黒魔女の小さな戦い
【王国暦122年12月24日 6:28】
日帰り出張の疲れも見せず、恋愛方面以外は、今日も元気一杯の私です。
今朝は早くから各方面と連絡を取っている。
昨日はブリストの依頼を安請け合いしちゃったので、ポートマット的にはどうなんだろうかとアイザイアに問い合わせた。
これについては特に問題なし、ポートマットで依頼を受けている仕事に影響が出ない範囲で受けてくれればいい、とのこと。私は別にポートマット専任ってわけじゃないから拒否されてもどうということはないんだけど、一応、ね。
アイザイアに許諾を受けたことで、土壌改良用の石灰を入手すべく、トーマスに相談をしたところ、『お前自身がやった方が早い』と言われた。
ポートマット東岸の通称『白い壁』から採掘するとなるとちょっと手間で、ゴーレムを動かすにしても自動では場所の指定も難しい。結局私自身がポートマットに赴き、採掘をして、ブリスト迷宮に戻る……ということになった。上手くタイミングを合わせれば、生理中はアーサ宅で休めるので、悪い案じゃない。
ついでにフェイに、ブリスト騎士団・領主兼用の通信サーバ導入についても訊いてみた。元々打診されていたということもあって、これはすぐにOKがでた。
ポートマットとノクスフォド領地は、ブリスト南迷宮の件で間接的に矛を交えている。
如何に私が単独でやったにせよ、色濃いポートマット関係者であることには変わりなく、(ブリストにとっての)侵略者を撃退しようとしたら大敗したという負い目がある。プライドはズタズタになっただろう。そこでボンマットの一件でポートマットが譲歩した格好になり、その後は通信サーバ導入、私の開墾と、どちらかといえばノクスフォド領地に大幅プラスと言っていい。領地の広さと当主の格から見ても段違いにノクスフォド領地の方が上ではあるけど、経済的、食糧事情的にはポートマットに支配されている。
だから、トータルで言えばイーブンくらいになるのかな。
素人目にアイザイアが、ノクスフォド領地に花を持たせただろうことはわかるから、それでいいのかも。
ところで今日の朝食には、アーサお婆ちゃんのお土産であるジャムを分配した。
本当にアーサお婆ちゃん、ベッキーさんの言うとおりで、甘い物の提供は全員の目の色が変わった。
一番変わったのは子供達で、『小さくて怖いお姉ちゃん』から、『甘い物をくれる怖いお姉ちゃん』にランクアップしたようで、少しは懐かれた。
子供、と言ってもかなり幅があって、下は赤ん坊から、上は成人(十五歳ね)手前くらいの子もいる。
「ちっぱいのお姉ちゃん!」
ほら、フレンドリーさがまた一つランクアップして、『オッパイの小さなお姉ちゃん』になったぜ。
「うん、私オッパイ小さいけど、それが何か?」
こめかみをピクピクさせてニコッと笑う。これ、大人に対してなら相当に効くんだけど、子供にはからかわれた反応としか映らないみたい。うーん、苦手だなぁ、子供って。
「ううん、なんでもなーい」
ちっ、異世界式性教育エージェントの私に喧嘩を売ったわね? 変態量産しちゃうよー?
ちなみにね、こういうチッパイは、元の世界では『ボーイッシュな胸』って言うんだよ。いや、この表現絶対おかしいだろ、ツッコミ待ちだろ、みたいな。
じゃああれか、力士とか下○紘とかの乳房の大きな男は『ガーリッシュな胸』って表現するのかと。うーん、これって男の子も女の子も、両方ディスってるよなぁ。
くそ、いいじゃん、もう、チッパイでさ! 弓矢で弦を引くときに当たりにくいんだぜ? 使ったことないけどさ。
「ヘイ、ボーイたち。そこに並びなサーイ!」
気分はガキ大将、ええい、とにかく、子供相手に威張り散らしてみる。
「なんだよ、ちっぱいの姉ちゃん」
男の子たちが数人、集まってくる。子供は暖かい。周囲の温度がちょっと上がったような気がする。
「この私をチッパイだとからかったね? じゃあ、生チッパイを見たことがある人!?」
「お母ちゃんの見たぜ!」
「カアチャンデカパイだよ!」
「姉貴なんてボイーンと!」
口々に身内のデカパイを自慢しやがった。
そんな彼らに、人差し指を立ててから揺らして、首を横に振ってやる。
「チッチッチ。違う違う。私の生チッパイを見たことがあるのか、ってことさ」
男の子たちの顔に朱が差す。
「そっ、そんなの、見りゃわかんじゃんかよぉ!」
「外からわかるよ!」
私はニヤリと笑った。
「絶対だね? わかるんだね? 外から見れば中身がわかるんだね?」
「う……」
「もしかしたら、私の生チッパイはとても綺麗な形をしているかもしれないよ? 垂れてるオッパイよりも、美しいかもしれないよ? 想像できるの?」
「うう……」
想像したね。美しいチッパイを想像したね。今、君たちの幼少期にチッパイを刻んだよ。
まだ攻めてくるならこちらにも考えがあるぞ……。女子の聖域を攻めた君たちは反撃を受ける義務があるのだ。フフフ、男子の聖域を攻められることのつらさを……トラウマを刻んでくれようぞ! いくぞ! 俺のターン!
