三人の述懐
【王国暦122年12月26日 10:25】
寝不足で顔が強張っているのがわかる。なるほど、それで徹夜だとテンションが上がるのか。
そんな理屈はどうでもよく、北エリアの、迷宮の内壁以外は何もない部屋で、私はジェラルド・ギースと向き合っている。他の二人は、一つ下の階で半魔物に監視されているところ。
尋問している私の周囲には『遮音』結界が張られているので、声は漏れない。他に誰もいないからいいじゃないか、と思うけど、声が響くから話しにくいのだ。
「うんうん、それで、知り合い――――ウーゴ・ミルワード――――に頼まれたと」
「そうなんだ。今となっては迷宮に不利益になるかもしれないのに……何故そんな話を受けたんだか……」
ギースは困惑の表情だ。迷宮愛に満ちてきているようだねぇ……。
「そうですよねぇ、迷宮は貴方の第二の故郷。そこに関係する人たちに迷惑を掛けてはいけませんねぇ」
「ああ、全くだよ。騎士団との取引だったんだ」
「ふむふむ」
事実がそうだったのかはわからないけれど、恩赦に至るまでに口添えをするので、ブリスト南迷宮のことを調べて教えてほしいと。なかなか痺れる話ね。
やはり、難民を送り出した側である王宮は、最初から、難民たちがポートマットに定住することなく、ブリスト南迷宮に持っていく、と読んでいた。ギースたちが元騎士であれば、ポートマットには拒否される可能性は大きく、確かにその読みは正しい。スパイの作り方としても正しい。しかし深読みしすぎて孔明の罠にも思えてくるなぁ。
「しかし、考えてみれば、騎士団に迷宮の情報を流すのは、迷宮に迷惑をかけてしまうかもしれないな……」
ギースは、幾度となく、迷宮への不利益を悔いた。なるほど、『魅了』がこういうところで適用されるわけね。
「そうですね。ギースさんが迷宮のことを外部に漏らしたら、迷宮に関係する人、奥さんや仲間たちを危険に晒してしまうでしょうね。迷宮を大事にする心こそ肝要かと思います」
「全くその通りだ……!」
ギースは真剣な顔で深々と頷いた。
【王国暦122年12月26日 10:57】
「ふむふむ、それがご主人の助けになると言われて。なるほど」
「そうなんです。どこにいくにもお金は必要だと言われて。今となっては迷宮の皆さんにご迷惑をお掛けするというのに、どうしてそんな話を受けてしまったのか……」
ラモナ・ギース夫人は、旦那と同じように困惑の表情を浮かべた。
「迷宮は貴女だけじゃない、皆にとっても第二の故郷。そこを穢すなど、とても許されることではないですね」
「全くその通りで、お恥ずかしい次第です。話を持ってきたのは中年の男で……訛りのあるグリテン語でした。恐らくは大陸北部の人じゃないかと思いました」
この世界で言うところの大陸北方言語は、『R』に相当する語句の発音に特徴があって、グリテンの人が聞くと、モヤモヤ喋っているように聞こえるらしい。私はヒューマン語スキルで日本語として聞いているから差異があんまりわかんないけど。私の読み書き能力は、たとえばネイティブであるエミーには遠く及ばない。エミーに限らず、教会関係者は『ヒューマン語』スキルの高い人が多く、私の知る限りではユリアンのレベルが一番高い。口が上手い、とも言うけど。
その意味では、昨日の――――もはやいつが昨日なのかあやふやだけど――――絵本描きなんて、いい練習になったわね。
「なるほど、大陸の人っぽいと。最初は王都で会ったんですか?」
「はい、そうなんです。夫が収監されて、すぐのことでした」
うーん、騎士団の内部事情が漏れてるってことか。
「名前や身なりについても教えてください」
どうせ偽名だろうけど、何か繋がりがあるはずだから。チーズの人の登録名を決めた時のように、連想させるものであるはずだ。
「ケンプ、と名乗っていましたわ。身なりは……地味だけど仕立ての良さそうな……商人風、と言えばいいんでしょうか?」
帝国の人間かもしれないし、他の国の人間かもしれない。そもそもそ大陸人を装っているのかもしれない。どの勢力なのか判断するのは難しいなぁ。南方の国じゃないとは思うけど、それこそ白い肌の人を使えば偽装は可能なんだから、どこなのかわかるはずもないか。
ちょっと消化不良だけど、これ以上の追及は無理か。
「再度の接触がありましたらお知らせ下さい。迷宮に仇為す輩を捕らえましょう」
「はい、誓って。迷宮は私たちの安息の地、協力しないわけには参りませんわ」
宗旨替えも甚だしいけど、インプラントは正常に効果を発揮してるみたいね。
【王国暦122年12月26日 11:29】
最後の人はパトリシア・エルウッドだった。
ちなみに旦那さんはまるきりシロ。怪しかったのはパトリシアさんだけ。
「何故、あんな話を受けてしまったのでしょうか……」
パトリシアさんは項垂れて、今にも自傷しそう。
「パトリシアさんを利用して、迷宮を害するように仕向けたのです。許せませんね」
「全くです。迷宮、迷宮は、迷宮は……私たちの愛する第二の故郷……」
「そうです。何よりも大切にしたい場所です。迷宮を大切にすることは、とても大事なことです」
「はい……。迷宮は大事な場所……」
洗脳とか誘導尋問そのものだけど、どうして迷宮をこんなに大事に思えるようになったのか、合点して頂けてないようだ。でも、理由を考えてもしょうがないんだよ。迷宮を好きにナッチャウヨ! ナッチャッタヨ! でいいのよ、パトリシア先生。
「パトリシアさんに話を持ってきた人物について、覚えていることがあったら教えて下さい」
「若い女性で……カモミールと名乗っていましたが……具体的に迷宮の深部に、正規ではない方法で入り込む術を教えられていたんです。ポートマットの難民居留地で、再度接触してきました」
「へぇ~」
「これが、それなんですけど」
と、パトリシアさんに渡されたものは、鈍い銀色の、厚いカードだった。
何だコレ?
