黒魔女の嘆き
【王国暦122年12月23日 16:32】
ブリスト北部の綿花畑の作付面積を、現在の三倍に拡張したい――――ので手伝え、というが今回の依頼。
別室に通されて、お茶とクッキーを摘みながらの会議になった。
参加者は、私と、細面僧侶、大柄僧侶、小柄シスター。見事に聖教の教会関係者で占められた。
「ハッ、このクソ僧侶の策略程度に引っかかるとか、よくよくお人好しもいいところね」
まずはシモンからジャブ。いい攻撃だー。
「ご近所つき合いですからね。勝手に迷宮周辺の土地を開墾していたのも事実ですし、むしろそっちを攻められていたら、もっと簡単に話に乗ったでしょうね」
「それなんですよ。あの不毛の土地が、まるで魔法を使ったように林になりつつあるじゃないですか。そこでポートマットにいる知り合いに訊いてみたところ、『魔女』は肥料を使っているからだ、との噂を耳にしまして」
オネガイシマスによる報告や、『メリケンNT』によれば、ちょくちょくブリスト騎士団と思われる偵察が近くまで来てるんだと。コソコソ観察していくだけみたいだけどさ。それについては当然だと思うので、私から指摘するようなことじゃない。むしろ、知り合いっていうのが気になるわね。教会関係者かしら?
「なるほど。開墾予定の場所はどんなところなんですか?」
「山? 谷?」
「タンポポがチョロッと生えてるくらいの?」
エコーとシモンは私に遠慮の欠片もなく話しかけてくるけれど、大柄僧侶ことクラークは、渋面を保ったまま。あまり割り切りができないタイプの人みたいで、過去に戦ったことが忘れられないんだろう。
オースティンを始め、しっかり割り切って接してくれている人が多いのを考えると異質に映る。過剰にフレンドリーにするつもりもないから、こちらからフォローはしないけど。
「うーん、それでしたら、ちょっと土壌をいじりたいので……ポートマットから取り寄せるものが必要かも。作業開始は十日後くらいでいいでしょうか?」
エコーは頷いた。
「それまでには、もっと正確に開墾場所を特定できそうです」
うーん、水源も必要そうなんだけどなぁ。水源になる河川はかなり距離があり、途中に貯水池が必要になりそう。現場に行ってみないとわかんないけど。
話し合いの結果、貯水池を作ることになっても、お代は変わらない、ということになった。ここで言うお代、とは迷宮周辺の土地の、利用権拡大。これは領地の実質的な拡張だ。大盤振る舞いと言えなくも無いんだけど、恐らくは、どんな手を使ってもオースティンは迫ってきて、何があっても結婚して、その土地を取り戻すつもりなんだろうね。絶対しないけどね。
開墾の話が一段落すると、エコーは話題を変えてきた。
「ご提案がある、とのことでしたが?」
「二つあります。一つは、ストルフォド村への介入です。有為な生産物が増える可能性があります。もう一つは、迷宮都市の建設です」
「…………お聞かせ願えますか?」
エコーは眼鏡をキラリと光らせた。
「ストルフォド村では干物を作っているのですが、どうにも効率が悪いように思えまして。ちょっとした指導と道具の導入で劇的に生産量が上がり、品質も向上します。迷宮の食糧事情を改善させたい、というのが主な理由ですが、村にとっても、ノクスフォド領地にとっても悪い話ではないかと思います」
「その――――たとえば?」
「蛸と小魚ですね。特に蛸は、あんなに美味しいものを食べないというのは勿体ないです」
蛸、と聞いて、クラークもシモンも顔を顰めたけど、エコーはほう、と感心した表情を見せた。演技にしても自然に感じる。
「なるほど、ストルフォド村には書状を出しておきます。成果は求めませんので、自由にやってください。迷宮都市の方は、どのようにお考えですか?」
「間もなく迷宮を一般開放します。迷宮内部にも街ができつつありますが、こちらはあくまで迷宮の体裁を整える人員――――冒険者ギルド出張所も含めてですね――――が必要なだけです。いわゆる、冒険者の宿や支援のため、主力になるのは、迷宮の外部に建設する都市になるでしょう。土地は迷宮の東側に用意してあります。建築資材と労働力はありますので、許可と要望があればいつでも建設が可能な状態です。建築資材と建設費用は有償ですが、建設後の建物や街の管理において、迷宮は関与しません。プリストの開拓村の扱いになるでしょうが、村の管理についても口出ししません。そちらでお願いしたいのです」
「それはまた――――美味しいところと難しいところを丸投げすることになりますが、よろしいのですか?」
「迷宮管理人曰く、なるべく管理する場所を小規模にしたい、とのことなんです。政体にまで口出しをする余裕がないというのが実情ですね」
「よくわかりました。こちらは入植者を募集することとします。最初の建物を一軒だけ、領主の名前で建設依頼をしたいのですが」
「承りました」
うん、サクサク話が進むわね。エコーは僧侶だというのにお堅く感じない。ユリアンよりマテオに近いかなぁ。これは久々にマトモな感性の持ち主かもしれない。いや、でも、隠れた変態性癖がたぶんあるんだろう。流れから言って、ない方がおかしいもんね……。
「ところで、通信サーバ、ですか。あちらの件はどうなっているんでしょうか?」
あ、帰着の時にフェイに話してなかったっけ。どうなってるのかな?