「…………」
無言か。シュン、となったか。
確かに、これ以上の反撃はレックス以上の怪物を生んでしまうかもしれない。私は別に、ブリスト南迷宮をピンク色に染める気はないのだ。
「よーし、絶対わかる人なんていないよね? 男の子の言葉で、女の子は傷ついちゃうの。振り向いてほしければ、男を磨くように!」
「べっ、別に、ちっぱい姉ちゃんに振り向いてもらおうとか、お、思ってねーし!」
こいつら……。私自らが、その小さな男の子をゴシゴシ磨いてやろうか……。
ジリジリと対峙する、『黒魔女』と男の子たち……。
「おーい、黒魔女殿ー、ちょっと来てほしいんだがー!」
膠着状態を打破する、私を呼ぶ声に、場が一気に弛緩する。
「チッ……。無垢な子供達にチッパイの良さを刷り込む……いや教えようと思ったのにな……」
「ちっぱいとか! いらねーし!」
精一杯強がった子供達に、大人の含み笑いを投げつける。
「フッ……。いずれ君たちはチッパイに平伏すのだ。チッパイ無しでは生きられない体に……」
「黒魔女どのー!」
「あー、はいはい、いま行きますー。フッ、今日はこのくらいにしておいてやる!」
私は子供達の方を向いたまま、後ろ足で声のする方へゆっくり距離を取っていった。
【王国暦122年12月24日 7:18】
うーむ、あれ以上、戦いに深入りしたら、ピーナッツ作戦が実施されるところだったのだけど、危機は回避されたようだ。
ああ、チッパイはいいんだよ、もう。時代はボーイッシュなオッパイだ。略してボッパイ。反語はオリーブ。
そうじゃなくて、ギースたちが作り上げた石組みの家の検分に呼ばれて、今は各部をチェックしているところ。
「そこの石組みに段差。ドアに隙間があるからそこは修正した方がいいね」
「窓はどうすればいい?」
「窓はあとでガラス窓を作って填める。まだガラス炉を作ってないからね。今は雨戸……外窓があればいいよ」
「わかった」
「三~四人で床に蜜蝋を塗って仕上げね。その他の人は次の建物に入ろう」
「わかった!」
彼らのテンションが高くなってきているのがわかる。
元々、彼らは戦うことや警備が生業の人々だから、物を作ることは完全に門外漢だ。不慣れな作業を強いられていたストレスも、徐々に出来るようになって緩和されていき、それが自信に繋がってきているのだろう。それでも物作りを楽しめる人がいる一方で、どうにも合わない人も存在する。
そういう人はいずれ、サービス業の方に持っていこうと考えている。今は商店がないから、全員が何らかのモノを作る作業に従事させてるけど。
今回出来た建物は、及第点をあげられるものだ。一つ問題点があるとすれば、全ての部品を私が用意して、指定の工程をやらせただけ、つまりキットを組んだだけであり、石工、石組み職人として腕が上がったのか、という点については疑問の余地があるということ。
本来、石工と石組みは一セットで、微調整を工程に含むものだから。ここに興味を抱く人間がいれば石工として鍛えるんだけど、ぶっちゃけて言えば転職して一人前になるためには時間が全然足りない。加えて年齢が高すぎる。子供の時分から職人になる決意をして訓練を行い、手先と神経に技を覚えさせる。スクエア親方のように、息子に継がせるために鍛える、というのは意味のあることなのね。
四百人の難民たちが将来的に人口を増やすにせよ、減らすにせよ、次世代に向けて、ある程度は職業の分化はしておくべき。職人技が必要なものについては特に先を見越してやらせておきたいわね。
石工と同様にやらせなきゃいけないのは鍛冶で、これはフェイに話を持ちかけている。マーガレット女史に師事している鍛冶見習いは怪我などで引退した冒険者で、所属的には今も冒険者ギルド員。演習場と同様に鍛冶施設も冒険者ギルドにセットになっているものだ。鉄製品を扱うことの多い冒険者にとって、鍛冶屋の有無は死活問題だものね。
ポートマットでロック製鉄所とロール工房が分かれていることからもわかるように、製鉄と鋳物、それに鍛冶は関連してはいるものの、本来は別物の作業だから、初期には一緒くたにせざるを得ないけど、いずれは鋳物専門職人も育てたいところ。
あとはガラス職人、木工職人か。
ま、いずれにしても年単位の話よね。
「で、次の建物が組み終わったら、『集会場』と同型の建物を、迷宮の外に一軒、建てるよ。これはブリスト主導による開拓村、迷宮都市の最初の建物になるからね」
「おお……」
街を作る。それは、男子にとって心躍るキーワードだ。私も女子だけど心躍ってるよ!