「使い方は?」
「迷宮の中に入れる人にカードを触れさせて、ここを押すと……その人に偽装できる……らしいです」
え、じゃあ魔力波形をコピーする魔道具ってことか。あれ、どっかで聞いたことあるなぁ、この手法…………。
「ふうん、偽装してみたことはあるの?」
「はい」
その時期を聞いてみると、メリケンNTが記録していた異状と一致した。エラーとして検知された原因は単純で、パトリシアさん自身の魔力波形を消していなかったから。つまり、コピーは出来ても、偽装はできなかった。そこまでの機能は持っていなかったってことか。
しかし、これは理論上は、パトリシアさんの魔力波形を打ち消す魔道具を併用したら、少なくとも半魔物たちの侵入許可エリアまでは入れたことになる。いや、私の魔力波形をコピーされていたら、もっと先まで侵入可能だったろう。それほど高度ではない技術で実現が可能なだけに、単純ながら効果的な手段を考えつくものだなぁ。
魔力鍵の生成か……。
あ、錬金術師ギルドか………!
これはいけない。このコピーカードが量産できるようなら迷宮が危険だ。すぐに対策が必要だわ。
「迷宮に不都合を生んでしまうのに、私は……罪深い女です」
「それがわかっているなら、二度としないこと。再度接触があった場合、その人物を捕縛します。協力して下さい」
「もちろんです。迷宮の皆のためなら何でもします」
パトリシアさんは大きく頷いた。
【王国暦122年12月26日 12:05】
蓋を開けてみたら、どうやら三人とも違う場所から接触されていたようね。
明確に判明しているのはウーゴくんだけか。彼の場合、マッコーキンデールか、騎士団か、生まれ故郷のブリストか、どの立場なのかわかんないんだよね。ブリストはない、と思いたいし、騎士団とも思いたくない。ただ、ちょっとウロチョロし過ぎ。ちょっと釘を刺しておきたいなぁ。ゴブリンの干し首でも贈ってやろうかしら。
大陸っぽいのも偽装の可能性が高いし、案外、これもウーゴくんかもしれない。
彼が暴力に屈する人間ではなく、それを逆手に取ってくる可能性もあるから、単純に脅せないのよね。んー、それこそ迷宮大好きインプラントでもしちゃおうかしら……。難しいかな……。
ウーゴに関しては当面は打つ手なし、か。悩ましいなぁ。
むしろ喫緊かつ最大の問題は魔力波形のコピー対策の方ね。
錬金術師ギルドしかやってくるやつはいないと思うけど、実に厄介よね。
なりすましが可能、と判明しているから大問題よね。なりすまして第三者にゲストIDを発行して、そのIDに管理者権限を付与してしまえば、後はフリーパスだもんね。こういう、迷宮の仕様の穴を突いたようなやり方って、どこかに記録があるのかしら。
錬金術師ギルドのナントカって頭領が、古代の英知とやらが記録された書籍を持ってるって話だったわよね。
個人を魔力波形で認識している以上、根本的な対策としては、魔道具が発生している魔力波形かどうか、判別しなきゃいけないわけよね。ゲストIDに対して即時管理権限を付与できない設定にするのは大前提として。
以下の対策を施してみた。
① 管理者IDを持つ魔力波形に対しては、判別の精度を上げる
② 走査のタイミングを短めにする
①を行うことで、認識には時間がかかるようになるけど、魔道具でコピーした波形には揺らぎが全くないので②も加えると、ほぼ看破できる。
うーん、もっと根本的な対策も必要だなぁ。
重要な指示は必ず管理室で出すように変更、管理室に入った時に、他のID判別法も併用させてみるか。となると生体認識かしらね。
③ 指紋
④ 掌紋
⑤ 血管(静脈)
⑥ 声紋
⑦ 虹彩
③~⑥を判別する魔道具を作るのはそう難しいことじゃない。これらを一パッケージにして外付けできるように管理室に設置した。⑥はキーワード設定も込みにしてみた。二つの母音を含む単語にしたけど、私の分はいいとして、他の副管理人には初回に設定してもらうしかないかなぁ。なお、⑦だけは別途作る必要があり、パッケージが大型化するので今回はオミットした。
