、ちょっとやりたいことがあるのだ。むふふ……。
届けてくれたのは、なんとトーマス自身だった。
この網、どうもネスビットさんが一人だけで編んでいるわけではなく、トーマスが、廃業、もしくは経営の怪しい製網業者を集めて、ネスビットさんの下につけたみたい。廃統合小規模な業者を集めて一緒にやらせ、今では製網業者は大きく二つに集約された。
トーマスの手にないのは漁協直轄系と呼ばれる。漁協関係者の係累が営んでいることが多く、同業者の集まりになった経緯を持つ。
どちらかと言えば係累に頼む漁師さんが多いわけで、そうではないネスビットさん辺りは、仕事を取れずに青息吐息の状況だった。そのうちに職人さんの高齢化が進み、漁協系製網業者に仕事が集中していったというわけだ。
腕は良いが売り方が下手――――というのは、町工場からロケットを作り出すとまでは行かずとも、トーマスなら喜色満面に手がけたくなる仕事だったのだろう。
商業ギルドが漁協に対して影響力を持つようになる一手が、トーマス商店製網部なのだッ!
なーんていうと格好良いけど、要はつぶれかけの網職人をトーマスが雇ったってだけ。ネスビットさんを含め、知り合いが多いみたいということもあって、見過ごせないんだろうね。実に青臭いけど、そういうトーマスを意気に感じて手助けしてくれる人の方が多いわけだし。
ただ、ゴードンさんみたいな、完全にトーマス商店に潰されちゃった人たちもいるから、悪徳商人にしては人間味がある、くらいの評価に落ち着くんじゃないかな。
「それでな、この網を漁協に一枚提供しようと思う」
トーマスは、ちょっと嬉しそうに言った。本来のトーマスは謀略大好きな人だ。そうじゃなければポートマットのポーション市場を独占しようだなどとは思えないもんね。最近は立場があるから抑えているだけなのね。
もう一枚網を作って、それを渡して、品質を確かめさせようというのだ。海老の養殖、ムル貝の養殖、いずれもまだ軌道には乗っていないけれど、それは漁協直轄系の製網業者が作った、低品質の網が原因なのではないか、と気付かせようという訳ね。
「海老もムル貝も、養殖方法が確立するまでには時間が掛かる、とは見てましたけど、そろそろ一定の成果は欲しいですし、その案に賛成します。でも、本当に網が原因なんですか?」
トーマスはその問いにニヤリと笑った。
「知らん」
思わず私も苦笑する。ただ、卵や幼生体の捕獲など、細かい網が養殖に必要なんじゃないか、っていう想像はしやすい。試してみる価値はありそう。
「まあ、お手柔らかにお願いしますよ。お魚は私の元気の源なので」
「なに、そうなったら漁協を買い取ればいい。本質的に連中は商業ギルドに頭が上がらんからな。船、倉庫、網、流通路。ウチらにとっては商材に過ぎないが、向こうにしてみれば死活問題に繋がるだろ?」
あー、なるほど、漁協への内部干渉を含む訳か。トーマスも色々やってるなぁ。しかし買い取るとは穏やかじゃないなぁ。
「海老とムル貝、早く食べたいですね」
「そんなに美味いものとは思えんが……。お前が言うなら美味い調理法があるんだろうな」
私は力強く頷いておいた。
――――海老と貝ね。酒蒸しかワイン蒸し……お腹空いてきた。