「それは私も訊いておきましょう。早ければ農地拡大作業の直前に、ということになると思います」
「わかりました。楽しみですね」
オモチャじゃないんだけど、ガジェットを手にする男はみんな、こういう子供のような顔になるわね。ま、そういうのは嫌いじゃない。
【王国暦122年12月23日 18:11】
時間も時間なので泊まっていけ、とオースティンに言われたんだけど、夜這いに来るのが確実で、ちょっとされてみたい気持ちはあったものの、トラブルのネタを増やすだけなので固辞することにした。
「本当に泊まっていかないのか。料理もケーキも用意してあるのだが……」
それ、でっかいケーキで、共同作業させられるんじゃ……。
「いえ、料理に興味はありますが、早く戻りたいので」
絶対に帰る。絶対にだ!
「そうか。無理強いはしないが、結婚してくれ」
「しません。また後日」
「うむ、け」
「またー!」
バイゴットの手を引いて、さっさと歩いて領主の館を出て行く。
「よろしかったのでギすか?」
「いいんだよ。ネタでやってるんでしょ、アレ」
スネークマンショーみたいなもんだよ。
「ヴァンサンたちはすでに迷宮に向かったそうギす」
バイゴットは自分の通信端末を見て、私に言った。
「そっか……。うーん、冒険者ギルドに挨拶に行きたかったけど……今なら走ればゴーレムに追いつくかな」
とはいうものの、『風走』LV4は魔力的に五月蠅いから、迷惑ではあるのよね。
「それなら、待っていてもらいましょう」
「そうだね。――――『風走』『風走』。LV2でいいね」
ポートマットでLV4が許されるのは、ほとんど名物化しているからよね。ブリストの街で伝説にはなりたくないもんね。
私とバイゴットは、先行するゴーレムに追いつくため、ブリスト街道を東に走った。
【王国暦122年12月23日 19:41】
途中で私とバイゴットは各々の『加速』を発動してさらに速度をアップさせた。
「お、いたいた」
暗がりで見えにくいけど、キャリーゴーレムが見えた。急減速を開始。それを見てバイゴットも減速を開始した。まずは『加速』を切って、惰性で進む。ある程度速度が落ちたところで微調整。
「おーい、ここだー」
ヴァンサンの声が聞こえる。
「切るよ」
「はい」
言ってから『風走』を切る。言っておかないと、多分躓く。
っていうか躓いた。
急に石畳を感じて、微妙な段差に躓いて、
「っとっとっとおお」
と、よろけたところでジャンプ。
「おおっ?」
「おおー?」
二回半、体を回転させて、体を広げて、回転をゆっくりにしながら、着地した。スタッ! と脳内で擬音が鳴った。
「いやあ、素晴らしいです、マスター」
「回転するマスター!」
「美しい着地ギした、マスター!」
キャリーゴーレムを操作していた買い出し班の二名と、バイゴットが拍手とともに私を褒め称える。
「いやあ、転んだだけだろ……」
「ええ、まあ、その通りです」
ヴァンサンの感想が正しいと思う。
無事に合流した私たちは、荷台に乗って、夜の風を感じることにした。っていうか普通に寒い。それに揺れるので、『きゃりーちゃんV』の荷台に乗っているつもりで喋ると、舌を噛むので喋れない。
ヴァンサンを見ると、毛布にくるまっている。用意がいいわね。
バイゴットや半魔物たちは、あんまり寒さを感じないのか、平然としていた。と思ったら、単に寒さで固まってただけだった。