「しばらくはずっと建物を作ることになると思うけど、頑張ってねー」
「おーっ!」
うんうん、到着時よりずっと明るくなったね。やるべきコトが目の前にあるかどうか、っていうのは生気に直結するんだね。人間は無目的に生きられないってことなんだろうね。
【王国暦122年12月24日 9:36】
迷宮の東側、迷宮都市予定地の区分けを簡単にしておく。
中央(東西)通り、南北通り、二つが交差するロータリー、広場、教会、など、それらしい広さで区分けしていく。その性質上、居住区と宿屋街を明確にわけておいた。
あー、水場がちょっと見当たらないなぁ。基本的に水は北から南、海に向かって走るから、井戸くらいは後で掘ればいいかな。塩泉が出る可能性もあるけど、まあ、そこまでは面倒見ないでいいよね。
宿屋街の予定地、一番迷宮に近い場所に、穴を掘り、固めて、基礎を設置する。この作業も、まだギースたち難民にはやらせていない。建物を作るにあたって、一番大事で時間のかかる工程なんだけど、彼らには、まずは自分たちで建物を建てた! という実績と実感を与えたかったから、後回しになっている。これもやらせないといけないなぁ。
うーん、迷宮がやらせることだから、ゴーレムを使役させる方法を採るしかないか。それに、全部の建物を迷宮側が請け負わなくてもいいだろうしさ。それこそ開拓村に建築業者が待機しているとか、ここ以外ではあり得ない話だもんね。
一仕事終わったところで迷宮に戻る。『塔』の一階入り口付近では、先の子供達が走り回って遊んでいる。
「ふむ……」
男の子だけじゃなくて女の子もいるんだよなぁ。心ないチッパイ発言の被害者になるだろう女の子が! あー、でも、普通のオッパイに育つ可能性が高いとすれば、トラウマにはならないかなぁ。
くそう、世の中の全女性がチッパイになる呪いとか、ないかな! 略してチロイね!
おっと、チッパイの呪いは置いておいて。子供達を遊ばせておくのは勿体ないわね。お仕事は後回しにして、今は勉強させよう。チッパイ呼ばわりされた意趣返しって訳じゃないけどさ。
昼食の仕込み中だったアニおばさんにそれを相談してみると、厨房担当だった一人の女性を紹介された。
「このパトリシアは結婚したばっかでさ! それもちゃんとしたところのお嬢さんなんだよ!」
「パトリシア・エルウッドと申します」
パトリシアは合掌してお辞儀をしてきた。クリッとした目には力があり、結婚してすぐに騎士職を追われた男の妻にしては生気に溢れていた。ははあ、さすがに四百人もいると、中にはこんな人もいるわけね。
彼女のスキル一覧には『計算』があり、一定の教育を受けてきたみたい。少し話してみると、読み書き、計算程度なら教えられるとのことで快諾してもらった。というのは、良いところのお嬢さんだったという話は本当で、家庭教師を受けていた時期があるらしい。それが騎士風情に攫われてしまったと。さぞかしご両親はお嘆きでしょうとも。
でも、都落ちした人間に特有の暗さが微塵も見えないところが面白い。案外この人は当たりかもしれない。
「それじゃあ、このテキストを使って。石板はコレ」
「なんでこんなに用意がいいんですか?」
「私がポートマットで学校の準備をしている委員の一人だからだよ。それはいいとして、生徒さんの方に年齢差があるのがちょっと問題かなぁ」
上は成人前、下は赤ん坊とな。さすがに赤ん坊は授業には出せないけどさ。
「まずは一緒にやってみましょう。ニコルくんも一緒なら、彼にも面倒を見させればいいんです」
「ああ、上の子に下の子を見させる風潮も作った方がいいね」
ちなみに、ニコルくんとはチッパイを連呼していたガキ大将くんのこと。
「嫁入り前に住んでいた村に戻ってきたみたいで……そこでは皆が協力し合っていました。ここでもそうなれば素晴らしいことだと思います」
若妻のパトリシアさんの目は、希望に燃えていた。現状、希望に燃えられる状況だとは思えないんだけど。
――――張り切る若妻に萌え。