迷宮のシステムとして組み込む方が余程時間がかかったけれど、元々『めいちゃん』には認証プロセスを複数追加できる仕様だったのが幸いして、セキュリティに使用するストレージも増設、『メリケンNT』のシステムとして組み込んだ。他の二つの迷宮についてはハードウェアを設置してからアップデートってところね。
とりあえず①②に関しては『メリケンNT』に言って、ロンデニオン西、ポートマット西迷宮に、緊急アップデートとして配信した。再起動は必要ないけど、アクティブになるにはリロードしなきゃ駄目ね。
自動改札機もそうだけど、検出機器って重要よね。
【王国暦122年12月26日 16:07】
仮眠をすると睡眠時間がずれてしまいそうだったので、気合いで起き続ける。私の体内時計は放っておくとどんどん夜型になってしまう。実際、今、夜型を超えて昼型も超えて夕型になっている。
強張った表情のまま、仮眠を終えた半魔物たちを集める。
「顔が怖いです、マスター!」
「怖いマスター、素敵です!」
「ああ、うん、眠気我慢してるだけだから。不機嫌じゃないから。とりあえず座って」
半魔物たちを『塔』三階層目のダミー管理室に集める。半魔物たちは床に座って、私の言葉を待った。
「今回の顛末について話すよ」
ここで、三つの団体から別々のアプローチを受けていた三名について知らせる。
「ギースは難民の中心人物ですし、彼を狙うのは、ある意味では当然でしょうね」
オネガイシマスは特にショックも受けておらず、淡々と評した。
「この三人については、各々一名、交代で監視してほしい。当初は外部から接触する人間がいないかどうか、調べてみようかとも思ったんだけど、迷宮の一般開放がされたら、探索したところで数が多すぎるし、一々それが敵性かどうか、見分ける術はないからね」
お手上げ、というポーズを見せた。
「了解です。遠目に監視することにします」
「うん、人選は任せるけど、あまり人員を固定しないように。外部から彼らに接触があった場合は、『メリケンNT』に報告、指示を仰いでちょうだい。あと、今後、『難民』ではなく『領民』と呼称するよ。実際は領地でもないし領主は不在だけどね。今回のギースの不祥事で、彼を代官にする訳にもいかなくなったから領民を統べる人間の再考は必要だけどね」
全員が頷いた。
「それで、コレなんだけど」
例の銀色のカードを見せる。
「そのカードは?」
「他人の魔力波形を複写して保存、発生させて偽装する魔道具」
「なんですと……」
これには全員が驚いた。私の波形をコピーされた場合、自分たちの制御を奪われて、意に沿わない行動を強要される恐れがある、とすぐに理解したのだ。
「それは一応、対策は施しておいた。主に管理権限を奪われないことを主眼にしてみたんだけど。君たち半魔物の波形を複写しても、元々入れるエリアが限られてるからね」
パトリシアさんが、半魔物の一人の波形をコピーして、『塔』の地下エリアに入ろうとしていた件について知らせると、またまた全員が驚いた。
「しかしマスター、彼女は『塔』の上層階へ向かわず、地下へ向かおうとしていた、ということは、迷宮の何たるかを知らされていた、ということでしょうか?」
ホフマンが脱皮しながら訊いてきた。
「いい質問だね。パトリシアさんが操られていたり、誘導されていたり、ということはない、と断言しておくよ。彼女を動かしていたのは義務感だろうね」
これほど完璧な魔物管理装置である迷宮であっても、やっぱり穴があるものなのね。
「では、監視と警備をよろしく。人員が足りなければ、チーズ、矢、塩を持っていってもいいよ」
「なるべく自分たちでやってみます」
「うん、よろしく。迷宮は自分たちの手で守るぞー!」
「おぉー!」
気勢を上げる半魔物たちの様子を見て思った。
―――本当に、最大の敵はやっぱり人間なんだね。