《シルフ先生、風で防壁を作れる?》
《フ、私に出来ないと思いますか?》
《是非お願いします!》
シルフ先生に頼んで、ゴーレムの前方に、鏃の形で風壁を展開してもらった。
「お……?」
向かい風がなくなり、ヴァンサンが驚いている。
んー、この技、攻撃に使えそうだなぁ。もしくは、もう一枚、風防壁の前に土なり火なり水なりで展開させたら、攻防一体の突撃技になりそう。ドリルみたいな……。ん、シールドマシンなんかは、回転方向をわざと揃えないで、推進じゃなくて掘削に力が入るようにしてるんだっけ? そっか、じゃあ、シルフも、体を構成している渦を、何層かに分けて逆方向に回してもらえば、実体化するだけで小型竜巻になっちゃう状況を回避できるんじゃないかな?
《フフ……なるほど……?》
《後でやってみようよ》
《いいですよ?》
とか言ってるけど、シルフはやる気満々だった。何千年かの悩みが解消されたとかで、ドッサリ出ました的なスッキリした感情が伝わってきた。
「風が止んだ……」
「なるほど、文句は出てなかったけど、半魔物たちにも辛かったみたいだねぇ」
最低でも風除けは必要みたい。たとえゆっくり走っていようと。ってことは、夏の暑さ対策も必要になるのかな。半魔物たちは何パターンか融合してる魔物の性質によって分けられるけど、環境の変化に強いとは言えないんだよね。生物としては非常に半端だからなぁ。
攻撃を防御って発想じゃなくて、環境適応のための仕組み、ってことで、プロテクターの配備は急いだ方がいいかもしれないなぁ。
何事も経験してみないとわかんないものね。
【王国暦122年12月24日 0:33】
日付が変わる頃、迷宮に到着した。
さすがに毎回襲われはしない。これが普通の状況なんだろうけど。
でも、領主の館にお泊まりしていたら、きっと襲われただろうなぁ。案外受け入れてしまいそうで怖い反面、やっぱり拒否したい気持ちがちゃんとある。
確かにオースティンはロリコンで有名な紳士だ。もしかしたら、オースティンは、全部ひっくるめて(ロリ属性も含めて)私を愛してくれる希有な相手なのかもしれない。
だけど、領主サイドが開墾の道具として私を使いたいという。だから、便利道具として見られているのは間違いない。
建築、魔道具作り、農地作り、そして戦略兵器かつ戦術兵器。そりゃ、領地に一人いればお得で便利だろうさ。
客観的に自分を見ると、女の部分より、付随する便利属性が際立つに違いない。そんな私の恋愛に訪れるものは希望じゃなくて諦観だ。
本当は、私だって女として見てほしい。道具ではない、自分自身を見て欲しい。
「ハッ」
思わず短く笑ってしまう。他人を道具扱いすることだって厭わない私が、道具として見てほしくないとか、どんなワガママなんだろうかと。
素の私を見てほしいのか、全ての私を見てほしいのか。それさえもわからない。
ああ……私って、中身は普通の女なんだなぁ…………。
もし。
もしもだよ?
寿命が尽きるのが遅れるのなら、私にもちゃんと恋が出来るだろうか。
できたら、それはきっと素晴らしいことだろう。『スコア』は恋をして死んだと聞いた。相手がキャロルだっていうのはちょっと置いておいて、話を聞いた時には羨望を感じた。
ああ、普通の人と、普通の恋愛がしたい。
でも、なんか、軽く考えただけで無理そう……。
ああっ。
――――薄々そうじゃないかと思ってたけど、喪女一直線だわ……。




